裏話: 各国の思惑、人の思惑





 『メタルガール』



 その文字だけを読むと、何かしらのコミック(あるいは、アニメ)キャラクターか、称賛の意味を込めた二つ名だと思ったことだろう。


 事実、数年前までは……いや、『彼女』が人類と接触し、その存在が公になる前までは、そうだった。誰もが、夢想することはあっても実在を疑っていた。


 もちろん、本気で信じている者もいる。宇宙に向かって友好の言葉を放ち続けている人たちが、そうだろう。


 けれども、大多数の者たちは半信半疑だ。『居るかもしれない』と考え、『居ないとは断言出来ない』と口にはしても、実物を目にしていない以上は、映画の向こう側の存在としてでしか捉えていなかった。


 アジアも、欧米も、中東も。


 個人がどう思うかは別として、国家としては例外は一つもなく……噂話程度に、あるいはオカルト程度に、または、古臭いブームの一つとしてでしか捉えなかっただろう。


 何故なら、宇宙は広い。


 人類が積み重ねてきた英知を持ってしても、まるで及ばない。現在ですら、その一端を掴むどころか、辛うじて一端の影を認識出来た程度でしかない。


 地球から最も近く、肉眼でも存在を確認出来る位置にある衛星……『月』ですら、向かうだけで莫大な資金と膨大な労力を必要とする。最先端の科学力を駆使しても、だ。


 故に、誰もが最初は……彼女の存在を、『自称』だと判断していた。


 何せ、昨今のCG技術の発展は凄まじいの一言だ。


 また、SNSの発展に伴い、ネット配信による商売が流行っている事もあって、個人だけでなく世界中の企業も参戦したことで……大半の人が、そういうフリなのだと楽観的に考えていた。


 それは何も、個人だけの責任ではない。少なくとも、情報捜査を行っていた各国の政府にも責任の一端は有った……ただ、それを責任だと責め立てるのは、考えが浅い。



 ……政府が隠蔽しようとしたのも、無理もないことだ。



 武力による脅しや制圧は一切通じず、金銭による交渉も通じない。嗜好品も必要とせず、美男美女を始めとしたハニートラップも理解しないばかりか、その気になれば人類を滅亡させることすら容易な存在。


 ほとんどにおいて、相手が上だ。辛うじて勝てるのは人口という名の数量ぐらいだろうが……それでも、時間を掛ければ逆転される可能性は極めて高い。


 何故なら、彼女にとって数は所詮、数なのだ。それに、数がいくら有ったところで……彼女の前では、蟻が1匹から5匹になった程度の違いでしかない。


 そんな存在が確認出来たら……隠蔽して当然だ。


 その気になれば何時でもこちらを殺す事が可能な存在が認識出来る場所に居て、平静を保てる者はそう多くはない。


 そこに、軍が総力を結集しても敵わないという情報が加われば……パニックとまではいかなくとも、心に圧し掛かる不安から治安が悪化してしまうのは、目に見えていた。


 だからこそ、各国の政府は隠蔽した。漏れ出ても、それは所詮ネットの流行話の一つとして処理し、いずれ発生する衝撃を緩和する方向に舵を取っていた。


 『メタルガール』の存在は、現在の人類にとっては劇薬なんて言葉では収まらないくらいの影響をもたらしてしまう、文字通りの、アンタッチャブルな存在であるからだ。


 ……だが、そんな楽観的な、あるいは対症療法的な考えも、彼女が……いや、『メタルガール』が、人類が構築したSNSを通じて行った放送によって……全てが無駄になってしまった。






 ――日本・国会――


 




 世界各国が『メタルガール』への対応に追われる最中……良くも悪くも対岸の火事、接触らしい接触を行っていない島国の日本は……この日もまた、政治的な時間の無駄を満喫していた。


 有り体にいえば、野党が与党に対して文句を言っていた。内容は、、だ。


 各国(各国の国民も含めて)がメタルガールへの関心が高まり続けている最中、それは、日本とて例外ではない。


 SNSでは連日連夜『メタルガール』に対する憶測という名の妄想が飛び交っている。メディアの間ですら、面白おかしく書き立てる記事や番組が作られ、視聴率や売り上げの薪にされている。



