第10話:化け物には化け物をぶつけんだよ(劇場版)
その部屋は、けして広いとは言い難い。と、同時に、非常に手狭というか……兎にも角にも、モノが溢れた部屋であった。
まあ、モノといっても、その大半は書物だ。それ以外に有るのは、小さな冷蔵庫に、小さなテレビ。空調設備に、テーブルの上へ所狭しに乗せられた、ゴミの山。
床には、そんなゴミの山から崩れ落ちたモノが至る所に散らばっている。整理整頓という言葉がこの部屋では存在していないのか、不潔としか判断し様が無い有様であった。
……で、だ。『空間結合』を使って、室内に入った私に対して。
「――やあ、エイリアン。お会いできて光栄だよ」
……対面した瞬間にそう話したのは、病を患った男であった。
スキャンをしてみれば、死因に至る病巣と思われる個所が全身に7か所。病巣とまでは行かなくとも、人体に有害な影響を与えているのが12か所もある。
……病人であることを自称していたが、事実だ。それも、かなり重度の病だ。
既に、病巣がもたらすダメージは自己回復の域を超えてしまっている。私が治療を行ったとしても、回復する可能性は0.02%程度。もちろん、後遺症を覚悟したうえでの、だ。
……痛みを軽減する類の薬を服用している。
視界センサーにて捉えたソレを手に取る。『ジェイ・バーデン』と記されたその紙袋には、他にも一日の服薬上限と、『痛み止め』に薬の作用に関する一文が記されていた。
(……人体に対して、強力な鎮痛作用をもたらす薬だな)
続けて、袋の中にあった錠剤もスキャンする。ほんの僅かばかり(ミリグラム以下の違いしかないが)差があるにせよ、どれも効能は同じ……服薬した者に対する鎮痛薬だ。
……見た限り、人体に与える影響は甚大だ。鎮痛作用の為に臓器に負担が掛かっているだけでなく、その影響は大脳にまで及んでいる。
おそらく、服薬を開始した時に比べて、使用量は増えていると考えて間違いない。
……なのに、肝心の鎮痛作用はイマイチのようだ。
いや、正確には、それほどの劇薬を持ってしても、痛みを完全に消せていない……と、判断するべきか。その証拠に、痛みを堪える為に全身の筋肉が硬直し、緩むのを繰り返している。
……痛みの影響から(病も原因の一つと思われる)まともに食事も取れていないのだろう。
脂肪量もそうだが、全ての数値が、眼前の男が命に係わるレベルで痩せ過ぎているのを明らかにしている。まだ餓死に至る程ではないが、いずれそうなるだろう。
……辛うじて、だ。
水分(または、栄養剤)だけは摂取出来ているようだが、足りていない。血液の濃度や全身の発汗量から考えて、軽度の脱水に陥っているのが分かる。
ネットワークから、眼前の男の情報を改めて集める。
名前は、『ジェイ・バーデン』。薬の袋に印字されているのと同じ名前だ。ネットワーク内の情報と照らし合わせてみたが……ふむ、同一人物とみて、間違いない。
病名は……いわゆる、『癌』と呼ばれているやつだ。
発見した時点で、ほとんど手遅れに近い状態だったらしい。
手術による延命治療は可能だったが、治療費が高額なのと、延命した所で病院に居る時間がその分だけ長くなるというだけという理由から、自宅療養を選択した……か。
ネットワークの記録を見る限りでは、身体的な部分以外では、生活に困ってはいないようだ。
かなり優秀なエンジニアだったらしく、資産運用とやらでこの先10年はのんびり暮らせるだけの預金を持っている。
現在は、雇ったヘルパーなどに身の回りの世話を任せながら、残り少ない日々を自宅で過ごしている……と、あった。
「――せっかく来てくれて申し訳ないが、貴女を持て成す為の用意は出来ていない。冷蔵庫にコーラがあるから、飲みたければ飲んでいいよ」
一通りの確認作業を終えた辺りで、男が……いや、ジェイが話し掛けてきた。
「気持ちだけで良い。私は飲食物を必要としないのだ。飲んでほしいと言うのであれば、飲むことは可能だが……どうしてほしいのだ?」
