第13話: 本物のインベーダー
※暴力的&グロテスクなシーン有り、注意要
――火星。
さすがの戦術核とて、火星までその破壊は届かない。
大地に穴を開けて地表を削り、点在していた植物たちを焼き払い、廃墟同然の町を瓦礫へと変える爆弾とはいえ、それは同じ事。
というか……半径数十キロメートル程度にしか及ばない爆弾なので、届く方がおかしいのだが……まあ、それはいいとして、だ。
生産プラントの一角……そこへ新たに用意した作業机の上に、爆風やら火傷やら何やらで四肢が欠損したマイケルを、そっと横たわらせる。
……その身体は、人間の常識で考えたら、酷いとしか表現しようがない有様だろう。
頭部や胴体、つまりは生命を維持する為に必要な機能こそバリアで守られたものの、その手足は炭化したりちぎれたり、使い物にならなくなっている。
一瞬とはいえ、戦術核がもたらす爆風と衝撃波をまともに受けたせいだ。何故、そうなったかと言えば……まあ、何時ものアレだ。
人間の身体が、私に搭載されている装備に比べて明らかに脆過ぎるからだ。
それ故に、バリアを何時も通りに作動させてしまうと、そのバリアの余波にすら耐え切れず、内蔵がどろどろの液状になってしまう危険性がある。
かつて、マイケルたちと初めて接触した際に起こった、アレだ。
宇宙服がバリアの余波に耐えきれず、接触した際に、ヘルメットのガラス部分が破損して空気が漏れて、あわや大惨事……に、成りかけてしまった、アレだ。
あの時よりも人体へのデータが揃っていたので、今回はあのような事態にはならないが……それでも、生身の身体へ直接ともなれば、色々と慣らしてから……ということになる。
その結果、マイケルは手足を失った。生命維持機能が詰まった頭部と胴体をバリア内に納めて守る事は出来たが、手足までは間に合わなかった……というわけだ。
……で、だ。
欠損の激痛やら失血やら『空間結合』やらの影響で気絶してしまったマイケルを見やり……とりあえず、手足の欠損部分を処置するのが先か。
まあ……やることは『亜人』を相手にする時と同じだ。
付着した物質を洗浄して取り除き、裂けた皮膚を培養ジェルで蓋をするようにして保護する。その際、ちぎれた血管や神経を繋ぎ合わせて血液循環を維持することも忘れてはならない。
それで、ちぎれた箇所は終わり……次に、炭化した部分。こっちは、炭化した部分より少し多めに無事な皮膚や骨や血管などを切除してからになるので、負担はちぎれた場合よりも大きい。
もちろん、どちらも専用の鎮痛剤を始めとして、様々な延命用の薬剤を投与してから行う。
いくら気絶しているうえに命が掛かっているとはいえ、痛み止め無しでの処置はマイケルの身に負担が大き過ぎるからだ。処置したが死亡したとなれば、笑い話にもならない。
そうして……作業を始めてから、2時間11分54秒後。
「……ここは?」
辛うじて一命を取り留めたマイケルの目が……自力で開かれたのであった。
「火星に作った、私の『生体プラント』だ。お前は助かった。だが、ギリギリのところで命が繋がっただけだ……分かるな?」
尋ねられたので、答える。ついでに、現状を把握させる為に、全身が写る鏡を生成して、それをマイケルに使えば……マイケルは、ふふっと笑みを零した。
その笑みが……どのような想いによって生じたモノなのかは、分からない。
けれども、自らの身体の状態を直視した事が、何かのキッカケ……決断の後押しにはなったのだろう。その証拠に、少しの間を置いてから向けられたマイケルの目からは……意思を感じ取れた。
「僕はこれから、どうなるんだい?」
「どうにも、ならない。お前がどうなりたいかを、私はまだ聞いていないのだ」
「……そういえば、そうだったね」
「故に、簡潔に答えろ。お前は、どうなりたいのだ? アイツラを殺せる力とは、具体的に、どうしてほしいのだ?」
「……………」
マイケルは、すぐには答えなかった。まあ、無理もない。
手足を失ったショックに加えて大量の失血に投与した薬物の影響、肉体が受けたダメージは相当なものだ。常人ならば、まともに受け応え出来ない状態になっている。
こうして会話出来るぐらいにまで意識を保っている時点で、称賛するべきところ……なのだが、同時に、そうも言ってはいられない状態でもある。
