中編 -続-

*この台本は、糾弾ノ箱 前編-序-の続編になります。



【登場人物】



♂伊坂 麗(いさか れい)

18歳前後。職業はフリーター。



♂米津 恵(よねづ めぐみ)

30代後半。元軍人の汚職警察官。



♀鬼柳 陽子(きりゅう ようこ)

30代後半。指定暴力団鬼柳組の組長。



(不問)瀬良 葵(せら あおい)

年齢、職業不詳。中性的な声と見た目。



♀棗 結乃(なつめ ゆの)

10代後半。ゴスロリ風の美少女。

両足を切断され、悲惨な最後を遂げる。

(この台本に登場はありません)



♂東雲 誠(しののめ まこと)

30代前半。不思議な雰囲気の男性。

人の死はタイミングで決まっている、と信じる狂信者。人の心を色に例える癖がある。


(不問)N(ナレーション)



♂?




*この台本には過激な暴力描写、残酷な表現が含まれます。

 苦手な方は閲覧に注意してください。







(しばらく時計の音だけが響く)


000 葵:ねぇ~、ただ何もしないで待ってるのも暇だし…

    お互いに自己紹介でもしようよっ!

    ・・・あっ!

    みんなが何をして犯罪者、なんて呼ばれてるかも気になるな~?

    (咳払い)僕の名前は瀬良 葵!歳は・・・


001 陽子:(被せて)黙ってろガキ!

     自己紹介だ・・・?

     はっ、今更仲良しごっこする気はねぇ。

     そのよく喋る口塞いでやろうか?あ?


002 葵:あははっ、よく喋るのはオネーサンも同じだよねぇ?

     最近のヤクザ屋さんは随分とお喋りなんだね~?


003 陽子:このっ・・・人がおとなしくしてりゃ・・・


004 葵:(被せて)それに~・・・

    相手の素性知ってた方が殺した時に実感湧くでしょ?

    な~んにも知らない存じませんって人を殺っても・・・

    虫を殺すのと同じだもの・・・




~2時間前~



(水槽のガラスに映った自分を見て)


005 麗:えっ・・・なんで・・・僕・・・


006 誠:ククッ・・・環境に適応したか、それとも・・・

    まぁ何にせよ、お前も立派な異常者って事だァ、ククク・・・


007 麗:違うっ!僕はっ・・・!


008 誠:面白いなァ、お前。

    全く、色が見えねェ・・・ククッ。


009 N:誠は薄気味悪く笑い、そのままドアの方へ足を進めた。

    

010 麗M:可笑しいはずない・・・。

     だって、こんな悪夢みたいな状況で、笑えるはずなんて・・・


011 N:水槽の中の棗だった肉塊を見つめる麗。

    普段なら見る事すら拒むほどの光景、そのはずだった。


012 麗:・・・忘れろ、忘れるんだ・・・


013 N:自分自身に言い聞かすように、ドアへと足を進めた。



(ドアが閉まる)



014 ?:犯罪者の皆様、お疲れ様でした。

    傷つき、傷つけられる痛みを、その身に感じていただけたでしょうか?

    さて、それでは次の贖罪に移らせていただきます。

    この部屋でやっていただく事、それは単純明快。

    ただただ、この部屋で「過ごす」事。

    この説明が終わった瞬間から12時間経過すると、ドアのロックが解除され

    る仕組みとなっております。経過時間に関しましては前方の掛け時計をご覧

    ください。

    尚、この部屋では皆様の行動に一切制限はありません。

    感情のままに愚かな行動を起こしてしまう、そんな皆様に足りない忍耐を養

    っていただければと思います。


    

015 恵:こんな殺風景な部屋で12時間とはな。

    酷な事言いやがる。


016 葵:拍子抜け~・・・って感じだよねぇ。

    あーあっ!つまんないの~っ!


017 陽子:ちっ、妙な真似ばかりしやがって・・・クソが。


018 誠:せめて・・・食糧くらいは置いて欲しいねェ。

    こんな場所のせいで正確な時間はわからないけど、流石に腹が減ってきた。


019 葵:あっ、確かにね~!