「……なるほど、無理に飲んでもらうのも変な話だし、いらないのならば、それでいいよ」
一つ頷いたジェイの額に浮かぶ汗……ふむ、相当な苦痛のようだ。
「では、本題に入ろう……と、思ったが、その身体では会話の継続が難しいと判断する」
――なので、私は……『亜人』たちを製造する際に開発したナノマシンを、専用の注射装置にて注入する。
掌より少し大きめのソレは、肌の敏感な赤子すら無痛のままに行える、密かな自信作だ。個人的に自慢したいぐらいの一品である。
「何、をっ!?」
「痛みを消すだけだ。病原が治癒するわけではないぞ」
薬液がジェイの体内に入り込んだ瞬間、その目が大きく見開かれた――が、すぐにそれが細まり……大きく、それはもう、肺の空気全てを吐きださんばかりの、大きなため息を零した。
「……凄いな、モルヒネでも使ったのかい?」
「いわゆる、ナノマシンというやつだ。モルヒネとお前たちが呼ぶソレが良いのであればそれも使用するが、どうする?」
「いや、これだけでも十分過ぎる。ありがとう、おかげで久しぶりに苦痛を感じずに済む……ちなみに何だが――」
「お前の病はもう治せない。既に、お前は死んでいないだけだ。お前の全細胞を根本から作り変えて良いのであれば、治すことは可能ではある」
ナノマシンにより痛みの軽減は可能だが、あくまで軽減するだけだ。亜人を作れるまでには至ったが、それが現時点での限界である。
……それに、只でさえ脆い人間の中でも、病死寸前の弱りに弱り切った状態の人間だ。
大脳へとアクセスし、感覚を遮断する……私がやったのは、それだけだ。
言い換えれば、ナノマシンでなくてもやろうと思えばやれる。仮に、対人間用の治療ナノマシンの開発に成功していたとしても、ジェイには投与出来なかった可能性が高いだろう。
サンプルとして譲渡された個体は基本的に健康体(私がそう頼んだせいでもある)なので、病を発症した個体に対するサンプルデータが全くないせいだ。
せめて、治療を始めたのが3ヵ月前……いや、2ヶ月前であったなら、ほとんど元通りにすることが……いや、無理だな、どう足掻いても眼球が10個ぐらい増えてしまいそうな……まあ、考えるだけ無駄だな。
「……俺は、後どれぐらい生きられると思う?」
スキャンしつつ『病体の情報』を収集していると、ジェイがそんなことを私に尋ねてきた。
「現時点での死亡推定時刻は、現時点より220時間11分後だ。苦痛が軽減されたことで、死亡時刻が伸びた」
なので、率直に告げた。「……分かるのかい?」すると、ジェイは困惑した様子で尋ねてきたので、「あくまで、推定だ」私はそう答えた。
「……なるほど。それじゃあ、このナノマシンとやらの鎮痛効果はどれぐらい続くんだい?」
「投与した時点から、50時間だ。とはいえ、活動中のナノマシンの稼働時間も個体差が生じる。おおよそ、45時間を経過した辺りで徐々に痛みが生じ始めると予告しておく」
ありのままを伝えれば、ジェイは何故か笑みを浮かべた。
「――なるほど。では、これで心置きなく話が出来るわけだ」
その言葉と共に、ジェイは傍に置かれた小さなテーブルに置かれたグラスを手に取り、一口飲むと……改めて、私へと向き直った。
……。
……。
…………そうして、時間にしてきっかり9秒の沈黙の後。
「――俺が貴女に提案するのは、チャットで話した通り、『亜人の派遣』だ。一切の仲介を挟まない、貴女が完全に管理する派遣業さ」
そう、ジェイは話を始めた。
当然、『派遣』に関しては既に私も認知している。既にネットワークを通じて『派遣』という言葉の意味と、その言葉が持つビジネスも把握している。
つまり、ジェイの語る『派遣業』の中身だ。
と、同時に、仲介を挟まない……全てを私が管理するという前提であるというのも……そのうえで知りたいのは、その部分。何故、『私が管理する』という前提を入れたのか……それが知りたかった。
「難しく考えなくていい。ただ、三つの条件を守るだけでいいんだ……一つは既に話した通り、仲介や中間を一切挟まず、貴女が全てを管轄すること」
