君たちはどう暮らすか

「なんだぁ、チャグ坊!まだそんなに小さいのか!」


狩猟ギルドのカッソさんが、すっかり大きくなった猟犬たちを撫でながら笑った。

今日の狩りを終えた犬たちは、カッソさんが食べ終わった手羽先の骨をもらおうと、ぴょんぴょん跳んでいる。

先日見た時とはもう、全く大きさが違った。

チャグだって結構成長しているのだが、犬たちの勢いに比べれば確かに小さい。


なんとなくからかわれた空気を感じたらしい。

私の肩の上から飛び跳ねる犬たちを眺めていたチャグが、不満げに鳴き声を漏らした。


「ヂ……」


「うん?臍を曲げたのかぁ?すまんすまん!」


カッソさんが、乾いた手のひらでチャグをぐりぐり撫でる。


「ヂィイ……!」


生後半年程度のくせに、お気軽に触られるのは嫌らしい。

ぷにぷにの前足を精一杯開いて、カッソさんの手を引っ掻いた。


「あ、だめ」


「おっとと、子猫の爪は細くて痛いんだ」


「ごめんなさい」


「謝るほどのこっちゃないよ」


ほれ!と見せられた手には、3本ほどの細く白い筋がついていた。

血が出ていないことに、ホッとする。

最近のチャグは、自分の毛布をビリビリにしちゃう時があるのだ。

その時の勢いでカッソさんを引っ掻いたのなら、これくらいでは済まなかっただろう。

もしかして、もう手加減を覚えてるんだろうか?


「ははは、そんなちっちゃいナリで、もう猛獣気取りか?どれ、口ん中を見せてみろ。ほれ、あーん!」


「ヂゥ!」


カッソさんはそう言うなり、チャグの口の端っこに指を突っ込んで、無理やり開けた。

歯の無いところうまくやられてしまったらしく、チャグは抵抗できていない。


「どれどれ…うん、結構立派な歯じゃないか。普段は何を食べてるんだ?」


「えと、ミルクとお肉、潰したやつ」


「この歯ならもうちょっといけるだろう。チャグ坊、なあ」


「ヂィ!ヂ……」


チャグの口から出て行った指が、黒くふわふわの顎をうりうり撫でる。

最初こそ抵抗の気配を見せていたものの、チャグはあっという間にカッソさんの手管に陥落していた。ちょろい。


「そろそろ狩りの練習をさせちゃどうだ?」


「かり」


そんな。

私の肩でうっとり撫でられているチャグを見る。

流石にミルクの時よりは大きいが、まだまだ子猫だ。

大きさは普通の猫ぐらいだが、手足は不相応に太い。

だからなのか、まだ地面を走っている時にはなんとなくヨタヨタしてるし、どこかにジャンプする時は十回中八回くらい目測を見誤っている。

最近の趣味は、床で寝っ転がって太い枝をガリガリ噛むことだ。

無料で手に入るおもちゃにハマってくれて、ありがたくはある。


「まだできないです、走れない、跳べない」


「そうだな、最初はお嬢ちゃんが助けてやるんだ。瀕死のネズミとかトカゲとかを目の前に置いて、仕留めさせる」


ひぇっ。


そりゃあ私だって、この暮らしの中で虫くらいは掴めるようになったけど。

瀕死って、瀕死って。

もちろん私が半殺しにするって事。

想像しただけで、手のひらがゾワゾワする。


「ペットなら、狩りなんか教え込まなくてもいいけどよ。嬢ちゃん、キャスパを飼うには覚悟がいるぜ」


いつも朗らかなカッソさんの瞳に、真剣な色が浮かぶ。


「今に力が強くなって、誰も押さえつけられなくなる。それに、餌だって嬢ちゃんの甲斐性じゃ賄いきれないだろ。自分で獲れるようにしてやるしかないんだ」


彼の言葉は、もっともだった。

成体のキャスパ——つまりチャグの母親を思い出す。

彼女は一日に、どのくらいの肉を食べていたんだろうか。

人間のそれよりも、はるかに多いことだけは確かだ。

もし、私が途中でチャグの食欲に追いつけなくなって、それなのに彼は狩りができず飢え死んでしまったら?

ああ、それも怖いけど。

もしチャグが、囲いのなかの家畜や、動きの遅い人間を襲うことを選んでしまったら。


……先のことは分からない。

チャグは今の所私の大事な大事な子猫だけど、いつかは野生に返すしかなくなるかもしれない。

想像するだけで悲しくなってしまうが、貧乏人が自分の家に匿い続けるには大きくなりすぎる。

どれくらいの期間をかけてチャグが大人になるのかは未知数だけど、それまでにできることをするしかないんだろう。

差し当たって、小動物の半殺しを、私が。うう。


「がんばります」


「その意気だ、分からないことは聞きにこいよ。俺だってチャグ坊のことは気に入ってるんだからな」


足元で骨を齧っていた猟犬が、私を見上げてへっへと舌を出した。

ああ、犬、いいな。

サイズが人間にも養えそうな感じで。


私のそんな思考に察したわけじゃないだろうけど、チャグが制裁みたいなタイミングで私の肩で伸びをした。

爪が、爪が布に引っかかる。やめて。

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黒くふわふわであたたかい ゴマフノザラシ @gomafu_nozarashi

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