第四戦 門番VS 旧支配者
来賓は通す門番
門番の朝は早い。
うっすらと空の色が明るくなり始めた夜明け前。
ヴァーサスは肌寒さを感じる森を抜け、丘を少し下ったところにある井戸へと向かう。空の桶を深い井戸へと投げ入れ、からからと音の鳴るロープで引き上げて水を汲む。
水を汲み終えれば次は朝食の準備が始まる。
火を起こし、湯を沸かす。大量にある芋を沸かした湯の中で柔らかくすると、それを潰してそのままポタージュのスープを完成させた。
そして棚の中から固く冷たい黒パンを取り出すと、それをたき火の上に置いた網の上に置いて弱火であぶる。これでパンを温めて柔らかくするのだ。
「うむ。我ながら完璧な手際だ!」
「ですです! いつも大変な朝の用事をやってくださってありがとうございますね」
「むっ、リドルか。そちらもおつかれだな!」
片膝をついてたき火の上にパンを乗せていたヴァーサス。
その肩口から顔を突き出して突然現れるリドル。
しかしもはやヴァーサスはこのようなリドルの現れ方に慣れたのか、特に驚くような素振りは見せない。
「花畑の手入れは終わったのか?」
「おかげさまで。以前はこの時間にお手入れと朝食を一人でやらないといけませんでしたので、それはそれは大変だったんですよ」
「このくらいお安いご用だ。俺の前任者とは分業はしていなかったのか?」
にっこりと笑みを浮かべ、跳ねるようにしてヴァーサスの肩口から顔をどけるリドル。そんなリドルにヴァーサスはふと思い出したように尋ねた。
「以前の方は訳あってあまり自由に動くことが出来ない身でした。この家にベッドが二つあるのも私が母と使っていたもので、その方と暮らしていたわけではないのですよ」
「そうだったのか。いつか前任者の話も聞かせてくれ。興味がある」
「そういえばこの前は巨人さんがいらっしゃって中断していたのでしたね」
赤と白の服に黒のネクタイ姿のリドルはテーブルの上に食器を並べ、そうでしたそうでしたと言いながら席に腰を下ろした。
「他にも色々聞きたいことはあるのだ。俺たちが守っているあの門。中を覗けば美しい花畑が広がっているが、なぜ神や巨人などといった輩がやってくるのだ? なにも皆ヒマワリを見に来るわけでもあるまい」
「そこ気になってたんです!? もうすぐ私たちが一緒に暮らし始めて一ヶ月ですよ? 全然聞かれないのでてっきりどうでもいいのかと思ってましたよ」
「ハッハッハ! 門の前に立つと楽しすぎて他のことは忘れてしまうのだ! 俺の悪い癖だな!」
「ええ、ええ。それは見てればよーーっくわかりますよ。いつもキラッキラした目でずっと立ってますもんね。まあその話もおいおいしますゆえ……いただきます」
少し遅れてヴァーサスが運んできたパンとスープ皿を受け取ったリドルは、たはははと呆れ気味の笑みを浮かべながらパンを千切り、暖かい湯気が立ち上るポテトのポタージュに付けて口に運ぶ。
「んっ、おいしくできてます! あっという間に料理も上手くなりましたね!」
「それは嬉しいな! 今までは自分さえ食べられればと思い深く考えては作っていなかったのだが、こうしてリドルにも食べて貰うことを考えると、色々と試行錯誤が増えて楽しいのだ。きっと俺はこれからもっと上手くなるに違いない!」
「ふふっ……そうだと思いますよ。私もヴァーサスに負けないようにしないとですね!」
そうこうしながら食事も進み、二人ともほとんど食べ終わった頃。
リドルは口元をナプキンで拭くと、突然両手をパンッと叩いて声を上げた。
「そうでした! そういえば本日こちらにお客様がいらっしゃるんですよ!」
「客? どういうことだ?」
「母の古いご友人です。先日ご連絡があって、母の霊前に挨拶したいと」
「なるほど。今までは許可のない客ばかりが門に来ていたが、今日は正式に招かれた来賓が訪れるというわけだな。承知した!」
