守られる門番
「っ!? カーラさん――――!?」
「ヒヒヒヒッ! ゴウマの馬鹿が、アイツは図体ばかりで脳みそが足りねぇ……あんな小娘に遅れを取るたぁな……!」
それは正に電光石火。
三人のリンドウ高弟がその場に現れてから一分と経つか経たないかという一瞬の間に、カーラはその魂を燃やし、僅か三日前には手も足も出なかったゴウマを死闘の末に見事討ち果たして見せたのだ。
残る高弟の内の一人。左右双方が鎌となった特殊な形状の鎖鎌を武器とするセンギと相対しながら門下達を捌いていたカズマは、ゴウマを倒したところで力尽き、意識を失って倒れるカーラの元に駆け寄る。
「カーラさんっ! しっかりして下さい!」
「う……っ……」
「良かった……致命には至っていない……」
なるべく衝撃を与えないよう、即座にカーラの息を確認するカズマ。
傷を負い、意識は失っている物のカーラは命に別状は無さそうだ。
戦いはまだ続いている。ゴウマは倒れたが、まだ周囲には大勢のリンドウ門下達がその刃を向けているのだ。ここで倒れたカーラを放置することは出来ない。
「ヒヒッ! おいおいおいおい、まさかその小娘を庇いながら俺達とやろうってんじゃねぇだろうな…………? その甘い性格は相変わらずだぁ、カズマよぅ……!」
「くっ! 守勢の型――――ッ!」
だがその刹那。カーラを庇うように抱きかかえ、共に崩れた壁面横へと移動したカズマに、センギの変幻自在の鎖鎌が襲いかかる。
カズマは咄嗟に打ち払うが、打ち払った刃から更にのたうつようにして回り込んだ鎌によってその肩口を切り裂かれる。
「ヒーヒヒヒヒ! だからガキの頃から何度も言ったじゃねぇかよ……! おめぇは剣士にゃ向いてねぇ……! おめぇは優しすぎんだ……俺みてぇな厄介者とも仲良くしちまうようなおめぇじゃ、この先の世は生き残れねぇ……ッ!」
「防ぎ、切れない――――ッ!」
痩身痩躯の男――センギはその表情に凶相を浮かべながらも、まるで泣いているような声を発しながらカズマに凄まじい連撃を浴びせ続ける。
そう、センギとカズマは幼少の頃より共に剣の腕を磨いた一番の友だった。
剣才はあるがどこか陰鬱で暗く、人と交わることを不得手としていたセンギにとって、誰に対しても分け隔て無く接し、手を差し伸べる明るさと優しさを持っていたカズマは、本当にただ一人の友だったのだ。
「おめぇは、剣の才も門番になった妹どころか、弟のトウヤと比べても劣ってるだろうがよ……!?」
「っ! でも俺は、それでも剣の道を歩みたいと……!」
「その結果がこれだろうがよぅ……!? 夢だけで、理想だけで強くなれりゃ誰も苦労なんざしねぇ……! 俺の根暗な性格がどうやったって治らねぇのと同じで、生まれ持った才の差は埋められねぇ……!」
誰からも相手にされず、幼い頃から厄介者扱いされていた自分とすら縁を結ぼうとするカズマの優しさ。センギはその優しさに救われ、今でもカズマに対して心から感謝している。友だと思っている。
しかしだからこそ、センギは剣の道を諦めなかったカズマの未来をずっと危惧していた。心優しく、到底闘争に向いていないように見えるカズマの心根を。
それでも才あればまだ違ったのかも知れない。しかし豊かな剣才に恵まれていたセンギからすれば、カズマの剣才はとても優れているようには見えなかったのだ。
「なぁ、カズマよぅ……? なんで俺の忠告を聞かねぇでスイレンの師範なんか引き受けたんだよ……? そんなんだから……俺はこの手で、たった一人のダチを殺さねぇといけねぇじゃねぇかよぉおおおお……ッ!?」
「っ! がっ! ああっ!?」
それは正に烈風のような暴威。センギの繰り出す鎖鎌はまるで辺り一帯全てを切り裂くかまいたちの如く荒れ狂い、カーラを庇いながら必死にその刃を振るうカズマの体を切り裂いていく。
しかも攻勢を仕掛けるのはセンギだけではない。周囲の門下達もまた、それによって出来た隙を見計らい致命の一撃を叩き込まんと迫っているのだ。
「睡蓮双花流――守勢の奥義! 絶空立華!」
「ち……父上……っ!」
「すまんカズマよ、門下共を切り抜けるに手間取った! まずは息を整え、再度気を練り上げよ……!」
「ヒヒ……ッ! 次は老いぼれが死にに来たかよ……? 俺はてめぇにも同じ事を言うぜ……! なんでカズマに剣を捨てさせなかった……っ? てめぇなら、カズマがこうなることはとっくにわかってただろうがよぉおおお……!?」
「センギか……お主がカズマの無二の友であることは儂も承知している。なればこそ、儂はここで膝を突くわけにはいかん――――!」
カーラを庇うカズマを更に庇うため、門下の軍勢を払いのけたゲンガクがその場に飛び込む。
ゲンガクはカズマに体勢を整える猶予を与えると、一瞬の隙を見てセンギの至近へと飛び込み、鎖鎌という武器の最大の長所である、射程の長さを潰しにかかる。
