再会する門番


 門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。


 一介の門番から個人戦闘力のみでデイガロス帝国皇帝まで上り詰めた男。


 出自すら定かではない卑しい身分だが、その強さ、そして人格は非の打ち所がなく、腐敗しきっていた帝国の階級社会を自身の人気と掌握力のみを頼りに改革した。


 クルセイダス亡き後の大陸最強の門番として知られており、その強さは比喩ではなく万の軍勢すら容易く打ち砕く――。



「あはははははっ! 門番になるためにそんなに苦労したのかい? どうやらナーリッジのお偉方は見る目がないようだね!」


「うむぅ……俺は歌も踊りも得意ではなかったからな。リドルに会っていなければ危ういところだった」


「あの配信は僕も見ていたよ。もちろん、彼女の実況も最高に楽しませて貰った。まさかヴァーサスの雇用主だとは思っていなかったけどね」


「いやはや……まさか皇帝さんまであれをご覧になっていたとは……恐縮です。はい」


「それにそっちの子……ミズハさんで良かったかい? 君もまだまだ荒削りだけど、君の歳であの腕前は天才と言って良いよ。ヴァーサスに弟子入りしたっていうのなら、きっとすぐに大陸でも五指に入る門番になれるんじゃないかな」


「ほ、本当ですか!? 私もそう思ってて……やっぱり師匠は凄いです! 一生ついて行きます!」


「はははっ! これはヴァーサスもうかうかしてられないんじゃないかい?」


「まったくだ! 俺もミズハに恥じない門番を目指して精進しなくてはな!」



 人気の無い街並みを奥へ奥へと進みながら、ドレスはすぐにリドルやミズハとも打ち解けた。


 屈託のない少年のような笑顔や、その身分を感じさせない振る舞いは見るもの全てに好印象を与えた。


 ヴァーサスとはまた違う意味で純粋さを感じさせるドレスの姿は、まさしく誰もが思い描く理想の王者そのものであった。



「私は全然つまんねーです。陛下が全然相手してくれねーです。全員死ねば良いのに。ギギギ……」


「あらら、まだクロテンは拗ねてるのかい? こっちへおいでよ、頭を撫でてあげるからさ」


「……そんなのいらねーです」



 四人のやりとりを離れたところから眺めていたクロテンと呼ばれた赤髪の少女は、いらねーと言いながらスススとドレスに近づくと、無言で頭部をドレスの手に押しつけた。



「よしよし……君が寂しいのもわかるけど、ヴァーサスは僕の一番の親友なんだ。もう少しだけゆっくりと話をさせてくれるかい?」


「んっ……したかねーですね……陛下の好きにするといいです」


「すまないクロテン嬢。話が終わればすぐにドレスはお返しする!」


「ちっ! てめーさえいなければもっと陛下と二人っきりでした。今すぐ死……」


「クロテン」


「……わかったです……しかたねーです。陛下を少し貸してやるです」


「感謝する!」



 ドレスに頭部を撫でられながらしぶしぶと了承するクロテン。

 ヴァーサスは大声で礼を言うと、再びドレスとの談笑に華を咲かせた。



「ところで、皇帝さんとヴァーサスは一体どこで知り合ったんです? 接点とか全然なさそうに見えるんですけど」


 

 そんな二人の間にリドルが質問を投げかけた。

 リドルのその疑問は至極真っ当なものだろう。


 数年前に皇帝にまで上り詰めたドレスと比べ、ヴァーサスはリドルと会う数ヶ月前まで門番ですらなかったのだから。



「接点ならあるさ。僕とヴァーサスが出会ったのは七年前――門番戦争と言えばもうわかるんじゃないかな?」


「門番戦争……皇帝さんが一躍有名になったあの大戦争ですね」



 門番戦争とは、七年前に勃発した大陸を二分する大戦争である。

 この戦いの趨勢を決したのは万の軍勢でも全てを焼き尽くす兵器でもなかった。


 この戦争で勝敗を決定づけたのは、各国が有していた門番の強さだった。

 強力な門番がたった一人で万の軍勢を滅ぼし、街を吹き飛ばす兵器すら破壊する。


 強大な力を持つ門番を頼みにする初めての戦争、それが門番戦争だった。


 この戦争以降、クルセイダスの活躍で火がついていた門番の人気は加速度的に高まることとなり、大門番時代の決定的な幕開けとなったのだ。



「そう。あのときは僕もヴァーサスもただの兵士。門番ですらなかった。けど僕たち二人はあの頃からとても強くてね。偶然同じ陣営だったのもあって、二人で大暴れしてたのさ」


