第九話の裏: 苦肉の策




 そこは……アメリカのとある州にある、地図には記されていない施設。



 極々一部の関係者にのみ詳細が回され、建設に関わった者たちは死ぬまで口を閉ざし、施設の維持費として回されている予算すら表向きは存在していない。


 だが、存在はしている。100にも満たない者ぐらいしかその詳細を知らなくとも、その施設は確かに存在している。


 外部と切断されても独立稼働を可能とし、シェルターとして活用できる。非常食も置かれたそこは規定人数いっぱいでも半年は生存を可能としており、核ミサイルの直撃にも耐えうる構造となっている。


 当然、武器弾薬も保管されている。その機密性ゆえに常に最新装備が揃っているわけではないが、述べ2000人の装備一式と、薬などの物資も使用可能な状態に保たれていた。



 ……で、だ。



 その施設が有るのは、見渡す限り地平線が続いている荒野の中、ポツポツト点在している小山の麓に取り付けられた……岸壁に偽装された鋼鉄の扉の奥だ。


 そこは……表向きは記録に残されていない、極秘。三重にて守られた扉を進み、様々なフィルターによって完全な秘匿が守られた、その施設中へと進み……地下へと降りる。


 本来、そこには最低限の人員しか置かれていない。基本的に秘匿されている施設故に、そもそも外から見つかり難い場所故に、待機人員用の設備を除けば、メンテナンスすら年に1回するぐらいで済むからだ。


 けれども、その日……その施設は、使用された。建設されてから使用されたのは、実の所これが初めてであった。死蔵されていたモノを使う機会に恵まれた……と考えるには、あまりに楽観的だろう。


 何せ、その施設が使用されるに至る理由は色々と考えられるのだが、共通するのは……アメリカの存亡に関わる事態が起こっているという事であるからだ。


 実際、今日、この日。施設が利用されるに至った理由は、『彼女の監視網に引っかからない場所』が、ここしか思いつかなかったからだ。



 ――『彼女』は……いや、彼女と称するのが正しいのかどうかすら分からないが、彼女の力は強大だ。



 アメリカが総力を結集して生み出した機械科学では全く歯が立たない。それどころか、世界中に張り巡らせてあるネットワークを気付かぬうちに利用され、逆にこちらを監視している節すら見受けられる。


 故に、隠れなければならない。本来であれば人類の力となるネットワークが、完全に裏目となっている現状……これまでの人類がそうしてきたように、アナログな手段を取らざるを得なかった……というわけだ。



 ……三重の扉を通った先に有るエレベーターを使って、下層へ。



 そこは、専用の通信機を使用しなければ地上との連絡が行えない場所。電磁パルスによる攻撃はもちろん、盗聴も不可能な場所でもある。


 武装した56名の特殊部隊出身の兵士などが順々に通路を守る最中……その、最奥にて設けられた会議室には、極秘の連絡を受けて集まった(集められたとも言う)十数名の人物がいた。


 彼ら彼女らはアメリカという国に留まらず、世界各国に多大な影響力を持つ者たちであり、派閥を超えて人を動かす事が出来るだけの権力と資産を有している者たちでもあった。


 そんな者たちが、誰一人言葉を発することなく円卓にて席に座り、眼前に置かれたタブレットに表示された動画を見つめている。



 その動画に映し出されているのは……裸の女性だ。だが、只の裸の女性ではない。



 その動画は、つい先日、世界中で利用されている動画通信サービスの最大手の一角として提供されている、とあるSNSに投稿され、今も物議をかもし続けている……問題の動画であった。


 その問題の動画を、アメリカを動かしている者たちが真剣な眼差しで見ている。そこに、欲情の色は欠片も無い。


 男も、女も、例外なく真剣な眼差しで見ている。そこに含まれている感情の色はそれぞれ異なるが、共通しているのは……危機感。それと、抑えようとしても抑えられないほどの……底知れぬ不安であった。



「――私の意見を率直に述べる。このまま行けば、我が国(アメリカ)は20年と持たずに『彼女』……いや、メタルガールの手に落ちるだろう」



 誰しもが言葉を失くしている最中、汚泥に満たされているかのような沈黙を破ったのは、その中の1人。地底より噴き出した気泡のような頼りなさではあったが、確かに……硬直していた空気を動かした。



