最大公約数はユークリッド互除法で
東大のn乗数問題を解いて以降、俺は成宮と問題を出し合うようになった。難易度はなるべく高くしているが、あまり力を入れ過ぎると問題作成に時間がかかる。それに、ほかの教科に手が回らなくなっては本末転倒だ。
「でも、手は抜きたくないしな」
俺は数学書を読みながら一人呟いた。
翌日、ホームルーム前の教室で成宮から用紙を受け取った。彼は笑みを浮かべて言った。
「もっと難しい問題を出してくると思ったら、小学生でも解けるじゃないか」
「どんな問題出したの?」
「あとのお楽しみだ」
俺は席に座ってシャープペンを手に取った。
次の3数を比較して、大小を不等式で表せ。
「何これ。成宮君、解かせる気ないじゃん」
「出題者が解けない問題を出すわけないだろ。ちゃんと解法はある」
「どんな解法?」
「指数の最大公約数を求めればいい」
高校では素因数分解で求める方法が一般的だろう。96と240を例に出すと、まず2つの数を素因数分解する。
96=
共通の約数(公約数)で最大なのは
これでもいいのだが、数字が大きくなると素因数分解だけでは難しい。そこで有効なのがユークリッド互除法だ。
「ユークリッドって?」
「古代ギリシャの数学者だよ。『ユークリッド原論』という数学書で有名なんだが、その中に記されている」
概要は至ってシンプルだ。さっきの例で出した96と240で記す。
240を96で割ると、2余り48
96を48で割ると、2で割りきれて終了。
よって、最大公約数は48
「あっという間に終わっちゃった……」
「素因数分解する手間を考えると、ユークリッド互除法がどれほど万能かが分かる」
「でも、問題には数字が3つあるよ」
「3つの場合は、その内2つを選んで計算すればいい。1067と776でやってみるか」
1067=1・776+291
776=2・291+194
291=1・194+97
194=2・97
「291はどうするの?」
「97で割る」
291/97=3
「3つの数の最大公約数は97だから、
「結局は
「そういうことだ。
「早っ。まだ五分も経ってないのに」
「常用対数表があれば桁数も分かる」
「対数ってlog?」
「そう、底を10としたときの値は教科書に載ってるし、載ってなくてもネットで調べればすぐに出てくる」
愛華は腕を組み、眉根を寄せた。とりあえず値だけ確認しとこう。
log(10)2≒0.3010、log(10)3≒0.4771、log(10)7≒0.8451
「最初のlog(10)2≒0.3010は
[0.3010・1067]=321。[0.4771・776]=370、[0.8451・291]=245
「和人、数字の間にある[]は何?」
「ガウス記号と呼ばれるものだ。小数点以下を切り捨てるときに使う。求めたいのは桁数だけだから、整数部分だけ分かればいい」
「意味は分かんないけど、とてつもなく大きい数なのは分かった」
「感覚だけでも掴んでもらえれば充分」
成宮に解答を渡すと、彼は笑顔で受け取った。悔しそうな表情は一切見せていない。
「そっちは解けたのか」
「もちろん。友村さんはまだ問題見てないよね」
成宮はそう言って、問題用紙を愛華に見せた。
3つの異なる自然数がある。和が65024、最大公約数が8128のとき、3つの自然数を求めよ。
「これ、小学生でも解けるの?」
「難しい知識は必要ないからね。手順も至ってシンプル」
65024を8128で割る。65024/8218=8
8を3つの異なる自然数の和に分解する。
8=1+2+5、8=1+3+4
上の式の右辺、左辺に8128を掛ける。
65024=8128+16256+40640、65024=8128+24384+32512より、
(8218、16256、40640)、(8128、24384、32512)
「さっきより簡単」
「でしょ? すぐ終わると思うけど、互除法で検算しておこう」
40640=2・16256+8128
16256=2・8128
32512=1・24384+8128
24384=3・8128
「確かに小学生でも解けるね。桁数が多いから計算は大変だけど」
「5桁掛ける1桁なら筆算でも余裕だよ。それにしても、8128をチョイスするとは洒落てるね」
「何か特別な数字なの?」
「完全数っていうんだけど、その数自身を除く約数の和を足すと、その数になる……言葉だけだとややこしいから、例を出した方が早いね。最小の完全数は6。次が28だよ」
6の約数は1、2、3、6
その数自身を除いた約数の和 1+2+3=6
28の約数は1、2、4、7、14、28
その数自身を除いた約数の和 1+2+4+7+14=28
「へぇ、こんな数があるんだ。8128も完全数?」
「そうだよ。……もうすぐホームルームだから続きは昼休みにしよう」
自分の席に戻り、俺はため息をついた。解かれるのは分かっていたが、何度も「簡単」と言われると悔しい気持ちになる。もう少し難易度を上げた方がよかったかもしれない。
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