第11話 彼女にとってそれは、電池を入れ替えるだけのこと

※人によってはグロテスクな描写注意




 ――とまあ、そんな感じで意気揚々と宇宙船団へと殴り込みした私だが……思いの外あっさりと決着は付いた。



 有り体に言えば、相手が弱すぎたのだ。



 やはりという言い回しは嫌みでしかないが、そう評価せざるを得ないくらいに、彼らと私との間には戦力差があり過ぎた。


 というのも、敵宇宙船……いや、武装している以上は、敵戦艦か。


 その、敵戦艦の主砲……施設を壊したアレ。スキャンにて計測した限りでは、避ける必要もないと判断して直撃してみたのだが……全くの無傷だったのだ。



 そう、無傷。英語で言えば、ノーダメージ……というやつだ。



 防御バリアはおろか、身構える必要すらない。私の装甲を削ることはおろか、動きを止めることすら出来ない以上は……もはや、この戦いは戦いとは呼べなかっただろう。


 どう言い表せば良いのか……気分はアレだ、『尾原太吉』の記憶にあるソレで例えるなら……羽虫に殺虫剤を振り掛けるような感覚だろうか。


 左腕に搭載してあるレーザーバスター(対・ボナジェ仕様)は、彼らを乗せた戦艦、その中でも最も強固な外壁部分を例外なく撃ち抜き、バターに切れ込みを入れるかのように溶け落ち、爆散させた。



 その様を傍から見たならば、光の柱の撃ち合い、レーザー光線の撃ち合いだろう。



 しかし、実際は違う。一見すると互角に戦い合っているように思えるが、実情は……ほぼ、私の独壇場。戦況は、私の勝利で確定しているも同じであった。


 何せ、彼らの攻撃の一切は私に通じないのに、私の攻撃は一発一死の結果をもたらすのだ。


 彼らが如何に防御バリアの強度を上げたところで、無意味だ。私と彼らとでは、出力が違い過ぎる。ティッシュを5枚から50枚に増やしたところで、大砲の弾は防げないのだ。



 一つ、また一つ。最も強固なシェルターに収まっている彼らを呑み込み、爆散してゆく敵戦艦。



 放たれたレーザーバスターが、地上の敵戦艦を確実に、それでいて迅速に破壊してゆく。とはいえ、全ては破壊しないし、特に激しく抵抗する敵戦艦を優先する。



 ――彼らはその事に、残り4機になってようやく気付いたようだ。



 ピタリ、と。


 いきなり砲撃を止めたので、私も攻撃を止める。スキャンを……し続けながら、敵戦艦の中枢コンピュータをハッキングし、船そのものを拿捕する。


 と、同時に、彼らが使用している言語を取得し……合わせて、彼らが保持している全ての能力を閲覧する。そして、最後に対彼ら用の自滅コードを中枢の奥深くにセットすれば……勝利は確定した。



 もう、彼らはどうにも出来ない。文字通り、彼らは手足をもぎ取られた頭でっかちである。



 肉体を持っていたならこの状態でも何かしらの行動を取れただろうが……まあ、取れた所で勝ち目は0だから、結果は同じではあるのだけれども。



 ……こういう時、肉体を持たず船などと一体化したブレインコンピュータは弱い。



 肉体を持つ個体に比べて反応速度を含めた諸々が桁違いに速く、痛覚なども意図的に遮断出来るので、ある一定のラインまでは強く成れるが……さて、だ。



(……ふむ、敗戦が濃厚になったから、安全圏に撤退するつもりか)



 敵戦艦の通信回線を利用して、衛星軌道上にて待機している彼らの動向を確認。顔を上げて確認してみれば……なるほど、一糸乱れぬ隊列だったのに、わらわらとばらけ始めている。