何せ、意識を取り戻したとはいえ、この瞬間にも急変してそのまま死亡してもおかしくない状態なのだ。
事実、スキャンで確認出来るマイケルの状態は、かなり危険な水域を維持したまま変動しない。心臓と脳波は低水準で安定しているが……といったところだ。
「考えている猶予はお前にはない。言っただろう、ギリギリなのだと……そうして悩んでいる間にも、お前は死ぬぞ」
私の忠告で、ようやく我に返ったのか……マイケルは大きく息を吐くと……「一つ、聞きたい」動かない身体の代わりに、視線を私に向けた。
「人間のまま、そういった『力』は得るのは無理かい? アイツラを……殺すことは、無理かい?」
「――人の身体は脆弱だ。人である限りは人を超えられない。お前の示す、『アイツラ』とは、お前を騙した軍人たちのことか?」
私の質問に、マイケルは……ほんの僅かではあるが、首を横に振った。「あの人たちだけじゃ……ない」では、何者なのかと尋ねれば、そんな答えが返された。
「言葉では、上手く説明出来ない……お願いだ、僕は『力』が欲しい。軍人だけじゃ、ない。人類と渡り合えるぐらいの、強い……」
「……可能だとは思われるが、その場合、確実に人間ではなくなるが……それでもいいのか?」
「構わない。むしろ、僕はもう人間でいたくはない……頼む、お願いだ、どうか……どうか……」
その言葉を発した段階で、限界に達したのだろう。
眠るように、マイケルはまたもや気絶してしまった。幸いにも、現時点では命に別状はなさそうだが……このまま行けば、24時間以内には確実に死亡するだろう。
――なので、私は早速、『マイケル改造』を開始することにした。
……。
……。
…………まあ、改造といっても、いきなりそんな大それた改造など出来るわけがない。
私のような『ボナジェ』を始めとした、気軽に身体を入れ替えたり動力炉を入れ替えたりすることが出来る者たちとは違い、マイケルは肉体を持つ生命体だ。
それも、知能に特化した代わりに、肉体の強さを犠牲にしているタイプの生命体……それ故に、尚更人間の身体は脆い。それこそ、同サイズの獣相手には100%負ける程度には弱い。
そんな生き物に対して、いきなりそのような改造なり何なりの処置を施せばどうなるか……考えるまでもないだろう。
身体が耐えられないなんて話じゃない。根本的……そう、細胞レベルで耐えられない。私が『亜人』の製造にあれだけ手こずった理由が、そこだ。
あえて言い表すのであれば、ティッシュで作った、押せば凹むぐらいに柔らかいボディに車のエンジンを積んで走らせるようなものなのだ。
なので――マイケルの身体を解体して保管する事にした。
理由は……まあ、アレだ。いざ、事が済んだ後で自分の身体に戻りたいとか言われた時、参考となる身体が有った方が良いだろうという私なりの優しさというやつだ。
他の奴にはそんな事はしないが、マイケルのおかげで人間たちと交流出来た借りもある。あの時、マイケルが勇気を出して私とのコンタクトを続けてくれなかったら……私はさぞ困っていただろうから。
――なので、早速処置に取り掛かる。まずは、保管する前にマイケルの大脳より記憶を全て抜く事からだ。
というのも、私等が使用している頭脳ユニットとは違い、人間の大脳はけっこう些細な理由で記憶が消失してしまう(あるいは、記憶しているが思い出せなくなる)欠陥を抱えている。
なので、マイケルがマイケルとして活動する為にも、記憶は大事である。自我を構成するのは経験であり記憶の積み重ねなのだ。
(……予備の頭脳ユニットへの移植を確認。破損率、0%。これで記憶のコピーは済んだ……次は身体だな)
それが終われば、軽く殺菌処置を施した後でマイケルの身体を保管庫に入れて……そこまで進めた辺りで、ふむ、と私は手を止めた。
――マイケルの要望は、ただ一つ。『人類を相手取ることが出来るぐらいの力』、それだけだ。
マイケルの要件を満たす為には、人の身体のままでは不可能。しかし、それはマイケルの方から人以外にという指示が出ているのでクリアするのは容易い。
問題となるのは……生物ベースで進めるか、機械ベースで進めるか……という点で……どちらにも利点はあるし、弱点がある。いわゆる、一長一短というやつだ。
