巨大化する門番
眼前にそびえたつあまりにも大きすぎる巨人。
巨人が僅かに動いただけであらゆるものを吹き飛ばす暴風が吹き荒れる。
びゅうびゅうと吹きすさぶ烈風の中。
巨人と対峙した三人はどうしたものかと顔を見合わせた。
「そうだ! ルル、君はさっき物の大きさを自在に変えられると言っていたではないか! あの巨人も小さくしてしまえばいいのではないか!?」
「それがねー。実はさっきからやってるんだけど、この大きな人なかなかやるよ。抵抗されてるー!」
「むむっ!? ならばリドル、君の移動させる力でどこか遠くに飛ばしてしまうのはどうだ!」
「うーん……それは一応考えたんですが、あんな大きなものを飛ばしたら、その先にいる方達に迷惑がかかりそうで罪悪感がありますねぇ。とりあえず最終手段ということでひとつ!」
「なるほど! 言われてみればその通りだ。俺の配慮が足りなかった」
うんうんと額に指をあてて唸るルルトアと、申し訳なさそうな顔をするリドル。
ならばどうするかと再び思案するヴァーサスだったが、そこでルルトアが大声を上げた。
「あー! 僕いいこと思いついたよ! ヴァーサスが大きくなればいいんだ!」
ルルトアはそう言うと、ぴょんとリドルの掌からヴァーサスの肩へと飛び移る。
「俺が大きく? できるのか?」
「できるよー! どうかなー? いいアイディアでしょ?」
「それは確かに名案ですね! お願いできますか?」
「いいだろう! 早速やってくれ!」
ヴァーサスは自分の肩に乗るルルトアににっこりと微笑むと、力強く頷いた。
ルルトアもまたその返答に笑みを浮かべると、その小さな掌をヴァーサスの頬に当てた。
「じゃあいくよー! おおきくなーっれ!」
ルルトアのかけ声と共に、ヴァーサスを眩い光が包み込む。
足下が大きく沈み込む感覚と持ち上げられる感覚が同時に訪れ、思わず顔をしかめるヴァーサス。
だがその感覚も一瞬。
僅かな息苦しさと刺さるような寒さ。そして周囲の光が消えたことを感じ取ったヴァーサスは、ゆっくりと目を開いた――。
「なんだぁ!? お、お前もおでと同じ巨人だったのがぁ!?」
「おお! これはでかい! でかすぎる!」
そこには驚きの表情を浮かべる巨人の顔があった。
巨人と自分の目線は同じ。
周囲にはもやがかかった白い雲。
遙か彼方にはゆるく弧を描く地平線が見えた。
「ハッハッハ! 大きなことがこれほどまでに爽快とは! いい眺めだ!」
「お、おまえ、さっきまでは小さいふりをしてたのかぁ? ずるいやつだぁ!」
「ふりではない! 実際俺は小さかった。しかしこれでまっとうな勝負ができるな! 巨人よ!」
そう言って槍と盾を構えるヴァーサス。
ヴァーサスの足下で大地が裂け、海が割れ、その大声で大気が吹き飛ぶ。
今やヴァーサスの全長は巨人と同じ三千メートル。重さは不明だが同等だろう。
その気になれば大陸全土を更地にできる超質量存在が、二体に増えてしまったのだ。
「お、おではただの巨人じゃねぇ! ギガンテス! 名前でよべぇ!」
「そうか、これは失礼した! ギガンテスよ、俺の名はヴァーサス! この門を守る門番だ。貴殿にこの門の通行は許可されていない。大人しく立ち去られよ!」
「な、なんだとぉぉ!?」
ヴァーサスの警告に、そのごつごつと岩肌めいた皮膚で覆われた顔を赤く染めて憤怒の表情を浮かべるギガンテス。
怒りに燃えるギガンテスはぶるぶると震える手を握り締め、拳を振り上げて殴りかかる――ことはなかった。
「おまえ……強いなぁ?」
「むっ?」
ギガンテスの表情から怒りが消える。
巨人はゆっくりと瞳を閉じ、大きく、深く、長く、息を吸いこんだ。
「これはまさか……北方の武門に伝わる基本の呼吸法……!?」
「たのしみだぁ。でかくなりすぎて数千年まともな相手がいなかったんでなぁ!」
ギガンテスが踏み込む。
その踏み込みはまるで核爆発が起きたような衝撃と共に大地を粉々に割った。
「ヂェアアッ!」
「速い!」
握られた拳の全長は有に数百メートルを超える。
そのあまりの大きさに、地上から二人の戦いを見上げた者がいればその動きは実にゆっくりに見えたかも知れない。
しかし互いに同等の大きさとなった二人には一瞬のこと。
ヴァーサスは繰り出された拳を盾の表面でなんとか逸らすと、手に持った槍を超高速でギガンテスめがけて貫き放つ。しかし――!