 どうやら、戦況に気づいた彼らは慌てた様子で撤退を始めたようだ。それも、互いが衝突する危険性を冒してでも、少しでも早く……だが、それを逃がす私ではない。



 ――私のレーザーバスターの射程距離は、衛星軌道上の彼らの母艦よりはるか彼方なのだ。



 断言しよう、『ボナジェ』は伊達ではない。いくらお遊びで作られたとはいえ、あの連盟種族が本気で遊ぶ為に作った身体だということを、忘れてはならない。


 地上に降り立った宇宙船より幾らか頑丈に作られて(おそらく、補強し続けて今の形になったのだろう)はいるようだが、私の前では大した違いではない。



 ――左腕を、宇宙へ。発射口を、敵母艦へ。



 方向、角度、距離を計算しつつ、敵艦の行動を予測。述べ、数億通りの予測ルートの中から、最も可能性の高いルートを選択肢……コンマの狂いなく、敵母艦へと発射した。



 ――地上からの、対艦砲撃。



 おそらく、退避行動を取っている彼らからすれば、馬鹿げた行為にしか見えなかっただろう。何故ならそれは、母艦に搭載された最大火力の主砲を用いても届かない位置に、彼らは居たのだから。


 だが……私の砲撃は、彼らの母艦を撃ち抜いた。


 それも、ただ撃ち抜いただけではない。エネルギーの減退がほとんど起きないその一射は、敵母艦の動力部のみを寸分の狂いなく撃ち抜き……完全に操舵不能の状態にした。



 ――エーテル・アンカー射出。



 そのままだと、外部からの助けが無ければ永遠に衛星軌道を回り続けることになる。


 せっかくだし、ナニカに利用出来るだろうと思いついた私は、右腕よりエーテル・アンカーを敵母艦へと発射……着弾確認。



(……射程距離が銀河一つ分あるアンカーとか、何処で使うんだよと思っていたが……まさか、使う機会が訪れるとはなあ……)



 エーテル・アンカー……それは、この宇宙に満ちているエーテルを原料にして生成し、射出するアンカーである。見た目は、半透明のロープに繋がったフックみたいな感じだ。


 私の体内には、そんな感じの未使用の武装が収納されており、必要に応じて構成して構築し、使用する事が出来る装備が、それこそ山のようにあるのだが……まあ、今はいいか。


 押し潰された大気の熱が赤い光となって、船体が輝いている。さすがに墜落時のソレで崩壊するような機体ではないらしく、ほぼ原形のまま落ちていく。


 その後方、母艦を見捨てて撤退しようとしている敵艦隊へと……駄目押しの攻撃を開始する。




 ――空間振動弾、発射。




 カシュー、と背中から熱気が噴いた直後。幾つもの光が、キラキラと瞬くような残光を置いていきながら敵戦艦へと迫り……それが、敵戦艦へと着弾した、その瞬間。



 ――音も無く、着弾した部分が抉れて消えた。



 正確には、着弾箇所より一定範囲を強制的に振動させ、分解するモノでで……強度が弱いモノに着弾すると、分子レベルにまで崩壊して、まるでその部分が消え去ったように見えてしまう、弾道弾である。


『ボナジェ』相手だと、牽制と目くらまし程度にしか使えないからとにかく撃ちまくっていたが……通じる相手だと、これを打つだけでほぼ勝てるから、こういう時は便利である。



 ……。


 ……。


 …………さて、そんな感じで交戦し始めてから、7分12秒後。



 非常用動力炉により辛うじて生存していた母艦の乗組員(全員、カプセルに収まった大脳だけれども)と、地上にて拿捕したした4機の戦艦と、降伏して武装放棄し、私の指示に従って降下した312機の戦艦。


 ……あ、いや、この場合、『隻』で数える方が正しいのか……でも、船というのも違うし……まあいいや。


 とりあえず、私は敵母艦が1、敵戦艦が316を手に入れ……此度の戦闘は、私の完全勝利という形で幕を下りたのであった。







 ――で、だ。



 無事に着地した母艦の中枢コンピュータもハッキングを終えて完全にシステムを掌握した私は、勝手知ったるという感じで母艦の中に入り……彼らが納まっている格納庫へと向かう。


