相対する門番
そこは室内であるはずだった。
しかしどこまでも広がる闇は距離感を狂わせる。
一人闇の中に進み出たリドルを庇うように前に出るヴァーサス。
ミズハも周囲を警戒するように、柄に手をかけてリドルの後方をカバーした。
闇の中に突然現れた二つの紅い瞳。
同時に、辺りの闇が濃度を薄め、周囲の壁面が青い輝きを放った。
『おかえりなさいませ……リドル様。お待ち申し上げておりました』
「ゴトー……あれほどこの場所は捨てるようにと母も言っていたのに、今更なにをしているんですか!?」
普段よりも毅然とした口調で現れた人影に声を荒げるリドル。
闇の中から浮かび上がったのは、白いローブのような服に身を包んだ痩せた男。
そしてその背後にそびえ立つ、見上げるほどの用途不明の装置だ。
男の姿は白髪混じりの伸び放題の髪、そして血走った瞳。細く痩せた指先は骨と皮だけといった有様であり、その見た目からはとても常人には見えない。
背後の装置は無数の細い管のようなものがいたるところから伸び、配信石のような物体から無数の文字が浮かび上がっていた。
ゴトーと呼ばれたその男は、リドルの姿を見て喜ぶように目を細める。
そしてその白いローブの左右にあるポケットに手を突っ込むと、背後の巨大な装置へと目を向けた。
『申し訳ございません……しかしこのゴトー。やはりどうしても許せないのでございます』
明らかに生気を感じないゴトーの声。
しかしゴトーから発せられる言葉は決して揺るがぬ強固な意志を感じさせた。
『リドル様……貴方がこの研究所を出てから何年が経ちましたか?』
「……二年です」
『それはまた随分と短い。私はかれこれ三百年はこの場所で過ごして参りました。この研究所と共に過去と未来、そして現在を行ったり来たり……そちらではまだ二年しか経っておられないというのであれば、リドル様も外界でのエルシエル様への罵詈雑言はまだまだ耳にするはず……』
ギョロリとした瞳をリドルたち三人へと向けるゴトー。
ゴトーに視線を向けられたヴァーサスは、その紅い瞳を正面から見据えた。
リドルに対してはともかく、ヴァーサスとミズハに向けるゴトーの視線には明確な侮蔑と怒りが込められている。
『数百年後、その声はどうなっていると思いますか? 愚かなことにエルシエル様への人間どもの悪評は高まるばかり。あの方以上に世の平和を望み、人々の幸福を願った方は他にいないというのに……!』
「……そんなことを気にする母ではありません。それはあなたも良く知っているでしょう? それにそうだからといって、母が命を捨ててまで辿り着いた平和も幸せも、あなたは台無しにする気なんですか!?」
『エルシエル様、リドル様。お二人にはとても申し訳ないと思っています。しかし私は皆がここを去った後も人の世の流れを見続け、やはりエルシエル様の決断は誤っていたと判断しました。あの男にたぶらかされ、門を人類の管理ではなく救済に使うなどと……』
「……口を慎みなさいっ! 父への侮辱は許しませんよ!」
そのゴトーの言葉に、リドルは今までヴァーサスが見たこともないほどの怒気を発した。即座にリドルはゴトーの背後にある装置めがけて手をかざすと、怒りに満ちた瞳を目の前の男にまっすぐに向けた。
「あなたがどう思おうと、私は母と父の願いを継いでここに立っています! それを壊すことは絶対に見過ごせないんですよ! 今すぐ装置を止めるなら破壊まではしません! 大人しくシステムを停止してください!」
『……それは出来ない相談です。ようやく門の傍へとこの研究所を導くことができた。このような機会はまた数百年訪れますまい。この装置に内包されたシステムを起動し、封じられた門を再び開放します。エルシエル様を嘲り、邪悪な魔王とののしった愚か者達など塵一つ残しはしない……』
「っ!?」
「リドル!」
ゴトーの返答を聞いたリドルは、力を行使しようと集中に入った。
だが、リドルの力の行使を見越していたゴトーは周囲の壁面から次々と金属製の巨大な腕を出現させ、リドルたち三人めがけて攻撃させたのだ。
「守勢の型――
「リドルは下がっていろ! 俺が諸共撃ち抜く!」
「どうして……一体なにがあなたをここまでしたんです!? 以前のあなたは、こんな人じゃなかったじゃないですか!」
リドルに迫る無数の腕を一瞬で切り捨てるヴァーサスとミズハ。
しかし三人めがけて迫り来る腕は何度切断されても瞬時に再生し、攻撃の勢いを弱めない。
それらの腕に攻撃を命じながら、ゴトーは自分を睨み付けるリドルを見て目を細め、愛憎入り交じった視線を向けた。
『本当にお美しくなられましたな……エルシエル様の面影をはっきりと宿していらっしゃる……恥ずかしながら、私は貴方のお母様にずっと想いを寄せておりました。結局私はエルシエル様に想いを伝えることもできない臆病者でしたが、それでもあの日のことは忘れられません……あの男……貴方のお父上であるクルセイダスがエルシエル様の元にやってきた日のことは……っ!』
「なっ!? リドルの父がクルセイダスだと!?」
「ゴトー……っ! それ以上は許しませんよ! ヴァーサス、
「っ……任せろ!
「なるほど……そういうことだったんだね……」
瞬間――。
全てが両断された。
ヴァーサスたちを襲っていた無数の腕も、幽鬼のように立っていたゴトーも、その背後で稼働していた装置も、そして彼らがいた巨大な建物そのものも全てが、一筋の銀閃とともに切断され、その機能を停止した。
「ゴトーっ!?」
『なっ……なに……が?』
「悪いけど、僕は悪党にいちいち説明してあげるほど優しくないんだ」
驚愕にその血走った瞳を見開くゴトー。
その瞳に映る、純白の甲冑を纏った銀髪の青年の姿――。
ゴトーは視界にその青年を収めたまま、ゆっくりと鮮血の中に沈んだ。
門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。
突如としてヴァーサスたちの背後から現れたドレスは、既に閃光を収束させつつある聖剣を優雅に振り払う。
「お前はもう一つの塔へと向かったのではなかったのか!?」
「僕をみくびらないでくれよヴァーサス。僕たちは最初からこっちが本命だと言うことは知っていたんだ。そしてリドルさん……君が魔王に近しい眷属であるということも。もっとも、まさか魔王の娘とは思っていなかったけどね……」
「そ、それは……っ」
「そうか……ならば話は早い。俺からも説明させてくれ。リドルは――」
「――この異変を止めるために尽力し、すでに邪悪な心を入れ替えて善良になったので見逃して欲しい――かな?」
冷徹な声だった。
本当にこれが先ほどまでにこにこと微笑みを浮かべながら、自分と談笑していた人物なのかと疑うほどに。
「……話を聞く気すらない、というわけか。相変わらず頭の固いやつだ」
「それはお互い様だろう? でも僕は嬉しいよ、こうしてまた会えただけじゃなく、七年前の決着をつけることもできるなんてね」
その美しい顔に獲物を狙う狩人の笑みを浮かべ、門番皇帝ドレスは眼前に立つ友に自らの持つ聖剣の切っ先を向けた――。
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