コイン投げとじゃんけんの意外な関係

 俺と愛華は向かい合って椅子に座っていた。少し離れたところに成宮が立っており、コインを投げて「裏」と言った。


「よっしゃ、私の勝ち! これで三連勝!」


 愛華は小さくガッツポーズして喜びを爆発させた。まさか連敗するとは……


「友村さんやるね。安藤、まだやるかい?」

「……ああ。その前に少し時間をくれ。考えを整理したい」


 俺と愛華がプレイしているのはPenney's game(ペニーのゲーム)と呼ばれる、コイン投げの結果を予測するものだ。ただし、1回ごとではなく3回分の結果の組み合わせ。つまり8通りから1つを選択し、どちらかのプレイヤーが選択した組み合わせが出るまでコインを投げる。

 第1戦で俺は表表裏。愛華は裏表表を選択した。

 結果は裏表表であっさり決着がついた。

 

 第2戦、俺は表裏表。愛華は表表裏を選択。

 結果は表表表表裏で愛華が二連勝。俺はコインに細工でもしているのかと疑ったがまだ2戦目というのもありプレイを続けることにした。

 

 そして第3戦、俺は再び表裏表を選択。それに便乗したのか愛華も第2戦と同じ表表裏を選択した。

 結果は裏裏裏裏裏表表表表裏で愛華が三連勝。ただの偶然かそれとも何か必勝法があるのか。


 単純に考えるとどちらも勝つ確率は1/8になりそうだが、これまでの結果を振り返ると違うようだ。

 俺はノートを取り出し、すべての組み合わせを記した。


 表表表、表表裏、表裏裏、表裏表、裏表裏、裏表表、裏裏表、裏裏裏


 このゲームで重要なポイントは「プレイヤーが選択した組み合わせが出るまでコインを投げ続ける」ことだ。

 普通のコイン投げではコインが歪んでいる、またはコインに細工がされていない場合を除けば、表と裏が出る確率はともに1/2。毎回表と裏のどちらが出るかを選択するだけなら、プレイヤーは常に表を選択しても勝敗に影響しない。

 だが、Penney's gameの場合は3回分の組み合わせが出現するまでコインを投げるから、過去2回の投げた結果が勝敗に影響する。

  

「安藤、そろそろいいかい? 友村さんが待ちくたびれてる」


 愛華に目をやると「早くして」と焦らしている。


「そうだな。じゃあ、表裏裏で」

「表裏裏か……どうしようかな」


 愛華は腕を組み小さく唸る。成宮は特に何も言わずコインを投げる準備をしていた。


「……表表裏で」


 またか。これで3連続だ。この組み合わせに何か意味があるのか?

 思考を巡らせる俺をよそに成宮は淡々とコインを投げる。1回目は裏、2回目は表、3回目は裏が出て俺のリーチ。そして4回目。


「裏」

「あー、負けちゃった。勝てると思ったんだけどなぁ」


 愛華はそう言って顔をしかめた。よほど自信があったのか。俺はノートにこれまでの対戦結果を書き記した。何かヒントが得られればいいのだが。


     和人  愛華  勝者

 第1戦 表表裏 裏表表 愛華

 第2戦 表裏表 表表裏 愛華

 第3戦 表裏表 表表裏 愛華

 第4戦 表裏裏 表表裏 和人


「……なるほど」


 愛華の選択パターンは読めた。さて、ここからどうするか……少しカマをかけてみるか。


「愛華、これで最後にしよう。先に選んでいいぞ」

「え、私が?」

「ああ。これまでずっと俺が先だったし。1回ぐらい逆でもいいだろ?」


 俺の提案に愛華は初めて戸惑う表情を見せた。やはり、このPenney's gameは後手が有利のゲームだ。


「……わかった。じゃあ、裏表裏」


 愛華の選択パターンを見ると最適の選択肢はこれだろう。


「裏裏表」

 