 母艦の内装は、一言でいえばメタリックな空間であった。とはいえ、それは艦内が銀色だとかメタル色だとか、そんな話ではない。


 内装が、生物なり何なりが移動できるような作りになっていなかった。文字通り、必要なモノが必要な分だけ動ければ良いという感じの……そう、強いて言い表すのであれば、だ。


 艦内には居住スペースなどは一切なく、内壁の補強液や修理跡などから生じた有毒ガスによって、外部の生物は一歩も入れない状態になっていたのだ。


 まあ、彼らは安全でクリーンなカプセル内に居るのだ。外がどれだけ汚染されていようと、カプセル内がクリーンに保たれているならば、何の問題もないのだろう


 加えて、艦内をスキャンした限りでは、だ。


 彼らはどうも生存の為に肉体を捨てたのではなく、宇宙へ進出する為に肉体を捨てた可能性が高いように思える。つまり、あの姿に望んでなった可能性が高い。


 仮にそうなのだとしたら……宇宙に出て、それなりの月日が経っているのかもしれない。


 外部からスキャンを行った限りでは、彼らは宇宙船の中心部、あるいは重要部に集中して自らを格納している。幾つもの固いプレートを挟み、外部からの直接的接触は行えないようになっていた。



 ……だが、システムを掌握している私の前では無意味である。



 ごちゃごちゃと物資が置かれていた他のフロアとは異なり、ガランとして何も置かれていない広間……そこの、中心より少し離れた地点で、ローラーを止める。


 そのままシステムにアクセスし、格納庫の彼らを緊急開放する。『――可動開始、可動開始』途端、母艦内のネットワークにて反響するアナウンスと共に、床が開き……真っ暗な底より、彼らが納まったカプセルが幾つもせり上がって来た。



 ……そうして、私の前に姿を見せたのは……スキャンで確認していた通りの、カプセル内を漂う大脳たちであった。




『――強き者よ、私たちをどうするつもりだ?』



 その中でも、二回りほど大きなカプセル(中身も合わせて大きい)が有った。そして、真っ先に私に尋ねてきたのはソイツであり……すぐに、ソイツが彼らのリーダー的な立場である事が推測出来た。


 というか、その大脳だけは他と違っていたから、凄く分かり易かった。具体的には、ソイツだけ……眼球を二つ持ち合わせ、こちらを自力で認識出来ていたのだ。



『貴方の力ならば、我らを滅ぼすことは容易い。同時に、我らの助力など何一つ必要ではない事も……私たちで、何をしようと言うのだ?』



 その問い掛けは、おそらくリーダーだけではない。


 彼らは、彼ら自身は、ブレインコンピュータの役割も担っている。故に、眼前の彼の言葉は彼だけの言葉ではなく、その後ろに控えた者たち全ての問い掛けに他ならない。



「現時点では、何も。ただ、攻撃されたので迎撃したまでだ」



 なので、私は……一切を隠さず、そのまま答えることにした。



『迎撃……ならば、私たちはこのまま処分されるのか?』

「それならば、わざわざお前たちを生かした理由は無い。何かしら使えるかもしれないと思ったから、生かしたまでだ」

『……分かった。滅ぼされないのであれば、大人しく従う。だが、私たちは貴方の御希望に答えられないだろう』

「どうして、そう思うのだ?」



 率直に尋ねれば、『私たちが出来る事は全て、貴方が出来る事だからだ』率直に答えが返された。


 言われて見て……そういえば、そうだなと、納得する。


 現状、彼らが培ってきた『力』……この母艦から推測出来る科学力に、私が再現できないモノは無いと思われる。


 何せ、この母艦ですら、7日も有れば作る事が出来る。


 それはつまり、彼らが培ってきた技術の全てを結集して構築されたコレですら、私にとっては片手間で作り出せる程度のモノでしかないのだ。


 そう考えれば……確かに、彼らの言わんとしていることは理解出来る。私が仮に彼らの立場であったなら、意図が読めずに困惑するしか……いや、待てよ。



 ――その瞬間、私は頭脳ユニット内に閃きの……そう、雷鳴にも似た閃きが、キラリと瞬いたような感覚を覚えた。



 と、同時に、私は頭脳ユニット内にて仮想コンソール画面を開き……これまで培ってきた『亜人製造技術』と、この星の生態状況データを見比べながら、彼らの生態情報も合わせてゆく。


