第9話

「負けちゃったね」


放課後、すっかり疲れてしまい机の上で溶けている俺に摘麦が話しかける。


「いいや、試合には負けたが勝負には勝った」


その代わり失うものは大きかった。


いつの間にか集まっていたクラスの連中と野球部員数名にあの光景をしっかりと目撃されていたのだ。


摘麦はと言えば目を輝かせながら笑いを堪えて見ていた。


死にたい。


明日から学校休もうかな。


父さん許してくれるかな。たぶん怒るだろうな。


「それにしてもよくあんな方法思いついたね」


「いいか。中二病の実態ってのはキャラクターだ。言い換えるならば個性だ。個性こそ自分の存在意義だ。つまりキャラ設定に心血を注いでこそ意味がある。技の名前は寝ずに考える。それが英語なら上々。ドイツ語なら最高。ラテン語なら神だ」


摘麦は興味深そうに話を聞く。


「窮地に立たされたとしても根性と急に目醒める能力ちからでなんとかする。最弱だけど最強で、何も考えてないようで天才で、勇者で悪魔で神で人間なんだ。だがな、冷静になってしまえばそんなことは虚飾に過ぎないことに気付く。人の振り見て我が振りなおせってことに閃いたんだよ」


「さすが第一人者の言うことは違いますなあ」


「それと気になってたことがあるんだが、なんで手代木に薬を渡したんだ?」


「告白されたから」


「こっ、告白っ?!」


「そう。だからあなたと付き合ってあげるかわりに私にも付き合ってもらおうかなって思って薬をチラつかせたのよ」


なんて無責任な。


「でも付き合う前にフラれちゃった。野球に取られちゃったみたい」


「それは残念だった――のか?」


「そういうわけだ。悪いな蛭子」


「芦原君もありがとう。一打席勝負、面白かったよ」


俺の後ろには制服のままの手代木とユニフォームに着替えた宮地が立っていた。


いつから話を聞いていたんだろう。


「俺の腕よりお前の頭のほうがずっとイタかったんだな」


「芦原君はそれだけ横文字に固執してるのに自分の技名は全部日本語なんだね」


ああ、言われてみれば……


「だけど芦原のおかげで気付いたぜ。それぞれに似合ってるものが。それと俺は野球がやりたかったんだってことにな」


それだけいうと彼らは走って教室を出て行った。


二人が居なくなると摘麦は堪えきれずに大声で笑いはじめた。


今日は人生で一番恥ずかしい一日だ。

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パンデミックチューニング 秋月漕 @imshun

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