東大入試とn乗数

 放課後、俺は学校の部室にいた。ドアには『数学研究部』と書かれた紙が貼られている。部員は俺、愛華、成宮の三人だ。

 活動内容は文字通り、数学という学問について研究すること。まあ、研究と言っても、もっぱら好きな定理や証明について語り合うことがほとんどだ。今日は√2が無理数であることの証明を、背理法以外でできないか成宮と二人で話していた。


「僕は背理法しか思いつかない。安藤はどうだったんだ」

「三日三晩考えたけど、結局思いつかなかった」


 ネットで検索すれば背理法以外の証明は見つけられるだろうが、どうにか自分の力で直接証明する方法を見つけ出したい。

 

「そういえば友村さん。安藤に背理法教えてもらったらしいね」

「そうだよ。そのときに背理法以外の証明がないか訊いたの」

「なるほど。だから√2の無理数性の話を出してきたのか」


 俺は首肯した。


「友村さんに教えたのはそれだけかい?」

「どういう意味だ」

「ほら、素数が無限にあることの証明が、背理法の例題でよく出されるだろ。それは教えてないの?」


 言われてみればそうだな。すっかり抜けていた。


「あと   3√2の無理数性の証明を教えた。解き方は√2のときと一緒だけど」

「それ、京都大学の入試で出題された問題じゃないか」

「知ってたのか」

「最近、実力試しに難関大学の過去問に挑戦しててね。結構チェックしてるんだ。よかったら安藤もやってみない?」

「どの大学?」


 俺が訊くと、成宮はニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。


「東京大学」


 成宮は鞄からノートを取り出し、ページを開いて俺に見せた。記されていたのは整数問題だった。出題は2012年か。

 

 nを2以上の整数とする。自然数のn乗になる数をn乗数と呼ぶことにする。

 (1)連続する2個の自然数の積はn乗数でないことを示せ。

 (2)連続するn個の自然数の積はn乗数でないことを示せ。 


「この問題が東京大学の数学入試?」と愛華。

「そうだよ。友村さん、問題の意味は分かるかい」


 愛華はかぶりを振った。成宮は思案しながら説明を始める。


「(1)で例を出すと、5・6=30、7・8=56、11・12=132とか、ほかにも多数ある。そして、30と56と132の3つは、2乗数(平方数)でも3乗数(立方数)でもない。さらに言えばn乗数でもない」

「それを示せばいいってこと?」

「2以上の整数すべてでね。口で言うのは簡単だけど、実際に示すのは難しい。(2)は特に」

「(1)とはどう違うの?」

「(1)は2個に限定されてるけど、(2)は制限がない。だから、6・7・8・9・10や17・18・19・20・21…みたいに、自然数が何個連続していようと、その積はn乗数にならないことを示す必要がある」

「なんとなく、分かった」


 成宮は説明を終えると俺に視線を向けた。(1)はそれほど難しくはない。


 自然数の1つをmと置くと、連続する2個の自然数の積はm(m+1)と表せる。

 m(m+1)をn乗数と仮定してそれをM nとする。

 M nはMを約数に持つが、mとm+1は互いに素(2数の最大公約数は1)なので、どちらか一方はMを約数に持たない。つまり、m(m+1)≠M nである。


 もしmの約数にMがあるなら、m+1の約数にもMがあるはず。早い話、m(m+1)がn乗数ならばmとm+1もn乗数でなければならないってことだ。だが連続する2個の自然数がともにn乗数になることはありえない。ただ、連続していない場合は別だ。例えば3・6・8の3数の積は3・6・8=144で、144は12の2乗になる。


「安藤、どこまで進んでる?」

「(1)は半分終わった」

「半分?」


 あとはmとm+1がともにn乗数ではないことをきちんと示さなければ部分点止まり。仮にmが偶数ならm+1は奇数、ということは、mはm=(2p) n、m+1は奇素数の積だから整数pとqを使って(2q+1) nのように表せる。まあ、簡潔にp nq nでもいいんだけど。


 m(m+1)=(2p) n(2q+1) nで、(2q+1) nは二項定理で展開すると、(2q+1) n2q n+n_C_1・(2q)   n-1+n_C_2・(2q)   n-2+……+n_C_n-1・2q+1

 

 (2p) nと(2q+1) nの差が1だから、2q n+n_C_1・(2q)   n-1+n_C_2・(2q)   n-2+……+n_C_n・2q+1-(2p) n=1のはず。だが、n_C_1・(2q)   n-1からn_C_n-1・2qの値はすべて2以上。式が成立するには、p=qかつ、n_C_1・(2q)   n-1からn_C_n-1・2qの値がすべて0でないといけない。これは矛盾している。


 証明としてはこんな感じだろうか。式が長くなってしまったがこれは仕方ない。次に行こう。


 連続するn個の自然数の積をn乗数と仮定して、その積を整数Mを用いて、M nと表す。

 自然数の最小値をmとすると、連続するn個の自然数の積は(m+n-1)!/(m-1)!と表せる。つまり、(m+n-1)!/(m-1)!=M n

 n個の自然数のうち、素数k(kは自然数)はM nを割りきるので、M nはkの倍数である。

 また、k-1もM nを割りきるが、kとk-1は互いに素であり矛盾。

 

