いつか並び立つ門番


「では、お願いします!」


「うむ! どこからでもかかってくるといい!」



 森に囲まれた巨大な門の前。


 木製の棒と盾を持ったヴァーサスと、双蓮華そうれんげを構えたミズハが相対する――。



 ●    ●    ●



 あの後、無事夢から覚めたミズハ。


 夢の世界から戻ってきたミズハが見たのは、心配そうに自分を囲む大勢の人々だった。


 夢の世界へとヴァーサスを送ったリドルと黒リドル。クレスト少年に、なんと信じられないことにあのレイランド卿まで。その他にも、普段自分を見守ってくれている大勢の使用人や、屋敷の料理人や専属医も。


 本当に多くの人が、何事もなく目覚めたミズハを見て喜びの声を上げ、一様にミズハの無事を喜んでくれた。


 彼らは皆、ミズハが普段どれだけ頑張り、日々を懸命に過ごしているのかを微笑ましく見守っていた人々だった。


 ミズハはそんな人々に心配をかけてしまった申し訳なさからひたすら謝りっきりだったが、そんなことを気にしている者は誰も居なかった。


 ミズハと共に夢の世界へと落ちていた妖精も結局無罪放免となった。


 ナーリッジでも高名なヒーラーの話では、この妖精は夢を操る力をもっていたが、本来であれば他人を巻き込むような力ではなく、あくまでしかない無害な存在なのだという。


 しかしミズハが心を痛めて屋敷へと戻ってきたあの日。


 こっそり屋敷へと忍び込んでふかふかのベッドで寝ていた妖精は、戻ってきたミズハにむぎゅむぎゅと押し潰され、更にミズハの強い思念に巻き込まれる形で一緒に眠りに落ちてしまったのだという。


