ネイピア数(自然対数の底e)は何に使う?数学に欠かせない不思議な数
ネイピア数は自然対数の
「eの由来はオイラー(Euler)もしくは指数(exponential)の頭文字という二つの説がある。どちらにせよ、オイラーがこの記号を普及させたのは確かだ」
「ネイピアって人の名前?」
愛華の問いに成宮が「そうだよ」と答える。
「ネイピアは対数に深く関わってるけど、eはヤコブ・ベルヌーイというスイスの数学者が複利の研究で発見した数なんだ」
「複利はなんか聞いたことある。確か金融系の用語だよね」
「そう。計算を簡単にするために年利100%の銀行があるとしよう。仮に1万円を銀行に預けると、1年後の残高は2万円になる」
利子が付く期間を半年ごとにすると、1年後の残高は
ひと月ごとだと
一日ごとだと
「さらに細かくするとかなりの金額になりそうだけど、実際には2万7182円より増えることはないんだ」
今の計算をnで表すと
「nが無限大になるとその値はおよそ2.718になる」
limΣ(n→∞)
「この2.718がネイピア数?」
「そうだよ。そして式を展開するとなんと階乗が現れるんだ」
e=1+1/1!+1/2!+1/3!+1/4!+1/5!+…
「へぇ。すごくシンプル」
「でしょ。それはそうと安藤、今日はやけに静かだね」
「お前が一方的に話してるからな」
「それじゃあバトンタッチしようか? 安藤はネイピア数について何か知ってることあるかい?」
ネイピア数について知っていることか……性質としてはネイピア数eは微分してもeのまま変わらない。円周率πと同様に代数方程式の解にならない、いわゆる超越数。
しかし、愛華を相手にそれを話したところで脳内に「?」が浮かぶ姿が容易に想像できる。
「……そうだな。身近なところだとアプリゲームのガチャ。例えば、当たる確率が1%のキャラがあるとして、100回ガチャを回したとき全部外れる確率は愛華、何%だと思う?」
「確率1%で100回だったら絶対当たりそうな気がするけど……っていうかネイピア数と関係あるの? これ」
「あるから言ったんだ。まずは1回ガチャを回して外れる確率を考えよう。当たる確率が1%だから外れる確率は99%だ」
1-1/100=99/100
「2回連続で外れる確率は(1-1/100
10回連続外れる確率 (1-1/100
50回連続外れる確率 (1-1/100
70回連続外れる確率 (1-1/100
80回連続外れる確率 (1-1/100
90回連続外れる確率 (1-1/100
「50回連続でも60%外れるんだ。結構高いね。で、100回回したらどうなるの?」
「それをお前に訊いてんだけど……まあいいか。確率は約37%。当たる確率がどんなに低くても、ガチャを回す回数を無限大にするとすべて外れる確率は1/eに収束する」
「そこでネイピア数が登場するんだ。でも、37%だったら100回ガチャ回して全部外れても確率的にはそんなに珍しくはないってことか」
「まあ、結論を言うとそうなるな」
逆に言えば、約63%の確率で少なくとも1回は当たるということだ。これはトランプでも適当できる。例えば、AとBの2人のプレイヤーが1組のトランプを同時に1枚ずつめくったとき、少なくとも1回カードが一致する確率は1-(1/e)で先ほどと同様に約63%。
「ちなみに、この1/eという値は秘書問題と呼ばれる有名な問題にも出てくる」
「有名って言われても……初めて聞いたんだけど」
「安藤、自分の知っていることが他人も知っているとは限らないよ」
成宮の言うことはもっともだがなぜか納得できない。
「秘書問題は最適停止問題と呼ばれる問題のうちの1つだよ。n人の応募者に面接したとき、最も優秀な秘書を選ぶ確率を上げるためにはどのようにして応募者を選ぶべきか」
「それに1/eが出てくるの?」
「そうだよ。確か、前提条件がいくつかあったと思うんだけど……安藤は覚えてる?」
「だいたいな」
俺はノートを開き秘書問題の概要を書き記した。
・採用する応募者は1人だけ。
・応募者の人数はすでに知っているものとする。
・応募者が面接を受ける順番はランダムである。