「睡蓮双花流、終の太刀――――月華睡蓮!」
「ヒャッハーーーー! 甘ぇ!」
だがしかし、ゲンガク渾身の奥義はセンギの放つ灰褐色の領域によって阻まれる。
ゲンガクの研ぎ澄まされた刃も、領域という人知を越えた力を斬る至らない。
「ぐう……! ここまで年を重ねながら、更なる高みを目指さなかった儂の不覚か……!」
「てめぇもだぜ老いぼれ……! 俺から見れば、てめぇだって雑魚だ……! 弱過ぎて反吐が出らぁ……! 弱虫カズマを後継に選んだのも、カズマなら弱ぇ自分より更に弱いままで居てくれるからだったんじゃねぇのかぁ……!? えぇ!?」
「ぬううううう――――!」
「父上っ!」
返す刃でセンギの一撃がゲンガクの胸部を大きく切り裂く。鮮血が迸り、ゲンガクの動きが鈍る。しかしゲンガクは下がらない。足を止め、その顔面を蒼白としながらも、踏みとどまってセンギへと斬りかかる。
「武は……! 強者のための物ならず……! 弱者がその身を守り、強者の振るう暴威に抗うために編み出せし物!」
「はぁ……?」
「カズマよ……! 儂が何故お前をスイレンの師範としたか……!? それはお前が弱き者の心を知る故なのだ……! カズマ……! 剣の……武の意味を知れ! 儂は成長したミズハを見た今でも、スイレンの武を継ぐのはお前しかいないと! そう確信しているのだ……ッ!」
「俺が……弱き者の心を……っ」
「うるせぇぜじじィ……! ならその弱き者の力で俺をなんとかしてみろよぅ……? そんな絵空事で上手くいくなら、それこそ剣なんていらねぇんだよぉ……ッ!」
「がっ……っ!?」
その言葉と同時。センギの放った鎖鎌がまるで蛇のようにしなり、ゲンガクの死角からその背に深々と突き刺さる。ついに動きの止まったゲンガク。センギはその隙を逃さず、とどめの一撃を振り下ろそうとする。しかし――――!
「待てッ! センギ、お前の相手は俺だろう!」
「あ……?」
センギの刃が止まる。力を失ったゲンガクががっくりとその場に倒れる。
その先には、自身の二刀を鞘に収め腰溜めの構えを取るカズマの姿があった。
睡蓮双花流は二刀一刃の武技。
その双方を鞘に収めた居合いの構えはどう足掻いても一振りずつしか刃を振れぬ、自らの利を殺す異形の構えだった。
「一対一だ。お前が俺を弱いと言うのなら、今ここで俺を倒し、証明して見せろ!」
「ヒヒ……マジかぁ? あのカズマがそんなことを言うたぁな……面白ぇ……! おいテメェら、手ぇ出すんじゃねぇぞ……!」
そのカズマの姿に、センギは目を見開いて笑みを浮かべる。
カズマとの長い付き合いの中で、カズマがそのようなことを自ら口に出したのは、センギが知る限り初めてのことだった。
「ヒヒ……! 安心しなカズマよぅ……! 苦しまねぇように、一発であの世に送ってやるよ……! それがダチにしてやれる俺の最後の手向けだぁ……!」
「父上……カズマはようやくわかりました。父上が俺と共に歩んでくれた日々、決して無駄にはしません……っ!」
じりと向かい合うカズマとセンギ。カズマは自らの後方に横たわるカーラをちらと見、そして目の前で倒れる父を見た。
(カーラさん……! 父上……!)
二人を見捨てることは出来ない。必ず守らなくてはならない。
たとえ、自らの力が足りずとも。
領域や次元という、世界の理を踏み越えた力を持たずとも。
その不足を補うことこそが、武の真髄なれば――――!
「睡蓮双花流。終の太刀――――月華睡蓮ッ!」
「ヒヒッ! それは老いぼれの剣で見たァ! 竜胆転神流奥義、陰之極――――破陽滅陣!」
一閃。
否、その銀閃は二度。
センギの灰褐色の領域はカズマの体を確かに突き抜け、後方で横たわるカーラのすぐ上の壁面を越え、直線上に存在する全てを真っ二つに切り裂いた。しかし――――
「あが……ば、かな……?」
「月華睡蓮、秘中の二連――――!」
だがしかし。その領域を両断され、切り伏せられたのはセンギだった。
交錯の一瞬。カズマはセンギの鉄壁を誇る領域めがけ、居合いの構えから二度、全く同じ箇所めがけてその二刀を振ったのだ。
一度目に振った一刀は、納刀もされずにセンギの斜め後方の壁面に突き刺さっている。それはカズマが自らの愛刀を躊躇無く放棄し、すかさず二度目の居合いへと繋げた証左だった。
「俺は……門番じゃないけど……! もう、絶対に諦めないって決めたんだ……っ!」
カズマでは自身の領域を斬ることは不可能。そう高をくくっていたセンギの隙。カズマはその一点の隙を突き、自らの持つ武によって貫いた。
カズマはその肩口に大きな傷を負いながら、しかししっかりと大地を踏みしめてそう宣言する。その声は、彼の未来を照らす陽光のように力強く響いていた――――。
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