「――ふむ、了解した」
「その際、亜人1人1人の状態をリアルタイムで常に把握しておくことが望ましい。つまり、契約に反する利用が成されているかどうかを常時監視しておき、違反した時点で制裁を行える状態を保っておく」
「――ふむ、それで?」
「二つ目は、違反者への徹底的な厳罰だ。派遣した亜人に対して契約外の仕事や危害を加えた時点で、それは貴女への敵対行為に他ならない。相手はそれらしい屁理屈を並べるだろうが、無視して厳罰を与えるべきだ」
「――なるほど、理解した」
「もちろん、注文した……『亜人』をレンタルした者が使用した際に生じる破損は仕方ない。そこらへんは個別に判断するか、予め契約書などに用途を明確化しておき、それ以外の使われ方をした場合などの条件を後付すればいい」
「――理解……厳罰の内容は?」
「亜人が負傷……意図的な損傷が起きた場合、罰金を科す。その際、逃亡したり誤魔化したりして逃げたのであれば、その者が保有している財産を貴女なりに換金して徴収すればいい。もちろん、死亡した場合は、相応に高額にすることを忘れてはならない」
「――ふむ、その場合――」
「当然、契約者以外の……第三者の手で破損なり死亡させた場合は、その者に厳罰を与える。人権だとか社会規範だとか色々言い訳をするだろうが、一切許してはならない。徴集する金が無ければ、その者が所属する団体なり組織なりに請求する」
「――組織に、か? 当人ではなく?」
「そうだ。ただし、あくまで所属している団体や組織だけ……また、一切の繋がりが断たれ、今後も関係が繋がらないと判断しても、その者の助命なり手助けなりした者が出た時点で、その者やその者が所属する団体や組織から財産を徴収する旨を徹底的に告知しておく」
「――おお、なるほど。連帯責任というやつだな」
「まあ、似たようなモノだよ。もちろん、手助けした者の言い訳にも一切耳を貸さず、保有している財産から徴収して……で、三つ目は、『利用者への迫害を行った者を、徹底的に排除する』んだ」
そう言い終えた直後、ジェイは……ニヤリと、笑った。
「――排除? その意図は?」
意味が分からずに尋ねれば、ジェイは「なーに、簡単なことさ」そう言って……ニヤニヤと笑った。
「貴女も自覚している事だと思うが、現在の人類では貴女を排除することも隔離することも不可能。故に、そんな貴女に対して出来る事は……貴女が提供する『商品』を求める者たちへの、強烈なレッテルを張りつける事だ」
「――意図が不明だ、説明を求める」
「難しく考える必要はないよ。ただ、『貴女から商品(亜人)を買う事は悪で非道である』と広めることで、貴女の客を減らそうって魂胆だよ。おそらく……いや、ほぼ間違いなく、その手で貴女の商売を邪魔しようとするだろう」
「――何故、妨害するのだ? 国家や企業ではなく、個人が……何故?」
「立場によって理由は異なる。もちろん、全てがそうではないし、国民性も関係してくるけど……」
その言葉と共に、ジェイは少し沈黙した後……指を一つずつ立てながら、簡潔に説明してくれた。
国家――目先の利益だけを考えれば賛成するが、長い目で考えられるならば、ほぼ拒否する。貧富の差が拡大するばかりか、雇用の受け皿が軒並み『亜人』に奪われかねない事に強い危機感を覚えるだろう。
企業――これは企業によって明暗が分かれるので一概には言えない。ただ、業種によっては雪崩のような連鎖倒産が起きかねないのもあれば、これによって多大な利益が生まれる業種もあるので、半々に分かれるだろう。
「おそらく……というより、ほぼ確実に激しく反応するのは、国家でも企業でもなく、国民……つまり、個人だろうね」
そして――最も反応するのは、この三つ目だろうとジェイは告げた。
……そう言われた瞬間、正直に言えば……私は、ジェイの言葉を上手く理解出来なかった。
何故なら、意味が分からないからだ。