    僕、お肉が食べたいな~!!


020 麗:・・・・・・。


021 N:それっきり、部屋の中で会話がされる事は無かった。

    時計が針を刻む音だけが響き、ただ時間だけが過ぎていった。

    


~現在時間~



022 陽子:おもしれぇ、虫けらかどうか試してみるか、コラ・・・


023 葵:あははっ、怖い顔~!

    鬼柳組は武闘派の集まりだって言うのはホントだねぇ?

    そりゃそうだよねぇ~、流石、前の親分さん殺して今の地位までのし上がっ

    ただけはあるね、うん!


024 陽子:・・・!?

     ・・・てめぇ、なにもんだ。


025 葵:組の内輪揉め、前直参だった大河内組と黒川組を裏から牛耳った女ヤク

    ザ。オネーサン達の世界では親殺しっていうんだっけ?


026 陽子:ただのクソ生意気なガキ・・・ってわけじゃなさそうだな。


027 葵:まぁね~、オネーサン達と同じだよ。

    お日様の下では生きられない日陰者、裏社会のニンゲン。


028 恵:情報共有、という点ではそこの嬢ちゃんに同意だな。

    全員、ここで目覚める前は何をしていた?

     

029 葵:え~っとねぇ・・・ 僕はお仕事の途中だったな。

    依頼を受けて指定の待ち合わせ場所に行った所までは覚えてるんだけ

    ど・・・。


030 誠:俺も同じようなもんだな、外に居たって事は覚えてるぜェ。

  

031 麗:・・・・・・。


032 恵:どうした、伊坂君?


033 麗:それが・・・全く・・・目覚める前の記憶が無いんです。

    いくら思い出そうとしても、何も覚えていない・・・。


034 恵:私達に投与された薬品に人体への影響はない、と最初に聞かされ

    ていたが・・・。


035 陽子:はっ、こんな場所で殺し合いさせてくる野郎だぞ?

     んなもん、嘘に決まってるだろうが。


036 誠:ククッ・・・本当にそうかなァ?


037 陽子:あぁ?


038 誠:俺達に薬まで盛って、わざわざこんな所に集めた理由。

    ましてや軍隊上がりの警察官、極道社会の手練れを、だ。

    どんな手を使ったかは知らないが、一筋縄ではいかなかったはず

    だァ・・・、逆を考えれば。

    そこまでして俺達を「ここに集めたかった理由」があると考える・・・。


039 陽子:だからなんだってんだよ。


040 恵:裁きを、つまり死を。

    ただ殺したいだけならば、面倒な手間を掛ける必要はないって事だ。


041 葵:一人ずつ裁かれて、死んでいく。

    このゲームをさせる為だけに僕達は何者かに拉致された。


042 恵:それに、私達の体の状態から見ても薬品の情報に嘘はなさそうだ。


043 陽子:ちっ、そんな事わかってるけどよ。

     じゃあそこのお坊ちゃんはただの記憶喪失か?


044 麗:そんなはず・・・、でも思い出せるのは自分の名前くらいで・・・


045 恵:原因はわからないが、個人によっても副作用があるのかもしれない。


046 葵:そーいえばっ。

    オジサンとオネーサンはここで目を覚ます前はどうしていたのさ?


047 恵:・・・私も勤務中だった。

    通報があった現場に向かう途中、だったはずだ。


048 陽子:・・・っち。

     俺様も同じようなもんだ。

     本家から事務所に帰る途中、若い衆が用を足しに人気のねぇ林に車止め

     て…そこからの記憶が曖昧だな。


049 恵:ふむ、共通している点はいずれも外、屋外でという事くらいか・・・。


(間)


050 N:その後も他愛もない話、あても無い推理推測が続いた。

    各々が口を開き、ひとしきり喋っては沈黙。

    時計の針の音だけが響き、代り映えしない殺風景な部屋。

    そんな現実味のない空間でのストレス、不満。

    加えての空腹感、潤すことの出来ない渇き。

    時間にして8時間が経とうとした頃だった。



(床を殴る音)



051 陽子:もう限界だっ・・・クソッタレ・・・っ!