 彼らから聞く必要はない。そんなことをしなくても、彼らの母艦には、彼らの全てが納まっている。如何な暗号で秘匿されていたとしても……ふむ、やはり、な。



 ――想定していた通りの情報が、そこに有った。



 それは、彼らが培ってきた多岐に渡る様々な技術。溜め込んできた膨大な実験記録に加え、彼らが今の姿に至る……そう、彼らがまだ、肉の身体を有していた時代の、古きデータであった。


 おそらく……今では、記録として保管してあるだけなのだろう。


 その証拠に、それらに対する閲覧記録は全く無い。記録そのものが消去されているのかと思って確認してみるが……やはり、無い。


 彼らにとって、それらは所詮、数あるデータの内の一つに過ぎないということか……あ、いや、違うか、彼らは、そうなるしかなかったのか。



(……そうだよな。今の私ならば必要ならば何万年だろうと待機出来るが、普通は無理だ。『尾原太吉』のままで寿命だけが長かったら……時の流れに足が竦み、自死を選んでも不思議ではなかっただろうう)



 そう、宇宙は広いのだ。とてつもなく広大で……重力に縛られた者たちにとって、私のように『音』を拾えない者たちにとっては……あまりに静かすぎるのだ。


 誰もが、ちょっとした散歩感覚で隣の銀河に行けるわけではない。


 ましてや、連盟貴族のように、『暇で堪らんから宇宙作って遊んでくる』なんてやべぇ事など出来るわけがない。


 寿命に縛られた身体では、足りなさ過ぎる。連盟種族のような例外中の例外を除けば、基本的に……生物は、宇宙では長く生きられない。宇宙の尺度に、耐えられないのだ。



 そんな者たちが、宇宙に出る理由は二つ。



 一つは、母星が寿命を迎えてしまった者たち。


 もう一つは、宇宙に出られるだけの『力』を手に入れた者たち。



 彼らの場合は、前者だ。それは、ある意味では、宇宙において最も多いタイプであり……宇宙の尺度に適応する為に、切り捨てられるモノを全て切り捨てた存在でもあった。



 ……保存されている彼らのデータから推測する限り、彼らはもう……おおよそ、生物が持つ当然の感情は何一つ所持していない。



 基本的な喜怒哀楽も、他者を愛して憎む事も、子を成したい欲求も、異性を求める本能も……死を恐れる原始的な感情すら、彼らには残されていない。


 最初は、違ったのかもしれない。いや、違ったのだ。記録を見る限り、宇宙に出てきた当初の彼らはまだ生き物の形を成していて……感情を持ち合わせたまま漆黒の宇宙を旅していた。


 それはおそらく、孤独な旅だったのかもしれない。今の私にはよく分からないが、酷く退屈な日々だったのかもしれない。


 彼らが、どこか新たな永住の地を見付けられたのならば……まだ、違っていたのかもしれない。でも、それは所詮、もしもの話でしかない。


 彼らも……それは分かっていたはずだ。宇宙へと飛び立てるまでになった彼らの『力』を持ってしても、それは那由多の彼方を目指すにも等しい事であると。


 ……彼らが宇宙に出てから30年、50年、80年と時を経るに連れて……彼らは徐々に宇宙の広大さに適応し始めた。良くも悪くも、彼らは宇宙の冷たさに慣れてゆく。


 それは、ヤスリで少しずつ身体を削っていくような日々だったのだろう。いや、実際に……彼らは、身体を削って行った。


 自分たちが何の為に宇宙に出てきたのかも忘れ、何の為に新天地を目指しているのかも忘れ、只々生き長らえる事だけを考え、それに適応してゆき……何時しか、彼らは生存する事だけに特化し始めた。


