謁見する門番


「ここがこの迷宮の最深部か……」


「私……こんなの見たことありません……」


「まだですよ。私の予想通りなら、ここからが本番です!」



 迷宮突入から二週間と三日。


 ヴァーサス一行が到達した階層は千四百を越えた。


 千を超える数の怪物達をなぎ倒し、数え切れないほどのトラップを乗り越えた先。

 ヴァーサス達の前に現れたのは異様な空間だった。


 広大な地下空間に、巨大な街が広がっていたのだ。


 ホールの天井は高くもやがかかり、その果ては見えない。


 街を構成している建物の造形も異様だ。


 見たこともない長方形の無機質な箱が整然と立ち並んでいる。


 箱には無数の大きな窓枠が備えられており、その全てに精度の高いガラス板がはめ込まれていた。


 地面もまたヒビ割れ一つ、段差一つ無い滑らかな石の素材で作られていた。

 さらにどういう仕組みかはわからないものの、白く輝く街灯が今も稼働している。


 初めて目にするその町並みに、ヴァーサスとミズハは感嘆の声を上げた。



「伝説に聞くエルフの古代都市でも見ているようだ。以前修行中に会ったエルフは、そんな高度なものなどないと笑っていたが……」


「さすが魔王の迷宮の最深部……この建物からもすごい威圧感を感じます……」


「そうですね……たしかに、少し変わってるかもしれません」



 人気を感じない虚無で包まれた街の中を三人はゆっくりと進んだ。


 整然としてチリ一つないものの、人の手を感じない町並みはどこまでも冷淡にヴァーサス達を迎えた。



「あ……」


「どうした?」



 突然、何かを見つけたリドルが走り出す。


 ヴァーサスとミズハもその後に続くと、そこには広場のようなものがあった。


 広場には等間隔で木々や花が植えられ、それらの草花は住む者もいないというのに未だに美しく咲き誇っている。


 広場には他にも用途のよくわからない鎖でぶら下げられた椅子や、鉄の棒の枠組み。なだらかに傾斜がつけられた板に階段がついているだけのオブジェなど、様々な物が設置されていた。



「リドル……大丈夫か?」


「すみません……少し、懐かしくて」


「懐かしい?」


「……きっとリドルの母上に関係しているのだろう」


「あ、そうでした……すみません」


 

 歩みを止めたリドルは、設置されていたオブジェにそっと手を添える。


 ふと漏れたリドルの言葉にミズハは訝しむような表情を浮かべたが、そこはすぐさまヴァーサスが助け船を出した――。



●    ●    ●



 リドルの母が魔王エルシエルであるという告白。


 当然ヴァーサスは大いに驚いた。


 魔王エルシエルと言えばいくつもの国や街を消し飛ばした大罪人である。


 討伐に向かった勇者たちも誰一人として帰らず、万を超える軍隊は突然その体を小さくされ、散り散りに敗走したという。


 魔王の領域はこの世のものではない。


 世のあらゆる理がねじ曲げられ、嘘が真になり、現実が虚構になる。


 しかもその居城は神出鬼没。

 現れては消え、消えては現れる。


 伝説の門番クルセイダスが魔王の討伐に成功したのも、わざわざ魔王エルシエル自ら王都へと侵攻してきたからで、クルセイダスが討伐に赴いたわけではないのだ。


 だが、今のヴァーサスにはそれら魔王にまつわる話のどれについても思い当たる節があった。



 そう――あの門の存在である。



「母はあの門を封印する方法をずっと探していたんです。昼も夜もあの門の傍を離れず、あの門の被害を最小限にしようと、世界から切り離された場所に迷宮……というか、門の研究所まで作って……」


「つまり、魔王の所業とされる数々の被害は、全てあの門が引き起こしたものだったのだな?」


「はい……街や国を消したのも、凶悪な怪物を呼び出したのも、全てあの門があったからです。母はこのまま門を放置していれば、いつかこの世界全てがとんでもないことになると言っていました」


「そういうことだったのか……それ故に、魔王と……」



●    ●    ●



「お待たせしました。行きましょう!」


「もういいのか?」


「はい! こんなところでしんみりしてられません! ささっと解決してみんなで上に戻りましょう!」


「承知した!」


「そうですね! 私も力の限り斬り捨てます!」


 