「ですです。ただちょっとばかり気難しいというか、なかなかに一筋縄ではいかない癖のある方なので、ヴァーサスもできる限り刺激しないようにお願いしますね」
「任せておけ!」
ヴァーサスは言って、自信満々に力強く頷いた――しかし。
「っ!?」
瞬間、ヴァーサスは背筋から抜き身の刃で貫かれたかのような気配を感じた。
額から冷や汗が流れ、呼吸が乱れる。
「どうしました? いきなり顔色が……」
「敵だ! それも、これは……!」
「え!?」
ヴァーサスは言うが早いか、目にもとまらぬ速さで全身甲冑を身につけると、そのまま武具を持って小屋の外へと駆けだしていく。
穏やかな朝の日差しが巨大な門に降り注ぎ、斜めに長い影を落としている。
そしてその影の下に、一人の女性が立っていた。
『……あら?』
「止まれ! 俺はヴァーサス、この門の門番だ。門への許可なき者の立ち入りは禁じられている!」
ヴァーサスは槍を構え、一切の油断なくその女性へと対峙して警告を発した。
だが、その女性は不思議そうな目でヴァーサスを見ると、にっこりと微笑んで見せた。
金色の長い髪……それは果たして髪……だろうか。
その髪が揺れる度、影になった部分に遙か天空の星々が煌めき覗いている。
漆黒の深淵すら思わせる黒い瞳はその奥でぐるぐると渦を巻き、女性が纏う美しい色とりどりの素材で作られたドレスは、瞬きの度に色も質感も変わっていた。
明らかに異質。
神や巨人のように、自らの存在感を絶対化することで力を得た強者とは根本から異なる別次元の存在――。
『久しぶりですねヴァーサス。昨日まであんなに小さかったのに。一昨日にはこんなに大きくなって……とても、楽しいわね』
「くっ……!」
ヴァーサスは心を硬化させた。ただ言葉を交わしているだけだが、それは以前闘った神の魔力を遙かに上回る動揺をヴァーサスに与えた。
強い。この目の前の存在はとてつもなく強い。
ヴァーサスは命を捨てる覚悟を決めた。
たとえかなわずとも、門とリドルだけでも――!
しかし――。
「待ってヴァーサス! その方が今日いらっしゃるお客様ですよ!」
「な、なに!?」
『まあ……久しぶりね。また会えて嬉しいわ、リドル・パーペチュアルカレンダー。あなたに会うのは、私でもなかなか大変なものだから』
「いやはや……この度はうちの門番が大変失礼しました。悪意はないのでご容赦を……ほら! ヴァーサスも早く謝ってください!」
リドルは言いながら目の前の女性に頭を下げると、ヴァーサスにも謝罪するように促した。
「そうだったのか……そうとは気づかず槍を向けたことは謝罪する。しかし……あの殺気は……それに、俺は貴方とどこかで会った記憶もないのだが……」
リドルと共に頭を下げるヴァーサス。
だが先ほどこの女性から放たれた殺気は尋常ではなかった。
あれは殺意や悪意がないものが出せるものでは絶対にない。
ヴァーサスは未だ油断なく臨戦態勢を解かずに応じた。
『ごめんなさい。リドルの横に懐かしいヴァーサスの姿を見て、嫉妬してしまったの。私は何度もあなたと会っている。それなのに気づいてくれないから、つい殺しそうになってしまった。許してくださいね』
「ヴァーサスはこの方をご存じでした?」
「いや……それはない。どんなに思い出そうとしても、貴方のような方とは初対面のはずだ」
女性のその言葉に、困惑した表情を浮かべるヴァーサスとリドル。
そんな二人をよそに、女性はふと空を見上げ、森を見回し、呟いた。
『そうでしたね。間違いです。今の貴方と会ったのは初めて。久しぶりね、リドル。そして、初めましてヴァーサス。私はラカルム。よろしくね』
ラカルムは深淵へと続く瞳を二人へと向け、貼り付けたような笑みを浮かべた――。
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