算数も意外と侮れない(算数オリンピック編)

 翌日、愛華は部室で相変わらず算数問題に取り組んでいた。成宮は補習のため不在だ。

 愛華は問題集を見てはノートに書き込み、見ては書き込みを繰り返していた。


「……解けない」


 案の定だった。俺は愛華のもとまで行き、訊いた。


「何の問題が分からないんだ」

「得点を当てる問題なんだけど、答えがどうしても出てこなくて……」


 今日は算数オリンピックの問題に取り組んでいたらしい。セリフから得点を当てるのか。

 

 第3回大会・トライアル(1994年)

 ピーターが2人からゲーム機を受け取った。

 メアリーとひできは、自分の得点だけ覚えていて、相手の得点は見ていない。得点は、どちらも1点以上の整数だった。

「2人の得点の差は100点です。相手の得点は何点だったでしょう」とピーターが言うと、まずメアリーが少し考えてから言った。

「私には、ひでき君の得点がわからないわ」

 それを聞いていたひできが、少し考えて、

「ぼくもメアリーの得点はわかんないや」

 それを聞いてメアリーがさけんだ。

「わかった! でも、2人の得点があと1点でも多かったらまだわからなかったわ」

 さて、2人の得点は何点だったでしょう。


「2人とも101点以上なのは分かるんだよ。仮にひできが100点だったら、最初にピーターが訊いたとき、メアリーは答えられるはずだし」

「ひできのセリフである程度見当は付くと思うけどな」

「なんで?」

「それぞれの立場になって考えれば容易に分かる」


 仮にひでき200点、メアリー300点だったとする。

 メアリーの最初のセリフから、ひできは彼女の得点が101点以上だと分かるので、300点だと答えるはず。しかし、ひできはメアリーの得点を答えられなかった。つまり、ひできの得点は201点以上。


「ひできのセリフの後、メアリーが分かったと言ったんだから、2人の得点は……」

「ちょっと待って! 少し考えさせて!」


 あまりの形相に怯みそうになった。いや、ほぼ答え出てるだろ。

 

「そっか。ひできのセリフで、ひできが201点以上だと分かったから、メアリーは300点、ひできが400点だね。2人の得点があと1点多かったらまだ分からない」


 そういうこと。際立って難しい問題ではなかったが、単純な計算問題を解くよりは面白い。


「う~ん、どうにか自力で解きたい」

「だったら簡単そうな問題選べばいいだろ」

「簡単な問題解いても嬉しくないよ」


 どんだけわがままなんだよ。俺は愛華から問題集を取り上げ、適当にページをめくって愛華に見せた。


「これならどうだ」


 第10回大会・トライアル(2001年)

 数字の5、9、17が書かれたカードがそれぞれ10枚ずつ合計30枚あります。今、この30枚の中から9枚のカードをとりだして和を計算しました。この9枚の和として考えられる数は以下の(ア)~(エ)のうちどれですか。記号で答えなさい。

(ア)90(イ)95(ウ)100(エ)105 


「選択式の問題」

「計算が面倒なら、勘で選べば4分の1の確率で当たる」

「勘で当てても意味ないし。……和人、一切口出しはしないでね」

「はいよ」


 愛華が紙とペンで解いている間、俺は頭の中で問題を解くことにした。普通の計算問題だから一分もかからない。


 5、9、17のカードからそれぞれ3枚ずつ取ったとして和を計算すると、3×(5+9+17)=93 

 93と(ア)~(エ)の差は(ア)が3、(イ)が5、(ウ)が7、(エ)が12 

 5、9、17のカードの差は、9-5=4、17-9=8、17-5=12

 12が一致した。つーことは、5のカードを1枚減らして、17のカードを1枚増やせば、カードの枚数はそのままで、和は12増えて105になる。


 93-5+17=105


 よって、答えは(エ)。 


 俺が解き終わってから十分ほど経ったところで、愛華がやってきた。解法を見ると見事なまでに同じだった。


「ほら見なさい。ちゃんと計算で解いたわよ」

「えらいえらい」

「絶対思ってないでしょ。……あ、ファイナル問題まだ解いてなかったなぁ。どれにしよ」

「難しそうなやつで頼む」

「和人も解くの?」

「まあな。少し興味がある」


 愛華は「へぇ」と不敵な笑みを浮かべると、問題集のページをめくり、俺に見せた。さっきとは立場が逆だな。


「これとかどう?」


 第9回大会・ファイナル(2000年)

 平太君が古い本を読んでいると。ところどころ外れているページがあることに気づきました。なくなったページの数字は、最も小さいものが143で、最も大きいものは、143の各位の数字を入れ替えた数でした。また、なくなったページの数字をすべて足すと、ちょうど2000でした。なくなったのは何ページ分ですか(ひらがなだった部分を一部漢字に直しています)。


「確かに難しそうな問題だな」

「でも、算数だし、和人なら一分ぐらいで解けるんじゃない?」

 

 愛華がからかうように言った。挑発には乗らない。集中が途切れるからな。

 

 まず最小のものが143だから、最大のものは314と431の2通り考えられる。

 本は普通1ページ目から始まるから最大のものは偶数。314で間違いないだろう。

 最小が143ページ目だから、144ページ目もないのが分かる。同様に、最大が314ページ目なので、313ページ目もない。

 143、144、313、314の和は914で、なくなったページの数字の和が2000だから1086足りない。


「和人、終わった?」

かすな。今解いてるとこなんだよ」


 気を取り直そう。本を枚単位で考えると1枚2ページ。2で割ればいけそうだな。

 1086/2=543から271ページと272ページが……違う。そのままだと271ページと272ページが2つあることになってしまう。

 271、272から、例えば、2を加えた数と2を引いた数をそれぞれ求める。


 271、272からそれぞれ2を加える。273、274

 271、272からそれぞれ2を引く。269、270


 これならページの数字が重複しない。2を加えて2を引いてんだから、計算結果は同じ。

 よって、答えは8ページ分。 


 まあ、1086が出た時点で答えは見えていたが、中途半端に終わらせるわけにもいかない。

 

「ねぇ、和人終わった?」

「終わったよ。答えは8ページ分」


 愛華は問題集を開き、こちらを見て人差し指と親指で○を作った。どうやら正解だったらしい。


「やっぱり早いね。タイムはちょうど二分」

 

 二分か……少し時間かかったな。


「あれ、今日も算数やってるのかい?」


 部室のドアから、成宮がスクールバッグを肩にかけたまま言った。


「算数オリンピックの問題やってた。なかなか面白かったよ」

「算数もいいけど僕はやっぱり数学かな。安藤、久しぶりに東大入試でもやろう」


 算数オリンピックから東大入試かよ。一気に難易度上がったな。

 

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