 そう言って、再び街の中心に向かって走り出す三人。


 リドルが相当の覚悟とヴァーサスへの強い信頼を持って話してくれた真実。

 その事実を知ったヴァーサスは、改めてリドルへの想いを強くした。


 たとえ真実がどのようなものであれ、世界にとって魔王エルシエルはいまだ絶望と恐怖の権化であることに変わりは無い。


 もしリドルが魔王の娘だと露見すれば、彼女は世界中を敵に回すことになるだろう。そうなったとき、ヴァーサスは一体どうするのか――。


 無論、その答えは既に決まっていた。



「リドル」


「なんですか?」


「俺は必ず君を守る!」


「……はい」


「(……あれ? なんだか私、この場に居てもいいのかなって気が……あ、でも弟子が師匠のお傍にいるのは当然ですから、居ても良いはずです! そうです!)」



 走りながら交わされた二人のやり取りと、それを見てなぜか顔を赤くしてぶんぶんと左右に振るミズハ。


 それぞれの思いを胸に、最深部へと迫る三人。


 だがその時、三人の前に突然巨大な影が立ち塞がった。



『ここはエルシエル様の所有地。立ち去らねば排除スル』


「これは……ミスリルゴーレムか!?」


「ここは私が! 二の太刀――牡丹!」



 走り抜ける勢いそのままに、一瞬で前に出たミズハが眼前の巨大なゴーレムに斬りかかる。


 銀閃が煌めき、世界で最も固い金属であるミスリルすら容易く両断する斬撃が放たれた。だが――。



「えっ!?」


『私はミスリルゴーレムではアリマセン。私はスーパー合金ガンマ製のガンマゴーレム』



 凄まじい閃光と火花が散り、ミズハの小柄な体が跳ね返るようにはじき飛ばされる。


 驚愕に目を見開くミズハ。


 それもそのはず、完璧に決まったはずの彼女の二の太刀は、目の前のゴーレムに傷一つ与えることが出来なかったのだ。



「そんな……っ! まだ私に斬れないものがあったなんて……!」


「これは門から出てきた金属で作られてますね! この世界の剣じゃ斬れませんよ!」



 勢いよく弾かれたミズハをリドルは即座に元の位置に飛ばして抱きとめた。


 ミズハの無事を確認したヴァーサスは、愕然とした表情を浮かべるミズハとその横のリドルを庇うように前に出る。



「二人とも下がっていろ! ここは俺がやる!」



 叫ぶヴァーサス。だが彼が全殺しの槍キルゼムオールを構えるよりも早く、それは起こった――。



「へぇ……僕たちより先にここまで辿り着いた人間がいるなんて……とても興味深いね。君もそう思わないかい?」


「はい陛下。率直に言ってムカつきます。殺して良いですか?」


『ガガ……ピーピー……ガガ……損傷率97%。任務続行……不能』



 瞬間。ゴーレムの体に一筋の閃光が奔る。


 その閃光は徐々に幅を広げると、ミズハですら傷一つつけられなかったゴーレムの体をあっさりと両断。ゴーレムは三人の目の前で巨大な爆炎と共に消滅した。



「す、すごい……っ」



 爆炎の収まったその向こう側。


 そこには純白の豪奢な鎧に身を包み、同色の盾に光り輝く剣を持った銀髪の美しい青年と、その横に控える盗賊風の見た目の少女が立っていた。



「でも見たところ、僕の助けは余計なお節介だったかな。久しぶりだねヴァーサス。また会えて嬉しいよ。門番就任おめでとう」


「チッ……陛下の知り合いですか。殺せないですね。ツマンネ」


「お前だったか……俺も会えて嬉しいぞ!」


「ちょ、ちょっと待って下さい師匠! この方って!」


「ヴァーサスってこの人と知り合いなんですか……!? 嘘ですよね?」



 青年を見て驚くヴァーサス。

 そしてそのヴァーサスを見てさらに驚くリドルとミズハ。


 なぜなら二人はこの銀髪の青年を既に良く知っていたからだ。



 大陸最強、最大の版図を誇るデイガロス帝国。その皇帝にして最強の門番――。



「そちらのお二人は初めてだね。僕はドレス。ドレス・ゲートキーパー。門番皇帝と言えばわかって貰えるかな?」



 門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。その人であった。







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