まあ、どちらの弱点も今の人類ではどうにもならない話なので、結果だけを考えるのであれば、どちらを選んでも大した違いはないのだが……さて、どうしたものか。
(……戦闘になるのは確定。人類と戦えるという前提がある以上、強すぎるのは駄目……あくまで、人類が戦える程度の強さにしなくてはならない)
一方的な戦力差にすることも可能だが、そうするとマイケルが要望したよりもはるかに強大な力になりかねない。程よく強く、程よく弱い……それが、この場合は望ましい。
……と、なれば、自己修復なり自己増殖なり、自分で数を増やすことが出来る機能を有している方が良いのだろうが……ふむ、参考となるデータが足りなさ過ぎる。
(困った時は、人類の知恵を借りるとしよう)
しばし考えても結論が出なかったので、地球のネットワークより情報を収集する。
対地球外生命体との戦闘記録などが残っていたら良いのだが……そう、事は上手く運ばないようだ。故に、仕方なく……漫画や映画を始めとした、サブカルチャー系の資料を探す。
――おお、こんなにいっぱい。
そして、私は軽く驚いた。
100個ぐらい見つかれば良いかなと思っていたが、意外や意外。軽く探っただけでも万を超える資料が見つかった……これは、けっこう早めに終わりそうだぞ。
……。
……。
…………と、思いながら、情報収集を始めてから15秒後。私は、マイケルの改造を生物ベースで進めることにした。
機械ベースのやつは一度やられたら終わりだが、生物ベースは何度か復活する作品が多いし、ちょうど良い。
何よりも、頭脳ユニット内のマニュアルの一つに、『ゴミ屑のような下等生物でも作れる対侵略用生物の作り方』というやつがあったのが決め手だ。
――さて、と。
まずは、亜人たちを生産している『生体プラント』の一部を停止。既に生産し終えている亜人たちを一つに凝縮してミキサーに掛けて、触媒用の肉塊を作る。
人間がこの場に居れば、重力制御装置の応用で一か所に集められたそれを、真っ赤な球体のヘドロが浮かんでいると認識しただろう。完全な液状になるまで混ぜたので、初見でこれが亜人たちとは思うまい。
何せ、重さにして5000キログラム程の肉塊だ。最終的には直径数百キロメートルの巨体になるとはいえ、今はまだ小さな種……を育てる為の土壌でしかない。
その、肉塊に……並行して、マニュアルを参考にして作った『DNAコード』を打ち込む。これが、『種』だ。後は、これが育つまで放置するだけなのだが……時間が掛かり過ぎる。
――なので、マニュアルを参考にして、前に作っておいた促進装置を使う。
プラント設備に指示を送る。途端、天井に取り付けられた機械から伸びる2本のアーム。それは、対象となる個体に電気信号やら薬液やらを注入し、成長を促進させる為のモノだ。
そのアームが……肉塊に突き刺さる。血は、出ない。だが、びくん、びくん、と、装置が稼働するに合わせて、肉塊が脈動を始めた。
「マイケルの記憶データを入れるのは大脳組織がある程度発達し終えてからとして……さて、マニュアルにある土壌とは異なる土壌を使用したが、果たしてどうなることやら……」
装置稼働より、21分後。
肉塊の中心部にて最初の細胞が生成され、それが活発に細胞分裂を始めたのを確認した私は……ポツリと、そんな事を呟いていた。
……。
……。
…………さて、そんなこんなで、だ。
肉塊の中心にて誕生した細胞が分裂を始めてから、早78時間が経過した。現時点では、工程は順調に進み、対処が必要な問題は発生していない。活発に、進化の過程を進んでいる。
それはもう、表面上にまで現れ始めていた。
人間の肉眼では確認出来ない位置に有った細胞も、肉眼で確認出来るぐらいに数が増え、それらが用途によって形状と性質を変え、免疫機能が作られ、臓器が形成され、皮膚が全身を覆い始めている。
――その姿を強いて言葉に表すのであれば……巨大な胎児といったところだろうか。
へその緒はまだ繋がっていないし、母体の中に居るわけでもない。重力制御によって固定された球体の中で、胎児は他の生物たちと同じように成長し……いずれは、自力活動が可能になるだろう。
現時点では、どのような姿に成長するかは未知数だ。しかし、人類を相手取るだけの力を有した個体へ、確実に成長する……ん?
