糾弾ノ箱
前髪天使
前編 -序-
【登場人物】
♂伊坂 麗(いさか れい)
18歳前後。職業はフリーター。
♂米津 恵(よねづ めぐみ)
30代後半。元軍人の汚職警察官。
♀鬼柳 陽子(きりゅう ようこ)
30代後半。指定暴力団鬼柳組の組長。
(不問)瀬良 葵(せら あおい)
年齢、職業不詳。中性的な声と見た目。
♀棗 結乃(なつめ ゆの)
10代後半。ゴスロリ風の美少女。
♂東雲 誠(しののめ まこと)
30代前半。不思議な雰囲気の男性。
♂?
*この台本には過激な暴力描写、残酷な表現が含まれます。
苦手な方は閲覧に注意してください。
000 麗:(目を覚ます)
んん……あれ、ここは、、どこだ?・・・僕は、一体?
001 麗M:朦朧とした意識で辺りを見回す。
窓は無く、四方はコンクリートの壁に囲まれ、前方には鉄製のドア。
天井にはスピーカーが設置されているだけの酷く殺風景な部屋だ。
002 麗:ここはどこなんだ?
・・・それにしてもひどい頭痛だ、それに、、
003 麗M:いくら思い出そうとしても、目覚める前の記憶が無い。
004 麗:ダメだ、状況の把握ができない、、
何か、せめて場所の特定くらいは…
(スピーカーからノイズと共に音声が流れる)
005 ?:犯罪者の皆様、おはようございます。
体調が優れないかもしれませんが、事前に皆様に投与させていただい
た薬品の副作用になります。人体に影響はありませんのでご安心下さい。
「贖罪」についての説明がございますので、
速やかにそちらの部屋から退出して下さい。
006 麗:犯罪者!?贖罪!?
何がどうなっているんだ…?
おい!ちゃんと説明しろ!
007 麗M:スピーカーに向かって叫んでみるが返答が返ってくることは無かった。
008 麗:仕方ない、、今は従うしかないか…
(ドアが開く)
009 麗M:ドアが開いた先はさっきいた部屋と同じコンクリートの壁に囲まれた大
広間で、自分の他に4人の人がいるのが見えた。
その内の一人、体つきの良い屈強な男性が近づいて来た。
010 恵:君、君もあの奇妙な放送を聞いて出てきたのか?
011 麗:え、えぇ。犯罪者がどうとか、、贖罪がどうとか…
012 恵:やはりか。ふむ、、新しい情報を得る事はできなそうだ。
013 麗:あのここは一体、、、?
014 恵:残念だが、現状把握は君とあまり変わらないだろう。
015 麗:あの、ここで目覚める前の記憶とかって…
016 陽子:覚えてたらこんな話になってねぇだろうが!
俺様をこんな所まで連れてきやがって、どこのどいつだクソヤロー!
017 麗M:乱暴な口調で割り込んできたのは、スーツ姿の強面の女性だった。
018 恵:喚くな、怒る気力があるなら少しは頭を使って考えろ。
019 陽子:あぁ?てめぇ、喧嘩売ってんのかコラ?
(男に近づき胸倉に掴みかかる)
020 葵:ちょっとちょっと!いい大人が騒いでみっともないよ~?
021 麗M:二人を静止するように声を掛けてきたのは、中性的な顔つきの少女。
022 恵:彼女の言う通りだ、この汚い手を離せ。
023 陽子:なんだてめぇら、こんな状況でよく落ち着いてられんな?
それともなんか知ってんのか?あ?
024 葵:あははっ、お姉さんさっき自分が言った事忘れちゃったの?
覚えてたらこんな話になってねえだろうが!だっけ?