     (スピーカーに向かって)

     おい!聞こえてんだろてめぇ!!

     食い物か、せめて飲み物くれぇ出しやがれコラ!!


052 恵:チッ・・・馬鹿が。

     わざわざ誘いに乗りやがって。


053 陽子:なんだコラ・・・、俺様はな、とっくに限界きてんだよ。


054 恵:それはこの場の全員が同じだ。

    ・・・この部屋での狙いは精神的疲労からくる錯乱。

    詰まるところ、私達の意思での、殺し合いだ。


055 陽子:勘違いすんなよポリ公・・・

     こっちはいつ殺り合ったっていいんだぞコラ・・・

     これ以上イラつかせんならてめぇからぶっ殺してやろうか?あぁ!?


056 N:恵を睨みつけ、立ち上がる陽子。

    それを静止したのは恵が構えた拳銃だった。


057 恵:コイツを忘れたか?

    生かされているのを忘れるな、殺そうと思えばいつでも殺せる。

    

058 陽子:上等だよ、殺れるもんならやってみろオラァ!


059 麗:ふぅ・・・ちょっと静かにしてもらえませんか。


060 N:例えるなら独り言、町の喧騒の中なら聞き逃してしまいそうな声で

    伊坂麗は静かに呟いた。

    その表情は、疲労とも衰弱とも違う暗さを帯び、酷く落ち着いていた。


061 陽子:はっ、お坊ちゃんも我慢の限界ってか?

     いいぜ、2人まとめて・・・


062 麗:(陽子に被せて)さっきから貴女は口うるさく怒鳴りつけるばかり。

    やるならさっさとやればいい。

    一体、何を恐れているんですか?


063 恵:・・・伊坂、君・・・?


064 誠:へェ・・・クククッ・・・


065 陽子:・・・久々にマジで頭にきたぜ。

     世間知らずのお坊ちゃんには、キッチリ教えてやんねーとな。


066 N:陽子は静かに拳を震わせて、部屋の隅に座り込む麗の前に立つ。

    麗が陽子を見上げた瞬間。


(顎を蹴り上げる)


067 N:ボールを蹴るかのように、麗の顎を蹴り上げた。

    跳ね上がった頭。麗の髪の毛を左手で乱暴に掴み、その体を持ち上げると


068 陽子:オラァ!!


(打撃音)


069 N:麗の顔面に、容赦なく右の拳を打ち下ろした。


(ここから殴り続ける)


070 N:麗の髪の毛は掴んだまま、何度も何度も殴りつけた。

    その光景はまさにサンドバッグのようで。

    次第に麗の頬は腫れ上がり、口から吐き出される唾液は

    流血で真っ赤に染まっていた。

 

071 陽子:このっ、クソガキがぁ!!


(強烈な一発が入る)

   

072 麗:(歯が折れ、吐き出す)かはっ・・・


073 陽子:はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・!

     (掴んだ麗の頭を自分の方へ近づけ)

     口の利き方に気を付けろ、次は歯だけじゃ済まねーぞ。


074 N:放り投げるように掴んだ左手を離す。

    麗の目は虚ろで、その身体は力なく床に崩れ落ちた。


(葵が拍手をする)


075 葵:さっすが~!!やっぱり慣れてるね~!

    ・・・でも所詮は、チンピラ上がりの喧嘩屋さんってカンジ。


076 陽子:おちょくってんのかてめぇ・・・

     次はてめぇがこうなるか?あ?


077 葵:甘いなって思うだけだよ~。

    やっぱり義理とか人情とか気にしちゃうのかな~?


078 陽子:あぁ?

     ・・・てめぇたいがいにしとけよコラ。


079 葵:(低い声で)僕なら殺すけどね。

    殺さなくても、二度と歯向かう気も起きないくらい徹底的にやる。

    

080 陽子:じゃあてめぇはそうしてやる。

     同じ女だからって容赦しねーぞコラぁ!!!