(――地上にて販売しているインターフェイスたちが攻撃された?)
それは、いわゆる、青天の霹靂というやつなのだろうか。
地上にて『商売』を行っているインターフェイスたちが、銃撃された。襲ってきたのは、武装した兵士たち……見に纏っている装備の質と、統率されたその動きから見て……正規の軍と断定。
しかし、装備の傾向というか、メーカー(会社)がバラバラだ。質は良いのに、そこらへんの統一が成されていない。正規の軍であるならば、費用を下げる為に統一される傾向にあるはずだが……あ、なるほど。
ネットワークより調べてみれば、すぐに答えは出た。というより、隠しきれなかったのだろう。
彼らはどうやら、多国籍軍というやつだ。
装備がバラバラなのは、国籍というか、何処の軍に所属しているのかを分かり難くしているから……何の意味が有るのかは不明だが、この敵対行為は一国の一存ではないことは分かった。
(……やるな、対応としては最適に近い)
そうして、改めてインターフェイス越しに彼らの動きを見やれば……なるほど、これは入念に計画され、準備し、最高の機会に開始されたモノであることも分かる。
何せ……インターフェイスの幾らかが、既に行動不能に陥っている。
それは、インターフェイスの位置を正確に把握しており、そこへ向かって常に遠距離から襲撃しているからだ。加えて、インターフェイスの弱点である『制限時間』まで把握されているようだ。
その証拠に、彼らはけして近寄らない。
インターフェイスが非武装であり、かつ、近接戦では太刀打ち出来ないことを正確に認識している。動きを止める事を第一とし、活動停止にさせる作戦のようだ。
なるほど……理には適っている。
さすがに、軍が所有している銃器は威力が違う。ハンドガン程度ではビクともしないが、装甲車に穴を開けるような銃弾をこれでもかと撃ちこまれれば……インターフェイスも、身動きが取れない状態にされてしまう。
そうなれば、制限時間のあるインターフェイスは自死するのを待つだけ……っと、今度は私の領土を攻撃し始めたようだ。
いや、正確には、私の領土を囲うようにして配置してある、国境警備用のロボットが攻撃を受けている。こちらは、軍が突撃してきても対応出来るように設計してあるのだが……攻撃力に欠けているのだ。
あくまでも、耐久力に特化したロボットなわけで……ちまちまと襲い掛かってくる程度なら十分だが、さすがにこうまで大規模な攻勢に出てくると、純粋に手が足りなくなってしまう。
現に、ロボットに搭載された威嚇用レーザーガンが幾つかの戦闘機を打ち落とし、戦車を破壊し、装甲車を穴だらけにして、歩兵をなぎ倒しているが……徐々に、ロボットへの被弾回数が増え始めている。
……このままだと、武装が先に駄目になりそうだ。
そうなれば、警備用ロボットなんぞ、案山子も同じだ。
何せ、耐久力に特化する代わりに機動力を捨て、それを補う為にレーザーガンを搭載させたわけだが……はっきり言って、戦闘用ではない。
戦術核を落とされてもロボット自体は平気だが、装備している武装はそこまでではない。
武装などなくても問題ないだろうと軽く考えていた私が間違っていた……ということか。
(何がどうしてそうなったのかは不明だが、私を本気で排除する方向に幾つかの国が動いたというわけか……)
まあ、別に国々から嫌われたとて『商売』は続けられる。最初の頃のように、ひっそりと商売を行うようにすればいいだけのことだ。
とりあえず、攻撃を受けているインターフェイスを全て特攻させ、幾らかの軍人を道連れにしつつ……私の領土となっているそこへ降り注ぐ航空機を確認する。
こっちは、地上にて展開している部隊のソレよりも、はるかに攻撃的だ。おそらく、私のモノになっている領土を奪い取りたいのだろう。
警備ロボットの装備を破壊さえしてしまえば、他に領土を守るモノは置いていない。いちおう、インターフェイスが領土内の街中にて『商売』を続けているが……そっちは回収しよう。
……。
……。
…………さて、どうしたものか。私は、思考を巡らせる。
ネットワークを調べてみれば、どうやら私は『人類に対して侵略行為を企てていた』という事になっている。