 結果として、自分にしか効果がないはずの夢を操る力がミズハにも及び、妖精もミズハも自力では起きることが出来なくなっていたのだ。



 ●    ●    ●



「三の太刀――鈴蘭!」



 緊迫の一瞬。ミズハが仕掛ける。


 目にもとまらぬ踏み込みから、左右交互に繰り出される連撃。


 しかしヴァーサスはその一撃目を正確に見切り、躱しながらミズハの背後へと。


 ヴァーサスはミズハとの稽古で自分から仕掛けることはない。

 常にミズハの仕掛けを待ち、隙あらばそこを突く。


 それを繰り返すことで、ミズハの動きを少しずつ、少しずつ洗練されたものへと鍛えていた。だが――。



「連技――万花繚乱!」


「むっ!?」



 瞬間、ミズハの動きが変わる。

 直線的なミズハの加速と相反するようにしなやかに、流麗な軌跡を描く二刀。


 かつて一度も目にしたことのない、幻惑するかのようなその太刀筋にヴァーサスは思わず盾を構え、そしてその盾の前でミズハの刃はぴたりと止まった――。



「……見事だ!」


「や、やった……! 私、やりました! 師匠っ!」



 それは、二人が稽古を始めた初日に交わした約束――。


 ヴァーサスが持つのはただの木製の棒と盾に過ぎない。

 当然、ミズハの双蓮華そうれんげをそんなもので受けることは不可能。


 故に、ヴァーサスはこう言っていたのだ。


『俺にこの棒と盾。いずれかを使わせられるようになれば、次の段階に進む』


 と――。



「素晴らしい動きだった! 技と技の繋がりも見事。これは俺もうかうかしていられないな! はっはっは!」


「ありがとうございます! ここまでこれたのも、全部師匠のおかげです!」


「そんなことはない。全てミズハが自分で考え、懸命に修行に励んだ成果だ。よく頑張ったな、ミズハ!」



 満面の笑みを浮かべ、今にもヴァーサスに抱きつかんばかりの勢いで喜ぶミズハ。

 体格的差的にちょうどいいのか、ヴァーサスはそんなミズハの小さな頭に手を添えると、優しくその髪を撫でた。



「あふ……」


「次の稽古からは、俺も俺の槍と盾で臨むとしよう。そうしなければ俺が傷だらけになってしまうだろうからな! はっはっは!」


「あ、あの……師匠……! さっき私が言ってたお話、今聞いて貰ってもいいですか?」


「勿論だ。他ならぬミズハの話。なんでも言ってくれ!」



 ミズハはヴァーサスが添えた手にそっと自分の手を添えると、深く息をついてからそう切り出した。


 ヴァーサスはいつもの調子だが、ミズハの表情は真剣そのもの。

 銀色の大きな瞳と、丸みを帯びた可憐な表情がまっすぐにヴァーサスを見つめている。


 そして、そんな二人を遠くから見守っていたリドルと黒リドルも――。



「あ、あのちんちくりん……まさか、まさかここで仕掛けるというのか!? 良いのか白姫よ!? あやつの気配が変わった! このままではヴァーサスが危うい!」


「自分でミズハさん焚きつけといてなーに言ってんですか! 半分くらい貴方のせいじゃないですか! って……大丈夫です。私はなーんにも心配してません。ヴァーサスも、ミズハさんも……とっても素敵で、私の大切な人ですから」


「ぐぬぬ! なんという余裕……! せ、正妻だからといい気になりおって……!」


「まあ、そうですね! ふんす!」


「うぐぐぐ……気に入らん! 気に入らーん! そんなに私をいじめて楽しいか!? 泣くぞ!? 良いのか、私が泣いても!?」


「あらら……わかりました。では私の胸でいくらでも泣いてください! どうぞ!」


「く、悔しいいいい!」


「大丈夫ですよ。ここにいるのは、みんないい人ばっかりなんです。きっと、黒姫さんもすぐにそう思えるようになります」



 宣言通りえぐえぐと涙を流す黒リドルを自身の胸でよしよしとなだめると、再びリドルはヴァーサスとミズハを見つめた――。

 


「私、師匠のことが好きです! 大好きなんです!」


「ああ! 俺もミズハのことが好きだぞ!」



 ミズハが伝えたその言葉に、ヴァーサスは迷い無く即答した。



 ――そう、ミズハの伝えた想いとヴァーサスの答えた言葉。その意味するところは違う。それは、ミズハにもわかっていた。


 ヴァーサスのその答えを聞いたミズハは瞼を閉じ、静かに天を仰いだ。


 言う前からヴァーサスの答えは予想出来ていた。

 そのの意味が、自分の発した言葉と違うことも……わかっていた。



 ――また逃げた?


 違う。


 例えこうなるとわかっていても、それでも伝えたかった。


 伝えてあげたかった。誰よりもまず自分のために。


 世界で一番大好きな人に、言葉として知っていて欲しかった。


 だから、ミズハはこうなるとわかっていても、伝えずにはいられなかったのだ。


 ミズハは暫し顔を上に向け、溢れそうになる涙を重力の助けを借りてこらえた。

 そして心の中で決意を固めると、再びヴァーサスへと向き直る。



「……ありがとうございます! それで、実は師匠にお願いがあるんです。私のお願い、聞いて頂いてもいいですか?」


「いいぞ」



 微笑むヴァーサス。


 胸は相変わらず苦しかった。けれど、今のミズハにはその苦しさも、どこか心地よい、今の自分にとって大切な、かけがえのないものに感じられていた。



「私……これからもっともっと強くなります。それでいつか師匠と並び立てるくらいに強くなったら……そのときは、私も――」


 胸の中で暖かく灯る想いを優しく抱きしめ、ミズハはヴァーサスにその願いを伝えた。



「私も、ずっと貴方の隣にいてもいいですか――」


「――ああ。楽しみにしている」



 次の瞬間、ミズハは思わず零れた涙を隠すようにヴァーサスの胸に顔を埋めた。


 隠す意味などなかった。なぜならそのときには既に大声で泣いていたからだ。


 二人の交わした約束の声はすでに風に乗って遠くへと消えた。


 しかしミズハの口から発せられたそのまっすぐな想いは、間違いなくヴァーサスの心に伝わり、刻まれ、受け止められた。



 その想いを恥じることはない、誰も責めることはない。


 どこまでも暖かで優しい風。


 それはまるで二人の約束を祝福するように、空に向かって駆け抜けていった――。




『門番VS眠れる妖精さん ○門番 ●妖精さん 決まり手:目を覚ました』 

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