「既に、かの国はメタルガールに飲み込まれた。影響は、多大だ。かの国にあった工場の13%が停止し、述べ数千万にも及ぶ失業者が出ると予想されている」



 そして、その気泡を発した人物こそが……様々なパワーバランスがあるにせよ、アメリカという国を動かす政治のトップに立つ男……大統領(プレジデント)であった。



「並びに、周辺国への影響も甚大だ。メタルガールが販売している物体……通称『ミラクル・フルーツ』によって、一部では壊滅的な被害が生じている」



 チラリ、と。


 大統領の視線が円卓に座る者たちへと順々に向けられる。「14と15ページ目を見てくれ」促されて、タブレット内に保存されている資料の14ページ目を開いた者たちは……みな、一様に顔をしかめた。


 その資料には、『ミラクル・フルーツ』の詳細と、それによって起こった影響が記されている。その中で、この場に集う者たちの注意を何よりも引いたのは……フルーツによって、『中東の麻薬組織が壊滅的な被害を受けた』という一文であった。


 一見する限りでは、それはとても良い事だろう。麻薬組織が壊滅するということは、新たな被害者が出ない事に他ならないからだ。



 だが……実際には、そう簡単な話ではない。



 ポッと湧いて出てきたばかりの組織であるならば、そこまで問題視することはない。しかし、此度の調査にて被害を受けているのは……歴史だけを見れば、100年近く続いている組織なのだ。



 これは、非常に由々しき事態だ。



 何せ、組織というのは長くなればなるほど、様々な分野に手を伸ばし始める。特にそれが、麻薬という表舞台に立てない商品を売り捌くのであれば、なおさらだ。


 件の組織も、他と同じく様々な分野に手を伸ばしている。


 まあ、それは合法的に、社会的な立場を得る事で国から潰されないようにするという意味合いもあるのだろうが……話を戻そう。


 問題なのは、その組織が潰れる事で、その組織が関わっていた様々な企業にまで及ぶということ。


 100年に渡って経済の一端を支えていた組織がダメージを受けたのだ。表向きは真っ当な商売を行っていた分、その影響は目に見える形で……表に表れてしまっている。


 今はまだ……社会不安という形で収まっている。だが、これが何時爆発して、内戦に似た状況に陥るか……それを、アメリカは危惧しているのだ。


 何故なら、中東にもあるように、アメリカにもまた……麻薬組織があるからで。中東で起こっていることはすなわち、いずれはアメリカで起きる可能性が非常に高いからだ。



「既にご存じの通り、『メタルガール』の影響は無視できない規模になっている。今までは何とか秘匿する事が出来てはいたが、昨日の……SNSへの登場によって、それも不可能となった」



 大統領の言わんとしていることは、改めて語られなくても、この場に集まっている誰もが理解している事であった。


 それは、前代未聞の事件であり、間違いなく歴史に名を残す大事件でもある。何せ、宇宙人が自らの姿をSNSに晒したばかりか、コミュニケーションを取ったというのだから。



 ……ただ、それだけで終わったのであれば良かったのに。



 誰も、その言葉を口にはしなかった。しかしそれは、誰もが思った事であった。何せ、メタルガールと呼ばれる存在は……今の人類にとって、手に余るどころではない、何が起こるか分からない劇物でしかないからだ。



「……メタルガールの目的は、何だと思いますか?」



 弱気にしか取られない……そんな大統領の言葉に答えたのは、高官の1人である初老の男であった。


 彼は、アメリカという国において主に諜報に関する分野を統括している。派閥や敵対勢力の関係上、さすがに全てを把握出来ているわけではないが……各国の実情を正確に把握している人物の1人だ。


 そんな彼にとって、ある日突然……数年前にいきなり姿を見せた『メタルガール』という存在は……今もなお、理不尽が形となって現れた存在としか思えなかった。



 ……メタルガールが、『商売』という行為に拘っているという報告は、彼も受けていたから把握は出来ていた。



 それは、『常に行動し続けなければならない』というメタルガールの制約を利用して、人類に直接的な攻撃をしかけないように誘導した結果だということも、報告を受けて理解していた。