025 陽子:ガキが、舐めやがって。
その口利けねぇ様にしてやろうかコラ。
(スピーカーからノイズ)
026 ?:犯罪者の皆様、お待たせいたしました。
これより「贖罪」の説明を始めさせていただきます。
027 麗M:突如として大広間に響く声。
覚えのある声にその場全員の動きが止まり、自然とその声に耳を傾けた。
028 ?:この場にいらっしゃる皆様は汚い手段を使い、法による裁きを免れ、
現在までのうのうと生き長らえてきた犯罪者でございます。
そんな人道を外れた皆様に、もう一度、人間としてやり直すチャンスをご用
意させて頂きました。
029 陽子:(舌打ち)黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。
030 ?:これが皆様に与えられた最後の償いの場なのです。
皆様にはこれからいくつかの試練を受けてもらいます。
場合によっては怪我を負ったり、命を落とすかもしれません。
ですが、皆様が罪もない人々にしてきた行いに比べれば取るに足りない事ば
かりでございます。
031 恵:なるほど、「償い」という訳か。
032 ?:全ての罪を償いきる事ができれば皆様はまた、人として生きる事を許さ
れます。
痛みを知り、自らの罪と向き合う事。
ここから先は、よく考え、慎重なご判断を期待しています。
033 麗:自らの罪、だって…?
034 ?:では今回の犯罪者の方々をご紹介いたします。
鬼柳 陽子様。
035 陽子:なんだよ、どっから情報漏れてやがんだ…クソが。
036 ?:米津 恵様。
037 恵:全て筒抜け、という訳か。
038 ?:瀬良 葵様。
039 葵:ふふっ、僕の本名なんてどこから調べたのかな~?
040 ?:棗 結乃様。
041 棗:・・・・・・・。
042 麗M:棗 結乃と呼ばれた少女は座ったまま目線だけを動かした。
043 ?:伊坂 麗様。
044 麗:・・・っ!僕の名前まで・・・。
045 ?:東雲 誠様。
046 恵:…? 6人目がいるのか?
047 麗M:6人目の名前が読み上げられた瞬間、奥のドアから背の高い男性が一人
ゆっくりと姿を現した。
048 陽子:てめぇ、随分と余裕かましてくれんじゃねぇか。
049 恵:君。何故いままで出てこなかった?
050 誠:全部聞いていたぜ、部屋でねェ。
051 葵:なんで最初のアナウンスで出てこなかったの~?
052 誠:(笑う)右も左も見えない状況で、どこの誰かもわからない声に従うのが
正解だとでも言うのかァ?
053 葵:随分と棘がある言い方するんだねぇオニイサン?
054 ?:罪と向き合い皆様においての救済となるか、はたまた断罪となるか。
皆様の選択次第でございます。
それでは、皆様のご健闘をお祈りしております。
055 麗M:スピーカーからの声が途切れるのと同時に、正面にあるドアが開く音が
した。
056 恵:救済か断罪、ね。一体どんな意味なんだろうな?
057 陽子:罪を償うったっていちいち細かい事を覚えてられるかよ。
058 麗:こ、細かい事だって…?
059 陽子:あ?小さい事をいちいち覚えてられるか。
060 葵:(笑いながら)そうだよねぇ、キリがないもんねぇ。
061 恵:ところで君。棗結乃、といったかな。
062 麗M:棗と呼ばれた人形を抱えた少女は恵を見る事もなく立ち上がり、
無言のままドアの方へと歩いて行った。
063 陽子:馴れ合いする気はねぇけどさ、その態度はどうなんだよ?
064 棗:・・・ねぇサヤ、この会話を交わすことに意味があると思う?
065 麗M:彼女は立ち止まると、持っていた少女の姿を模した人形に話しかけ始め
た。
066 棗:・・・・うん、そうだね。
結乃には何も有益じゃないわよね。
(急に向き直り)
現時点での情報共有は不毛よ、先に進みましょう。
067 陽子:俺様に対していい度胸だな、小娘。
人形なんかに話しかけやがって、頭逝っちゃってんのか?