 ……宇宙船(戦艦)という狭い世界でしか生きられない彼らにとって、争いは即絶滅へと繋がる。その恐れから、彼らは争いの元となる肉体を切り捨て始めた。


 それは、限られた資源を少しでも節約する為でもあった。と、同時に、捨て去った肉体と共に感情も捨て去り、必要最小限の部位だけを残し……最終的に、今の姿になった。


 それから、争いを生まない為に思考を連結し、全ての意志を統合して有事に当たる為に彼らは自らをブレインコンピュータに変え……そうして、今の体制を整えたのだ。



 ――故に、今の彼らには何も無い。有るのは、自分たちの生を長引かせることだけだ。



 先ほど逃げようとしたのだって、私を恐れたからではない。生存が危ぶまれる場合は逃げろという、大昔に彼ら自身が組み込んだシステムに従って、動いたまでなのだ。


 彼らは、死を恐れない。いや、何かを怖れるという感情すら無い。何のために生存するのかも分からないまま、彼らはこれまで幾つもの文明を滅ぼし、遂にはココに来た。


 資源が手に入る星を見つけては侵略して、支配して、資源を根こそぎ食い尽くすまで留まり、また新たな星へと旅立つ……只々それだけを繰り返し続けるだけの存在が、今の彼らなのである。



「……なるほど、これならやれそうだ」

『何か、思いついたのか?』

「ああ、今の君たちに適した、現時点では最適の運用方法だ」



 だが……言い換えれば、だ。



「君たちは今後、私が用意する『亜人』の制御を担ってもらう」

『制御……? ヤレと言うのであればヤルが、貴方の御期待に沿えるかどうかは答えられない』

「なに、心配する必要はない。余計なモノが何一つない君たちなら、肉の身体は実に気に入るだろう」



 私にとって、今の彼らの性質は……非常に都合の良いモノであった。







 ……。


 ……。


 …………それから、約41日後。



 あの時と同じく『スタジオ』を用意した私は、あの時と同じように準備をし、あの時と同じように亜人たちを並べる。その数は、あの時よりも少しばかり多い。


 そうして、あの時と同じく全ての用意を終えた私は、あの時と同じインターフェイスを動かし……あの時と同じように、擬似ディスプレイに浮かぶ己の姿を確認しながら、放送を始めた。

 


 『――やあ、久しぶりだな、人間の皆様。今日は貴方たちにお礼と、貴方達にとって有用な商品を用意した。ぜひ、時間を持て余している人たちは、このチャンネルを見ていてくれ』



 擬似ディスプレイに表示されている動画画面の右上に表示された、『Live』の文字。回線の手応えから、あの時と同じように無事に放送が行われているのを確認する。


 直後――回線が切られた。すぐさま確認すれば、規約違反という理由で自動的に遮断されたようだ。



 ……やれやれ、また同じミスをしたのか。



 あの時と同じように回線を繋ぎ直すと同時に、媒体側のシステムを掌握する――と、何やら物理的に電源を遮断しようとしたので、媒体(サーバー)が納まっている建物も掌握し、建物を完全封鎖する。



 ……これで、余計な邪魔は入らない。



 彼ら彼女らは実に仕事熱心だが、どうも空回りする傾向にあるようだ。何せ、規約違反していないというのに、一度目と同じ失敗を繰り返そうとしたのだから……まあ、仕方がない。




『――どうも、誤解したままのようだが……安心してほしい、私は何一つ規約に反した行動は取っていない。君たちの下に食料を送るから、それでも食べて少し休憩すれば、正しい判断が下せるだろう』




 こういう時、大人の対応をするのがベストだと、『尾原太吉』の記憶にもある。


 ネットワークを通じて仕事に従事している彼ら彼女ら宛てにピザとコーラとフライドチキンを200人前を注文してから……さて、と、放送を見ている者たちに思考を向けた。




 『――すまない、対応は終わった。只今より、商売を始めようと思う』




 ――まさか、例のアレをリアルタイムで直面するとは

 ――もしかして、またサーバーを乗っ取ったとか?