 だからこそ、その恐ろしさを彼は正確に把握していた。


 無限の資金と資源を背景に、物理的な妨害が不可能な存在が行うビジネス……その恐ろしさを、彼は正確に認識する事が出来てしまった。


 メタルガールが生み出す『商品』が、ガラクタであるならば良かった。


 それならば、静観こそすれ危機感は覚えなかっただろう。物好きが買うことはあっても、世界市場を荒らすような結果は、間違っても引き起こさないと分かっていたからだ。


 だが……最悪な事に、メタルガールが生み出す『商品』は、人知を超えていた。希少な資源ですら自由自在に生み出すその能力を、甘く見過ぎていた。



「……報告から推測する限りでは、目的など無いのだろう。強いて挙げるならば、『商売』そのものだと私は愚考する」

「やはり、そう思われますか?」



 その結果……国が一つ、没落した。ポツリと呟いた彼の言葉に……この場に座る高官の返答に、彼は……やるせなく肩を落とした。



 ……メタルガールには、主たる目的がない。つまり、ゴールが無い。



 それ故に、幾らでも、何でも、思いついたモノを作ってしまう。それが如何に倫理を穢す非道なモノであろうとも、メタルガールは欠片の罪悪感も作り出すだろう。


 例えば、そう……件のSNSで発表されていた、『人の形をした生命体の使い道』が、ソレだ。



「……例の、亜人とやらが……仮に販売される事になったら……」



 ポツリと、その疑問を……いや、問い掛けを零したのは誰であったか。自然と、その場に居る者たちの視線が動いたが……その続きを発したのは、別の人物であった。



「コストとリターンにもよるが、間違いなく企業は動くだろう……特に、人材派遣の会社は、な」

「……単純作業ならば、幾らでも使い様がある。どれだけの技量を持った『人間擬き』を用意出来るかは分からないが、仮にそれが可能となったら……」

「事は、アメリカだけではない。世界規模の、爆発的な勢いで失業者が市場に溢れるだろう」

「その件に関しては、責められん。十分な賃金と保障を用意出来る企業など、そう多くは無い。それをやって市場で勝ち残れるならば、何処もやるさ」

「どこか一社が複数人取る程度なら問題はないが……世界中の企業がそれをやり始めたら……想像するだけで、憂鬱だな」

「パイの大きさと枚数は決まっている。パイを得る為には相応の対価と払う必要はあるが……その対価を減らせるとなれば、どこも飛び付くだろう」

「どうする? 新たに法令を出して禁止するかね?」

「それは下策だ。妨害行為だと判断される可能性が高い。行動理由が『人類という敵対勢力の殲滅』に移行してしまった場合、我らにメタルガールを止める手立てが無い」

「……果たして、そうか?」

「なに、どういうことだ?」

「本当に、止める手立てはないと思うか? こちらが勝手に怯えているだけで、やろうと思えばやれる相手ではないのか……そう、私は思うのだよ」



 何気ない呟きが、暗がりのように忍び寄る沈黙を晴らすキッカケになったのか……誰も彼もが、ポツリポツリと閉じていた唇を開き始めた。


 その中で、1人。暗に『抹殺』を臭わせる発言をした者の視線が……円卓に集う者たちの内、軍服を身に纏っている者へと向けられた。



「……軍を統括する者の立場として言わせてもらう。リスクは、非常に高い……いや、限りなく100%に近いと判断せざるをえないだろう」



 それに対し、視線を向けられた軍服の……は、言わんとしている事を察したうえで、一切の誇張なく事実のみを告げた。



「皆様方の疑念は、私たちとて当初の頃から考えていた。そのうえで、私たちは既に動いていた」



 その言葉に、ざわっ、と。暗に促した者もそうだが、それを知らなかった大統領も息を呑む。「……責任は、後ほどに」それらを横目に、軍服の……は、深々と吐いた溜め息と共に、詳細を語り出した。



「結論から述べよう……現状、私たちの科学力を持って作り出した武器で、メタルガールを倒すことは不可能である」



 一斉に向けられる、厳しい眼差し。その中でもひと際強い、大統領より向けられる厳しい視線……当然だ。


 軍服の……がやったことは、法に縛られ、法の下でコントロールされていなければならない軍隊が、独自に……それも、自らの武力を行使したと自白したも同じなのだ。



「……根拠は、あるのかね?」



 けれども、この場の代表でもある大統領は、その怒りを呑み込んだ。今は、そんな小さい事に構っている場合ではないと判断したからだ。



「……以前、現地人、いえ、現地の組織を利用し、メタルガールの殺害を計画し、実行に移しました。結果は言うまでもなく失敗……現地組織の92名と、計画に関与していた部下が8名死にました」

