願いを燃やす門番
「さあ、見せるが良いリンドウ共……ッ! 貴様らが誇るその紛い物の領域。この次元の破壊者黒姫がとくと検分してくれようぞッッ!」
門の上空。
優雅に、そして禍々しくその手を広げる黒姫が辺り一帯全ての次元を自らの支配下に沈める。二度に及ぶ深淵との交戦。そして遙か未来の自分自身との邂逅により、黒姫の力はエントロピーとエゴ。双方において完成を見ていた。
万物を支配する物理法則すら自在にねじ曲げ、黒姫の存在する次元以下の力しかない者は黒姫の意思に抗うことすら出来ない。
リンドウの高弟三人の周囲一帯が漆黒のヴェールに包まれ、黒姫の破滅の力が三人の領域を飲み込もうと迫る。しかし――――!
「竜胆転神流――――裏之三、炎樹」
「竜胆転神流ッ! 表之二――――黒陽ォ!」
「竜胆転神流……裏之六。死深連綿……ッ!」
「ほう……!?」
しかし黒姫の支配する圧倒的黒の次元の中にあるにも関わらず、リンドウの高弟三名は各々の得物を翻して飛翔。全方位から迫る黒姫の領域を両断し、破壊し、ぬるりとすり抜けて四方へと散った。
「竜胆転神流、師範代――――キジン。門の主よ、手合わせ願おう」
「クククッ……! まさか自らこの黒姫を指名するとはな。良かろう……貴様には最も惨たらしく、無様な敗北をくれてやるッ!」
「ハッハーーーー! あのムカつく女は俺がこの手で捻り潰してやりたかったが、兄貴の命令じゃ仕方ねぇ! おいガキィ……ッ! まずはテメェから先に血祭りに上げてやるよォ!」
「っ……! 望むところッスよ……ッ! リベンジマッチってやつッス!」
「ヒヒヒ……遊びに来たぜカズマ……? また昔みてぇに、仲良く遊ぼうぜぇ……! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
「センギ……! お前が相手でも、俺は絶対に退かない……っ!」
「カズマよ、決して力み過ぎるでないぞ……! 我らが傷つけば、ヴァーサス殿達は気を取られよう……! 我ら二人、呼吸を合わせて望むのだ……!」
無数の門下の攻勢に加え、キジン、ゴウマ・センギの三人の高弟達はそれぞれの狙いを定めてその攻勢に加わる。
多勢の利はそのままに生かしつつ、その群れの中から攻撃を仕掛ける達人という戦術は実に嫌らしく、理に適う物だった。
「スゥ――――フゥ――――……!」
黒姫のヴェールに沈む門の前。無数の門下に囲まれ、更にはかつてほぼ手も足も出せずに敗れ去ったゴウマと相対したカーラ。
彼女の上空では黒姫とキジンが最早知覚することすら難しい神域の攻防を行っている。何かあっても黒姫が守ってくれるなどという、淡い期待は望めないだろう。
追い詰められた極限の状況。カーラの心奥から恐怖や怒り、不安や自信といった様々な感情が溢れ、渦巻いていく。
「スゥ――――フゥ――――……!」
しかしカーラは集中を乱さない。あの屈辱の敗北から三日。
増長していた自らが許せず、ミズハの前で情けなく泣き喚いたあの日。
そして、それでも共に強くなろうと言ってくれた師の言葉――――。
『――――カーラさん。私が出した課題、まだ覚えてますか?』
それは、カーラがずっと憧れていた門番となった先の願い。
ほんの少し前までは、一度だって考えたことのなかった問い。
『ぷっ! アハハハハ、なんだよこの子っ!? 全然ダメじゃねぇか!』
『大丈夫なのかよこいつ? 門番を目指すなんて言ってるけど、無理だろ、無理!』
『ミズハさんに憧れてる? 顔も全然可愛くねぇのに、どう足掻いても無理だろ!』
それは、かつてルーによってプロデュースしてもらったカーラの配信に浴びせられた視聴者の声。その時は知らなかったが、後からルーに視聴者の反応を知るのも大事だと言われて見せられた物。
『どうよカーラ? こんな大勢に笑われちまって、もう嫌だぁーって、なったか?』
それは、もうカーラがどれ程会いたいと思っても簡単には会うことはできない恩人の声。
(そうッス――――自分は、あの時もルーさんにこう答えたッス)
カーラの呼吸がピタリと止む。
彼女の耳に届く全ての音が消え、自らの鼓動の音すら遠ざかった先。
その先で、カーラは――――!