麻薬を始めとした、人体への有害性が強いモノであるならば、分かる。あるいは、武器弾薬を始めとした、管理し切れない闘争専用の道具が売られるという話であるならば、そういった行動に出るのも理解出来る。
国家からすれば、そんなモノが広まれば百害有って一利無し。
既に広まっているならばまだしも、その前段階であるならば、流通を止めようと動くのは何ら不自然な話ではない。仮に私が国家を運営する立場になったら、武器弾薬の一切を排除するだろう。
他にも、企業の考えも何となく分かる。
私の場合は損益に拘らず、『商売』という行為そのものが重要であるうえに、人件費なども全く考慮する必要はないが……人間たちからすれば、『亜人』の使用にメリットが上回るのであれば、飛び付くのは必然。
しかし、これを個々人として考えた時……いくら考えても、私にはよく分からない。
『亜人』の使用が嫌ならば使わなければ良いわけだし、危険性は皆無だ。信用するしないは個々人の勝手だが、だからといって、購入する者をどうして個人が攻撃するのか……いったい、どういうことなのだ?
(『尾原太吉』の記憶……分からん。『尾原太吉』の記憶には、参考となるデータが全く無い……困った、本当に困ったぞ)
頭脳ユニット内に収まっているマニュアルも片っ端から開いてゆくが……やはり、無い。国家や企業が妨害に動く……という部分に近しいモノはあるが、個人が妨害に動くというのは……むむむ!
「……何度も言うけど、そんなに難しく考える必要もないし、わざわざ理解する必要はないよ。理解出来ない事を無理に理解しようとする必要はない」
掛けられたその言葉に、視線を向ける。「とにかく、レンタルした者への迫害に罰則を与えれば良いから」続けられたその言葉に、そういうものかと納得する。
……とりあえず、ジェイの言う守らなければならない三つ。
一つは、仲介や中間を一切挟まずに私が管理を行い、商品である『亜人』の状態を常時監視しておくこと。その際、誰が違反したのかも常時確認しておく。
これは、簡単だ。『亜人』の眼球等に極小カメラでも搭載しておいて、契約外の行為が成された際、その者を自動的に認識し、記録してデータを送るようにしておけばいいだろう。
二つは、違反者への厳罰。これはレンタルした者だけでなく、亜人を破損させたり死亡させたりした者への罰金であり、如何な理由であろうとも強制的に徴収する。
契約に応じた用途によって生じた破損は仕方ないとして、厳罰を与えるのは契約外の使用を行った時。その際、行った者を庇ったり手助けしたりした者が現れれば、その者に対して徴収を行う。
三つは、客への迫害……遠回しで意味不明なやり方ではあるが、私への妨害行為の延長線だと判断出来る。これに関しては、理解は出来なくとも、何処までがそれに該当するかを追々考えなければならないだろう。
……。
……。
…………で、だ。
「……俺からの話は以上だ。活用するも良いし、活用しないのも貴女の自由だ……ただ、何かしらの参考にしてくれたら幸いだよ」
言葉通り、話はコレで終わりなのだろう。
考え込む私を他所に、ジェイは大きなため息と共にそう言い終えると……身体の力を抜いて、緩やかに目を瞑った。
……。
……。
…………スキャン、出血等は無し、呼吸は安定。血圧、心拍数、脳波、体内水分量、全て安定。
血中内における疲労物質と呼ばれているタンパク質が、先ほどより増加傾向にある。命に別状はないが、これ以上の応答は負担が掛かり過ぎると判断するべき、か。
まあ……ナノマシンによって苦痛が消えているとはいえ、衰えた身体はそのままだし、落ちた体力も戻ったわけではない。
何せ、人の身体は脆い。何時、予測が外れて昏睡状態に陥るかは私にも不明だし、行動一つ変わるだけで推定時刻が変動するぐらいに彼は弱り切っている。
――火星に戻るか。
そう判断した私は、『空間結合』にて火星への道を作る。と、同時に、今後の『商売』について思考を巡らせながら……そういえば、と、目を瞑っているジェイへと振り返った。
(どうして彼は、枕の下に銃を忍ばせているのだろうか?)
