受けて立つ門番
「フ……それが門番の流儀ということか。異国の作法は理解しがたい」
「何が門番だッ! 空の門の前で偉そうにしやがって――――ッ!」
「去らないか――――! ならば、斬り捨てるまでっ!」
「ミズハ――――参りますッ!」
ヴァーサスとミズハ。この宇宙におけるヒエラエルキーの頂点に立つ二人の門番が眼前の四人めがけて駆ける。そしてそれと同時。周囲を囲む無数のリンドウ門下の剣士達も一斉にリドル達に飛びかかる。
今ここに、戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
「っ! く、来るッス……! 今度こそ、自分もやって見せるッス……!」
「いいですか皆さん! あの二人はともかく、皆さんはなるべく固まって戦うようにして下さい! 見たところ、モブの皆さんもそれなりにやりますよっ!」
「クハハハハッ! 誰に物を言っているのだ白姫よ――――! いかな領域を纏おうと、モブの持つエントロピー如きにこの黒姫が後れを取るはずがあるまいッ!」
飛びかかる無数の門下を向こうに回し、黒姫はその身に宿る黒の門を顕現させる。
黒姫の眼光が赤く輝き、その身が凄絶な瘴気と共にふわりと飛翔。まるで楽団の指揮者のようにその細く白い指を黒姫が掲げると、リドル達に襲いかかる門下の姿は次々とその場から消えていく。
「――――やはりな。所詮は借り物のエゴとエントロピーよ」
「ちょ、ちょっと黒姫さん! まさか殺っちゃったりしてないですよね!?」
「案ずるな白姫よ。飛ばした先はトウゲンの海だ。こいつらも武門ならば、そこらのサメに食われて死ぬ無様を晒すこともなかろう……!」
「ふおおお――――!? さ、さすが黒社長さんッス! 自分も続くッス!」
「父上……っ! 俺達もやりましょう……! 俺達にも……俺の剣にだって、まだっ!」
「うむ……我らスイレンの武。今こそ見せる時……!」
黒姫によって真っ先に飛び出した数十の門下は一瞬にしてその場から消滅した。しかしその力を見たにも関わらず、門下はまるで何かに操られているかのように怯む様子を見せない。
勢いを緩めずに殺到する門下の群れ。しかし今度は黒姫に続けとばかりにカーラが、カズマが、そしてゲンガクがそれぞれの戦闘スタイルで飛び込んでいく。
「軍崩の型――――! 散弾蹴ッス!」
紫色の疾風と化したカーラが、進路上全ての相手に流れるような連続蹴りを繰り出す。超高速でありながら、その一撃は全て人体の急所へと叩き込まれ、並の使い手であれば一撃で昏倒する程の研ぎ澄まされた一撃だった。
「睡蓮双花流! 四の太刀――――鳳仙花っ!」
二刀を構えたカズマが、最も広範囲への攻撃を繰り出す四の太刀を放つ。二刀それぞれが開花する蕾のように大きく舞い踊り、門下それぞれが放つ斬撃を受け止め、いなし、捌いていく。
「一の太刀――――桜花!」
前衛として門下の突撃を引き受けたカズマの背後。カズマが四の太刀で敵の斬撃をいなしたその隙を逃さず、スイレンの長であるゲンガクの研ぎ澄まされた一閃が門下達を切り裂く。
「さっきの師匠と大師匠……ハチャメチャにかっこよかったッス……! 自分も……! 自分もお二人みたいになりたいッス……! この門を守る門番ッスって……いつか!」
「ミズハは、こんな俺に悔い無きようにと言ってくれた……っ! たとえ剣を捨てても、俺に悔い無きようにと……!」
「カズマ……っ!? お前の剣から、迷いが……っ!?」
遅れて飛び出した三者の攻撃。それはヴァーサスやミズハ、黒姫の力に比べればまだまだ小さな力だった。しかし――――だがしかし!
「だから俺はもう、俺の剣を諦めない……! ここで剣を諦めたら、俺は――――絶対に死ぬまで後悔し続けるっ!」
その拳に、剣に込められた想い。
それは決してヴァーサスやミズハと比べて劣る物ではない。
たとえ今は力及ばずとも、命尽きる時までにその頂きに到達出来ずとも。
燃えさかる心の熱量だけは、今すぐに、誰でも並び立つことが出来るのだ。
カズマの二刀が翻り、襲い来る無数の刃を弾く。今のカズマには門下の攻撃を防ぐまでで精一杯。返す刀で一撃を叩き込むには至らない。だが――――!