米軍は、自国への核攻撃に対して、『戦術核を使用して未然に侵略を防ぐしか手がなかった』という話を全面的に打ち出し、全ての責任は私に有るという論調で世論を操作している。
もちろん、全員が全員、信じているわけではない。疑問の声を挙げている者たちは少なくない。
けれども、声のデカい権力者等が声明に賛同した以上、その下に位置する者たちがそれに賛同するのも時間の問題。というか、既に賛同した方が利が有ると判断した者たちが、続々と声明を……ふむ。
――このまま行けば、世界各国が私を『悪』と断じて、敵対行為を取りそうだ。いや、これはもう、取ると想定した方が良さそうだ。
(亜人は……現時点では不必要に破壊されてはいないようだな。まあ、所有者が意図的に見せようとしない限りは肉眼にもカメラにも映らないようになっているから、人前にさえ出さなければ安心といったところか……)
とはいえ……『商売』は、一時中断した方が良さそうだな。
この様子では、これまでと同じような感覚で『放送』を行えば最後、どのような反応が返されるか分かったものではない。現在の人間たちの間には、様々な思惑が混じり合い、非常に不安定な状況だ。
最悪、『放送』を視聴していただけの者たちが、一方的に攻撃されかねない。いわゆる、『疑心暗鬼』と呼ばれる状態に陥っているのは、疎い私にもすぐに分かるぐらいであった。
……。
……。
…………どうしたものか。
予期していなかった事態に、私は……肉塊の前にて、考える。
どのような誤解の果てに私を敵視するようになったのかは定かではないが、今はそこが重要ではない。重要なのは、『私との商売が行われず、行える状況でない』……その一点に尽きる。
この状況を解決するには、何をするにも人間たちの誤解を解くしかないのだが……その誤解の大本が分からない以上、下手に動けば状況を悪化しかねない。
(と、なれば、鎮圧用のロボットを向かわせるのは悪手か……いや、そもそも、そんなモノは作っていなかったな)
相手がただの敵対勢力であったならば話は簡単だが、今回の相手は人間だ。何も考慮せずに作れば、Over Killというやつで、あまりに無駄に殺し過ぎてしまう。
加えて、こちらからの攻撃はセーフティの関係からよろしくない。許されるのは、反撃のみ。その反撃すら、強過ぎれば『戦闘行為』と判断され、セーフティが発動しかねない。
かといって、弱過ぎればそれはそれで何の意味も……全く、困ったモノだ。
――キュイン、と、頭脳ユニットが軋むような感覚を私は覚えた。
自分で選んで決めた事とはいえ、人間相手の商売というやつは本当に悩み事が尽きない。少しは、こちらの事も考えてもみてほしいモノだ。
……。
……。
…………ひとまず、マイケルの問題を解決するのが先か。
思考を地上から、眼前の肉塊……いや、巨大胎児へと向ける。
私の悩みを他所に、胎児は形成したばかりの心臓を脈動させ、活発に生命活動を行っている。ぱくぱく、と、今はまだ使い道のない口が開閉し、むず痒そうに腹部の……へその緒がピクリと震えていた。
このへその緒は、母体と繋がる類のモノではない。
消化器に栄養を届ける為の管であり、もう少し臓腑が成長したら、栄養剤などへ接合しなくてはならない。時間にして、後十数分は先の事だが……ふむ。
胎児はこのまま細胞分裂を続け、どんどん身体を大きくしていく。最終的には太陽風に含まれるプラズマ等をエネルギー源として活動出来るようになる予定だが、今はまだ、それが出来ない。
プラズマを取り込んでエネルギー源に変える為の体内器官が、未成熟だからだ。それが成熟するまで、胎児は人間たちと同じように食物等を取り入れ、消化と吸収を行う必要が……あ、そうだ。
――丁度良い、地上で攻撃している軍人を幾らか使うか。
(……新たに、専用のミキサーを作るか。しばらく、連続稼働するだろうから)
幸いにも、ミキサー自体は原理も素材も複雑なモノはいらない。『オメガチェンジ』で頑丈な素材を用意し、『生体プラント』の一角に置いてある装置を使って……サッサと作る。
