いつも通りの黒姫
「クハハハハッ! なんだなんだ貴様ら!? 随分と大層な口を利いていたが、未だ領域すら満足に扱えんちんちくりん共に次々と無様を晒しているではないかッ!」
「他の者の無様は俺が晴らす。俺一人残っていればすぐに片がつくこと」
「フ……! 無理だな。なぜなら、今貴様が相手をしているのは、この次元の破壊者黒姫だからだ……ッ!」
ゴウマがカーラに敗れ、カズマがセンギを打倒したのと同時。
それを見届けた黒姫がその赤く輝く双眸を笑みの形に歪め、自らに斬りかかるキジンに嘲笑の声を放つ。
しかしキジンは動揺も焦りも見せない。
周囲からのたうつ蛇の様に迫る漆黒の領域を切り払い、穿ち抜いて黒姫を追う。
「確かに大した腕だ。この黒姫の領域を武技によって穿てるのはミズハを含めてもそうはいまい。どうやら、貴様はその力を得るより前から自身の領域に目覚めていたな……?」
「左様……俺と筆頭は師父によって新たなる力を授けられる前より剣の頂きを目指し、研鑽を積んでいた。師父の申し出により更なる力を与えられ、俺の剣は頂きを越えた高みに至っている――――」
「ふん……なんとも愚かな事よ。そこで『借り物の力など不要!』とでも言っていれば、まだ覚醒イベントの芽も残っていたであろうになぁ……ッ!」
「戯れ言を……」
迫るキジンの刃を黒姫は笑みを浮かべたまま、周囲の空間をぐにゃりと湾曲させて防ぐ。キジンの刃はそれを容易く両断するが、いかにキジンの領域が鋭くとも、黒姫にとってはその僅かな時間でキジンの刃を見切るなど造作も無いこと。
黒姫もリドルと同様武芸の心得はない。しかし黒姫には千年を超えて無数の宇宙で戦いを続けてきた驚異的な戦闘経験がある。
キジンのように領域に至った武技の達人など、それこそ万を超えて葬り去っているのだ。
「貴様の仲間がなぜ領域に目覚めたばかりのカーラや、エゴすら固められぬ青二才のカズマに敗れたか分かるか? エゴとは即ち自己の強さだ。我欲の強大さこそがエゴの強大さに繋がる。それが善だろうと邪悪だろうと、自らの我を貫き通す意志こそが領域を研ぎ澄ます――――!」
「竜胆転神流――――裏之四、白羅」
のらりくらりと躱すばかりの黒姫。キジンは状況の打開を狙った凄絶な加速からの全てを切り裂く居合いを放つ。しかし黒姫はそれすらも捌いた。キジンが定めた黒姫の座標がぶれ、またあらぬ場所に凶相を浮かべた黒姫が出現する。
「私から言わせれば、エゴに他者の力を混ぜるなど最悪の策だ。たとえそれがどれほど強大な力だろうが、他人の意思にエゴを委ねた時点で、最早その者のエゴはそれ以上強くなることはない」
「ちょこまかと、よく喋る――――」
黒姫の展開した漆黒の次元の中。キジンがその愛刀を翻して飛翔する。
その踏み込みは先ほどのカーラやゴウマの比ではない。すでに光速にすら並ぼうかというキジンの加速は、一瞬にして現れては消える黒姫の虚像を余すことなく切り裂いていく。
「口惜しくはないのか? 貴様も雑魚とはいえ武人の端くれだろう。にも関わらず、そのような借り物の力に身を任せ、あまつさえその自我を侵食されていることに気付かぬか?」
「黙れ……! 俺の願いは師父の願いだ。師父がそうあれと願うのならば、俺は鬼にも邪にもなろう……!」
「ククッ……いいだろう、貴様のような甘っちょろい手合いは嫌いではないぞ……ッ!」
尚も嘲笑を止めようとしない黒姫めがけ、キジンが駆ける。
しかし、キジンは決して黒姫の挑発に乗ったわけではなかった。
キジンはただ闇雲に黒姫の虚像を斬っていたわけではない。光速にも達する交錯の中で、黒姫の動きの癖、そして無意識のパターンを冷静に見極め続けていたのだ。
次元と領域。
その二つの力の頂点とも言える黒姫とて、それを操る頭脳はあくまで人としての物。機械のように正確でもなければ、完全なランダム性を維持することもできない。故に――――!