081 N:怒りに満ちた声をあげながら葵に向かって走り出す陽子。

    目先に葵を捉え、振りかぶった拳はー、


(鈍い打撃音)


082 N:葵に届くことはなかった。

    代わりに、陽子の身体はくの字に折れ曲がりそのまま床に倒れこんだ。


083 陽子:ごほっ・・・うぅ・・・て、てめぇ・・・


084 葵:あはっ・・・カウンター、って知ってる?

    オネーサンが馬鹿みたいに突っ込んでくるからだよ?

    

085 陽子:くっ、そぉ・・・てめぇ、殺・・・す、おうぇっ・・・


086 恵:素人の動きじゃねぇな。

    瀬良葵、と言ったか?

    肘での一撃・・・、見た感じ、、空手の有段者か?


087 葵:やだなぁオジサン!護身術程度だよ~。

    ほら、こんなか弱い女の子じゃ暴漢に襲われる事も多くってさ~?

    

088 誠:ぷっ、クハハハハハハハハハハハ!!!!

    か弱い女の子だァ・・・?

    「その身体」でよく言えたもんだなァ・・・ククッ・・・


089 葵:・・・・・・。

    ふ~ん、たいしたもんだね オニーサン。


090 誠:多分そこのおっさんも気づいてるぜェ?

    さっきの肘の一撃、今までは気づかなかったが・・・

    その細い腕は絞りこまれた筋肉、鬼柳陽子に肘が入った瞬間のお前の後背筋

    の形、服の上からだってわかる。


091 恵:さしずめ、その手袋は潰れた拳を隠す為、か。


092 葵:まあ、そんなトコ。

    ついでに言っておくと僕のは空手じゃなくて截拳道(ジークンドー)。

    競技じゃなく、実践向けのヤツね。


093 恵:殺り合うなら容赦しないって事か?

    ・・・なぁ、「坊主」よ。


094 葵:あはははっ!!そこまで気づいてるんだね。

    ・・・お察しのとおり、僕は男だよ、心は女らしいけど。


095 誠:性同一性障害、ってやつかァ?


096 葵:そうみたい。

    真っ当な世の中では生きていけなかった、ただの男女(おとこおんな)。

    

097 恵:君の生い立ちはどうでも良い。

    私が聞きたいのはこの先の話だ。


(恵は葵に拳銃を構える)


098 葵:ふふっ、生身で拳銃に立ち向かう程馬鹿じゃないよ。

    ・・・今はオジサンに仕切らせてあげる。


099 恵:・・・何が狙いだ?


100 葵:何も?ただ・・・、強いて言うなら興味、かな。


101 恵:興味・・・?


102 葵:こんな手を込んだ見世物の行く末…。

    誰かを殺めるなんて珍しい事じゃない。

    考えてもみなよ、目の前で起こっている事・・・

    狂ってる、と世間から非難され、常識という括りから除外されてきた僕ら異

    常者が!

    ここでは「異常」な事こそ「正常」なんだ!

    特にオジサンがギロチンであの女の子の足を落とした瞬間なんて・・・

    あぁ・・・快感だったよぉ(恍惚な笑み)

    僕はっ!もっと!もっと見たいんだ!!この非日常を!!

    こんな素晴らしい世界、こんな所で死ぬなんて勿体無いじゃないか!


103 恵:ふっ・・・まさに狂人だな。


104 誠:ククッ、面白いなァお前ェ。

    綺麗な赤だ、混じりっ気のない綺麗な赤・・・くははっ・・・


105 葵:期待に応えてもらうよぉ・・・、犯人サン・・・?

    あははっ・・・あははははははははは!!!!!!!




106 N:子供の様に無邪気で、歪んだ笑い声が響く。

    そして不気味なアラーム音と共に気を失っていた麗と陽子が目覚める頃、時

    計の針は12時間を告げていた。

 

(ドアが開く音)


107 恵:・・・立てるか、伊坂君。


108 麗:ぐっ・・・なん、とか・・・


109 恵:しかし、君にも驚かされる。

    あの鬼柳陽子相手に真っ向からあんな挑発をするとは。


110 麗:え、挑発・・・?

    米津さん、一体何を・・・痛っ・・・


111 恵M:まさか、覚えていないのか?

     疲労困憊による記憶の欠落か?

     それとも殴られた時のショックか・・・?