 愛華の手がピクリと動いた。あとは結果を待つだけだ。


「成宮、始めてくれ」

「言われなくてもそうするよ」


 成宮はそう言ってコイントスを始めた。1回目は裏でそれから表が4連続。6、7回目は裏。そして8回目のコイントス。


「表」

「よしっ」

「やっぱり~。嫌な予感してたんだよ」


 愛華はそう言って悔しさを滲ませる。思い通りにいくとなかなか爽快だな。


「安藤、どこで組み合わせのパターンに気づいた?」 

「4戦目のあと。愛華が表表裏を3回連続で選んだのはさすがに妙だと思った。対戦結果を見たとき、俺が選んだ組み合わせの前2つと、愛華の選んだ組み合わせの後ろ2つが毎回一致してたんだ」


 俺は成宮にすべての対戦結果を見せた。


     和人  愛華  勝者

 第1戦 表表裏 裏表表 愛華

 第2戦 表裏表 表表裏 愛華

 第3戦 表裏表 表表裏 愛華

 第4戦 表裏裏 表表裏 和人

 第5戦 裏裏表 裏表裏 和人


「第4戦は俺が勝ったけど、確率的には愛華の選んだ表表裏の方が勝率高いんだろ?」

「そうだよ。表裏裏が表表裏に勝つ確率は1/3だ。まっ、あくまでも相性が悪いだけで表表裏に絶対勝てないわけじゃない。実際、今回は表裏裏が勝った」

「ちなみにほかの組み合わせの相性は?」

「ノートに書いてるから今見せるよ」


 成宮は鞄からノートを取り出してページを開いた。


 1st  2nd  WP

 HHH THH 1/8

 HHT THH 1/4

 HTH HHT 1/3

 HTT HHT 1/3

 THH TTH 1/3

 THT TTH 1/3

 TTH HTT 1/4

 TTT HTT 1/8


「HはHead(表)、TはTail(裏)の頭文字、WPは先手の勝率。漢字で書くの面倒だからアルファベットにしたんだ」

「なるほど。仮に相手が表表表を選んだら、こっちは裏表表を選べば7/8(87.5%)の確率で勝てるってことか」

「そういうこと」

「それ覚えるの大変だったんだよ。せっかく和人に赤っ恥かかせられると思ったのに」


 後ろから愛華が身を乗り出して言った。俺に何か恨みでもあるのか。


「でも結構面白いよねこのゲーム。なんかじゃんけんに似てる」

「じゃんけん? どこが」

「ほら、じゃんけんって勝つ手と負ける手があるじゃん? Penney's gameも勝ちやすい組み合わせと負けやすい組み合わせがあるからさ。なんか似てるなって」

「友村さん、いいところに気づいたね。じゃんけんとPenney's gameは両方とも非推移関係なんだ」

「非推移関係?」


 成宮は頷いてノートをめくった。今日はいつもより積極的だな。


「まずは推移関係から説明しようか。例えば『AはBより大きい』と『BはCより大きい』という関係がともに成り立つならば『AはCより大きい』も成り立つ。三段論法と感覚は似てるね。これをじゃんけんに当てはめるとどうなるだろう」

「えーと、『グーはチョキに勝てる』と『チョキはパーに勝てる』は両方成り立ってるから『グーはパーに勝てる』……あれ?」

「成り立たないね。つまりじゃんけんは非推移関係ってこと」


 Penney's gameに当てはめると「裏表表は表表裏に勝ちやすい」と「表表裏は表裏裏に勝ちやすい」は成り立つ。しかし、「裏表表は表裏裏に勝ちやすい」は成り立たない。


「実は裏表表と表裏裏はどちらも勝率は1/2なんだ。だから、Penney's gameもじゃんけんと同様に非推移関係だ」

「全然関係なさそうなのに共通点あったんだ。意外」


 ただのコイン投げと思っていたが案外奥深いな。それにしても、最終戦に勝ったのはいいが結局2勝3敗で負け越しか。……まあ、攻略法を知ったところで第6戦をやったとしても絶対に勝つ保証はない。俺は小さくため息をついた。

 

参考文献

マット・パーカー 夏目大 訳『屈辱の数学史』山と渓谷社 2022年

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