「昇華の型――――息吹」
「ぬぁ……ッ!? な、なんだこりゃ……っ!?」
瞬間。カーラの全身を包むようにして誕生したばかりのか細い――――しかし今確実にその光を発し始めた小さな領域が展開された。
それはまだ薄く、弱く、不安定な淡い紫色の輝き。
だがしかし。それは決して誰に助けられたわけでもない、カーラ自身が自ら悩み、苦しんだ先に到達したエゴの力だった。
「天崩の型――――! 開花・我狼ッ!」
「がッ!?」
カーラが駆ける。紫色の雷光を纏った門番の少女が、自分自身を弾丸と化してゴウマの巨躯、その心の臓を正確に叩く。
「この……ガキがぁああああああッ!」
「っ! 受けの型――――!」
ゴウマが巨大な野太刀を大上段から振り下ろす。
すでにその巨躯にはゴウマのエゴの具現化たる漆黒の雷光が迸り、その攻防において極大の力をゴウマにもたらしていた。
今のカーラには、自身の打撃後の隙を狙ったゴウマの一撃を避けきる技量が無い。
カーラはゴウマの繰り出す野太刀の刃をナックルグローブに仕込まれた金属と領域の集中防御で受けるが、ゴウマの圧倒的力の前に凄まじい勢いで弾かれ、そのまま数十メートル先の壁面へと叩き付けられる。
「ガッハッハ! いきなり驚かせやがってよぉ! だがこのゴウマ様を倒そうなんざ、百年――――」
「でやああああああああ――――ッ!」
だがしかし。叩き付けられた壁面の粉塵が収まるよりも早く。弾かれた時を遙かに上回る速度でカーラが再び飛び出す。
見れば今の一撃でカーラが装備するナックルグローブは双方共に弾け飛び、彼女の右拳は血まみれになって砕けていた。しかし、それでもカーラは止まらない!
「ちッ! この死に損ないがぁあああああ!」
カーラはその小さな体を更に小さくしてゴウマへと接近。ゴウマはそれを迎撃すべくその野太刀を振るうが、カーラはゴウマの眼前から更なる加速を見せてその一撃をかいくぐる。
「天崩の型――――! 結実・虎撃ッ!」
「ぐおッ……!? な、んだと……!?」
ゴウマの一撃から逃れたカーラはそのままゴウマの巨躯の背後へと回り、今度はその背面から、自身に残された左拳で正確に心の臓を穿ち抜く。
それはゴウマが纏う強大な領域を貫通し、ゴウマの内部へとダメージを与える。
ゴウマがその全身から放つ漆黒の領域。その出力と精度はたった今ようやくその領域を発現させたばかりのカーラを遙かに上回る。
いかにカーラがエゴの領域に踏み込んだとはいえ、正面から戦えばカーラに勝ち目はない。しかし――――しかしカーラは既に知っている!
「皆さんが笑顔になってくれるのなら――――! それで自分が笑われたって全然へーきッス! 笑ってて欲しいッス――――それが全然知らないどこかの誰かでも! 人が泣いてるのを見るのは、嫌ッスううううううッ!」
「こ、のやらああああああああああッ!」
「だあああああああああ――――ッ!」
皆に笑顔でいて欲しい。
それは、カーラが初めて自覚した至純の願いだった。
そしてその願いは、たとえカーラが門番になろうと決して変わることはない。
ゴウマは背後のカーラめがけ、強大な領域を纏った一撃を振り回す。ゴウマの攻撃に巻き込まれたリンドウの門下達が一斉に吹き飛ばされ、その更に後方に浮かぶ夜の雲すら消し飛ばす。
しかし既にカーラの姿はそこにはない。
カーラはゴウマの背を踏み台にして遙か直上へと飛翔すると、今の彼女が繰り出せる全ての力を残された左拳に収束。その身に眩い紫色の輝きを灯し、一条の流星と化して眼下のゴウマめがけて加速する。
「天崩の型――――! 散華・星龍――――ッス!」
「舐めるなッ! 竜胆転神流奥義ィ! 陽之極――――星砕きィイイイイ!」
交錯。そして炸裂。
凄絶な黒と紫の交差は辺り一帯を閃光で染める。
そしてその閃光が収まった先。そこには三度その心の臓を叩かれ、ぐるりと白目を剥いて仁王立つままに意識を失うゴウマと、ゴウマの巨躯にその拳を立てたカーラの姿があった。
竜胆転神流三席、ゴウマは昏倒した。
「これが……! 門番の力、ッス……!」
カーラは呟き、ふらりとその身を横倒すと、そのまま受け身も取れずにゴウマの足下へと落下した――――。
駆け出し門番カーラ・ルッチ
VS
竜胆転神流三席ゴウマ・リンドウ
○門番 ●ゴウマ 決まり手:天崩の型三連
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