112 麗:顔が・・・あぁ、なんでこんな・・・

    (口に指をいれ)酷い・・・歯も・・・っ!っ痛てて・・・



113 陽子M:屈辱だ・・・今まで味わってきた何よりも・・・!

      どいつもこいつも俺様をコケにしやがって・・・!

      許さねぇ・・・絶対にぶち殺す・・・!

      殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!


114 葵:どうしたのオネーサン?

    ・・・顔色、悪いよ?


115 陽子:・・・・・。


116 N:葵には見向きもせずに、無視して歩き出す陽子。

    硬く握りしめた手の平からは、血が数滴こぼれ落ちていた。

    



(ドアが閉まる)



117 N:今までの部屋とは違い、

    ドアをくぐった先は一切の光も刺さない暗闇に包まれていた。

 

118 麗:・・・なにも、見えない・・・。


119 葵:こーんな真っ暗なとこで一体何させようってのかなぁ。


(スピーカーからノイズ)    


120 ?:犯罪者の皆様、お疲れ様でした。

    ただ無常に過ぎる時間・・・、ご堪能いただけましたでしょうか?

    皆様がまた人間となるには、相応の忍耐力が不可欠でございますので。

    さて、この部屋でやっていただく事は「探求と努力」。

    ドアを開くために必要なカードキーを探し出して頂く事です。

    少々荒れた部屋になりますが、宝探しとでも捉えて頂ければと思います。

    人生、近道はありません。

    何をするのも小さな積み重ねが大事でございます。

    犯罪に身を染め、そんな些細な事を忘れてしまった皆様に、その気持ちを思

    い出していただきます。


121 麗:良かった、争わなくていいんだ・・・


122 ?:そして皆様に「追加」でお伝えする事がございます。

    ここへお連れする際に投与させて頂いた薬品に関してです。

    人体に影響はございません、と申し上げさせていただきましたが・・・

    それは「投与から24時間以内に限る」と付け加えさせて頂きます。

    

123 麗:え・・・・・・。


124 恵:・・・。


125 誠:ククッ・・・


126 陽子:クソがっ!やっぱりでたらめだったんじゃねーか!


127 ?:ただし、ご心配には及びません。

    これは救済、皆様には足掻き、もがくチャンスが与えられております。

    この部屋のどこかにその解毒剤、つまりワクチンをご用意させて頂きまし

    た。

    ここではカードキーを探しながらワクチンも探し出していただきます。

    つまり自分の為、他人の為に尽力していただく事です。

    それでは引き続き、皆様の慎重なご判断を期待しています。



(電気のブレーカーが上がる)



128 N:暗闇だった部屋に明かりが灯る。

    部屋はいままでよりも倍以上広く、廃材や家具といった様々な物が散乱し、

    乱雑に置いてある倉庫のような場所であった。

    ただ、部屋の中央に鎮座するひとつの装置を除いては。



(プロペラが回りだすような音)



129 N:鋭い風切り音と共に装置に取り付けられた3枚のプロペラが回転を始め 

    る。一見すると扇風機のソレによく似ているが、プロペラ部分には鋭く光る

    何かがひときわ目立っていた。

    筒状のガラスで造られたソレは直径30cmほどの大きさで、長さは1m程。

    高速で回転するプロペラを越えた先には、薬品の入った注射器がひとつ。

    

130 恵:・・・剃刀か。

    なるほど、見つけ出す難易度が低いものにはそれなりの代償が付いてくる、

    といった所か。


131 葵:でもさぁ~、肝心の「ワクチンの数」を言ってなかったよね?


132 誠:あの回りくどい説明だァ。

    まさかアレひとつって事はないだろうさ。


133 恵:むしろ厄介なのは、私達は今、薬品が投与されてからどのくらいの時間が

    経過してるかって事だ。

    場合によっては今すぐにあの剃刀の中に手を入れなきゃなくなるかもしれ

    んからな。


134 N:恵はそう言うと急ぎ足で乱暴に置かれた廃材の山を漁りだした。


135 麗:でも、薬品の副作用って一体・・・


136 陽子:馬鹿かてめぇは。

     考えなくてもわかんだろ、そんくらい。


137 誠:さて。どんな症状が起こるのか・・・。

    

138 N:誠は不敵に笑うと、その場に座り込み足を組んだ。


139 陽子:はっ、相変わらずのイカレ野郎だなてめぇはよ。

     ワクチンを見つけたヤツから奪い取ろうってか?