 当然、人々の関心が高まれば高まるほど、無視出来なくなるのが政府だ。



 無視しようと思えば出来るだろうが、いずれやってくる選挙を思えば、目を逸らし続けるのは得策とは言い難い。しかし、だからといって、日本が積極的に動けるかといえば……そういうわけにもいかない。


 それは、日本の国際的な立場が弱いから……というだけが理由ではない。純粋に、リスクが高すぎて下手に手を出せないのだ。



 何せ、



 相手が善人であろうが悪人であろうが、彼女が定めた基準をクリアすれば『商品』を売ってくれる。そして、その『商売』の邪魔は出来ないし、邪魔をした相手は例外なく敵性存在として認識される。


 実際、中東の……他国にも名の知られた麻薬組織は、ソレで壊滅した。文字通り、建物も、人も、全て壊滅した。小国の軍を相手にしても渡り合える装備と準備が有ったのに、完敗した。


 そうして、次に行われたのは粛清だ。ほとんど関与していない、末端も末端の売人ぐらいは見逃されたらしいが、管理職の位置や立場に居た者は、例外なく処分された。


 そこに、老若男女の区別はない。


 仕方なくその仕事に就くしかなかった男だろうが、幼い子を抱えた女だろうが、善悪の付かない子供であろうが、年老いた夫婦であろうが、何の関係もない。


 全員、処分した。


 命乞いなど、欠片も通じなかった。その結果、中東の一部地域の人口は激減し、町一つがゴーストタウンとなって……今では誰もが恐れて、その場所に近づく者すら居なくなった……らしい。



 ……そんな存在を相手に、日本が積極的に対応をする?



 そんな事、出来るわけがない。


 世界最大クラスの戦力を誇るアメリカですら対応に苦慮しているのに、その傘下である日本が、どうして先んじて動けると思えるのだろうか。


 事実として、かの国は判断を誤って自滅した。


 日本がそうならない保証は無いし、そう成り掛けた時、それを止める手段が政府には無い。止めようとすれば、最後、政府そのものが消滅する。


 上手く制御出来れば確実に世界のトップに立つことも可能ではあるが、それは各国も同じだ。抜け駆けを許さないが、かといって、誰が最初に前に出るか……それが、各国の『メタルガール』に対する判断であった。



 ……だが、しかし。



 そんな各国の暗黙のせめぎ合いなんて、国民からすればどうでもよい事だ。そして、それは大多数の議員たちも同じように考えていた。


 只でさえ、汚職だとか裏金だとか何だで、支持率が下がって来ているのだ。これまでは良かったとしても、今後は……何時までも曖昧な態度を取り続けて、選挙が有利になる事は絶対にない。



 そう、選挙だ。それは、絶対に無視出来ない。故に……日本の首脳陣は『メタルガール』と連絡を取った。



 それ自体は、非常に簡単であった。何故なら、彼女は自らの連絡先を公開しており、連絡を取ること事態は誰でも……それこそ、ジュニアスクールの子供ですら可能であったからだ。








 ……。


 ……。


 …………そうして、連絡を取ってから31日後。



 その日は、ある意味では、日本中が最も緊迫した……あるいは、気の落ち着かない一日だっただろう。


 この日ばかりは、時間が有る者はみな、国会中継を見る為にテレビに張り付いていた。あるいは、ネット中継だろうか……まあ、そこはどちらでもいいだろう。


 重要なのは、かつてない程に国民たちの意識が……注目が、今日の国会中継に向けられているという、その一点に尽きた。


 当然と言えば、当然だろう。何せ、日本史において初となる、地球外生命体との対話……それをやるというのだから、注目しない方がおかしいのだ。


 おかげで、どこのテレビ局も前々から決めていた放送内容を差し替え……話を戻そう。


 そうして、時は来た。その日、その時、その瞬間――宇宙人が、その姿をテレビカメラの前に晒したのだ。



 ……もちろん、一切のモザイクは掛からない。



 国会議事堂に、その姿を見せた『メタルガール』は……それまで確認されている本体ではなく、インターフェイス……つまり、『商売』を行う際などに使用しているとされている、外付けのボディにて登場した。