「……銃器は通じたのかね?」

「対戦車ライフルが直撃したらしいのですが、ダメージは皆無であった……と」



 その言葉に、誰もが息を呑んだ。



「メタルガールは、この事を?」

「……おそらく、ネットワークからハッキングしたのでしょう。失敗した私たちは計画の見直しを考えようとしていた時……軍事施設の武器弾薬……広域破壊を可能とする設備の制御をメタルガールに奪われました」

「――なっ、何故それを報告しなかったのだ!?」



 信じ難い報告に目の色を変えた大統領(他の者たちも、同様であった)ではあったが、「報告しようにも、ログが全て消去されました」顔色一つ変えないまま続けられた言葉に、思わず上がり掛けた腰が下ろされた。


 軍事施設の制御……それは本来、有り得ない話である。


 何せ、軍が保有する広域破壊可能な……核ミサイルなどのハッキングを防ぐ為に、各種の制御はスタンドアローン……独立が基本とされている。


 もちろん、全てがそうなっているわけではない。


 しかし、破壊力のある……万が一にも奪取された場合の被害が高いやつほど、外部からそういった事が出来ないように対策が何重にも張り巡らされている……はずだったのだ。


 それを、メタルガールは瞬時に行った。一切の抵抗をする間もなく、一瞬で。


 言い換えればそれは……何時でも軍の施設を掌握できると言っているも等しく。見方を変えれば、その瞬間……アメリカは人知れず、メタルガールに敗北したも同じであった。



「メタルガールは……いえ、彼女は、率直に尋ねてきました。『これは、敵対行為であると判断して良いのか?』、と。『誤魔化した時点で、敵対行為とみなす』、と」

「……どう答えたのかね?」

「正直に話しました。私は貴女が恐ろしく、将来的に我が国の根幹を揺るがしかねない存在である、と。全ては私の独断によって起こした事、責任は私の首だけで許してくれないか、と」

「それで?」

「彼女は、こう答えました。『未知の存在を警戒し攻撃するのは生命体として当然の事。故に、誤解が解けた以上は敵対の必要は無い』……と」



 そこまで告げた辺りで、軍服の……は、振り上げた拳で円卓を叩いた。ぶるぶると震える手は、痛みか、それとも……。



「対等ではないのです。私たちと彼女とでは、様々な意味で戦力に差が有り過ぎる。NASAより送られてきた情報……アレは誇張でも何でもなかった! そして、何よりも……彼女の本体は、『火星』にある」

「……っ!」

「ハッキングを防げたとしても、着弾までに火星に逃げられては意味が無い。仮に、囮を使って着弾させたところで倒せる保証は何も無く、火星から一方的に攻撃され続ける最悪の状況も想定出来る」

「…………」

「そのうえで、問いましょう。試してみますか、我が国が誇る最大火力の……戦術核を」



 その言葉に……誰もが、口を噤んだ。



「当たるかどうかの戦術核を、通用するかどうかが不明の相手に打ち込みますか? その為に、世界中を……核の炎で焼く結果になるとしても?」

「――災厄を防ぐためだ」

「それは、誰にとっての災厄ですか?」



 ポツリ、と。誰に言うでもなく、自らに言い聞かせるかのように零れた誰かの言葉を、軍服の……は、一言で切り捨てた。



「失敗すれば、国が消し飛ぶ。自分以外の国でそれが行われるのであれば、何処の国も仰々しく頷くでしょう。吐き気を催すような美辞麗句を並べ、もっともらしい正義感と共に、『人類の為には致し方ない事だ』と口を揃えるでしょう」

「…………」

「しかし、核を落とされる国は堪ったものではない。皆様も、想像がつくでしょう……自分が生まれ育った地に、生活してきた場所に、核が落とされると聞いて……これも世界の為だと納得して受け入れられますか?」

「…………」

「間違いなく、戦争になるでしょう。そうなれば、宇宙人など相手にしている場合ではない……文字通りの第三次世界大戦……超長距離弾道ミサイルの撃ち合いになる……故に、私は反対する」