尋ねる前に彼の体力が限界に来てしまったから、致し方ない。
気にはなるが、疲れている彼を起こすわけにはいかない。彼なりに、そういう理由があるのだろうと判断した私は――火星へと戻るのであった。
……。
……。
…………それから21日後。
火星に戻った私は、それまでと同じく『亜人』の生産を続けていた。もちろん、ただ増やすだけではない。
先日の放送にて、様々な用途で使用される可能性が有ることが分かったので、様々な用途で使用出来るように改良した『亜人ver.2』の調整を行っていた。
この『亜人ver.2』は、肉体の基本スペック(容姿を含めて)こそ従来の亜人とほとんど変わらないが、その代わりに傷や体力などの回復能力を飛躍的に向上させている。
どのような意図で使用されるかは不明だが、兎にも角にも一度や二度の使用で動けなくなるのは論外だ。また、ちょっとした事で壊れてしまえば、『商品』にならない。
何せ、 ベースが人間だ。その耐久力はナノマシン等による底上げが成されたとしても、程度が知れている。
だから、それ故の回復能力の向上である。
本当は筋力なども底上げしたいところだが、人間と同サイズを維持したままでは向上出来る限度が小さいのだ。
体格を男女共に3メートル前後の四足歩行にするならば、従来の亜人の約5.6倍近い機能を確保出来るのだが……まあ、そうすると逆に扱い辛そうだし、これで良いのだ。
――さて、この『亜人ver.2』。改良自体は比較的スムーズに事が運んだのだが、その調整中、予期していなかった問題が一つ生じた。.
とは言っても、その問題は『亜人ver.2』に関する事ではない。
問題が発生したのは、亜人たちの製造を行っている『生体プラント』から、直線距離にして1260km先にある、湖の畔(ほとり)。
――通称、『サバアマ』
そこは、言うなれば火星における自然公園みたいなものだ。あるいは、野に放たれて野生化した個体が辿り着く場所だろうか。
基本的に放置してはいるが、生態系のバランスが崩れていないかは定期的に確認している。故に、そこは多種多様な生物が弱肉強食を繰り広げている。
地球上で例えるなら、サバンナとアマゾンが混ざり合ったみたいな環境(だから、サバアマと名付けた)となっており、ある意味では生物の動物園、生態系のカオスとも言う事が出来る場所でもあった。
……で、だ。
そんな、火星の自然公園である『サバアマ』に……問題が生じたのは、現時刻より7時間22分45秒ほど前。問題は、火星の外……宇宙空間よりやって来た。
……結論から述べるのであれば、来たのだ。何がって、『宇宙人』が、だ。
それも、只の宇宙人ではない。いや、ある意味では宇宙人である私が、只の宇宙人ではないと判断するのは変な話なのかもしれない……まあ、話を戻そう。
その『宇宙人』は、いくつもの宇宙船に乗って火星に降り立った。
とはいえ、降り立ったのはあくまで乗り物であり、搭乗している『宇宙人』は一体もその姿を見せなかった。
どうしてか……それは単に、やって来た『宇宙人』たちは肉体を持っていなかったからだ。言っておくが、比喩というやつではない。
……特殊な溶液で満たされたカプセルの中を漂う存在。大脳と、名残のように伸びる神経節と、新たに発達した触手のような手足。
具体的に言い直すのであれば、彼ら(便宜上、そう呼ぶ)の身体は『非常に発達した大脳』である。タコのように触手が付いた大脳……を、想像したら分かり易いだろうか。
もちろん、普通の環境ではそんな身体では生きられない。
おそらく、元々は彼らも肉体を持っていたと思われる。その果てに、不要と判断して切り捨てる事で大脳そのものを発達させ、宇宙に進出してきた種族だと思われる。
……深くスキャンをして見た限りでは、だ。