140 誠:ククッ・・・そんな低俗な事はしないさァ。

    興味があるのさ、どんな薬品を盛られ、その薬品にはどんな副作用があるの

    か・・・ふふっ・・・


141 麗:でも、もし死ぬような薬品だったら・・・


142 誠:そんときゃそん時だァ。

    ご親切にあんな分かりやすい場所にお宝置いてくれてる・・・

    死ぬ前に腕と引き換えにあのワクチンを取ればいいだけの話だ。


143 麗:腕と引き換えにって・・・


144 誠:腕一本なら、安い買い物だろうがァ。


145 陽子:・・・勝手にすりゃあいい。

     そのままそこで死んでろ、馬鹿が。


(陽子も別のところへ探しに行く)



146 葵:オニーサンはどうするの?


147 麗:えっ・・・


148 葵:探すなら早く探した方がいいよ?

    人数分のワクチンがある保証はどこにもないんだから・・・あははっ。


149 麗:っ・・・!


(麗も近いところから捜索を始める)


150 N:それぞれが捜索を続けるが、広く物が散乱した部屋では一筋縄ではいか

    ず、刻々と時間だけが過ぎていく。

    そして、事態は少しづつ変わっていく。

    そう、徐々に各々の身体に変化が表れてきたのであった。


151 恵M:さっきから・・・やたらと心臓の鼓動が早い・・・。

     これが・・・副作用、という事か・・・

     これは・・・くっ、呼吸も荒い、急いだほうが良さそうだな・・・


152 陽子M:ちっ、手足が痺れてきやがった・・・

      どこだ、どこにある・・・クソがっ・・・!


153 麗:あっ・・・これ・・・!


154 N:入り口付近にあった不燃ゴミの山。

    奥深くにあった見覚えのある小さな注射器。

    麗のとっさに呟いた声に全員が反応した。


155 麗M:あれ・・・?けどこれ、中の薬品の色が・・・違う気が・・・


156 恵:はぁ、はぁ・・・い、伊坂君。

    君、身体はなんともないのかい・・・?


157 麗:え、あ、はい・・・。

    って、米津さん、顔色が・・・


158 恵:どうやら・・・個人差があるみたいだな・・・くっ・・・

    情けない話だが、こんな・・・状況でね。

    良ければ、先にそのワクチンを譲ってはもらえないだろうか?


159 麗:えっ、でも・・・


160 恵:(被せ気味で)はぁ、はぁ・・・頼む・・・。

    君は、まだ症状がでていないんだろう・・・?

    私は、この通りでね・・・どうだろうか。

    譲ってもらえるならば、この銃口は君に向けないと…約束しよう、

    君にとっても、悪い相談では・・・ないと思うが。


161 麗:いや、そうではなく・・・


162 陽子:てめぇ、、随分と汚ねぇ真似、するじゃねーかコラ・・・

     

163 恵:くっ・・・今、君と口喧嘩をしている暇は、ない・・・。

    (銃口を陽子に向け)

    二度は、言わん・・・邪魔をするな。


164 陽子:はっ…、いつまでも調子くれてんじゃねーぞポリ公が・・・


(銃声)


165 陽子:ぐあっ・・・


166 N:放たれた弾丸は真っすぐに陽子の腹部を貫いた。

  

167 恵:ちっ、手が震えて狙いがずれる、な・・・

    (銃口を麗に向け)

    二つに一つ・・・だ、伊坂君。


168 麗:でも・・・これは中身が・・・


169 恵:チッ、いいから渡せっ!!

    

170 麗:あっ!


171 N:恵は麗から強引にワクチンを奪い取ると、中身には見向きもせずに注射器

    の針を自らの腕に刺した。

    

172 恵:はぁ、はぁ・・・悪いな、伊坂君…。

    一刻の猶予も、なかったのでね。

    だが安心してくれ、私はこう見えて義理堅い。

    この先、君に危害を加えない事を約束しy・・・っ!?