(結乃はそのまま歩き出す)
068 陽子:っち、いちいち癪に障るガキだな。
069 誠:彼女の言う事も一理ある、俺達は進んでみるしかねぇみたいだからなァ。
(誠も後に続く)
070 恵:・・・私達も行こうか。ここにいてもこれ以上の展開は望めないだろう。
071 麗:は、はい。
072 麗M:この時の僕達はまだ何も知らなかった。
贖罪の意味も、救済の意味も。
(部屋のドアが閉まる)
073 陽子:へぇ、最初っからコレを見るとはな。
074 麗:これって・・・・銃、ですよね?
075 麗M:相変わらず殺風景な部屋には台座が一つ。
その上には、一丁の銃が置かれていた。
076 恵:スミス&ウェッソンか。渋い銃だな。
077 葵:見ただけでわかるなんて、随分詳しいねオジサン?
078 恵:銃器に関しては、少し知識があってな。
079 麗:まさか、、この銃で・・・?
(スピーカーからノイズ)
080 ?:犯罪者の皆様。
台座の上のリボルバーはご確認いただけましたでしょうか。
一つ目の贖罪は「ロシアンルーレット」になります。
終了条件は「5回」引き金を引く事でございます。
尚、実弾の装填数は1発です。
途中で実弾が発射されていまった場合の再装填はありません。
皆様に命を奪われる瞬間の人々の気持ちを、身をもって体感して下さい。
081 麗:そんな、、僕、人を殺したことなんて・・・
082 誠:なるほどねェ、そうゆうルールかァ。
(恵、リボルバーを手に取り)
083 恵:6連式か。実弾が一発となると…
084 葵:確率は6分の1。
085 陽子:面白い事してくれるなオイ。
086 葵:あとはやる順番だね。
087 恵:一人一回ずつ回すのが定石、だな。
088 麗:怖くないんですか・・・?
その、もし実弾に当たったら、、
089 葵:バァン!あははっ、まぁ死んじゃうよね~!
090 麗:まるで普通の事みたいに…正気じゃない…
091 陽子:はっ、正気だったらこんな所にいねぇよ。
092 恵:私達がこの部屋のドアを閉めた瞬間、鍵のかかった音がした。
あのアナウンスから察するにやる選択肢しか無さそうだ。
(恵、撃鉄を起こす)
093 麗:そんな……
094 恵:恐らくコイツに対して、一番恐怖がないのは私だろう。
私からやろう。その後の順番は君達の中で話し合ってくれ。
095 恵M:撃鉄を起こした音から察するに今の位置に実弾は入っていない。
この微妙な音の変化は私にしかわからないだろう。つまりこの一発はー。
(引き金を引く)
096 恵M:不発に終わる。
097 葵:ヒューッ!オジサン当ったりーっ!
あれ?ハズレ?
098 麗:(胸を撫でおろす)
099 陽子:じゃあ次は俺様が・・・・
100 麗M:鬼柳さんがリボルバーを受け取ろうとした瞬間、
今まで静観していた東雲さんが走り出し、米津さんの手から強引に奪い取っ
た。
101 恵・陽子:っ!?
102 葵:わーっ!自分からなんてカッコイイね、オニーサン!
103 誠:あと4回、だったなァ?
少し・・・・確かめたい事があるんだ・・・(笑いを堪える)
104 麗:なっ・・・・!?
105 棗:っ!?っっんん!!
106 麗M:東雲さんは振り向くと同時に走り出し、一番扉側で見ていた棗さんを押
し倒すと、両膝で腕を抑え、身体に全体重をかけ、ものの数秒で彼女を組
み伏せた。
107 棗:ちょっ、アンタなにす・・・んんんんっ(口を塞がれる)!
108 誠:静観しか出来ないクズは黙ってろォ…
俺が確かめてやる、さァ・・・お前の運命、俺に見せてくれよォ・・・!
109 麗M:そう言うと東雲さんは彼女に向けて撃鉄を起こし、引き金を引いた。
「1回」ではなく、「4回」連続で。
(撃ちながら)
110 誠:ククッ、ハハハハ!アハハハハハハ!!
111 棗:(終わるまで恐怖で泣き叫ぶ)んんんっ!!んんんー!!!!
(4回撃った後、リボルバーを投げ捨てる)
112 棗:(しばらくすすり泣く)
113 麗:な、なんて酷い事を・・・!