 俺は一旦、証明を成宮に見せた。


「(1)と(2)じゃアプローチの仕方が違うね」 

「共通しているのは『互いに素』という性質を利用していることだな」

「言われてみれば確かに」

「あのー。私にはまだよくわからないんだけど」


 蚊帳の外だった愛華がおすおずと手を挙げた。この問題は難易度的に証明を見ただけじゃピンと来ないのは当然と言える。俺は少し考える。


「じゃあ、こんなのはどうだ」


 自然数の1つをmと置くと、連続するn個の自然数の積は(m+n-1)!/(m-1)!、またはm+n-1_P_nと表せる。

 (m+n-1)!/(m-1)!は順列の総数、n乗数は重複順列の総数と見なすことができる。よって、(m+n-1)!/(m-1)!はn乗数にはなりえない。

 

 成宮も愛華も黙り込んだ。数秒の沈黙の後、愛華が先に口を開いた。


「順列と重複順列ってなんだっけ」

「それを今からおさらいする」


 例えば、サイコロを3回振って3回とも違う目が出たとする。これは順列だ。逆に、2回同じ目が出て1回違う目。もしくは、3回とも同じ目が出た場合、重複順列になる


「順列と重複順列の違いはだいたい分かったけど、この証明がどう関係あるの?」

「それをゲームで説明する」

「ゲームで?」


 愛華の問いに俺は頷き、説明を始めた。


「手元に2から11までの数字が書かれたカードが10枚あるとする。1回引いて、カードを元に戻した後、シャッフルしてまた1回引く。これを10回繰り返す。そして、引いたカードの数字の積が、相手より大きいと勝ちというゲームだ」

「何で2からなの?」

「1を掛けても計算結果は一緒だろ。問題にも『nは2以上の整数』って書いてる」 

 

 計算結果と勝敗は重要ではないが、敢えて言わないでおいた。


「プレイヤーをA、Bの二人として、Aは常に異なる数字のカードを、Bは常に同じ数字のカードを引くとする」

「何その特殊能力」


 愛華のツッコミを無視して説明を続ける。


「さて問題。このゲームでAとBが引き分けになることはあるでしょうか」


 成宮は俺の言いたいことを察したようで、すぐさま問いに答えた。

 

「ならないね」

「え? なんで?」

「Aは2から11までの10枚を全部引くんだから、積は常に11!だ。一方のBは毎回同じカードを引くから、積は2 10から11 10の10通り。一応、積を求めておこうか」


 Aのカードの積 11・10・9・8・7・6・5・4・3・2=39916800 

 Bのカードの積 1024、59049、1048576、9765625、60466176…


7 10以降は計算しなくても、Aの積より大きいのが分かる。だからAとBが引き分けになることはない」

「なるほど」


 そう、ゲームが引き分けになる条件は、AとBのカードの積が等しくなることだ。この例では必ずどちらかの積が大きくなるから、引き分けの条件を満たさない。


「(2)の問題文は『連続するn個の自然数の積はn乗数でないことを示せ』だったよな。このゲームに当てはめると、Aのカードの積が『連続するn個の自然数の積』で、Bのカードの積がn乗数だ」

「待って。Aは異なる数字のカードを引くんだよね。順番通りにカードを引くとは限らないじゃん」

「カードを並び換えたら連続した自然数になるから問題ない。掛け算は順序を入れ替えても計算結果は変わらないからな」

 

 あとはカードの枚数を増やしても、AとBが引き分けにはならないことを示せばいい。


「2以上の整数が書かれたカードの数字の最小値をmとして、m+1、m+2、m+3とカードを小さい順から集めると、n枚目のカードの数字はm+n-1になる」

「m+nじゃなくて?」

「それは結構間違えやすい。一番小さいカードを3として、カードを5枚集めたとする。この場合、nは5だ。3から順番に数えると3、4、5、6、7だから、m+nだと計算が合わない」

「ホントだ」

「ここから文字式が続くが、どうかこらえてくれ。俺は証明でm+n-1_P_nという式を使った。これはさっき説明したゲームで言うと、Aのカードの積を表わしている。m+n-1はカードの総枚数、nはカードを引いた回数だ。(m+n-1)!/(m-1)!は、m+n-1_P_nを書き換えただけで意味は同じ」

「間のPは何なの」

「順列の英語表記『Permutation』の頭文字だ。そして、Bは常に同じカードを引いているから重複順列で積はn乗数。カードを引いた回数はどちらもn回で同じだが、引いた数字は違うから、二人が引いたカードの積は等しくならない」

 

 もちろん、Aが引いたn枚のカードの数字を並び替えると『n個の連続する自然数』になるという条件付きだ。

 これで一通り証明は完了した。正直なところ俺のオリジナルだから不十分な点は多いと思うがそこは大目に見てもらおう。

 しかし、ここまで長くなるとは思わなかった。まあ、具体例をいくつも出しながらの説明だったし、問題の難易度を考えると仕方ないか。


「結構面白かったね。やっぱり東大の入試は解きがいがある」


 東大の数学入試は難しい知識を必要としないが、論理力がないと解けない問題ばかりだ。その分、解けたときの達成感は大きい。

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