    (吐血)


173 N:ワクチンを打ってから、すぐの出来事だであった。

     恵は吐血し、悪かった顔色はさらに悪化し、恵の全身は震えだした。


174 恵:がはっ・・・な、何故だ・・・

    ・・・なぜ、私は血を・・・、ふ、震えが止まらん・・・ごはっ・・・


175 N:再び吐血し、目はみるみるうちに充血を始め、その赤は目から頬をつ

    たい流れ落ち、恵は地面に膝をついた。


176 麗:あ・・・あぁ・・・、そ、そんな・・・


177 恵:き、貴様・・・わかって、いたのか・・・?

    私を・・・ハメたのか・・・がはっ、く、クソッタレがぁぁぁ・・・!


178 N:震える身体で這いずり、しがみつくように麗の服をつかむ。

    その手に、力はほとんど残っていなかった。


179 恵:このまま、死んでたまるものかっ・・・!

    私が死ぬなど・・・ありえない、ありえない、あってはいけないぃぃぃぃ

    ぃ!!!

    私が、誰かに踊ら・・・されるなど、あってはいけないんだよぉぉぉぉx!

    ふっ、ふふっ、伊坂、麗・・・お前も、死ね・・・!


(銃声)


180 N:鳴り響く銃声。それは、恵の拳銃から放たれたものではなく、


181 陽子:っぐ・・・はは、死にさらせぇ、クソヤロー・・・


182 恵:き、さ、ま・・・な、ぜ・・・


183 陽子:持ち物検査を、されてないのは・・・てめぇだけじゃ、ねぇよ・・・!


184 N:恵の背後には小型の拳銃を構えた陽子。

    撃たれた腹部からは大量の血が流れていた。


185 恵:あって、は、な、らな、い・・・あ、って、は・・・


186 N:掴んでいた手が離れる。

    恵はそのままずるりと力なく床に崩れた。


187 陽子:ざまぁ、みやがれ・・・・

     さて、と・・・


188 麗:き、鬼柳さん、動いたら傷が・・・


189 陽子:黙ってろ!!!

     まだ、ケジメとらねぇといけねぇ奴が残ってんだ・・・


190 N:陽子は葵に銃口を向ける。


191 葵:腹撃たれて、まだそんなに元気があるとはね・・・。

    撃たれるのは慣れっこって事?


192 陽子:やられたまんまは、性に合わねーんだよ・・・


(銃声)


193 葵:っ・・・!


(銃声)


194 葵:ぐあっ・・・!


195 N:陽子が放った弾丸は葵の両足を貫き、身体を支えるものがなくなった葵は

    膝をつきその場に座り込んだ。


196 陽子:極道なめんなよ・・・まだ、死なせねぇぞコラ・・・


197 N:陽子はゆっくりと葵との距離を縮めていく。

    

198 葵:あ・・・はっ、オネーサン、僕を殺すなら、この場で、コレを割る。


199 N:葵はポケットから小さな注射器、ワクチンを取り出し、握って見せた。


200 陽子:関係ねぇ、好きにしろ。

     別の形で、落とし前つけてもらうからよ・・・


201 誠:ク、ククッ・・・いっちまう前に面白いもんが、見れそうだァ・・・ごほっ・・・


202 陽子:まだ生きてやがったのか、気狂い野郎。


203 誠:今まで体感した事ない症状だァ・・・。

    ククッ、どうなるかと思って大人しくしてたら、立つこともできなくなっち

    まったァ・・・

    見届けさしてもらうぜェ・・・鬼柳陽子。

    おまえの色を・・・ククッ・・・・


(銃声)


204 葵:あぁぁっ!・・・ぐっ・・・!


205 N:3度目の銃声。葵の右肩が赤く染まっていく。


206 陽子:まだだ、まだ足んねぇぞ・・・立てやオラァ!!