114 陽子:はっ、いい具合にイカれてるな。
115 誠:アハハハハハ!!!
良かったなァ、お前はまだ死ぬ運命じゃないらしい・・・
116 恵:お前、わかっていたのか?それとも・・・
117 誠:(被せ気味に)わかってたのはアンタだろォ?
撃鉄を起こした時の微妙な音の変化をアンタは聞き分けた。
絶対なる不発の確信、アンタが我先にと撃鉄を起こして見せたのはその為
なんだろォ?
118 恵:こいつ・・・・!
119 葵:でもさぁ、クレイジーなオニーサン。
まさかオニーサンもその確信があったって事?
もし、死んじゃってたらどうするつもりだったの?
120 誠:言っただろォ?俺はこいつの運命を確かめただけだァ。
121 棗:(泣き止みつつ)ぐすっ・・・・アンタ、、狂ってる・・・・!
122 誠:狂ってる?
ククッ、ここにいる奴らにまともな奴がいるのかァ?
だよなァ、鬼柳陽子?
123 陽子:…てめぇの言うとおりだな、けどよ。
(落ちてるリボルバーを拾う)
124 陽子:人の運命を確かめる前に自分の運命を確かめてみろよオラァ!
(リボルバーを構える)
125 麗:6発中5発不発、、つまり次は…!
126 恵:おい!待て!!
127 麗M:鬼柳さんは撃鉄を起こし、引き金に指をかけた。
同時に東雲さんは、両手を広げ不敵に笑った。
(不発の音)
128 (全員)っっ!?
129 誠:ククッ、俺の死ぬタイミングは今じゃあない。
130 陽子:そんな馬鹿な・・・確かに実弾は、、!?
131 恵:…火薬に、着火しなかったってのか?
そんな偶然があるのか…?
132 誠:偶然も何も、これが俺の運命だァ…ククッ・・
133 葵:大丈夫?オネーチャン?
(差し出した手を払う)
134 棗:っ・・・絶対許さない・・・
135 麗M:鬼柳さんがリボルバーを手から離すと同時に、最初の大広間同様
部屋中央のドアがゆっくりと開いた。
136 誠:さァ、次の償いとやらを清算しに行こうかァ、ククッ
(誠、一人で部屋を出ていく)
137 麗:あの、、米津さん?
138 恵:君は確か、、伊坂麗君だったか?
139 麗:あ、はい。
あの、さっきあの人が言ってた事って…
140 恵:あぁ、本当だ。
・・・私は軍隊の出でね、まぁ今は薄汚い警察官をやっているんだが。
141 麗:薄汚いなんて、そんな…
142 恵:警官なんて、君達が思っているほど綺麗な職業ではないよ。
143 麗:え、それってどうゆう…
144 恵:さて、残っているのは私達だけだ。
ドアがいつまで開いているかもわからない、行こう。
145 麗M:米津さんの後に続いて、次の部屋へと移動する。
初めて間近に触れた「狂気」
この時感じた感情の真意を、この時の僕はまだ知らなかった。
(ドア閉まる)
146 葵:うっわ~…ナニコレ。趣味わっる。
147 陽子:どんな極道だって、ここまではしねぇぞ。
148 麗M:部屋の構造は同じ。その中身を除いては・・・。
部屋の中央に置かれた人ひとり入れる大きさの電子メモリが付いた水槽がひ
とつ。そして誰が見てもわかる、ギロチンを始めとした大量の拷問器具。
無造作に置かれた、刃物や鈍器などの凶器。
149 誠:面白いねェ、見た事ないものも沢山ある…実に興味をそそられるなァ。
150 棗:・・・ねぇサヤ、許せないわよね。
…結乃もそう思うの、・・・そう・・・うふふっ・・・
151 恵:さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
(スピーカーからノイズ)
152 ?:犯罪者の皆様、お疲れ様でした。
たった今、命を落とすかもしれない恐怖、少しは体感していただけたでしう
か?