特殊な溶液で満たしたカプセル内を漂う彼らは、互いだけでなく宇宙船そのものとも強く結びついている。つまり彼らは、宇宙船そのものと一体化した、ブレインコンピュータでもあるわけだ。
……で、話を戻そう。
そんな生物(と、呼べば良いのかはさておき)を乗せた宇宙船が火星に降り立ってから、7時間23分12秒後の……つい、先ほどのこと。
大地に向かって垂直に落とされたドリルの如く、がっちりと突き刺さったらせん状の宇宙船が……50機。傍から見れば、大地を掘り起こす巨大な円錐のバネに見えただろう。
その外壁の一部が、解放された。直後、内部より飛び出したのは……機械のみで構成された、大量のロボットであった。
ロボットの造形は多種多様であり、大きさもバラバラ。小さいのでは1メートル前後だが、大きいのは20メートル近い……おそらく、用途に合わせて特化した結果、様々な形になっているのだろう。
その証拠に、大きなやつは湖へと向かい、水を内部のタンクに取り込んでいる。小さなやつは狩人の役目があるのか、逃げ惑う動物たちを次々に捉えては、宇宙船内部へと運んで行っている。
そこに、例外は無い。一糸乱れぬ……とまでは言い過ぎだが、定められた役目を十全に果たし、目的を遂行しているのが私の位置からも確認出来た。
……。
……。
…………うむ、これは、間違いない。
(まさか、『侵略者』がこんな場所にまで来るとは思わなかった……)
彼らが行っている、資源回収作業の状況を確認しながら……私は何だか感慨深い気持ちになった。
――『侵略者』。それをどう呼ぶかは星々や種族ごとによって異なるが、意味合いはだいたい読んで字の如く、である。
目的はこれまたそれぞれ異なっているが、実際の所は、だいたいは同じである。
すなわち、降り立った星々の『資源』を回収し、自分たちの勢力を増やす為の燃料にする……それだけである。この『資源』は、侵略者の性質によって違う事が多い。
ある侵略者は大量の水を、ある侵略者は大量の食糧を、ある侵略者は大量の鉱石を、ある侵略者は燃料となる資源を。
生態系を崩さないように必要な分を、取れるだけの分を取って行く慈悲深いなやつもいれば、生態系どころか何もかもを根こそぎ奪ってゆくやつもいる。
(……ふむ、この地の生物たちでは勝ち目は0だな。総力を結集して、ロボットを一体でも破壊出来れば大したモノだな)
今回の場合は……後者だ。
疎い私から見ても、彼らのやっていることに慈悲深さは感じ取れない。視線を上げれば、火星の衛星軌道上に同型の宇宙船が……4000機ほど待機しているのが見える。
どうやら、この地に真っ先に降り立ったのは尖兵のようだ。
見た所、降り立った宇宙船たちの装備は衛星軌道上のそれらに比べて頼りない。と、同時に、武装や装甲もそうだが、スキャンにて確認出来るエンジンの出力が低すぎるように思える。
(アレは……ふむ、エン・グルス機構エンジンか……私の『バニシング』の、おおよそ0.0000000002%ぐらいの出力しかないやつだな)
頭脳ユニット内のマニュアルから調べられないかなと思って探ってみれば、やはり有った。あのタコはおぞましいし、やる事は本当に抜けが無いのが怖い……が、今はいいだろう。
……さて、少し気になる。
最悪、捨て石にした場合の損害を考えてか……あるいは、アレだけで此処を制圧出来ると判断した結果のソレか……それとも、擬態か……いまいち、判断し辛い。
現状、把握している情報が事実であると仮定した場合……前者二つなら、幾らでも出来る。厄介なのは、彼らが擬態をしていて、私の戦力を上回っていた場合だが……確証はまだ得られていない。
(先ほどから信号を送っているが、どうにも反応が悪いというか、弱いというか……もしや、人間たちと同じパターンか?)