 ――あり得る(震え声)

 ――ガチの宇宙人に対抗するだけ無駄じゃね?

 ――相変わらず裸なんですね



 『――彼ら彼女らは、好感を抱くに値するぐらいに仕事熱心だ。しかし、どうにも私に対しては空回りしているようでな……安心してほしい、放送が終わるまでは遮断されないようにしてある』



 ――されないようにしてある(白目)

 ――当たり前のようにサーバー掌握して草

 ――サーバーどころか建物ごと掌握されてる

 ――何か関係者っぽいの出て来てない? 仕事しろよ

 ――建物全部の電源落としたら、被害はココだけじゃすまないけど?

 ――サーセン、それは無理だわ(笑)



 ふむ、前回とは違い、今回の視聴者数の伸び具合が桁外れだ。軽くネットワークを探ってみれば……なるほど、前回の放送がかなり話題になっていたから……か。



 『――今回、この場を借りたのは他でもない。以前に紹介した『亜人』の最終調整が終わったので、正式に派遣という形で商売を始めようと決断してな……これは、いわゆる通販番組というやつだ』



 その言葉と共に、擬似ディスプレイの左下に『番号』を表示する。問題が生じていなければ、この放送を見ている者たちのディスプレイにも表示されているはずだ。


 ……それは、火星に有るサーバーへのアクセス番号で、一見すると電話番号にしか見えないようにしてある。というか、使い方は電話番号のそれと同じ。


 譲渡された地上の土地に設置してある通信機を通り、火星への間に等間隔で設置した通信衛星を経由して、私の下に届く仕組みになっている。初見の人達でも一目で分かるように、考えた結果だ。


 当然、余計な妨害等が入らないよう、その番号にアクセスした際もそうだが、この放送を見ているモノに対して、カモフラージュが発動するように予め設定してある。


 具体的には、記録が全く残らないようにしてある。つまり、この放送を見ているという記録すら、媒体側の方には全く残らないのだ。


 なので、人類の現時点での科学力では、番号に連絡する瞬間を肉眼で確認しない限りは、私の通販番組を利用した……どころか、視聴しているのかどうかすら、調べられないようにしてあるのだ。



 ……と、いうわけで、だ。



 そういった諸々を先に伝える。もちろん、ジェイが示した三つの決まり事もしっかり伝える。私としても、必要もなくわざわざ人間たちを殺したくはないから、けっこう念入りに。



 『――と、いうわけで、注文の受け付けは最後に行う。プライバシーとやらは大事なようなので、必要時以外は購入者以外には見えないようにもしたからな、安心して購入するように』



 ――先手打ち過ぎてえげつなさ過ぎィ!

 ――これ、どうすんの?

 ――この場合、人身売買……人じゃないから、物品売買?

 ――生き物の販売は法によって定められているぞ

 ――でもそれ、人間相手だろ? 宇宙人を対象にはしてなくね?

 ――いちおう、条件をクリアすれば届出とか不要だぞ

 