207 N:葵の首元を掴み、引きずるように歩き出す陽子。

    その行先は、部屋中央の装置だった。

    鋭い風切り音と共に剃刀の刃が高速回転するソコに。

    陽子は、葵の左腕を掴み、無理矢理に、しかしゆっくりと入れ込んでいく。


208 葵:っ!!ああああああああああああ!!!

    ああああああああああああああああああああああああああ!!!


209 N:回転する剃刀の刃は葵の左腕を容赦なく刻んでいく。

    悲痛な叫びと、肉を刻む音が不協和音のように響く。


210 陽子:・・・ははっ、あはははははっははははははは!!!

     いてぇか?いてぇだろうなぁ?あっははははははは!!!


211 N:葵の左肩を掴み、さらに奥へと。

    腕の肉は刻まれ、削がれ、指先は最奥部のワクチンへと触れる。


212 葵:はぁ、はっぁ、はぁはぁっ!

    

213 陽子:ソレを握れ。離すんじゃねーぞ。

     ・・・はっ、もう力も入らねーか!!

     あっはははは!はははははははははははは!!!!


214 葵:どうせ、お前も死ぬ・・・っ、のたうち回って、死にさらせっ・・・


215 N:葵は最後の力を振り絞り、指先に触れた注射器を握りつぶした。

    それを最後に、葵はピタリと動きを止めた。

    力なく落ちた葵の頭部は回転する刃に触れ、飛び散る鮮血と共に

    プロペラも徐々に回転を落としていき、停止した。


216 陽子:ざまぁみやがれ…ク、ソ、野郎・・・


217 N:陽子は背中から床に崩れ落ちる。

    腹部の出血はいまだ止まらず、黒かったスーツは血を浴び、赤黒く変色して

    いた。


218 誠:クハッ・・・いいショーだった、ぜェ、鬼柳陽子ォ・・・

     ククッ・・・クハハハハハハハハハハハ・・・ハ、ハ・・・


219 麗M:人の死を、これだけ短い間に散々見てしまった所為なのか。

     あまりの非日常に慣れてしまってきているのか。

     気づけば僕は、笑っていた。

     おかしくなってしまったのだろうか、自分でもよくわからない。

     狂気に染まってしまったのか、或いはー。

     最初から「染まっていた」のかもしれない。


220 麗:は、はは・・・ははははははははははははは!!!!!


221 N:麗の笑い声だけが部屋に響き渡る。

    愉悦とも、悲痛とも違う、ただただ狂気を帯びた笑い声。

    声が掠れていき、自然と笑い声が消える。

    足元に転がる恵の死体。底の知れない不快感に襲われ、

    麗は恵の死体を蹴り飛ばした。

    

222 麗:みんな馬鹿だ・・・本当に・・・、ん?


223 N:死体にふと目をやると、恵の着ていた上着のポケットから

    少しだけ飛び出ていたカードキーが見える。

    麗は無言でそれを拾うと、放心した足取りでドアの方へ歩いて行った。


224 麗:いかなきゃ・・・僕はあいつらとは違う・・・

    違う・・・違うんだ・・・。

    違う・・・?本当に・・・?

    僕は・・・僕は・・・。


225 N:何にとり憑かれたように独り言を繰り返す麗。

    それ以上、麗の視線が移る事はなく、ただ無心で歩く。

    

(ドアのロックが解除される)


226 N:ドアが開き、その奥には暗く長い通路が続いていた。

    麗は一人で、ゆっくりと足を進めていく。

    部屋に、「3人」の死体を残して。




(間)






227 誠:ククッ、そうゆう事かァ・・・。


228 N:死体だけが残る部屋。

    その中で、東雲誠はゆっくりと目を開けた。


229 誠:一時的な仮死状態を作り上げる・・・か。

    ククッ、クハハハハハハハハハ!!

    手の込んだ事しやがる・・・面白い、面白いっ!

    これなら今までのすべてに納得がいく・・・。

    さァ、最後まで「魅せて」くれよォ・・・、ククッ・・・

    はははははははははははははははははっ!!!!!!



    


    

  中編、完。  

    

    


    




    

    

    


    

    



     




    

    

    

     


     

    

    

    

    


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

糾弾ノ箱 前髪天使 @maegami_tenshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る