第8話

かくして俺と手代木との決闘――普通に言えば一打席の勝負が始まった。


手代木が俺からアウトを取れば勝ち、ヒットを打たれれば負け。


相手は野球経験者。俺は帰宅部バイト戦士。


中学の頃の運動経験を考えても圧倒的に手代木の有利だ。


「こんなところで芦原君に再開するとは思ってなかったよ」


「私も同じことを考えていた。協力感謝するよ、宮地君」


「なんか昨日と雰囲気違うね。でも、ありがとう。久しぶりに晴の投げる姿を見られる」


急な話だったのにバットとグローブを用意して待っててくれてありがとう。白くて四角い粉のやつまである!宮地はほんと良い人だ!





「さっき説明したように一打席勝負で晴がアウトをとったら勝ちだ」


「ああ分かってる」


「一つ忠告しておいてやろう。かつて俺はS級の魔剣士だった。こんな鉄の棒、手足のように扱ってお前から勝利を奪って見せよう」


「相手に不足は無しってことか」


「……話は終わった?それじゃあ始めるよ」


手代木はマウンドの方へ向かい宮地はかがみ込みグローブを構えた。


マウンドに立つ手代木の姿はいかにも様になっている。


変なことを言ってはいても取り乱すことなく落ち着いているのは、あの場所が彼の特等席だからか。さすがは投手といったところだ。


宮地の目を確認すると、彼は投球の姿勢を作る。


「受けてみやがれ!」


左足を踏み込み、手からボールが離れた!


この速度なら目で追える。でもこれは――


「ボールッ!」


素人目にも分かるほど、ボールは俺の立つ打席の反対側に大きく外れた。


「クソッ!」


だいぶ鈍っているのか手代木は思ったように球を投げられないらしい。


「ドンマイ!次は入れていこう!」


宮地の返球を受け取って二度目の投球。次こそは入れてこい!


放たれたボールは外角高め。方向は一球目と近い!これなら……打てる!


紅蓮ぐれんり!」


カキーンと高い金属音。


白球はグラウンドを斜めに逸れ――


「――ファールか。危ねえ」


ヒットにはならなかった。


あれ、よく考えたらこれ打ったらマズくね?


危ねえ!こっちこそ危ねえ!打ったら計画が台無しだ!


俺は手代木を中二病から覚まさせる。そしてついでに戻す!


「命拾いしたようだな。だがそんな鈍間のろまの球では次は正面に弾き飛ばすぞ?」


「――――――」


「コースは入ってる!晴、大丈夫だ!」


手代木はパシッとグローブの音を立てて宮地の返球を受け取り――


「――――フウゥ」と大きく息を吐いて、ロジンバックを握って、落とした。


さっきより動作が多い。


腕を頭上に上げると同時に左足を引き上げる。


息を止めて左足を踏み出し、ボールが……投げられた!


煉獄れんごくぎ――」


何だ?!球速がさっきより早い!それに球が下に落ちる!


パアァンッッ!!


「ストラィッーク!」


振り切ったバットは空を切っていた。


「――――はる!晴っ!やればできるじゃないか!」


宮地はまるで自分が空振りを取ったかのように喜んでいる。


彼はまだ本調子じゃないのかもしれないが、馴れてないとあの球は打てない。


「あとは晴に任せる。好きに投げてこい!」


「……おう」





「これは親切心で言わせてもらうけどモーションに入ったら喋らない方がいいよ。舌噛むから」


「ご忠告ありがとう宮地君。ではこの球で決着をつけるとしようか」


ワンボールツーストライク。次が最後の投球になる気がした。


なんだ。野球ができないなんて嘘じゃないか。


夏の日差しに照らされた白球はまっすぐこちらに向かってくる。


これで終わりにしよう。


「ありがとよ!魔剣士さんっ!」


獄炎ごくえんりっ――!!」

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