立ち上がる門番


「――パパのおしごとって、どんなことしてるんですか?」



 それは、遠い記憶。

 

 まだ自分が何も知らず、あの男に微笑むことが出来た頃。


 もう何千年も昔の、それでも決して消えることのない、忌まわしい景色。



「ハッハッハ! パパはな、門を守っているのだ! 訪れる人が皆笑顔で、安心してその場所を使えるように、パパがその門の前に立ち、悪い奴がいないか見張っているのだ!」


「すごーい! パパってとってもえらいんですね!」


「ふふっ。本当にそうですよ。そうなんですけど、もう少し頂ける給料が増えると助かるんですけどねぇ……あんなに貴方が頑張ってるのに、あれはちょっと見合ってないと思うんですよ」


「はっはっは! すまない! 苦労をかける!」


「あはは! へーきです! わたし、そんなのよりパパとママといっぱい遊べる方がいいんですー!」



 ――幸せだった記憶。


 日も射さぬ地下の奥深く。


 リドルはそこが地下だとは知らなかったが、整然とした無機質な街並みの中、それでも彼女は平和に、健やかに育った。


 大好きだった父が、大勢の人間を引き連れてその街を襲う、その時までは――。



「どうしてっ!? どうしてこんなことをするの!? お父さん! なんで……なんでお父さんがお母さんを……っ!? なんで……! こんなぁ……っ!」



 泣き叫ぶ自分を、父は黙って見下ろしていた。


 


 街に住んでいた人々も、リドルを除いて全員が殺された。


 街は焼かれ、血と肉塊で埋め尽くされた。


 必死の思いで逃げ去ったリドルを、父は追ってこなかった――。



 あまりにも残酷な破局。



 しかし、それでもまだリドルは立ち上がった。


 逃げた先、大陸の端にある貿易都市ナーリッジで宅配業を始めた。

 

 街の人々と交流し、絶望を内に秘めても笑顔を絶やさず、人々の力に、少しでも自分の力が役に立つようにと、一人明るく、弱さを見せず、それでも平和な生活を自力で取り戻してみせた。


 それは彼女の意地だった。


 たとえ全てを失っても、受け継いだ想いはもう自分の中にしかないのだと。


 母の言葉も、そしてあのようなことをしたとはいえ、大好きだった父の教えも、全て自分の中にあると。


 リドルは、自分の中にある幸せだった頃の景色が幻ではなかったと証明するために、必死で生き抜き、世界にとって良くあろうとした。


 