とりあえず、現時点で分かっているのは、アレが『連盟種族』ではないということと、『ボナジェ』ではないということ。そして、こちらに対して高確率で敵対行為を取ってくる可能性が――あっ。
――宇宙船内部の出力増大確認――主砲か?
――ターゲット逆探知――私ではない?
――砲撃装置確認――軌道計算
――出力集中確認――着弾位置予測
――砲撃装置に高熱確認――発射
――弾道確認――回避行動必要無し
――軌道確認――着弾――衝撃確認
――着弾位置――各種施設への被害は――あっ
「あっ」
思わず、声が出た。
どうしてかって、それは宇宙船より放たれた主砲が、よりにもよって……そう、よりにもよって、諸々の予定地として前々から整備していた区画……そこに置いてあった設備へと着弾したからであった。
センサー範囲を広げて確認すれば、設備の……うむ、駄目だな、アレは。
パッと見た限りでも、新しく作り直した方が手っ取り早いぐらいに酷い有様だ。
直撃したのは例外なく融解しており、そうでなかったやつも、主砲(要は、レーザービームだ)の熱で変形している。
とりあえずスキャンしてみれば、案の定……主砲より広がった電磁波によって幾つかの精密機器に異常が見られ、使用するには不適当な状態になっているのが分かった。
……これは、私の失態だ。
磁場と大気が形成されたから、放射線に耐えうる防御機構を組み込む手間を面倒臭がったのが悪かった。こんな宇宙の辺境に侵略者など来ないだろうと手を抜いていたのが、仇となってしまった。
……まあ、悔やんだ所で致し方ないことだ。
あの程度の設備であればまた作れるし、既に設計図は構築済みだ。時期が遅れてスケジュールが乱れるだけ、それ自体は幾らでも調整出来る……それよりも、だ。
(あそこには、幾つかの商品に組み込むためのジェネレータも置かれていた……おそらく、そこから発せられている次元波長から、高エネルギー体だと誤認識したのだろう)
状況から考えて、先手必勝というやつか。
侵略者なのだから、行動としては正しいのだろうが……それを見て、私は確信を得た。彼らは擬態しているのではなく、アレが全力なのだということを。
(連盟種族の存在を把握出来ていない種族と確定。そして、敵対行為を確認……明確な攻撃と確定)
宇宙には、暗黙のルールが幾つかある。それは主に連盟種族に対しての禁止事項なのだが、その中には……『先制攻撃は極力避けるべし』という鉄の掟がある。
それが出来た理由は、ただ一つ。
相手が弱くて逃げるしかない場合であれば有効だが、中には居るのだ。連盟種族のように、『なんか蟻がわちゃわちゃ騒いでいるなあ』という程度の感覚で気にも留めていないやつが。
相手が私の存在を認識し、勝てると判断したうえでの決断であるならばまだしも、気付かぬうちにやらかせば最後……絶滅待った無しである。少なくとも、ある程度の『力』を得た種族は絶対に先制攻撃はしないのだ。
……ていうか、よく有る事なんだよなあ。
宇宙の怖さを知らないまま周辺宙域の星々を占領して増長し、意気揚々と支配宙域を広げ……うっかり連盟種族に戦いを挑み、母星どころか種族ごと一瞬で絶滅させられるって、もはや宇宙の様式美である。
――さて、と、久々の戦闘だな。
とりあえず、攻撃を受けた。それも、一方的に。そして、相手は……少なくとも、宇宙へと進出し、侵略を行えるだけの『力』を有している……ふむ。
これならば、セーフティは発動しない。
人間だと弱すぎてどれほどに手加減した所でセーフティが発動してしまうが、相手は同じ宇宙人。それも、宇宙を行き来する『力』を秘めた……宇宙戦艦と、その軍団。
――『外敵』として分類。命令阻害因子として、排除開始。
そう、結論を出した私は、普段は抑えている『バニシング』の出力を開放しながら……ローラーを回転させ、侵略者たちの……宇宙船へと向かうのであった。
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