鳩ノ巣原理を使って解ける簡単な証明と誕生日の問題
鳩ノ巣原理は部屋割り論法とも呼ばれるもので、考え方は非常に単純だ。
例えばひとつの場所に5人集めれば、同じ血液型のペアが必ず一組できる。うるう年を考慮しないとき、366人集めれば同じ誕生日のペアが必ず一組できる。考慮した場合は367人必要だ。
愛華は当たり前すぎて「何が言いたいのか」と怪訝な顔をしている。成宮はその光景を黙ってみていた。
「ここからが本題だ。まずはこんなシチュエーションを考えてみよう」
あるライブ会場に500人の観客が集まっている。
観客には500mlの水が入ったペットボトルが1本配られ、ライブが始まってから終わるまでの間、全員水を少なくとも1回は飲んだ。
「ではこのとき、飲んだ水の量が同じ観客が少なくとも2人いることを示してくれ。ただし、飲んだ水の量は整数で水を飲み切った観客はいないものとする」
問題の内容に愛華と成宮は顔を見合わせた。成宮を腕を組んで訊く。
「その証明は鳩ノ巣原理を使うんだよね。というか今日はそれが議題だし」
「もちろん。ヒントはあった方がいいか?」
「僕はいらないけど友村さんは?」
「私はヒント欲しい。まず何から考えればいいのか全然わかんない」
予想通りの返答。問題の難易度は高くないから比較的説明はしやすい。
「まずペットボトルが渡された時点で中に入っている水は当然500mlだ。これはいいな?」
愛華は馬鹿にされていると思ったのか不満そうにうなずく。
「で、全員1回は水を飲んでいる。つまり観客が飲んだ水の量は1mlから499mlの499通りある。そして観客は500人だから、飲んだ水の量が同じ人は必ず2人いる」
俺が説明を終えると愛華は「なるほどね」と感心したように言う。
「よくこんな問題思いつくよね。これ自分で作ったの?」
「ああ。問題は解くのもいいけど作るのも結構楽しい」
「私には全然理解できない……」
それが当然の反応だ。だから「数学なんて何の役に立つんだよ」と愚痴る人がいても「確かにそうかもな」と俺は普通に同意する。実際、数学の定理を日常生活で使う場面ははっきり言ってない。
「まあ、ちょっとした娯楽みたいなものとしては少しは役に立つんじゃないかな。図形パズルとか」
「パズルか、確かにそうかも」
気を取り直して俺は鳩ノ巣原理に話を戻した。髪の毛の本数が同じ人が少なくとも2人は存在するという話は結構有名だ。ふと、成宮が「僕からも1問出していいかい?」と言ってきた。
「それは大学の入試問題か?」
「いや、僕は数学入試しか興味がないわけじゃないよ……。一応計算はするけど算数レベルだ」
「ふぅん。とりあえず問題を見せてくれ」
「はい」
A国には10000人の国民がいる。このとき、同じ誕生日の人は少なくとも何人いるか。ただし、うるう年は考えないものとする。
問題自体は非常にシンプルだ。愛華がさっそく手を挙げる。
「これって何月何日とかそういうのは考えなくていいの?」
「答えを出す上で日付はまったく関係ないよ。重要なのは国民の人数と1年の日数だ」
「国民の人数と1年の日数……」
わかりそうでわからないといった微妙な表情を浮かべる。もうひと押しだな。俺はなるべく答えを出さないよう、少しづつヒントを与えることにした。横目で成宮の反応を待つ。結局小さく頷いた。
「愛華、これはグループで考えるといい」
「グループ?」
「ああ。たとえば、国民の中から1月1日から12月31日生まれの365人を集めて、ひとつのグループを作る。これをグループAとする」
「うん」
「そして、次は残った国民から1月1日から12月31日生まれの365人を集めて、またグループを作る。これをグループBとする。そしてグループC、グループDと新しいグループを作っていく。ここまではいいか?」
「うーん。ぎりぎりかな」
これでもわかりやすく説明しているつもりなんだが……人に教えるはやはり難しいな。
「1グループの人数は365人だから、10グループだと3650人の国民が集まったことになる。問題では全国民は10000人だったよな」
「あ! やっとわかった。10000から365を割ればいいんだ。要は何個のグループが作れるかってことでしょ」
「そう。ここから先は説明不要だろう」
ただこの問題ちょっとした落とし穴がある。それに気付けるかどうか。
愛華が出した答えは10000/365≒27より27人だった。見事に罠にはまったな。
「愛華、残念だがその答えは間違いだ」
「え、なんで。計算は合ってるでしょ」
「計算は合ってる。けど、ひとつ抜けてるんだよ。一回逆算してみな」
俺の言葉に愛華は渋々と言った様子でノートに式を書く。
365・27=9855(人)
「国民の数は10000人だから、この場合145人の国民が残る。145人の誕生日はわからないが、1グループが365人だからグループの誰かと誕生日が被るはずだ」
「そっか。じゃあ28人が答え?」
「そうだ。惜しかったな」
「なんか言い方が腹立つ……まあわかったからいいけど」
愛華はそう言って足を組んだ。ふと視線を成宮に向けると羨ましそうに俺と愛華を見ていた。すまん成宮、思いきり忘れてたよ。
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