 しかし――――。



 異変はある日突然訪れた。


 自分の周囲で奇妙な出来事が頻発するようになった。


 人が消え、街が消え、昨日まで元気だった人が病気になり、信じられないような異形の化け物が町中に現れた。


 すぐに原因は自分だとわかった。


 デイガロス帝国の軍勢がリドルの住む街へ大挙して押し寄せ、そう告げたからだ。


 軍勢の目的は、リドルの抹殺。


 門の存在も、自分が使える能力の正体もそのときに初めて知った。



 そして、既に自分が門と一体化しつつあることも――――。



 しかし、当時のリドルの力はすでに覚醒を迎えており、大陸最大の軍事力を誇るデイガロス帝国の全軍すら最早相手にならなかった。


 気付けば、リドルは無数の屍の中、血にまみれて一人立ち尽くしていた。



「あはは…………なんですかこれ…………なんですか……なんなんですか……っ」



 最早、リドルが行く場所はなかった。


 彼女が平和に過ごせる場所は、その世界から消えたのだ。



「誰か……私を助けて…………っ」 



 その白い服を鮮血で染め、嗚咽を漏らして立ち尽くすリドル。


 しかしそんなリドルの前に次に現れたのは、その世界の絶対支配者――。



『مدمرة الأبعاد. سوف يموت هنا لحماية عالمنا.――――』



 リドルには、なぜかその存在が何を言っているのかすぐにわかった。


 次元の破壊者――。


 目の前の存在は確かにリドルのことをそう言った。


 わけもわからないまま、リドルはそれとも闘った。


 相手が何なのか。どういう存在なのかもよくわからないまま、ただ自分の身を守るために、生きるために闘った。


 リドルは勝利し、無数に襲いかかってきたその存在を、一人残らず消滅させた。


 だが、その時には。


 リドルが住んでいた星も、その星が存在した世界そのものも。


 そして、リドル自身の心も。


 跡形もなく壊れていたのである――――。



 ●    ●    ●



「消えなさい――! 異形の神!」


『興味深いです――もっと近くで、もっと貴方の力を――』



 激突する二つの領域。


 それは、互いの存在をかけた壮絶なマウントの取り合い。


 上位を取られれば食われ、自らが上に立てば全てを奪う。



『アアアアアア――なんて凄い力――私が――潰れる――』


「貴方の座標はもう見つけてるんですよ! 逃がしません!」



 一瞬で押し潰され、圧砕される名も無き神。


 眩いばかりの閃光と化したリドルの領域が、抵抗すら許さず特異点と化した神の領域を打ち砕く。


 門と融合したリドルは、実質的に次元と領域によって定められるの中で最上位に位置する。


 その力は絶対。


 行使できる力の範囲はあらゆる平行次元に及び、制限も存在しない。


 そんなリドルが先ほど名も無き神の領域に押し負けたのは、名も無き神の生み出した領域が、だったからだ。


 まさかリドルも、そんなことを可能とする存在が現れるとは思っていなかったが、事実として目の前の存在は新しい次元を自力で創造した。


 ゆえに、先ほどのリドルの攻撃は、最初から見当外れの場所めがけて放たれていたようなものだったのだ。


 名も無き神が存在する座標さえ正確にわかれば、あとは浸食し、押し潰すだけ。


 絶対的上位存在である今のリドルに抗える者は存在しない。しかし――。



『オオオオオオォォォォ――これが死――新しいことを覚えました――感謝します――』


「ちっ……しぶとい!」



 しかしリドルがその新しい次元を跡形もなく押し潰した先、すぐに名も無き神は何事もなかったかのように出現する。


 おかしい。なにかが、なにかを自分は見落としている。


 リドルの顔に焦りが浮かぶ。


 何度も、数え切れないほど何度も名も無き神の生み出した次元を跡形もなく打ち砕いているはずなのに、その都度名も無き神は新たなる世界を創造し、何事もなかったかのように出現した。


 リドルの力は無限。このまま闘っても負けるとは思えない。


 しかし――。



「う……ゴホッ! ゴホゴホッ……!」



 リドルの背後で、一瞬だけ障壁が消える。


 ダストベリーが咳き込み、倒れそうになるその体をエアが支えた。


 そう、このままではリドルはいずれ勝つかも知れないが、この星は、この世界は到底保たない。



「どうすれば……このままじゃ、この世界も……っ」



 このまま闘えば、かつて自分が存在していた次元と同じように、この世界も破壊される。


 その迷いが一瞬の隙を生み、名も無き神の攻勢を許す。



『では――次は私から――これでどうですか――これなら届きますか』


「くっ……もしかして、この座標が間違っている……!?」



 輝きが減衰したリドルの領域が押し返され、リドルと、その後方にある巨大な門ごと押し潰そうと迫った。


 リドルは領域を展開し、それを弾こうとする。しかし間に合わない。


 リドル自身への浸食は防いだが、その後方にいるダストベリーとエアに名も無き神の力が届く。これが届けば、障壁は消え、ダストベリーももはや倒れるのみだろう。



 だが、その時である。



「ほう……どうやら、本命はここにいたか」


「けどヴァーサスがいないね? なにかあったのかな?」



 二筋の閃光が奔り、その領域の侵攻を弾いた。


 リドルは驚き、その声のした方向。ダストベリーとエアの背後の、そこに存在する巨大な門を見た。



「ヴァーサスのことが気になるけど……今はそうもいってられないね。リドル君……いや、君は黒姫さんか。僕も助太刀させてもらうよ」


「ヴァーーハッハッハ! こいつはいい! 俺の心奥にまで届く震え! このような感覚は久しぶりよ! やはり戦場とはこうでなくてはなぁ! ヴァーハッハッ!」



 そこに立つ、二つの影。


 それは門番ランク1。門番皇帝ドレス。

 そして門番ランク2。天帝ウォン。


 二人の最強が、力強い笑みを浮かべ、その場に現れたのだ。



「僕の名前はドレス。ドレス・ゲートキーパー。この門を守る門番だ」


「俺の名はウォン。門はドレスに譲ってやろう。俺は……貴様を殺す門番だ」



 ドレスの全殺しの剣スレイゼムオールが閃光を放ち、ゆっくりと浮遊するウォンの周囲に不可視の絶対領域が展開される。



「君が、力によってこの門を押し通ろうというのなら――」


「貴様は今ここで! この俺が切り捨てるッ! さぁ――俺を楽しませて見せろ! 最後の神よッ!」





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