 ただし――少しばかり、その姿は、それまで確認しているモノとは異なっていた。


 この日、この時、日本のみならず、世界が認識していた『メタルガール』の姿は、例の、溶液で満たしたカプセル内をプカプカと浮かんでいる、アレではない。


 かといって、ごく一部の者たちにのみ、その姿での接触が確認されている、『メタルガールの本体』でもない。ましてや、『亜人』と称する人型の商品でもない。



 簡潔に特徴を述べるのであれば――此度の『メタルガール』は、15歳~17歳程度の少女の外見をしていた。



 だが、明らかに人間ではない。手足の球体関節もそうだが、まるで骨格が体表に浮き出ているかのような剥き出しのボディ。足先は丸く、耳元を覆い隠すように取り付けられたヘッドセットが、淡く光を放っている。


 見たままを言葉にするなら、『本体』を更にメカメカしくした感じ……だろうか。あるいは、言葉は悪いが、量産品に変えた……という感じだろうか。


 あくまで感覚的な話でしかないのだが……登場した『メタルガール』を見た時、幾らかは似たような事を思った。絶対に、口には出さなかったけれども。



 ……で、だ。



 中々に反応に困る状況だが、相手は宇宙人。そのうえ、戦力は圧倒的に向こうが上。あまりにもパワーバランスが、掛け離れすぎている。


 なので、これが私たちのスタイルだと言わんばかりに堂々とされれば、口も挟めない。


 下手に口出しして機嫌を損ねて対談が打ち切られてしまえば、それこそ責任問題……結果、彼女の裸体は相変わらず晒されることになる……が、当の彼女は気に留めていない。


 音も無く、段差も全く苦慮する事なく(さすがに、幅が狭すぎて入れない場所は机や椅子を壊してしまうから無理だった)、大量のマイクが設置された指定の位置に付いた彼女を見やった幹事長は……一つ咳をしてから、対談の開始を宣言した。