「あの頃は俺もまだまだ未熟だった……俺とドレス、どちらの方が強いかで言い争いになり、一日中戦い続けたこともあったな!」


「あのときは引き分けたけど、今闘えばきっと僕が勝つよ。あれから僕も成長したからね」


「なんだと!? ならば試してみるか!」


「あわわ! ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 今は迷宮の中ですから!」



 嬉しそうな笑みを浮かべて睨み合う二人だったが、本当に闘われてはとんでもないことになる。


 リドルは慌てて二人に割って入ると、冷や汗をかきながらその場を収めた。



「でも安心したよ、君は昔となに一つ変わっていない。僕が大好きなあの頃のヴァーサスそのままだ。僕にはそれがたまらなく嬉しい」


「そういうお前はどうなんだ? 皇帝になって色々忙しいのではないか?」



 肩を並べて歩くドレスに、ヴァーサスは微笑みながら尋ねた。

 そしてそんなヴァーサスの問いに、ドレスはなんのことはないと首を横に振った。



「僕が皇帝になったのはもっと沢山の門を守るためさ。門はなにも城や屋敷にだけあるものじゃない。全ての人の心、一つ一つに門はあるんだ。僕はそんな門を全て守りたい。それが僕の変わらない目標だよ」



 まっすぐに前を見つめ、一切の迷いない瞳でそう言い切るドレス。

 ドレスのその言葉を聞いたヴァーサスは、既に湛えていた笑みを更に深くした。



「……お前も変わらないな。また会えて嬉しいぞ、友よ!」


「僕もだよ。ヴァーサス」


「(ふふっ……なんだか、師匠もすごく嬉しそうですね)」


「(ですねぇ……これが男の友情ってやつなんでしょうか)」


「(ギギギ……イライラするです……でも陛下とっても楽しそうです……)」



 言って、固く握手を交わすヴァーサスとドレス。


 リドルもミズハも、そしてクロテンまでもが、そんな二人の様子を微笑ましく見ていたのだった――。



●    ●    ●



 そのまま一時間も経過しただろうか。


 迷宮の中なので実感がないが、外ではそろそろ日が暮れる頃だろう。

 普段の迷宮踏破であれば、一度外に戻る頃合いである。


 だが――。



「どうやら、ここがこの迷宮の最深部のようだね」


「うむ! そのようだ!」



 今、ヴァーサス一行の前には一際巨大な箱形の建物がそびえ立っていた。


 丁度街の中心に位置しているその建物は、ある程度の高さから二股に分かれ、左右に全く同じ形の構造が塔のように伸びていた。



「もう時間も遅い。ここは二手に分かれて同時に調べないかい? 君たちならどんな怪物が出てきても心配いらないだろうしね」


「そうだな。ならば俺たちは――」


「はいはいはい! 私どもは左側に参ります! 今日は左に進むと吉と朝の配信で言っておりましたゆえ!」


「む? そうだったか?」


「そうですそうです! では、私どもはこれで! 皇帝さんとクロテンさんもお気をつけて!」


「そうかい? なら僕たちは右を担当するよ。どちらが先に辿り着くか、平和的に勝負と行こうじゃないか」


「面白い! ならば俺たちも急ぐとしよう!」



 言うが早いか、リドルはヴァーサスとミズハをぐいぐいと引きずりながら左側の塔へと続くらしき自動昇降装置へと乗り込んでいく。


 残されたドレスとクロテンはそんな三人を不思議そうに眺めていたが、そのまま彼らも右側の昇降装置へと姿を消した。



「どうしたのだ? なにか左の塔にあるのか?」


「ちょいちょい」



 狭い昇降装置の中。

 先ほどのリドルの行動を訝しむヴァーサスを、リドルはぐいと引き寄せて耳打ちする。



「(こっちが正解です。でも皇帝さんが同じ場所にいたら色々と面倒なので、ここは別行動にさせていただきました)」


「(なるほど、そうだったのか。気が回らずすまなかった)」


「(いいんです。それより、この先は本当に何があるかわかりませんから、よろしくお願いしますね)」


「(わかった。任せてくれ)」


「お二人とも気をつけて! どうやら着くようです!」 



 昇降装置に表示された数字とメーターが移動の終わりが近いことを示す。

 加速を続けていた装置が徐々にその速度を落とし、やがて停止した。



『――四十八階です』



 無機質な音声が室内に流れ、閉じられていた扉がゆっくりと開かれた。


 扉の先は闇。

 

 だが漆黒の闇の中、壁面と床だけがうすぼんやりと青く輝いていた。



「出てきなさい。いるのはわかっています」



 突然、闇の中に進み出たリドルが毅然とした声を発した。

 その声はどこまでも反響し、やがて消えた。


 リドルの問いに応じる者は皆無のように見えた。だが――。



『おかえりなさいませ……リドル様……お待ち申し上げておりました……』



 あたりを埋め尽くす闇。

 その中に、二つの赤い瞳が浮かび上がった――。





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