試される門番
美しいヒマワリが咲き乱れ、思わず目を細めるような日差しが降り注ぐ。
どこまでも続くかのようなその光景の中、ヴァーサスとリドル。そして訪問者ラカルムは小さな白い花壇の前で静かに佇んでいた。
『明後日は貴方と朝食を。今は土の下の貴方を見る』
花壇を前にしたラカルムはその深淵を宿した瞳で呟く。
しばしそうしてじっとしていたラカルムだったが、その姿を後ろから見ていたリドルとヴァーサスの耳に、不意にキーーンという甲高い不協和音が流れた。
その音を訝しむ二人。しかし音の発生源は見当たらない。
そして音が止むのと同時に、ラカルムは二人を振り返って口を開いた。
『今チューニングが終わりました。座標が安定していないと、私たちは皆どこかへ行きたがる。遊びたい盛りなのでしょうね』
「あ、そうですか。なるほど……それは良かったです」
「(なんと。リドルは彼女が言う言葉の意味がわかるのか!?)」
「(わかりません! でもラカルムさんはこういう方なので!)」
『貴方のお母様は――』
相変わらず意味不明なことを言うラカルム。
しかし先ほどまでの明滅する衣服は黒と黄色のドレスで固定され、渦を巻く深淵の瞳はただの黒い瞳になっていた。
『貴方のお母様は素敵な方でした。彼女がいなければ、私は今も無限に続く闇と夢の中で戯れを続けていたでしょう。たとえそれが、私以外の全ての存在が私にそうあって欲しいと願った結果だったとしても、私にも自己はあるのです』
「それについては良く母も言っていましたよ。この厄介な門が、初めて人の役に立てたのかも知れない。それなら嬉しいと」
『そう。門のおかげで私は座標を得た。あまねく全てに介在し、散逸していた私の意識を一所に集め、固定することができた。全て貴方のお母様がしてくれたことです。あの時私の心の中に沸き上がった感情という新しい感覚は、貴方のお母様が私に教えてくれたこと。私は今も感謝し、感動し続けている』
ラカルムはそう言いながら、美しいヒマワリ畑を見回した。
先ほどまでと違い、その漆黒の瞳には咲き誇るヒマワリが確かに映し出されている。
「(また門か……リドル、この門は一体どのようなものなのだ?)」
「(えーっと、それはですね、説明がなかなか難しいもので……)」
その二人の言葉が聞こえたのか、ラカルムは顔を別の場所へと向けたまま、瞳だけをヴァーサスへ向けた。
『まだ知らないというのなら、私が教えてあげましょう』
「ひえ! やっぱり聞こえてた!」
「それはありがたい! 宜しく頼む!」
あまりにも怖すぎるその姿に思わず声を上げるリドルと、喜ぶヴァーサス。
ラカルムは瞳をヴァーサスに向けたまま、先ほどとは違う声色で話し始める。
『この門はこことは違う世界へと繋がる巨大な穴。今貴方がいるこの世界は何億も存在する無数の世界の中の一つに過ぎない。この門を使えば、それら全ての世界と自由に行き来できる。とても重要で、それを知る者にとってはいかようにも利用できる危険な門なのです……わかりましたか? 心せよ、門番ヴァーサス』
「ぐっ!?」
辺りを見回し、誰とも視線を合わせぬままラカルムは言った。
突然放たれた恐るべき重圧にヴァーサスはよろめき、片膝をつきかける。
「……大丈夫。私もいます」
だがその時、前を向いたままのリドルがヴァーサスの手をきゅっと握った。
女性と手を握った経験すら少ないヴァーサスは一瞬だけ体を強ばらせたが、不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。
『それほど重要な場所だということです。決して、忘れてはいけませんよ』
「わかった……教えてくれたこと、感謝する」
すると重圧が嘘のように消え、ラカルムは再び視線を虚空へと彷徨わせた。
そしてそれから暫くは何事もなく、三人は花園の散策を楽しんだ。
しかしその途中、今度は何かを思い出したようにはっとなったラカルムは、振り返って二人を見た。
『……そうでした。私は貴方のお母様に、自分に何かあればリドルを頼むとお願いされていたのです』
「そ、そうだったんですか……? 大変ありがたいことです。ほんと、はい……」
「(おお! そうだったのか。きっとさぞかし良い母上だったのだろうな!)」
「(いやはや……私は猛烈に嫌な予感しかしないのですが……)」
その言葉に笑みを浮かべながらも冷や汗を流すリドル。
ヴァーサスはまだのんきなものだったが、彼もまたすぐにどん底へと叩き落されることとなる。
『結婚おめでとうリドル。結婚式には行けなかったけれど、私はとてもそれを喜ばしく思う』
「は?」
「なんだと!? リドルはいつ結婚していたのだ!?」
飛び出したラカルムの言葉に唖然となる二人。
ラカルムはそんな二人の様子を意に介さず、貼り付けたようなぎこちない笑みを頑張って浮かべようとしている。
「あ、あの~……なにかの間違いではないでしょうか? こう見えてまだ私は独り身でして……」
『一つ屋根の下で男女が侵蝕を共にしていると聞きました。とても喜ばしい』
「なんか字から伝わる意味が不穏ですねっ!? いやいや、私とヴァーサスはまだそのような関係では……」
「そ、そうだぞ! 俺は万全だった! なにもやましいことはしていない!」
必死に弁明する二人だったが、ラカルムは聞く耳をもたない。
そもそも最初から意思の疎通自体出来ていたのかすらわからない。
『今はそう。でも昨日は、明日は、100年前、200年後。50億、100兆の先ではいずれそうなる。貴方たちがそう望むからです』
「ちょっと! その、まだ私はそういうつもりはありませんよ! そのはずです! はい!」
「俺も同様だ! 確かにリドルのことは好ましく、素晴らしい人物だと尊敬しているが……」
「え? ヴァーサスって私のことそんなに良く思ってくれてたんですか?」
「うむ! リドルは日々懸命に働き、街の人たちからも好かれている。その上料理も美味く、花から人まで分け隔てなく優しい! 素晴らしい! 心から尊敬できる女性だ!」
「うわわわ……! いやはや……これはなんともかんとも……困りましたな! たはは」
「どうした? 顔が赤いが……」
しどろもどろのやり取りの後、赤面して口元をおさえながら視線を外すリドル。
ヴァーサスはそんなリドルの様子に首をかしげる。
『私は永遠に続く夢と闇の中でずっと貴方たちを見ていた。しかし、貴方たちはこんなにも強く惹かれ合っているにもかかわらず、今まで決して出会うことはなかった。ゆえに――』
瞬間、世界が変わった。
足下の地面が消え、無限の闇になり、その闇はいつしか終わり、一つ、また一つと色とりどりの星が瞬き始める。
「え!? ちょ、ちょっとラカルムさん!?」
「くっ! いったい何を!?」
ラカルムの姿が闇の先、虚空の果てに現れる。
遠近感がつかめない。大きい。とにかく大きい。
その大きさは、無数の太陽を手のひらにすっぽりと抱えられるほど。
髪の毛一本一本が星雲の輝きを覆い隠し、広げられた手は音も無く無数の恒星を打ち砕いた。
『ゆえに――私は二人を試さなければならない。これからも二人が共にあれるよう。二人が共に生きられるように。来なさい、ヴァーサス。この虚空の主ラカルムにお前の意志を示せ』
銀河そのもの、宇宙そのものとなったかのようなラカルムの言葉。
それは巨大な重力震となってあまねく全てへと伝播した――。
『第四戦 門番VS虚空の窮極に座する者 開戦』
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