・1回の面接が終わるたびに応募者を採用するか否かを決定する。ただし、変更はできない。
・応募者には(相対)順位が付けられる。
・採用の決定は応募者の順位に基づいて判断する。
・最後まで採用が決まらなかった場合、最後の応募者を採用しなければならない。
「ざっとこんな感じだな」
「括弧の中にある相対ってどういう意味?」
「順位が重複しないって意味だ。だから『この人とこの人は甲乙つけれられないから両方1位』っていうのは無し」
「ああ。なるほど。それで、どこに1/eが出てくるの?」
「スルーする人数を算出するときに使う」
応募者が100人の場合
100・(1/e)≒37より、最初の37人は不採用にする。
残った63人の応募者から不採用にした37人と比較して、より良かった応募者を秘書にする。
「これが確率的に最適な方法だ。まあ、現実はそう単純じゃないけどな」
「最初の37人可哀想すぎない? どれだけ印象良くても不採用なんでしょ?」
「論理的には最適でも倫理的に問題があるかもね」
確かに応募者からしたら、この方式はたまったものではないだろう。
「秘書問題と同類の問題としてGame of Googol(グーゴルのゲーム)というものがある。Googolは数の単位で
「あのGoogleとは違うの?」
「Googleという名の由来はGoogolのスペルミスだと言われてる」
「そうなの? めちゃくちゃ意外なんだけど」
「それはともかくどういうゲームなんだい? 秘書問題は知ってたけどGame of Googolは初耳だ」
「ゲームを始めるには紙が要る。大きさは適当で構わない」
俺がそう言うと、成宮はルーズリーフを取り出してハサミで切り取っていく。
「とりあえず10枚用意した。もっと要る?」
「いや、これぐらいでいい。あとは紙にそれぞれ異なる正の数を書いてほしい。範囲は指定しない」
「OK」
成宮は鼻歌交じりにシャーペンを走らせる。書き終えると紙を裏返しにしてテーブルに置いた。
「ゲームのルールは至ってシンプル。成宮が用意してくれたこの10枚の紙を1枚ずつめくっていき、書かれている数字が最も大きいと思ったところで止める」
「なるほど。その紙に書かれている値が10枚の中で本当に一番大きかったらゲームクリアってことか」
「そういうこと」
「成宮くん理解するの早すぎ」
「安藤の話を思い出せば最適な戦略もわかると思うよ」
「秘書問題のこと?」
愛華が問うと成宮は笑顔で頷いた。そして「友村さん、やってみる?」と促す。
「僕はどれが一番大きいか知ってるからゲームにならない。安藤はどうする? Penney's gameのリベンジも兼ねて」
「俺はやめとく。戦略通りにやっても確実に勝てる保証がない」
「安藤が弱気とは意外だね」
「ほっとけ」
俺と成宮がそんな会話をしている間、愛華は紙を見ながらひとり呟いている。
「秘書問題に当てはめると最初の3枚はスルーしていいんだよね。で、4枚目以降で最初の3枚と比較する……」
そう、Game of Googolの最適な戦略は紙の総枚数に1/eをかけた数、10枚なら3.7枚。小数点以下を切り捨てて3枚目まではスルーする。そして、4枚目以降ですでにめくった3枚の中の最大の数より大きければ、その数を選ぶ。
愛華は3枚めくり、それぞれ127、59049、1729だった。メルセンヌ素数に
4枚目は28、5枚目は3658800だった。愛華は5枚目を成宮に渡す。
「はい、これにする」
成宮は紙を受け取ると、グッと親指を立てた。
「お見事だよ友村さん。これが10枚の中で一番大きい数だ」
成宮はそう言って残りの5枚をめくった。6174、65537、8128、1048576、101。
「なんだ。コツさえ掴めば楽勝じゃん。和人もやってみなよ」
「1回ぐらいやってみたら? 10枚ぐらいならすぐに用意できる」
まあ物は試しと言うし、Penney's gameより運の要素は強いがやって損はない。
結局、俺と成宮も加わってゲームを行うことになった。さて、ゲームはいつやめるのが最適なのだろう。
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