専用のミキサーは、高さ12メートル、横は8メートル。ミキサーの透明ケースは戦術核にも耐えられるようにしてあるので、中で暴れてもケースが壊されることはないだろう。
……ケース内部(下部)のブレードの形状と取り付け位置には、けっこう拘りがある。惚れ惚れするぐらいに、見事なスープ状になるのだ。
次いで……地上の状況を確認。既に、配備してある全ての警備ロボットは無力化されているのは分かっていたので……頃合いを見て、全てを同時に自爆させる。
――瞬間、ロボットの周辺にいた兵士なり何なりが爆風で消し飛んだ。
文字通り、直撃した者たちは例外なく爆風で炭化し、比較的距離が有った者たちは衝撃波でその命を散らせていった。兵士たちもそうだが、後方にて戦況を見ていた司令官なども混乱しているのを確認。
その間に……『空間結合』を使い、はぐれた兵士たちをこちらに引っ張り込む。
「――っ!? お前は、メタルガール!?」
当然、兵士は動揺している。とはいえ、訓練を受けた兵士だ。すぐに私の存在に気付いた、その兵士の彼は、私に向かって銃口を向け、発砲した。
もちろん、予測していた。カンカン、と、銃弾が私に直撃し、跳ねた弾丸が四方八方に飛ぶ。
ここには、跳弾程度でどうにかなる設備も装置も個体も無い。なので、気にせずカプセルより排出し、起動させたインターフェイスを使って……おっと、衣服は邪魔だな。
「な、何を――ぎゃあああああ!!!!」
抵抗して脱いでくれないので、手足をへし折りながら衣服を取り去る。
何やら命乞いを始めたが、痛みを感じる前に終わるからと宥めながら、彼をミキサーの中に投げ入れ――あっ、ブレードが刺さって死んだ。
……手間が省けた。続いて、私はその、一連の工程を……どんどん繰り返す。
次から次へと引き入れた兵士たちを片っ端から無力化させ、ミキサーケースの中へ。途中、命乞いを始める者が何度か現れたが、構わず手足を折ってミキサーの中へ……蓋を閉じる。
蓋の重さは、総重量約20トン16キログラム。
ぎゃあぎゃあと騒いでいた兵士たちの声も、もう外には届かない。当然、インターフェイスたちに抵抗する兵士たちの声も。
どんどん、どんどん。彼らは凄い形相でケースを叩いているが、彼らの腕力では100年掛けてもヒビ一つ入れられないだろう。
……中に入った全員が頑張れば蓋を動かせないことはないだろう。だが、それは足場等が整っているのが前提の話だ。
上から兵士が入るたびに、下の者たちが彼らの体重に圧されるせいで、ブレードが食い込み死亡する。血や脂で滑るせいで、パワーの伝達ミスが発生する……と。
――おぎゃあ、おぎゃあ。
これまで沈黙を保っていた胎児が、始めて鳴き始めた。
いや、それは鳴くというよりは叫ぶというのが正しく、それまで抵抗していた兵士たちすら、驚きに一瞬ばかり動きを止めたぐらいであった。
スキャンをした結果……なるほど、どうやら臓器が形成され、空腹感を覚え始めたようだ。と、なれば、私がやることは、ただ一つ。
――スイッチ、オン。
私の信号を受けたミキサーのブレードが、ギュイギュイン、と回転を始めた。気づいたミキサー内の兵士たちが一斉に声を荒げ、ケースを叩き始めた……が、大丈夫だ。
その程度で、ケースは割れない。
その証拠に、瞬く間に彼らは切り刻まれ、磨り潰され、掻き回され……16秒後には、全てスープ状になった。何時の間にか、抵抗していた兵士たちも大人しくなっていた。
その間に、ケース下部に取り付けてあるホースを伸ばし……巨大胎児のへその緒と連結させる。
――約3秒の間を置いてから、こぽり、と。
赤い混合液の水面に気泡が浮いたかと思えば、こぽこぽこぽ、と水面が泡立ち始めた……いや、違う。気づいた胎児が食事を始めたのであって、この気泡は……言うなれば、喉を鳴らしているのと同じだ。
どうやら、相当に腹を空かしていたようだ。
気泡の勢いは凄まじく、ホースとへその緒も、痙攣するかの如く震えている。等間隔に流れてゆく丸いコブは止まることなく胎児の腹に吸い込まれ……吸収されているのがスキャンしなくとも分かった。
――う、うわ、うわあああああ!!!!!!!