早速ではありますが、次の贖罪に移らせていただきます。
目の前の水槽をご覧ください。
この部屋の終了条件は、一定量の血液をそこの水槽に集めてもらう事です。
水槽に設置されたメモリが3.6Lを超えた時点で次のドアが開く仕組みとな
っております、勿論、方法は「自由」でございます。
153 麗:良かった、この程度で…。
154 恵:6人で割ると、、1人辺り600ml…。
致死量ギリギリ、という訳か。
155 陽子:随分と簡単に言ってくれんじゃねーか。
献血なんかとは訳が違げーんだ、下手すりゃ死ぬ量だぞ?
156 麗:けど!みんなで協力すれば・・・!
157 棗:キャハハハハハハッ!!
サヤ、今の言葉聞いたぁ?
協力、ですって・・・、アッハハハハ!
・・・そう、あなたもやっぱりそう思うわよねサヤ。
158 陽子:元々トチ狂ってるとは思ってたが、、
そこの気狂いに押し倒されていよいよおかしくなったか?
159 棗:・・・ええ、わかってるわサヤ…。
(人形から視線を離し)
自分を殺そうとした男に協力する気なんてこれっぽっちもない。
血が必要だと言うのならそこの男の血を使えばいい。
160 誠:へェ…(笑う)
161 棗:貴方達の低俗な脳でも理解できるはずよ。
今、この場において最もイレギュラーな存在はそこのサイコパス男。
前の部屋でそいつの異常性は十分に判明した。
今後の事を考えても、そいつと一緒にいる理由は何ひとつない。
162 陽子:(豪快に笑って)異常な奴に言われちゃおしまいだな?
お人形さんごっこしてる自分は異常じゃないってか?
163 棗:この子は・・・サヤは生きている。
結乃の・・・たった一人の大事な妹。
あぁ、違うのよサヤ・・・大丈夫、ねぇねがいるからね。
164 陽子:っち、埒があかねぇ。
・・・けど、、そいつを始末するって事にぁ、賛成だな。
(近くに飾ってあった日本刀を取る)
165 麗:ちょっ!待ってください!!
いきなり仲間同士で殺し合いなんて・・・
166 陽子:(豪快に笑って)仲間?
笑わせんなよ、クソガキが。
いつから俺様がてめぇらと仲間になった?
たまたま、同じ境遇で巡り合っただけの他人だろうが。
お友達ごっこがしたいなら他をあたれ。
167 誠:ククッ、馴れ合いは俺もゴメンだァ。
いいねェ…迷いの無い、人を殺し慣れた目だァ。
いいぜ、確かめてみるかァ?俺の運命・・・!
168 麗M:東雲さんは両手を広げ、ただ鬼柳さんをじっと見据えた。
一瞬の静寂、鬼柳さんが一歩踏み込んだのとほぼ同時に、一発の銃声が鳴り
びいた。
169 陽子:っ・・・てめぇ、、こりゃあなんの真似だ?
170 恵:ほお、流石だな。
足ぶち抜かれて顔色ひとつ変えないとは。
・・・元気なのは結構だがな、やるならもっと合理的にやろうや。
171 麗M:銃声の主は、米津さんだった。
いつの間にか彼の手には、拳銃が握られていた。
172 恵:これでも警官なもんでね、拳銃の一丁くらい持ってる。
私達をここに連れて来た誰かは、持ち物検査をしなかったらしい。
173 葵:・・・せっかく面白くなってきた所だったのに。
で、結局オジサンは何がしたいわけぇ?
174 恵:今必要なのは生贄じゃない、秩序・・・詰まるところ支配だ。
全員、今この瞬間から私の言うとおりに動け。
175 葵:・・・・ぷっ、あははははっ!
本気で言ってるのソレ?
176 陽子:銃突きつけたくれぇで、俺様がはいそうですかと従うと思ったか?