 ……。


 ……。


 …………とはいっても、やる事は決まっている。質疑応答、それ以外の何物でもない。




 ――特にルールが定まっているわけではないが、答えられないor答え難い質問は黙秘しても構わないし、発言を避けても構わない。


 ――質問する者は番号札と共に手をあげる。貴女は、質問する者を指名し、答えるだけで良い。


 ――逆に、貴女が知りたい事、聞きたい事が有る場合は挙手なり何なりを示してくれれば答える。誰かの答えを聞きたい場合も、同様だ。


 ――何時止めるかは『メタルガール』の判断に委ねるが、またとない機会なので、出来る限りは長く対談に応じて欲しい。




 これが、彼女へ事前に送ったお願いである。他にも細々としたルールはあったが、割愛する。


 もちろん、彼女は了承した。了承したからこそ彼女はココに来て、この場に立っている(まあ、見た目は人間ではないけれども)わけだが……さて、だ。





『――では、始めよう』



 人間と同じく、発声に応じて普通に唇が動き、日本語で指名した。声だけ聴けば日本人そのものの流暢なソレに、少なくない議員が驚きに目を見開いた。



『――進々党(しんしんとう)、多田れい子議員』



 そうして、我に返ると同時に、一斉に手を挙げる議員たち……その中で、最初に使命を受けた議員は喜色満面、他の議員は苦虫を噛んだかのように溜息を零した。


 どうして、そこまで……これもまた、選挙対策だ。


 ただ、最初に使命を受けたという事実が重要であり、それが少しでも印象に残り、低迷している野党への投票を増やすキッカケになれば……それ以上でもそれ以下でもなかった。



「最初の議員に選んで頂き光栄です。此度はこのような形になりましたが、わざわざご足労頂きありがとうございます。ここまでの間、案内に不手際はありましたでしょうか?」

『――ない』

「それは良かったです。それでは――」



 故に、だ。


 多田れい子議員は……いや、似たような事を考えていた大半の議員は、『メタルガール』がどういう存在であり、どのような思考で動いているのかを考慮していなかった。



『――斗民党(とみんとう)、水道創(すいどう・はじめ)議員』



 本題に入ろうとした多田れい子議員の言葉を遮って、別の議員を指名した。

 ちなみに、使命されたのは与党議員であり、指名された彼は涼しげな様子であった。



「ちょ、ちょっと、あの!?」



 当然……という言い方も何だが、これに多田れい子議員は面食らった。


 もちろん、れい子議員だけではない。野党だけでなく、政敵である与党の一部からも驚いた様子で『メタルガール』を見つめた。



『質問は一度に一つ、事前の取り決め。私はあなたの質問に答えた。故に、全員の質問が一巡するまでは、あなたの質問には答えられない』



 ……で、それらの視線に対する返答が、コレであった。


 質問に答えた……その言葉に大半の者が首を傾げたが、気付くのは早かった。そう、先ほどの挨拶……『案内に不手際があったか?』という問い掛け、アレが質問だとカウントされたのだということを。


 もちろん――すぐさま抗議の声を上げた。それは多田れい子議員だけでなく、その他の野党議員も加勢した――が、彼女は欠片も動じなかった。



『――それはあなた達の中に伝わる暗黙のルールであって、私に提示されたルールには記載されていない。後から持ち出される新たなルールに従う理由はなく、例外は認められない――以上』



 一も二も無くズバッと……それはもう、今日の朝食を答えるかのような調子で放たれた発言によって、れい子議員はもう何も言えなくなってしまった。



「……質問をしてもよろしいですか?」

『――待たせてしまった。では、あなたの質問は何だ?』



 恐る恐る……そう言わんばかりの声色に、声援と言わんばかりのヤジが野党側からポツポツと上がったが……それだけであった。



「……単刀直入にお聞きします。貴女は今後、日本に対して攻撃を行う事はありますか?」



 そうして、静かになったのを見計らって。


 余計な言葉を一切挟まない彼の言葉に、ざわっ……と、空気が張り詰めるのを、その場の誰もが……映像を見ている誰もが感じ取った事であった。



『――そちらが、私に対して敵対行為を行わない限りは』



 その中で、これまた欠片も動じていない彼女の抑揚のない声だけが、設置されたマイクを通じて日本中に……いや、それを見ている各国の首脳陣へと届いた。



「では、その『敵対行為』が何を示すのかを教えて頂きたい。私たちも貴女とは友好的な関係を築いて行きたいと思っています。その為には、どういった行為が『敵対行為』に当たるのか……それを周知徹底させたいのです」

『――了解した。では、後日書面にして送ろう……あなた宛てで良いのか?』

「構いません。ただ、出来る事なら確認した後で、幾つか詳細を確認したい部分が生じると思いますので、場合によっては幾つか修正する必要も出てきますが、その場合はどう致しましょう?」

『――回数の制限を設ける。何時までも纏まらないままであるよりも――』



 そこまで、彼女が話した時であった。



「ま、待ちなさい! 斗民党の質問に対して二つも答えているわ! 不公平よ!」



 爆発――そう言わんばかりの多田れい子議員の怒声に、彼女のみならず、静聴していた他の議員たちも思わず目を瞬かせた。


 あまりに突然の事で、何時もならば援護に回る同党の議員たちも面食らったぐらいであった。



「多田れい子議員、答弁を遮るような行動は慎んで――」


「斗民党がルールを破っているのです! 答弁において与党だけが二度の質問を許されて、野党が許されない理由などありません!」



 当然、幹事長からも叱責というか、注意が入るが……頭に血が上っているのか、多田れい子議員は耳に入らない様子であった。



『――水道創議員はルールを破ってはいない。何故なら、彼は私からの返答に対する補足を求めただけであって、二つ目の質問を求めたわけではない』

「そ、そんな屁理屈……!」

『――同様に、貴女もまた、質問内容への補足説明を求めるのであれば答えよう。故に、私は貴女に尋ねる……『案内に不手際はあったのか?』という質問に対し、どのような補足説明を求めているのだ?』