「見切ったぞ、門の主よ――――ッ! 竜胆転神流奥義――――陽之極、臥竜昇天!」
「なにっ!?」
一閃。
キジンの放った超光速の斬撃は、無数に現れては消える黒姫の虚像の中に存在する本体。その胸の中央を正確に貫いていた。
当然、黒姫はそうなっても問題ないように強大な次元断層と領域による二重の障壁を展開していた。にも関わらず、キジンはそれすらも一切の間断なく、ノータイムで黒姫の本体までその刃を届かせたのだ!
「ば、馬鹿、な……!? 今まで、私の領域を斬るのに手こずったのは、ブラフ、だったと……!?」
「そうだ、門の主よ……全てはこの一瞬を導くため。格下と甘く見たのがお前の敗因よ」
「おの……れぇぇぇぇ……っ!」
その心臓を貫かれた黒姫が激しく吐血し、キジンの肉体にもたれるようにして力を失う。
キジンは静かに両目を閉じてその心中で念仏を唱えると、ゆっくりと刃を引き抜き、その刀身についた鮮血を払った。
次元の破壊者黒姫は死んだ。
「これが門番の力だ……眠れ、黒き門の主……」
キジンがその刀を鞘に収め、呟きながら残心する。
黒姫の死と共に、キジンを包んでいた周囲の瘴気が晴れ、いつの間にか明けていた夜の闇の先に美しい朝日が――――
「待て……俺は今、なんと言った……? 門番……? 門番だと……!?」
『ククク……ッ。なんだ、貴様は門番ではなかったのか? では、お前は一体なんなのだ……?』
否、朝日は昇らない。瘴気は晴れていない。
当然、キジンは門番などではない。
自らの認知の歪み。それに気付いたキジンが即座に周囲に目をこらすが、再び闇に沈んだ周囲からは、確かに倒したはずの黒姫の声が全方位から響き渡っていた。
「この声は……! どういうことだ……? 俺は、確かに息の根を……!」
『ククッ……まだ私の質問に答えていないぞ? もう一度聞く、お前は何だ……?』
「俺は、キジン・リンドウ……ッ! 伝説の門番クルセイダスと、次元漂流者のリーダーエルシエルの間に生まれ、ナーリッジで宅配業を営む……っ!」
『ほう? これは面白い、お前も宅配業者だったのか……? 本当にそうなのか……?』
「なん、だ……これは……? 俺は……どうなって……?」
混乱するキジン。たった今キジンが受けている干渉は、次元とも領域とも違う、全く別種の力だった。まるで、自分自身の存在が何者かによって上書きされていくような――――
『――――分かりましたか? これが、エゴを他人に委ねた者の末路です。今の私は以前戦ったラカルムさんの力をほんの僅かに扱えますので、このような芸当もできるって訳ですよ』
「俺は……私は……キジン……リドル……黒姫……? 私は、誰……」
その心身を掌握され、虚ろとなって闇の中を彷徨うキジン。
黒姫によってそのエゴを侵食され、もはや何も見えなくなたキジンの前。
空間からしみ出すようにして、彼女本来の表情となった黒姫が姿を現わす。
「でもご心配なく。こう見えて私はとても優しいので、これが終わればちゃんと元通りに治してあげます。ただし――――」
呆然と立ち尽くし、先ほどまでの毅然とした姿が嘘のように崩れたキジン。
黒姫は無表情のままにキジンの額に自身の人差し指を当てると、素の表情から再び普段通りの邪悪マシマシモードの凶相へと立ち戻る。
「――――ただし! 私は最初に言ったな? 貴様には最も惨たらしく、無様な敗北をくれてやると……ッ! ククッ……クハハハハハハッ!」
「あ、ああ……!? アアアアアアア――――ッ!」
黒姫は最後にキジンの記憶全てを自身の内部にコピーすると、白目を剥いて仰向けに倒れたキジンの精神を解放し、通常空間に送り返す。
「フ……武技のみでこの黒姫を倒せる者がいるとすれば、我が最愛の夫であるヴァーサスか、その弟子であるミズハのみよ。身の程を知るのだな、自身のエゴを他者に委ねた愚か者よ……ッ!」
自らが展開した極大の闇の中。
黒姫はそのらんらんと輝く瞳を笑みに歪め、謎の中二病ポーズを取りながら自身の完勝を誇るのであった――――。
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