・・・舐めんなよポリ公、くぐってきた修羅場が違うんだよこっちは。
177 恵:従わなければ次は脳天ぶち抜くだけだ。
どうやらここの主さんは、贖罪なんて大層な大義名分を掲げて
私達に殺し合いをさせたいらしいからな。
…人の手の平の上で踊らされるのは嫌いでね。
178 棗:…水掛け論ね。誰かの言う事に従うのが嫌なのが貴方だけだと思う?
貴方がしている事はこの場全員の反感を買うだけの愚かな行為。
179 誠:ハッキリ言えよ、お巡りさん。
アンタは俺達に何をさせようってんだァ?
180 恵:全員600ml、水槽に血を容れてもらう。
例外はない、もちろん私も含めてだ。
181 陽子:はっ、偉そうに能書き垂れてそれか?あ?
182 恵:誰が死のうが誰を殺そうが知った事ではない。
私は私だけの為に決断している、それだけだ。
183 麗M:まさに水かけ論。
話がそれ以上進む事はなく、言葉だけが空間を飛び交っていた。
ただ立ち尽くすしか出来ない僕。
自らによる秩序を主張する米津さん
反発する鬼柳さんと棗さん。
キョロキョロと辺りを見回す瀬良さん。
終始不気味な薄ら笑いを浮かべている東雲さん。
そして、この均衡を破ったのはー。
184 誠:(欠伸をして)飽きた。
どいつもこいつも、足りない。
185 陽子:あぁ?
186 誠:恐れるな、タイミングはいずれやってくる・・・
187 麗M:そう呟き、無作為に落ちているナイフを一本手に取ると
東雲さんはそのまま水槽の方へとまっすぐに進んでいった。
彼は水槽の真上で左腕を伸ばし、右手に持ったナイフを
ゆっくりと手首に刺し入れた。
東雲さんの手首から血液が滴り落ちる。
そのナイフが抜かれる事はなく、ゆっくりと、
淡々とした動きで、肘の方へ。
まるでケーキでも切るかの様に。迷いなく、鮮やかに
東雲さんは、自らの腕を鮮血に染め上げていった。
188 麗:なっ・・・っ!(手で口を押える)
189 棗:……正気の沙汰じゃないわ。
190 恵:・・・。
191 誠:はァ・・・、200・・・300・・・ククッ・・・。
あぁ・・・ヌけていくゥ、俺の血が…(すすり笑う)
192 麗M:大量の血が彼の腕から水槽に流れ落ち、電子メモリはあっという間に
600mlを示した。
東雲さんの左腕は、ぱっくりと一文字に裂けていた。
193 陽子:腕一本犠牲にしやがった、、
死ぬ気か、てめぇ?
194 誠:ククッ、まさか。
致命的な動脈は外してる。止血さえ済めば、また動く。
195 麗M:ナイフで着ていた上着を切り刻み、器用に左腕を縛り上げていく。
衣服に滲みでていた血は、何重にも巻かれている内に滲まなくなっていた。
196 誠:さァ、従ったぜ。
どう動く?米津恵ィ…
197 恵:・・・君は思っていた以上に利口な男のようだ、東雲誠君。
気が変わった。
198 麗M:米津さんは不敵に笑うと、棗さんに向かって歩き出した。
199 棗:な、何なのよ・・・アンタ・・・!
(腹を殴られる)っか、はっ…!
200 麗M:2発、3発、と米津さんは棗さんの腹に拳を叩き込んだ。
明らかな体格差に加え、元軍人の鍛え上げられた拳。
年端もいかない彼女の意識をいとも簡単に絶ち切ってしまった。
201 恵:君の思惑は叶わない。
彼は、東雲君は話のわかる賢い男のようだ。
そんな彼に不感を抱く君には、ここで人柱になってもらうとしよう。
202 陽子:清々しい悪党だな、てめぇは。
203 恵:誉め言葉として貰っておこう。
それとも、君が代わりに人柱になるかね?