さて、二杯目を作る準備を……と思っていると、突如雄叫びを上げた兵士の一人が……想定以上の力を出して、インターフェイスの拘束を抜け出してしまった。
とはいえ、無事ではない。脳のリミッターが外れた結果のようで、反動で掴まれていた皮膚は指の形に抉れ、筋肉も幾らか断裂していた。
そのまま逃亡しても捕まえるだけだし、そもそも、その身体では建物の外に出るだけで精一杯。現に、彼はカクカクと動きに支障が生じていて、彼もそれは自覚しているようだ。
そんな状況で、彼はどうするつもりなのだろうか……と、思ってみていると。
――彼は、所持していた(まだ、取り上げていなかった)ハンドガンで……自らの頭を打ち抜き、自殺してしまった。
……。
……。
…………えっ、と?
困惑している私を他所に、それを見ていた他の兵士たちも……今の兵士と同じようにして拘束を逃れると……床に転がっている銃器を手に取り、次々に自殺を行い始めた。
……。
……。
…………よく分からないが、手間が省けた……と思ったらいいのだろうか。
3分の1近くにまで量が減っているミキサー内の混合液を見やりながら……私は、インターフェイスを動かして……亡骸になった彼らの衣服を脱がし、ミキサーの蓋を開けるのであった。
……あ、もう少し大きくなって大脳が発達したら、マイケルの記憶を入れないと……忘れずに、だな。
……。
……。
…………そうして、時間は流れて41日後。
場所は火星……ではなく、太陽の裏側。正確には、今の人間たちの科学力では観測できない、地球から見て死角に当たる……太陽の裏側、そこに来ていた。
おかげで、太陽風が非常に鬱陶しい。熱くはない、ただ、吹きつけられるプラズマが鬱陶しいのだ。
それぐらい、太陽より放たれる熱波は強烈で、仮に私の居る位置に惑星が有ったなら、その熱波に大気は蒸発し、地表は焼け野原に変わり果て……いずれは、太陽に引き寄せられ、粉々に砕け散っているだろう。
そんな場所に、私は居る。
どうしてかって、それは……成体になった胎児(マイケル)の餌が、ここには豊富にある。つまり、恒星より放たれているプラズマを始めとした熱気をエネルギー源とするようになったわけで。
何事も無く宇宙へと場所を移した巨大胎児は、宇宙空間での生存を可能とする……『侵略母艦』へと成長を果たしたわけだ。つまり、もう私の手から離れても大丈夫になった……というわけだ。
……改めて、私は『侵略母艦』を見やる。
成体となった『侵略母艦』の全長は、約480km。
全体の形状は矢じりのような(あるいは、矢印のような)形をしていて、表面上にはエネルギーを取り込む口があって、野太い器官が全体に伸びている。
その外観をさらに詳しく述べる……あえて言葉を当てはめるなら……薄い赤色の、巨大な肉の矢印……といった感じだろうか。
目は無く、耳も無い。目のように見える部分は体表に幾つかあるが、それは目ではなく、迎撃用の熱線レーザー発射口であり……宇宙空間での活動を可能とする、母艦型の生命体である。
惑星から惑星への移動を可能とし、当然ながら、太陽風や流星群にもビクともしない。文字通り、人類が総力を結集すればどうにか……いや、やれるか……まあ、やれるだろうと思われる個体である。
その『侵略母艦』は今、体表に飛び出している円形の口がパクパクと開閉を繰り返している。
言うまでもなく、食事をしているのだ。太陽より放たれる熱気を取り込み、体内にて……触手でもある、兵士を生産している。
……この兵士とは、『侵略母艦』の子供……ではなく、リモコンで動く体液と肉等で構成されたロボットみたいなものだ。
兵士の形状はその目的によって異なるが、肉の身体より産み落とされるだけあって、兵士もまた肉で構成され、固い表皮に覆われている。ハンドガン程度では、100発撃たれても動きを止めることすら出来ないだろう。
