阪大入試と自然数nの存在

 放課後の部室。成宮がノートを見ながら腕を組んでいた。常に明るい表情も今は険しい。


「成宮、何で悩んでんだ」

「阪大の入試問題を解いているんだけど、なかなか答えまでたどり着けなくてね」


 今回は大阪大学か。成宮はノートに記されている問題文を指差した。


 4個の整数n+1、n 3+3、n 5+5、n 7+7がすべて素数となるような自然数nは存在するか。するならば、具体例に1つを挙げよ。存在しないなら、それを示せ(2013年度)。


「これって証明問題?」


 後ろから愛華が声を掛けてきた。広義で言えばそうだろうな。


「存在しないのは確かなんだけど、どうにも示せないんだ」

「え、なんで分かるの?」

「計算量を考えればすぐに分かるさ。n+1とn 3+3はまだいいとして、n 5+5とn 7+7の値はすぐに出てこない。ましてや、入試は制限時間があるんだ。単純に題意を示すnの値を求める問題を出すとは思えない」

 

 妥当な考えだ。問題はそれをどう示すか。


「それで成宮、お前はどう考えたんだ」

「背理法……いや、消去法だね。仮にnが存在するとしたらnは偶数。だからnに0、2、6、4、8を代入して、全部題意を満たさないことを示そうとしたんだけど、6で躓いた」


 成宮が言った後、愛華はそっと手を挙げて訊いた。


「少し説明もらえる? 私、よく分からなかった」

「じゃあ、最初から改めて説明しようか。もしnが奇数だとしたら、n+1は偶数になる。より正確に言うと、4個の整数がすべて偶数になるんだ。奇数は何乗しても奇数だからね」


 nが存在するとして、nが奇数の場合。n+1は偶数。

 奇数は何乗しても奇数で、奇数と奇数の和は偶数だから、n 3+3、n 5+5、n 7+7はすべて偶数になる。


「もう少し説明すると、nは3、5、7の倍数ではない。3の倍数だとn 3+3が素数にならないからね。5と7も同様のことが言える」

「nが偶数になるのは分かったけど。nに0、2、4、6、8を代入するっていうのは?」

「下一桁の値を計算して合成数になることを示そうと思ったんだ」


 n=0のとき、n+1=1で、1は素数ではない。


 n=2のとき、n+1=3、n 3+3=11、n 5+5=37、n 7+7=135で、n 7+7の下一桁が5だから合成数。


 n=4のとき、n+1=5、n 3+3=67で素数だが、n 5+5=1029で合成数。また、n=14だとn+1=15で合成数。24、34、それ以降も同様。


 n=8のとき、n 3+3の下一桁が5になるので合成数。

 

「6は何回掛けても下一桁は6だから、4個の整数の下一桁はn+1が7、n 3+3は9、n 5+5は1、n 7+7は3だ。でも、これだと題意を満たすnが存在しないことは示せない」 

「存在するとしたら、下一桁が6の自然数……代入して求めるのは時間がかかりすぎるね」

「そうだろう? だから、題意を満たすnは存在しないと考えるのが自然だよ」

 

 そう言った後、成宮はため息をついた。考え方は悪くないが効率的ではない。


「……成宮、お前剰余は考えなかったのか」

「剰余?」

「題意を満たす自然数nが存在しないということは、nがどんな値であっても、4個の整数のうち、少なくとも1つは合成数だと言うことだ」

「そんなの分かってるよ」

「お前は5の倍数にこだわっていたが、この問題を解くのなら3の倍数で考えた方がいい」

「3の倍数?」

「ああ。今から説明する」

 

 ある数を3で割った剰余(余り)は0、1、2の3通り。これを整数mを用いて、それぞれ3m、3m+1、3m+2とする。

 n=3mのときn 3+3が合成数になるので省略。


「n=3m+1のとき、1は何乗しても1だから、n、n 3n 5n 7を3で割った余りはすべて1だ。これはいいな?」


 成宮は頷いた。横にいる愛華も頷く。


「4個の整数の余りはn+1は2、n 3+3は合計が4だから3で割って1、n 5+5は合計が6だから3で割りきれる。n 7+7は合計が8で3で割って2となる」


 n=3m+2は計算を楽にするため、余りを-1として考える。


「n=3m+2の場合、n+1は0、n 3+3は(-1) 3+3=2、n 5+5は(-1) 5+5=4だから3で割って1、n 7+7は(-1) 7+7=6だから3で割りきれる。まとめると」


n 3+3 3の倍数で割りきれる。

n 5+5 3m+1の形をした自然数で割りきれる。

n+1、n 7+7 3m+2の形をした自然数で割りきれる。


「だからnがどんな値であろうと、4個のうち少なくとも1つは3で割りきれる。よって、題意を満たす自然数nは存在しない」

 

 合同式を使えばもっと早く示せるんだけど、高校指導要領に入ってないからな。今説明した内容を合同式で表すと


n+1≡1(mod 3)

n 3+3≡0(mod 3)

n 5+5≡2(mod 3)

n 7+7≡2(mod 3)


n=3m+1のとき

n+1≡2(mod 3)

n 3+3≡1(mod 3)

n 5+5≡0(mod 3)

n 7+7≡2(mod 3)


n=3m+2のとき

n+1≡0(mod 3)

n 3+3≡2(mod 3)

n 5+5≡2(mod 3)

n 7+7≡0(mod 3)


 パッと見だと難しく感じるかもしれないが、割り算ができれば中学生でも理解できる、と個人的には思う。

 説明を終えた後、成宮は肩を落として言った。

 

「整数問題は得意だと自負してたんだけどなぁ。自分の力不足を思い知らされたよ」

「あと一歩まで行ってたんだし、そこまで落ち込まなくてもいいだろ」


 俺がそう言うと、成宮は明るい表情で頷いた。

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