迷宮に潜る門番
「GYAAAAAAAAA!」
「はあああああああ! 三の太刀――鈴蘭!」
全長二十メートルはあろうかという炎の魔神が核ごと両断され、霧散する。
「まさか……不死者の王であるはずの……この我が輩が……滅びるとは……っ」
「門番を相手にしたのが運の尽きだったな!」
漆黒の闇そのものを形にしたような
悠久の時を生き続けた不死者の王――ヴァンパイアロードが、ヴァーサスの持つ
「た、助けてくれえ! 石の中は……石の中はいやだあああ!」
「ほいっ! ほいっ! ほいほいっ!」
ぱたぱたと駆け回るリドルに追いかけられ、逃げ惑う無数の凶悪なモンスターたちが一匹、また一匹と姿を消していく。
情けなく悲鳴を上げているが、そのモンスターはどれもが熟練の冒険者でも傷一つつけられないほどの強力な怪物たちだ。
だがリドルにとって相手の強さは特に重要ではない。
どんな相手であっても、座標の力で岩の中に放り込んでしまえばいいだけなのだ。
もちろん、消えたモンスターの行方は誰にもわからない――。
「……こちらは片付きました。師匠、今の動きはどうだったでしょうか?」
「見事だった! 次はもう少し後の先を意識してみるといい。格上を相手にした場合にはどうしても先の先だけを取ることは難しくなるからな!」
「こっちも終わりましたよ。ところで今って地下何階でしたっけ?」
「えーっと……ちょうど地下千二百階みたいです」
「随分潜ったな! 俺もここまで深い迷宮は初めてだ!」
「千二百階……私の記憶が確かならそろそろだと思うんですけどね……」
リドルはくるくると巻かれた大判の羊皮紙をカバンから取り出すと、隙間無く描かれた迷宮のマップを再確認する。
ヴァーサス達三人がこの大迷宮へと挑み始めてから二週間。
最初の頃こそ他の冒険者パーティーと遭遇したりもしたのだが、圧倒的速度で地下へと突き進むうち、いつしかそういった出会いも皆無となっていた。
「しかし本当にこの迷宮の奥にリドルの探している場所があるのか?」
「リドルさんのお母様がやり残した物がある……でしたよね?」
「ええ、それは間違いありません。どちらにしろもう少しで目当ての場所だと思いますよ」
広げた羊皮紙を巻き直してカバンへとしまうと、リドルは真剣な眼差しで二人に頷いた――。
● ● ●
三人が大迷宮へと赴く切っ掛け。
それはリドルからの頼みだった。
「二人で迷宮に潜りましょう。急がないと大変なことになるかもしれません」
「大変なことだと? どういうことだ?」
夜の闇をオレンジの灯が照らす。
二人が住む小屋の中。
リドルとヴァーサスはそれぞれが座る椅子を寄せ、膝を突き合わせて向かい合っていた。
迷宮が出現して一週間。
すでに大陸全土は大騒ぎになっている。
それもそのはず、かつて大陸全土を恐怖のどん底に陥れた魔王エルシエル。
その住処とされながらも、今までどこに存在するのかが謎だった大迷宮が、突然その姿を現わしたのだ。
なぜその迷宮がエルシエルのものだとわかったのか?