 『――安心してほしい。亜人は全て特殊溶液の中で成長する。なので、法は犯していない。君たちが守るのは、愛護の精神を忘れずに、亜人を可愛がること……それだけでいい』



 ――マジで会話が通じないタイプの宇宙人怖いです

 ――人権家とか、この宇宙人相手にどう立ち向かうつもりかな

 ――無理でしょ、ダブスタな屁理屈が通じる相手じゃない

 ――あの意味不明な理屈で突っかかったらガチで殲滅されそう

 ――正しく、嫌なら買うな見るなっていうアレだね



 『――理解が深まったのならば、商売を始める。まずは、以前にも紹介した亜人だが……とりあえず、コレをみてほしい。今回は、♂と♀、両方を用意した』




 その言葉と共に、本体である私が、カメラの範囲内に商品となる亜人たちを誘導し、並べてゆく。


 今回は、前回とは違い見た目の年齢が分かれている。つまり、人間で換算すれば6歳から18歳ぐらいまでの、細胞の活きの良いやつだ。


 ……あの時よりも更に調整した亜人たちは、おそらく、あの時の亜人たちよりも整った造形になっているだろう。表皮などの表の部分も、臓器などの裏の部分も、共に。


 何せ、『美人』のサンプルモデルは地球上に幾らでもある。


 実物としても、データとしても……私には違いが分からないが、『尾原太吉』の記憶から判断する限りでは、どれもが思わず二度見してしまう出来上がりだ。


 ……けれども、あの時とは少しばかり違う事がある。それは、並んでいる亜人たちの表情に現れていた。



『――さて、見ての通り、新たに改良したり調整したりした結果、亜人たちには3パターンのバリエーションが生まれた。とりあえず、『Type-A』、『Type-B』『Type-C』と分けたので、順に説明しよう』




 その言葉と共に、私は新たに生まれた三つの商品の説明を行う。もちろん、製造過程の説明なんぞ誰も興味を持っていないから、大まかな部分だけだ。


 まず、『Type-A』は……前回見せた亜人たちの延長線&発展形。つまり、『大脳制御膜』によって完全に思考がクリアにされている個体であり、購入者の思う通りに染まる。


 この『Type-A』は、購入者に対して完全に従順な行動を取る。言い換えれば、購入者の手で教育なり何なりしない限り、必要最低限の行動しか取らないし、取れない。


 実際、『Type-A』と呼んでいる亜人たちは、ぼんやりとした様子で虚空を見つめるばかりで何の反応も示さない。当然だ、『Type-A』の中身は空っぽで、購入者と暮らすことで初めて自我を形成してゆくからだ。




『『Type-A』は異常を異常として認識しない。なので、予期せぬ不具合が身体に生じる場合があるので、定期的にメンテナンスが必要となる点が注意だな』




 ……次いで、『Type-B』は……『Type-A』とは異なり、既に知性を持ち合わせた状態である。また、購入者の使用している言語を、購入した時点で習得しているので、日常会話も可能だ。


 労働に関しても『Type-A』よりはるかに覚えが早く、場合によっては一般的な業務を完璧に遂行できるようになる。反面、『Type-A』のようには染まらず、自発的な行動を取ることがあるので注意が必要だ。


 実際、『Type-B』と呼ばれた亜人たちは、恍惚と揶揄される表情で「ご主人様、私たちを買ってください」と呟きながら、身体をくねらせて視聴者たちに媚びを売り始めている。




『『Type-B』は、とにかく購入者への関心を求める。何せ、からな。大脳調整膜の影響もあって、それらの反動から、調



 そして、三つ目は……。


『――『Type-C』に関しては、他の二つとは完全な別物だ。購入者の脳を移し替えることも可能な……つまり、脳以外の移植用だ。コレに関しては、派遣やレンタルではなく完全購入なので、値段が上がるぞ』




 ……亜人単体としてではなく、身体そのもの。文字通り、身体を移し替える為のスペアボディという意味での商品であった。


 私は、その『Type-C』の頭皮を掴み……カツラを剥がす。カメラに向かって、露わになった維持用の電脳と、それを覆っている透明なケースを見せながら……サッと、カツラを元に戻した。




『『Type-C』は教育しても自我などは発生しない。運搬用に最低限動けるだけだが……見ての通り、購入者の脳を移植することで、この身体に生まれ変わる事を可能としている』




 それは、言い換えれば……老人から子供に、男女が別の性に成ることも可能である。もちろん、手足や臓器だけを移植用として使う事も可能だ。


 なので、購入者の脳さえ無事であれば、『Type-C』に脳を移し替えて活動が可能である。上手くやれば、脳が寿命を迎えるまで、ずっと若々しい肉体で活動することだって可能だ。




『もちろん、移植に関しては私が行う。人間の技術力では、脳の移植はリスクが高すぎるからな』




 この三つが、私が正式な形で売り出す新たな『商品』であった。

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