204 陽子:・・・はっ、まさか。
その小娘で事足りるならそうしろ。
205 麗M:東雲さんと同様に、スーツの上着を脱ぎ、撃たれた脹脛の止血を始める
鬼柳さん。
その一方で、米津さんは意識を失った彼女を引きずって、とある拷問器具
の前で立ち止まった。
206 誠:ククッ・・・
207 麗M:米津さんは慣れた手つきで、ギロチンの器具に棗さんの両足を固定し
迷いなく、その凶悪な刃を落とした。
(ギロチンの刃が落ちる)
208 棗:(痛みで意識が戻る)っつ・・・!?
え・・・痛ッ・・・なんなの、、これ・・・っ!
209 麗M:もはや想像すらできない痛み。
彼女は視線を、自らの足に向けた。
両膝から下、あったものが無い、自分の足を。
210 棗:いやああああああああああ!!!
なんなのこれ!!!痛い痛い痛いっ!!痛いよおおおおお!!!!
いやああああああああああああああああ!!!!!
211 麗M:泣き叫ぶ彼女の髪を掴み、そのまま水槽へと引きずっていく米津さん。
212 棗:(泣き叫びながら)無い!無いないナイ無イ!!結乃の足が!!
返してよっ!返してよ!!返せええええええええ!!!!
213 誠:ククッ…ははははははははははははははは!!!!
やっぱり・・・こうでなくっちゃあなァ・・・!
214 葵:へ~!凄いや、本物のギロチンなんて僕初めて見た!
(転がる棗の足をまじまじと見て)
斬られた足ってこんな風になってるんだぁ!
215 陽子:(タバコに火をつけて吸う)
216 麗M:声高く笑い続ける東雲さん。
初めて見るおもちゃを見るように目を輝かせる瀬良さん。
テレビを見るかの様に煙草を加え傍観している鬼柳さん。
その異様すぎる光景を目の当たりにして、僕は震えていた。
217 麗:(吐き気を抑え)狂ってる・・・おまえら全員狂ってる・・・!!
これがっ、本当に…っ!同じ人間のやる事かっ・・・!
218 麗M:怒りか、悲しみか。はたまた悔しさか。
どれかも、いや、一切の理解も出来ない感情に
僕はただ、涙を流していた。
(水槽に棗を投げ入れる)
219 恵:随分と血が流れちまったな、まだ出るか?
220 棗:許さない許さない許さない許さない許さない・・・!
なんで結乃がこんな目に・・・なんでよ・・・なんでよおおおおお!!
221 麗M:泣き叫び暴れる棗さん。
その体からは、とめどない量の血が流れ続けていた。
222 棗:痛い・・・痛ぁい・・・助けて・・・助けてよぉ・・・ママ、サヤ…
っ!サヤは・・・?サヤはどこ・・・!?
223 恵:サヤ・・・?あぁ、あの人形か。
224 棗:人形じゃないっっ!!!
あの子は生きてるの、結乃の大切な妹なの・・・!
ねぇ、返して・・・サヤ・・・サヤァ・・・サヤあああああああああ!!!
225 麗M:彼女は金切り声のような叫び声をあげると
垂れていた腕を力いっぱい振り回した。水槽の壁に腕が当たり、
鈍い音が反響する。
226 棗:どうしてよっっ!!あの時もっあの時もあの時もそうだった!!!
どれだけ奪えば気か済むの?!これ以上結乃から奪わないでよっっ!!!
227 麗M:乱暴に暴れる彼女の腕は徐々に血色を変え、指や関節は本来曲がらない
方へと折れ曲がり、棗さんの、小さく頼りない体は人の原型を無くしつつ
あった。
228 棗:あははっ・・・結乃ね、ママの言うとおりにしたんだよ・・・
いいコにしてたんだよ・・・あの男に乱暴されても我慢したんだよ・・・
沙夜が死んじゃった時も泣かなかったんだよ・・・
痛い・・・痛いよ・・・ねぇ、、結乃は悪い子だったの・・・?
229 麗M:彼女の動きが止まる。
それはまるで、壊れた人形の様で。その眼にはもう光などなく、全身が血で
真っ赤に染まっていた。
230 棗:聞こえない・・・なにも聞こえない・・・よ・・・
もういいの・・・?結乃は、我慢しなくて・・・いいの・・・?