「ぬるいぞぉ!」
神ですらその速度に反応しきれなかったヴァーサスの突き。
その超高速の一撃を、ギガンテスは構えた両腕をぐるりと円を描くような軌道で回転させ、その回転に巻き込むようにして槍の穂先をあらぬ方向へと逸らしきる。
しかもギガンテスが描いた円の軌道は直径二千メートルにも及び、円の軌道上だけでなく、周囲の大気ごとまとめて抉り取る凄まじい衝撃波すら発生させた。
「ぬう! この受け技はっ!」
「ヴァッハッハ!」
ヴァーサスの突きを逸らしたギガンテスは、円を描いた腕の動きを止めることなく流れるような動作で腰だめに構えると、そのまま渾身の拳をヴァーサスめがけて撃ち放った。
「ガハッ!」
体勢を崩され、槍を突き出して伸びきった胸元にギガンテスの拳が突き刺さる。
ヴァーサスはなんとかその体勢から更に体を伸ばすことで直撃を逸らすが、そのあまりにも凄まじい威力は彼の内部へとダメージを与えていた。
「ぐ……見事な腕だ。まさか巨大なだけでなく、ここまで武芸を極めているとは!」
「でかさに頼る巨人なんてゴミクズだぁ! もし小さくても最強は俺だぁ! まあ、いつのまにか俺がいちばんでっかくなっちまったがなぁ! ヴァッハッハッハ!」
そう言って笑うギガンテスの目は、久しくなかった好敵手と戦える喜びに満ちていた。
「ふっ……貴殿のような男、嫌いではないぞ」
ギガンテスの笑みを受け、ヴァーサスもまたその瞳に炎を宿す。
そして再び槍と盾を構えると、ギガンテスへと対峙した。
「いいだろう。ならば俺も全力で相手を――」
「ちょいちょい……盛り上がってるところ悪いですが、ちょっといいですか?」
突然聞こえてきた小さな声に、きょろきょろと辺りを見回すヴァーサス。
「私です。リドルですよー。今ヴァーサスの耳の中にルルと一緒に入ってます」
「やっほー! ルルだよー!」
「俺の耳の中に!?」
「んーー? どうしたぁ?」
思わず声を上げたヴァーサスをいぶかしむギガンテス。
「これからというところ悪いんですが、二人とも大きすぎてですね。これ以上闘われると周りの被害も甚大でして……」
その言葉にはっとなって眼下へと視線を落とすヴァーサス。
見れば足下の大海は大きく渦巻き、無数の巨大な津波が海岸へと押し寄せていた。
大地は裂け、真っ赤なマグマがわき出している場所まである有様。
それは正に地獄絵図であった。
「不覚……俺としたことが!」
「まだこの程度なら門の力で元に戻せますが、限界があります。そこで相談なんですが――」
「どうしたあ! 早くたたかおう! 俺はもうがまんできねぇ!」
いつまで経っても動こうとしないヴァーサスにイラだつギガンテス。
しかしギガンテスも動きたくないのだ。
せっかく現れた久方ぶりの好敵手に不意打ちなどということはしたくなかった。
「ヴァーサスさん、その盾――
「……気づいていたのか」
「一目見たときから。それを使えばあっさり勝てるのでは?」
リドルの言葉に、ヴァーサスは自らの持つ盾へと視線を移す。
「この盾は使い方が難しいのだ。使えば全てを跳ね返せるが、全てを跳ね返してしまうせいで加減が効かない。ヴァルナの魔法も跳ね返した後どこに飛ぶかわからず使えなかった」
「そういうことですか、ならば私がお手伝いします。いいですか?」
「わかった。聞かせてくれ!」
ヴァーサスは頷き、再びギガンテスへと目を向けた。
「ぬううう! どうしたぁ! なぜ動かない!? もう門などどうでもいい! 俺はおまえともっとたたかいたいい!」
「すまん! 待ってくれたこと、礼を言う!」
「おおおお! 終わったかぁ!? 待ちわびたぞお!」
喜色満面となって構えを取るギガンテス。
ヴァーサスは静かに腰だめに槍を構えると、その大きな盾を前面に向けた。
「ヴァッハッハ! 盾かぁ! そんなもの役には立たんぞぉ!」
瞬間。全長三千メートル、全重量三千万トンのギガンテスが飛んだ。
その高さは頭部が地上から一万メートルにも達しようかというほど。
鋭く突き出された足刀はヴァーサスの持つ盾ごとその首を刈り取ろうとしていた。
だが――。
「今です!」
「許せギガンテス。次闘うときは門番としてではなく、一人の戦士として心ゆくまで闘おう!」
「ぬううう!?」
驚くギガンテス。
ヴァーサスへと飛び込んだギガンテスの位置が、リドルの座標操作によって僅かにずらされる。
視点が一瞬でぐるりと回転し、地面に対して水平に放ったはずの跳び蹴りが、地面に対して突き刺さるように、垂直方向の位置に変わっていたのだ。
そしてその先には上空へとその盾を構えたヴァーサスがいた。
「
「な、なにぃぃぃぃ!?」
凄まじい閃光が地平線と水平線、双方のはるか彼方までを照らし出した。
星を何周もするような衝撃がギガンテスの跳び蹴りと盾の接触面で発生し、プラズマの火花が同心円状に放出される。
「う、うおおおおお! う゛ぁぁぁぁあああさすうううう!」
自らの跳び蹴りの衝撃全てを反射されたギガンテスは、凄まじい勢いで大気の層を突き抜け、漆黒の宇宙空間へと到達。そのままその先にある月に向かって消えていった――。
超巨人ギガンテスは行方不明になった。
「これが!」
「私たちの!」
「チームプレー! だねー!」
耳の中で喜ぶ二人の声に安堵を笑みを浮かべたヴァーサスは、足下の被害をこれ以上広げないよう気をつけながら、静かに槍を下ろしたのだった――。
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