東大入試と10000の倍数

 成宮は部室に来るなり、鞄からノートを取り出した。表紙には『東大数学』と書かれている。


「成宮君、東大受けるの?」


 愛華の問いに、成宮は苦笑交じりに答える。


「n乗数問題のときに言ったと思うけど、僕は数学の実力試しにやってるだけだよ。ほかの教科は手に負えない」

「数学は解けるんだ」

「問題のレベルや分野による。整数や数列は分かるんだけど、図形は苦手なんだ」


 俺も図形はあまり得意ではない。数学の全分野を攻略しようと思えば、相当な時間がかかるだろう。


「だから解くのはいつも整数問題なんだ。今回もそうだよ」

 

 3以上9999以下の奇数aで、a 2-aが10000で割りきれるものをすべて求めよ(2005年度)。


「また難しそうな問題……」

「証明と比べれば難易度は低いよ。まあ、すぐには解けないけど」


 難関大学の入試を舐めたら痛い目に合うぞ。


「安藤はこの問題分かる?」

「解き方は分かった」

「え、早っ」


 整数問題でよくある「すべて求めよ」と付くものは、素因数分解で解けるものが多い。この問題もその例だ。


「これ、どういう手順で解けばいいの?」

「まずはa 2-aの式変形だね。友村さん、分配法則の逆は覚えてる?」

「もちろん! aが共通してるから、aでくくればいいんでしょ」

「そうだよ」

「ということは、a(a-1)だね。で、これをどうするの?」


 成宮は俺に目くばせした。今度は俺か。


「a(a-1)に適当な数を代入すると分かると思うが、この式は連続する2つの自然数の積を表わしている。便宜上、a(a-1)を(a-1)aとする」


 a=3のとき、(a-1)a=2・3=6 a=11のとき、(a-1)a=10・11=110


「次に10000の素因数分解だ。指数は0の数と同じだから、10000=2 45 4

「じゃあ、1億は0がえーと……何個だっけ」

「8個だよ。だから1億を素因数分解すると2 85 8


 やはり成宮のフォローはありがたい。俺は説明を再開する。


「(a-1)aが10000で割りきれるということは、(a-1)aは約数に2 45 4があるということだ」

「なるほど」

「さっきも言ったが、(a-1)aは連続する2つの自然数だ。そして、aは奇数だから、aは5 4=625だと分かる」

 

 愛華は「うーむ」と唸る。懸念はしていたが、すぐに理解するのは難しいか。


「5は何乗しても下一桁は5だ。もしa-1の素因数に5が含まれていたら、下一桁は0か5になる。だが、(a-1)aが連続する自然数の積だから、a-1の下一桁は4でなければならない」

「なんとなくだけど分かった」


 まあ、完璧でなくても概要が分かればいい。a-1=624より、素因数分解すると2 4・3・13 素因数に2 4が含まれているから題意を満たす。

 

「じゃあ、625が答え?」

「625は答えの一つだ。aの範囲は3以上9999以下だからこれだけだと部分点止まりだろうな」


 次は625以外の答えを探す作業だ。


「繰り返しになるが10000を素因数分解すると2 45 4だ。(a-1)aを満たすaは奇数だからaは5 4、つまり625の倍数。a-1は2 4で16の倍数だと分かる」

「なる……ほど?」


 なぜ疑問形なのだろう。


「この関係を式で表すと整数をx、yとして16x+1=625y 一次不定方程式だ」

「不定って何?」

「一つに定まらないって意味だよ。要は解が無限にあるってこと」


 蚊帳の外だった成宮がフォローに入る。


「無限にあるのにどうやって解を求めるの?」

「一次不定方程式は合同式を使えば比較的簡単に解けるんだが今回は割愛する。なんせ解はすでに出てるからな」


 俺の言葉に愛華は眉根を寄せた。


「最初に出した答えでa-1は624だった。624を16で割ると39 そして625は625・1とも書ける」

「なるほど。x=39、y=1か」


 成宮がふいに言った。理解が早いな。


「成宮が言ってくれたが16x+1=625yの解(正確には特殊解)はx=39、y=1 一般解……簡単に言うと無限にある解を式で表現することだ。すると、整数tを用いてx=39+625t、y=1+16tと表せる」


 式に代入すると、16(39+625t)+1=625(1+16t)

 t=0を代入すると、16・39+1=625

 

「t=1を代入すると、x=664、y=17となる。そして、625と17の積は10625となり9999以上だから題意を満たさない。よって、答えは625ただ一つ」  


 問題自体は格段難しくはないが一から説明するのは難易度高いな。


「ちなみに奇数に限定しない場合、題意を満たすaはもう一つある」  


 俺の言葉に成宮と愛華は顔を見合わせる。これの方が難しいかも知れない。


「偶数なのはわかるんだけどすぐに出てこないね。全部確かめられたらいいんだけど」


 すべての計算結果を確認するなら、Excel使うかプログラムを組むぐらいしか方法はないだろう。筆算では電卓を使っても時間がかかりすぎる。

 

「ヒントはないの?」と愛華。

「そうだな。624と625の積を別の表現にしてみるとわかると思う」

「……余計にわからないんだけど」


 愛華はお手上げと言わんばかりに肩をすくめる。成宮も珍しく頭を悩ませる。そろそろ答え合わせにするか。

 俺は計算用のノートに簡単な式を書いた。成宮が「あっ」と素っ頓狂な声を出す。


  624・625=(10000-9376)・(10000-9375)


 展開すると


 (10000-9376)・(10000-9375)=10000    2-10000(9376+9375 )+9376・9375

 

 左辺が10000の倍数だから、右辺も当然10000の倍数。


 実際に計算すると、9375・9376=879000000 

 

「もう1つのaは9376だ」 

「なるほどね。その考えはなかった」 

 

 成宮はそう言って頭を掻いた。実を言うと9376はExcelで計算して気付いたのだがここは黙っておこう。

 

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