大気圏突入や脱出を可能とする能力を母艦は持っているが、それは、兵士とて例外ではない。まあ、兵士は自力での脱出は不可能だが……そこはいい。
重要なのは、地上に降りれば最後、活動停止に陥るまで破壊を繰り返すということ。そこに理由など無く、強いて理由を挙げるならば……侵略行為こそが、兵士たちの目的である。
何せ、兵士たちは繁殖をしない。活動する為のエネルギー源として人間を捕食する事はあっても、それは侵略を行う為のついでであって……ただ、少しでも侵略が進めば兵士たちは満足なのだ。
……そして、当の『侵略母艦』は……と、言えば、だ。
体内の、中枢部。最も強固に守られた心臓部……その中心に、マイケルは居る。既に人間の形を成してはいないが、そこを訪れた私は……侵略母艦の頭脳となったマイケルを見上げた。
――今のマイケルは、巨大な大脳が剥き出しとなった、上半身のみが辛うじて女体の輪郭を残した、下半身が母艦と一体化している……この母艦の頭脳ユニットである。
それ故に、中枢部に居るこのマイケル自身には、何の戦闘能力も持ち合わせていない。まあ、よほどの例外を除いて、臓器が直接攻撃を行うなんてことはないから、当然といえば当然だろう。
『ママ……パパ……爺ちゃん……婆ちゃん……』
……で、そのマイケルは……ぼそぼそ、と。
大脳下部より飛び出した小さな口から、寝言のように同じ言葉を延々と繰り返している……そう、こんな調子である。
……言っておくが、成長過程に不備が生じたわけではない。
取り出しておいた記憶は何事もなく移植出来たのだが、どうしたことか、定着した後で記憶に破損が見られ始めたのだ。これは、誤算であった。
気付いた時点で何度か修復処置を行ったのだが、結局、元には戻らなかったのだ。
その時から更に破損は進み、今では……自分が何者だったのかも分からなくなっていて、もう居ない肉親の名を……いや、もはや、それが肉親であるのかすら、分かっていないのかもしれない。
(記憶データは破損率0%で移植出来たはずなのだが……移植した後で、破損したのか? それとも、『侵略母艦』としての生物的本能が強すぎたのか?)
あるいは、『侵略母艦』との規格というか、生物的な造りが違い過ぎたせいか……分からないが、分かっている事は、今のマイケルには人間だった頃の記憶はほとんど残っていないということ。
……非常に、申し訳ない結果となってしまった。コレに関して、私はマイケルに謝る必要があるだろうし、既に何度か謝罪をしている。
残念なのは、それを理解するだけの意識が、今のマイケルには無いということ。
たとえるなら、『侵略母艦』という身体に薄らとこびり付く砂埃……それが、辛うじて残っているマイケルの部分なのであった……と。
――どくり、と。私の周囲を構成している肉壁が、脈動した。
調べずとも、理由はすぐに察せられる。マイケルは、準備を終えたのだ。体内の製造所(子宮)にて、十分な兵士を生産し終えた。
なので、後は動くだけ。『侵略母艦』としての役割を果たす為に……今はもう消えてしまったマイケルの願いを、果たす為に。
脈動が、激しくなる。合わせて、肉壁が淡く光を放ち始める。取り込んでいたエネルギーを推進剤にして、その身体は移動を開始した。
その行き先は……考えるまでもない。そして、私がやる事は全て終わった。
速やかに『空間結合』を使用して、火星へと戻る。見上げて確認すれば、太陽の影より姿を見せた『侵略母艦』が、ゆっくりと地球に向かっているのが確認出来る。
……。
……。
…………ヨシ!
「さあ、次はどんな商品を作ろうか」
誰に言うでもなく、その後ろ姿を見送った私は……新たな『商品』の開発を始めることにした。
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