「さすがミズハさんのアニさんッス――――! 散花・旋天!」
「見事なりカズマよ――――! よくぞ……よくぞ申した……ッ!」
瞬間。拳と斬撃という二条の光芒が奔り、カズマが崩した門下達の身を穿ち抜く。
「カーラさんっ! 父上!」
「援護するッス! アニさん!」
共に背を合わせ、互いの死角をカバーして雪崩のような攻撃を凌ぐカーラ達。そしてその周囲。たった今三人が一撃を加えたはずの門下達が、むくり、むくりと起き上がって再びその剣を構える。
先ほどからのカーラ達三人の攻撃は、領域を纏うまでに力を増した門下達に致命打を与えられていない。その力の差は明確、たとえ技術で勝ろうとも、突如としてリンドウ一門が得たというこの力を破るには至らない。
しかしそれでも、三人は一切臆することなく鋭い眼光を周囲の門下達へと向けていた。
「大丈夫ですか皆さんっ! 私も援護しますから、どうか無理せずで――――っ」
リンドウ一門の扱う正体不明の力。黒姫とは別に、適当な門下の一人を捕縛してふむふむとその力の解析を行っていたリドルは、包囲された三人に気付くと援護のために飛翔する。だが――――!
「――――さて、ゴウマよ。今こそ先刻の恥を雪ぐ絶好の機だぞ」
「おうよ兄貴ッ! おいそこの女共ォ! この前はよくも舐めた真似してくれたじゃねぇか……! 今度は俺がテメェらを叩き潰してやるぜ……ッ!」
門下による包囲の一角が左右に割れ、三メートルの巨体を誇るゴウマと、その隣で一切の気を漏らさずに立つ背年――――キジン。
更にはもう一人、痩身痩躯の体に鎖鎌を携えた不気味な男もまた、二人から少し遅れた場所に立っていた。
「ヒヒヒ……弱虫カズマ。久しぶりだな……俺もこっちにきてやったぜ……」
「っ! センギか……!」
「え、ちょ……なんで貴方達が普通にこっちに来てるんですか!? ヴァーサスとミズハさんは何やって……!?」
その三人の出現に、リドルは焦りの声を上げる。ゴウマの巨躯の横から進み出たキジンは、その無表情を崩さぬままに腰の愛刀に手を添える。
「あの門番共ならば、我らが師父と筆頭が相手をしている。我らの大望を果たすため、お前達は一人たりとも生かしては帰さぬ」
「ほう……? ヴァーサスとミズハ相手にまともにやり合える存在がまだこの宇宙に居たとは驚きだ。おい白姫、お前は念のため二人の所に向かえ。こいつらはこの黒姫とちんちくりん共が引き受けた」
「確かに……どうもこうなってくると、いつもみたいな余裕勝ちって感じじゃなくなってきましたね。では皆さん、ちょっとお願いしますね!」
「は、はいッス! 社長さんもお気をつけて!」
黒姫からの指示を受け、リドルが即座に包囲を破ってその場から消える。
現れたリンドウ一門の高弟達はそれを事も無げに見送った。
「行かせて良かったのか? これでこの場で我らと戦うに値する存在はお前一人。死ぬしかないな、黒き門の主よ」
「ククク……ッ! それはどうだろうな? まあ、どちらにしろ貴様ら如きこの黒姫一人で十分よッ!」
キジンが、ゴウマが、そしてセンギと呼ばれた三人の高弟が、各々の得物を抜き放ち構える。それを受けた黒姫は、赤く輝く双眸の奥に渦を巻く深淵を宿すと、見た者全てが絶望する禍々しい凶相を浮かべて笑った。
「っ! 黒社長! 自分達もやるッス! 今度こそ、絶対にご迷惑はおかけしないッス!」
「よかろうッ! ならばカーラ、そしてミズハの血縁共よ! その限界を超え、思うままに戦うが良い! 決してこの黒姫の前で無様を晒すでないぞ――――ッ!」
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