「で、では、不手際が無かったという説明を……」

『――無かった、そう私が答えた時点で説明は終わる。無かった説明を求めるというのは補足説明としてはおかしい、何を根拠に私の発言に異議を唱えるのか?』

「そ、それでは国民が納得を……」

『――貴女は国民と思考を共有しているわけではなく、権限を委託された立場の者。納得するかどうかは貴女が決めることではなく、また、納得させる為のモノではないし、納得させようとも思っていない。私は、事実をそのまま語るだけであり、それを否定するのは貴女の自由ではあるが、同時に、貴女が納得するまで私が付き合う理由にはならない』

「に、に、日本国民が、世界が、その言葉で納得するとでも……」

『――最後通告。貴女が納得するまで、私が言葉遊びをする理由が無い。故に、補足説明は打ち切り、これ以上は意図的な遅延行為と判断し、排除する――以上』



 だが、それも……有無を言わさない彼女の……暗黙の前提なんぞ考慮する必要はないと言わんばかりの強烈な……それでいて静かなその言葉に、当人だけでなく、周りの議員も押し黙る他なかった。



 ……野党議員たちは、知っていた。『メタルガール』に、同じ人間相手では通じる論法が通用しないということを。



 そう、彼女には詭弁が通じない。詭弁で誤魔化そうとすれば、即座に対話が打ち切られる。それを無視して責任を被らせ、交渉を有利に動かそうとしたなら最後、敵対行動と取られて排除されかねない。


 それを……『かの国』は、自らの命を持って示した。


 自らの破滅を、長く続いた国家の終焉という形で、如何に彼女は人の心を理解せず、『交渉が通じない存在』であるということを……世界各国に知らしめた。


 それ故に……今日、この日、この時。


 最初は別として、その後は……もしかしたら、国会が設立されてから初めてになるかもしれない、ヤジや余計な拍手が一切行われない、静かな質疑応答が行われたのであった。



「……質問します。貴女はこれまでアメリカなどと接触していたとお聞きしましたが、今回、日本との接触を了承した理由は何でしょうか?」

『――特に理由は無い。そちらから対談の申し入れが有ったから了承しただけだ。それが無ければ、今後も無かった可能性は高いと思われる』

「可能性……高かったのですか?」

『――少なくとも、対談する必要があると私が判断しない限りは、今回のような機会は訪れなかっただろう』

「では、今後、他国との対談を行われる可能性はあるのでしょうか?」

『――その質問は二つ目であると判断する。故に、答える事は出来ない――以上』

「そうですか……質問は以上です、ありがとうございました」



 ある議員は、先進国とはいえ東の島国の一つでしかない日本との対談を行った理由そのものを尋ねた。



「質問です。貴女は『商品』として資源……原油やレアメタル等も販売しようとしていたとお聞きしていますが、どうして、それを思い留まったのですか?」

『――初期段階にて、NASAに勤務する2名の男性に相談した。その際、資源などの生存を支える物資などの価格変動は大勢の死者を生み出す危険性があるので、極力止めてほしいという返答を受けた』

「それで、思い留まったのですか?」

『――私にとって、商売という行為そのものが重要である。金銭の流動によって生じるマネーゲームとやらは私にとって重要ではない……死者を出す必要があるならばともかく、必要でないのに死者を増やす必要性を感じない、そう判断した結果だ』



 ある議員は、資源に乏しい自国の状況を改善する一手になる可能性に賭けて、少しでも情報を得ようとした。



「質問です、貴女は今後、所有している技術等を人類に提供する予定はありますか?」

『――提供はしない。しかし、『商品』という形で販売したモノを解析し、それを応用して開発すること事態は止めない。逆説的に言うならば、無償での譲渡をするつもりは今後も無い』

「互いの、より良い関係を築く為にも、そういった技術の提供はしておくべきかと思いますが?」

『――それは、互いが対等の場合においての話であって、『商売』とは何ら関係はない。そして、技術提供による対価を求めてもいない。故に、提供は行わない――以上』

「……分かりました。質問は以上です、ありがとうございました」



 またある者は、何とか言質を取って今後の関係を有利に築こうとするも、欠片も取り合わずに終わって。



「質問です! 貴女が販売している亜人について、深刻な人権侵害であり、児童売買および売春強要であると強い批判が出ておりますが、その点についてお聞きしたい!」

『――質問内容が理解出来ないので、答えられない。『人権』とは、貴方たち人間が、同じ人間に対して、人間には様々な権利があると定めたもの、その総称が人権であると私は認識している。と、なれば、亜人と人権との間に相互関係は認められず、質問そのものが破綻している……訂正し、再度の質問を認める』

