夢から覚める門番
「私はただの宅配業者!」
「そして俺はその門番だ!」
二人で背中合わせになり、ポーズを決めるリドルとヴァーサス。
初めてそんな二人を見たとき、とても呆気にとられたのを覚えている。
しかし、そんな気持はすぐに憧れに変わった。
「ここは頼みましたよ!」
「ああ! 任せておけ!」
闘うときも、どこかに行くときも、何か相談事をするときも。
ヴァーサスの隣にはいつもリドルがいた――。
二人が強く信頼し合っていることは一目でわかった。
二人が交わす瞳が。
二人が頷き合う動作が。
二人の間にだけ存在する空気感が。
それら全てが、リドルとヴァーサスの深い絆をこれでもかと言うほどわからせにきていた。
聞けば、二人が出会ったのはミズハと知り合う一ヶ月前だという。
たった一ヶ月――。
たった一ヶ月という短い時間で、人というのはああもぴったりと息が合うようになるものなのだろうか。
もしも――。
もしもミズハが、リドルよりも先にヴァーサスと出会っていたら――。
果たして、あの場所に立っていたのはミズハだったのだろうか。
『何を言うつもりだったの? 言ってどうするの? 想いを伝えた後、あの二人の間に入っていけると思ってるの?』
「そんな……私は……っ!」
『そんなつもりはない? 師匠は素敵な人……尊敬できる人……そして師匠と同じくらい、リドルさんも素敵な人……あの二人に比べたら貴方なんて、私なんて、本当に小さくて、半端な未熟者。そう思い込んで私から目をそらして逃げていたのは、貴方でしょう?』
「うぅ……っ」
時の止まった夕暮れの街。
突然現れたもう一人の自分が一歩、また一歩と詰め寄ってくる。
まるで責めるような、なじるような自らの視線にミズハは震え、立ちすくんだ。
『私が何度も何度も教えてあげようとしてたのに……どうして……』
「あなた……」
いつしか目の前までやってきたもう一人の自分。
だがミズハはそのときになってようやく気がついた。
目の前の自分がぽろぽろと涙を流していたことに。
『気づいて貰えないのは……苦しいよ……』
泣きはらした銀色の瞳で、訴えるように自分を見るもう一人の自分――。
彼女が呟いたその言葉は、紛れもなくミズハ自身のものだった。
その声は、確かにミズハ自身の声だった。
ミズハの胸の奥底で自分でも気づかないうちに生まれ、いつしかどんどんと大きくなって、気づいて欲しいと大声で泣いていた、自分自身の声――。
そのことに気づいた時、ミズハの中の恐れや迷いは消えていた。
「そうだよね……気づいて貰えないのは、苦しいよね……」
迷いのない瞳でもう一人の自分の視線を受け止めるミズハ。
彼女を通して、ミズハは自分の心の中の声を聞いた。
ヴァーサスへの想いもリドルへの想いもかけがえのない大切なもの。
しかしそれ以上にまず、自分自身の想いを大切にしてあげるべきだった。
自分自身の心から沸き上がる声に耳を傾けてあげないといけなかった。
ミズハはそれに気づき、ずっと耳を塞いでいた自分の手を、ついに下ろしたのだ――。
そして、その瞬間だった。
ミズハの肩に、ミズハもよく知る大きく暖かな手が添えられた。
「――大丈夫か? ミズハ」
「師匠……?」
ミズハが振り向くと、そこには安堵の表情を浮かべるヴァーサスがいた。
「ようやくここまで来ることができた。助けに来たぞ、ミズハ」
「師匠が、私を助けに……?」
突然目の前に現れたヴァーサス。
見れば、先ほど停止したヴァーサスもすぐ横で止まったまま。
不思議そうに目をぱちぱちとさせるミズハに、ヴァーサスは安心させるように微笑む。
「そうだ。君はとある妖精の魔法にかけられ、ずっと眠っていたのだ。ここも君の夢の中の世界らしい」
「ここが……私の夢の中……そうだったんですね……だから……」
ヴァーサスのその言葉に、全て納得がいったという風に頷くミズハ。
「ご心配をおかけしてしまってすみませんでした……私、ここが夢の中だってことにも気づいてなくて……でも、どうして師匠がここに?」
「君に夢を見せていた妖精と、リドルの力を借りたのだ。あとは君がそう願えば、すぐに目を覚ますことができると言っていたぞ」
「リドルさんまで……本当にごめんなさい」
「気にすることはない。君に夢を見せていた妖精も、特に悪意があってのことではないそうだ」
そう言って、ミズハへと目覚めを促すヴァーサス。
しかしミズハは一度周囲の止まった世界へと目を向け、自分のためにここまでやってきてくれたヴァーサスを見つめた後、最後に目の前で未だに涙を流す自分へと向き直った。
「わかりました。でも……最後に少しだけいいですか?」
「……まだなにかやることがあるのか?」
「はい……」
ミズハははっきりとした口調でそう言うと、目の前に立つもう一人の自分へと歩み寄る。
そしてその瞳をまっすぐに見つめた後、自分と同じくとても小さなその体を優しく抱きしめた。
「今まで無視して、気づかないふりをしてごめん。ありがとう、もう大丈夫だから……」
ミズハのその言葉に、もう一人のミズハは笑みを浮かべたように見えた。
辺りが光に包まれ、周囲の景色は遠くに消えていく。
夢から覚めるまでの間、ヴァーサスはずっとミズハの手を握り締めてくれていた。
ミズハはその温もりを忘れないように、自分からもヴァーサスの手を握り返す。
「……師匠。私、この夢から覚めたら師匠にお伝えしたいことがあるんです。後でお時間頂いてもいいですか?」
「うむ! 俺で良ければなんでも言ってくれ! できる限り力になるぞ!」
「はい……ありがとうございます。師匠……」
加速し、霧散していく光の中で交わした約束。
ヴァーサスの力強い返答に、ミズハは頬を染めて頷く。
そして自分の中の大事な気持を慈しむようにして、そっと胸に手を当てた――。
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