それはその迷宮の特異性にある。
魔王エルシエルは魔法とも身体能力とも違う特殊なエネルギーを操った。
その力は抵抗しようがなく、防ぐこともできない。
明らかに万物の測りを越えた、超常の力だった。
だがそれ故に、大陸各国はエルシエルの操るエネルギーの探知を可能としたのだ。その術式を使えば、エルシエルとその眷属の存在をある程度把握することが可能だった。
今回ナーリッジ近郊に出現した大迷宮からは、測定不能なほどのエルシエルのエネルギーが観測された。その力はナーリッジ近郊の生態系をすぐさま歪ませ始め、道行く人々は体調の不調や息苦しさを訴えだした。
この事態を重く見た各国は、すぐさま迷宮の探索を開始した。
ナーリッジは大陸の西端、自由都市国家連合の一都市に過ぎないのだが、この緊急事態に国の垣根を越えた協力態勢で解決にあたることになったのだ。
「まさか……この前のバダムのように、あの迷宮もリドルの門と関係があるのか?」
「それはまだわからないです……あの迷宮は元からああいうものなのです。あえて座標が固定されていない、世界中を彷徨う迷宮……それがあの迷宮がずっとみつからなかった理由です」
「なるほど…………んん?」
ふむふむと頷きながらリドルの説明を聞いていたヴァーサス。しかしたった今リドルの口から語られた大迷宮の詳細に、困惑の表情で声を上げた。
「……待ってくれ、なぜそんなことをリドルが知っているのだ!?」
「……それは……」
ヴァーサスの言葉に、リドルは目をそらして俯く。
いつもは元気すぎるほど元気な彼女が、今は別人のように弱々しく、なにかに怯えているようにすら見えた。
「以前、私はあの場所に住んでいたのです……だから、あそこのことはよく知ってます……」
「な、なんだと……!? あそこは魔王の住処なのだろう? そこに住んでいたということは……君は一体……」
「驚かせてすみません……隠していたわけじゃないんです。ただ話す必要も無いかなって……私もまさか、こんなことになるなんて思ってなくて……」
「……そうか」
リドルの言葉に一度は困惑の色を浮かべたヴァーサス。
だがそれは一瞬のことだった。
「リドルがあの迷宮に詳しい理由はわかった。それで、俺は何をすればいいんだ?」
「……え?」
ヴァーサスはすぐに何度か頷いて納得したような様子を見せると、再びいつもの自信に満ちた瞳でリドルへと笑みを向けた。
「あの……それだけですか? 私がなんで魔王の迷宮に住んでたのかとか、気にならないんですか? もしかしたらとっても悪い奴で、ヴァーサスや街の人に酷いことをしようとしてるかもとか、思わないんですか……?」
「それが俺のやるべきことに関係があるのなら話してくれ。そうでないのなら、リドルが話したくなったときに話してくれればそれでいい」
笑みを浮かべたまま、優しく穏やかな口調で話すヴァーサス。
リドルはそんなヴァーサスを困惑の表情で見つめいてた。
「ヴァーサス……」
「俺にはリドルの過去に何があったのかはわからない。想像することもできない。だが、俺が知っているリドルは今まで一度たりとも俺の信頼を裏切ったことはない。君は俺が心の底から信頼するに足る人物だ」
まっすぐにリドルを見据え、断言するヴァーサス。
その言葉を受けたリドルの目に、瞬間的に涙が浮かんだ。
だがリドルはその涙を隠すかのように椅子から身を乗り出すと、そのまま迷うように視線を泳がせる。
しかしそれも一瞬。
リドルは唇を引き結び、思い切ったようにヴァーサスの胸にコツンと額を当てて下を向いた。
「ど、どうした……?」
「あのですね……前々から思ってたんですが、さっきみたいなことよく真顔で言えますね……愛の告白より恥ずかしいこと言ってるって、わかってますか……?」
下を向いたままのリドルのその言葉に、ヴァーサスは途端に赤面して困惑の表情を浮かべた。
「そ、そうなのか……したことがないのでわからなかった。すまない」
「あやまらなくていいって、前も言ったじゃないですか……っ」
ヴァーサスの胸に額を当てたままのリドルの肩が静かに震える。
少し考えた後、ヴァーサスは震えるリドルの肩にそっと手を当てた――。
「怖いんです……本当のことを話したら、今のヴァーサスとの関係が壊れちゃうんじゃないかって……あなたといるの、とっても楽しいんですよ……っ!」
「……約束する。たとえそれがどんな話だったとしても、俺は何も変わらない」
「わかってます……っ! あなたがそういう人だって……わかってますから……っ」
……それからどれくらいの時間が流れただろう。
ようやく落ち着きを取り戻したリドルは、目の前に黙って座るヴァーサスに泣きはらした赤い瞳をまっすぐに向けた。
「私のこの話を聞いたら……もうずっと一緒にいてもらいますから……覚悟決めてもらいますよ……それでもいいですか?」
「無論だ」
縋るような、頼るような、しかし決意を固めたリドルの言葉。
その言葉にヴァーサスは即答する。そこには既に迷いも逡巡もなかった。
「……魔王エルシエルは……私の母なんです。門の奥にあるお墓に眠っているのも、門を封印したのも、私の母なんですよ……!」
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