「詭弁ですか? 人と同等の知性を有し、かつ、亜人という人外であるとはいえ、女性の身体を慰み者として扱う、その暴力的な差別の是非を問い質しているのです!」

『――知的であるかどうか、つまりは知能の高さが、=(イコール)、適用される基準であるとはどの国の法律にも記載されていない。と、同時に、貴女はおそらく『亜人の♀』を女性として捉えているようだが、それは貴女の思い込みに過ぎない。アレは、モノだ。人間ではない――以上』



 時には、何を血迷ったのか鼻息荒く勘違いの果てに生まれた正義感に対して、淡々と言い返して話を打ち切り。



「……質問です。事前に私共が把握している情報によりますと、貴女は機械の生命体とありますが、それが事実だとして、貴女を作った存在……創造主は、いったいどのような存在なのでしょうか?」

『――あなた達の言葉で言い表すのであれば、その名は『連盟種族』。それが私を作り、この宇宙の頂点に君臨している種族の総称……命が惜しければ、連盟種族にだけは逆らわないことだ』

「連盟……ということは、貴族的な立場にある種族が幾つも存在しているということですか?」

『――立場だけではない。純粋に、強いのだ。言っておくが、懐柔しようなどと考えるな……アレは、君たちの言葉で言い表すのであれば、災害そのもの、天災が形となった存在と思った方が良い。それほどに、連盟種族というやつはとてつもないのだ』

「……参考までに、どれほどなのでしょうか?」

『――仮に、君たちが持っている余力を全て戦力につぎ込み、全人類が連盟種族に戦いを挑めば……瞬きするよりも早く、人類どころか地球ごと消滅する。塵すら残らない、宇宙の闇の一部にされて、終わる』

「……そ、その、か、数はどれ程に……」

『――数は問題にしてはならない。何故なら、5秒あれば1体から70億体にまで分裂するやつもいる。単純な物量においても、勝ち目は全く無い。いいな、連盟種族にだけは戦いを挑もうとするな……いいな、分かったな?』

「ア、ハイッ……」



 そして、何故か『連盟種族』という存在に関することだけは事細かく、そのうえ、強く念押しするような言い回しをして。



 ……。


 ……。


 …………そうして、歴史に名が残るであろう、公的な場所にて行われた、公的な質疑応答の一部始終は、SNSを通じて全世界へと流されていった。


 それが、『メタルガール』への印象を回復させるモノであるのかは……大半の者は、そう思わなかっただろう……という事だけを、此処に記しておく。







 ……。


 ……。


 …………そのようにして、『メタルガール』の存在が改めて世界に示された……その、最中。


 一人の黒人宇宙飛行士が……おそらくは、この星の誰よりも純粋な想いで『メタルガール』と対話を行った、その男は……その映像を目にしていて。



「――はい、もしもし」



 男の、アイフォンに掛かって来た電話。連絡してきた相手は、男の上司……それも、上司の上司の上司に当たるほどの人物であり……平時であれば、望んでも絶対に連絡など来ない程の人物であったのだが。



「……分かりました、引き受けます。いえ、私も、彼女ともう一度言葉を交わしたかっただけで……はい、分かりました、連絡を待っています」



 男は……心の何処かで、ソレが来る事を察して、覚悟を固めていたのだろう。


 連絡を受けた瞬間は、言葉を詰まらせた。しかし、それも最初の内だけで……通話を切った時にはもう……男の心は、微風すら吹かずに静まり返った水面のように落ち着いていて。



「…………」



 只々、無言のままに……傍のテーブルに置かれたウイスキーにも手を付けないまま、テレビの向こうに映る『メタルガール』を見つめるのであった。


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