サヤ、、ねぇサヤ・・・ねぇねも・・・いくからね・・・サ・・・ヤ・・・
(スピーカーから出るブザー音)
231 麗M:彼女が呟くように発した声はブザーの音にかき消され、水槽の電子メモ
リには3.6Lの数値が表示されていた。
正面のドアが開き、数分前まで棗さんだったソレは一切の行動を停止してい
た。
232 恵:これで二つ。次に進むとするか。
(床に転がった人形を持ち、葵が水槽に近づく)
233 葵:オネエサン、これ。忘れ物だよ・・・ははっ・・・
234 麗M:そう言うと、瀬良さんは人形の足をナイフで切り裂いた。
235 葵:これで寂しくないよね?
見て?オネエサンとお揃いにしてあげたよ?
あ、腕も揃えてあげないとね?
(人形の腕をもぎ取る)
あはっ、僕ってば優しい・・・あははっあははははっ!
・・・おやすみ、オネエサン。
236 陽子:はっ、悪趣味なガキだな。
親の顔が見てみたいもんだ。
237 葵:あはっ…忘れちゃったよ、親の顔なんて。
238 麗:なんで・・・なんでそんなに平然としてられるんだ・・・
239 葵:(笑いながら)あれぇ・・・どうしたの?オニーサン?
240 麗:どうした、だって・・・?
人が死んだんだぞ!それもっ!こんなに酷い殺され方で・・・!
241 陽子:はぁ・・・泣いたり怒鳴ったり忙しい坊ちゃんだな。
いつまでそんな甘ったれてるつもりだ?
242 麗:甘っ・・・たれ・・・?
243 葵:もしかして・・・まだ現実でも見てるつもり?
僕らはとっくに非現実の中にいるんだよ。
こんな所で目が覚めた瞬間から、現実の概念なんて捨てるべきなの。
適応、って言葉は知ってる?オニーサン?
244 陽子:この程度、俺様が生きてる世界じゃ珍しい事じゃない。
俺様達の中に、なんでてめぇみたいな世間知らずの坊ちゃんがいるか知ら
ねーが、、次は自分がこうなる番かもしれねぇぞ。
腹だけは括っとくんだな。
245 麗:・・・嘘だ・・・こんなの・・・。
そうだ、きっと、夢を見てるんだ、、悪い夢なんだ…
246 麗M:各々がドアの方に向かって歩いていく中、
僕はただただ立ち尽くしていた。
247 誠:ククッ・・・いつまでそうしてるつもりだァ?
248 麗:・・・僕は、貴方達とは違う。
人の死を…遊びみたいに考えてる貴方達とは違う・・・!
249 誠:遊び・・・ねェ?
ハハッ、そいつはちょっと違うなァ・・・
250 麗:遊びと同じだっ!
そんなに躊躇なく人なんて殺せるものかっ・・・。
出来てたまるか・・・そんな事…っ!
251 誠:何も思っちゃいない。
人が目の前で死ぬ事も、誰かを殺める事も。
映画を見るのと同じ。虫を殺す事となんら変わりはない。
遊びですらねェのさ。
252 麗:・・・裁かれるべきなのは・・・貴方達だ・・・!
253 誠:(じっと麗の顔を見て)ん?
ククッ・・・ク、ははははははははははははははははは!!!
254 麗:何が可笑しいっ!!
255 誠:ははははははははははははっ・・・
お前こそ、なにが可笑しいんだ?
256 麗:・・・っは?一体何言って・・・
257 誠:口では大層な言葉並べて正義面してるが・・・
お前も、「楽しい」んじゃないのか?
258 麗:そ、そんな訳がな・・・
259 麗M:ふと、目に入った水槽のガラスに視線が向いた。
鼓動が早くなり、段々と息が荒くなっていくのを感じた。
涙を流しながら、目を腫らしながら、
そのガラスに、微かに反射して映った自分の顔はー。
260 麗M:確かに、笑っていた。
前編、完。
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