 誰も、答えられなかった。それは暗に軍服の……言葉を肯定しているも同じく、場には再び重苦しい沈黙が訪れた。



 ……。


 ……。


 …………そうして、訪れた沈黙の中で。



「……今後、メタルガールの影響はどのように進むと思う?」



 辛うじて絞り出された、大統領のその声は……事情を知らない第三者が聞けば、誰もが精神状態を疑ってしまうぐらいに、力無いものであった。



「……可能性として高いのは、人口の激減でしょうね」



 答えたのは、主に経済を……いや、もう、関係ないだろう。誰もが薄々勘付いていることを、情報共有も兼ねて誰かが代表して口に出している……そんな場なのだから。



「既に、かの国だけでも数千万人が失業している。そして、それが回復する目処は立っていない。その後の統治に関して考えていないのかは不明だが、インフラが一部止まり始めていることで、高齢者を始めとして病人などが死亡し始めている」

「……話には聞いていたが、そこまで酷いのか?」

「国の中枢が外部と完全に断絶している以上、国が主導で行っていたモノは全て止まっている。企業間同士の取引はまだ続いているが……国営のインフラ施設の幾つかが止まり始めている以上、末端の方から切り捨てられてゆくのは当然の流れだろう」

「命令系統が完全に寸断されているわけか……ある日突然、いきなり政府そのものが消失すれば、どこの国も混乱するか」

「支援物資を送ろうにも、その窓口が無い。いや、そもそも、情報交換の為の窓口を始めとして、そういった窓口が全て消失した。下手に介入すればメタルガールより注視される危険性もある」

「実質、完全な無政府状態だからな。接触しようにも代表者が見つからないうえに、残されているのは外交とはほとんど関わっていない……かの国全員がいきなり難民になったようなものだぞ」

「公務員……治安を維持する警察を始めとして、全員が無給になった結果……治安は悪化の一途を辿っております。幾らかは自主的に治安を守る為に動いてはおりますが、抑止力が無くなった以上……いずれ、かの国は無法地帯になるでしょう」

「……アメリカも、そうなると思うか?」

「我が国は、かの国とは違います……ですが、利益を求め続ける企業がメタルガールと取引をすれば、話は変わる。遅かれ早かれ失業者は増え続け、治安悪化は避けられない」

「兎にも角にも失業者をどうするか……それが問題だな。リソースが有限である以上、生活保護者の増大は国庫を圧迫し続ける。どうにかして、その影響を抑えられる手は……」



 ……。


 ……。


 …………会議は、いや、会議というには進歩のない、愚痴の言い合いみたいな会議が続く……しかし、その最中。



「――いっそのこと、我が国が真っ先に許可を出してみるか?」



 その言葉は……正しく、青天の霹靂としか言い様が無い言葉であった。


 何故なら、リスクがあまりに大き過ぎるからだ。そのうえ、将来的に発生するツケは確実で、場合によっては取り返しのつかない事態になりかねない。


 当然、誰も彼もが驚いて目を見開いた。中には顔を赤らめ、怒鳴りつけようと席を立つ者もいた……が、「まあ、待て」それを見越したうえで、言葉は続いた。



「既に、私たちは後手に回っている。それも、取り返しのつかない後手だ。動画の……そう、あの時、メタルガールとのコンタクトを取った人物の登場によって、巻き返しは不可能となった。何故なら、メタルガールはもう……『人間擬き』の有益性を知っているからだ」

「……発見時、自殺していたという例の男か」

「おそらく、ソイツはこうなる事態を引き起こす為にメタルガールへ接触したのだろう。厄介な事をしてくれたよ……自殺したいのであれば、勝手に山奥で自殺してくれたらよいものを……」



 苦々しい……いや、忌々しいと言わんばかりに誰も彼もが顔をしかめる。それは大統領とて例外ではなかった。



「とにかく、時間の問題だ。私たちが企業を抑えたところで、メタルガールの方から販売が始まれば何の意味も無い。というよりも、いずれ販売されるようになるだろう」

「それならば何故、我が国が最初に?」

「我が国は自由を愛し、契約を守る国だ。少なくとも、表向きは。人身売買は禁じられているが、それが一切の自我を持たない存在であると断言されれば、それを一方的に拒否するのは差別である……そう、思わないか?」

「ふむ?」

「私だったら……そうだな。他国や他所の州で勝手にやっている分は何とも思わないが、身近の人物がそんなモノを買っていたら……軽蔑するだろうな。夜な夜な、何に使っているか分からない、とね」



 含みのあるその言葉に、誰もが少しばかり困惑気味に視線をさ迷わせたが……考える時間が増えると共に、徐々に理解が広まり始め……5分も立つ頃には誰もが『その手があったか』と感心した様子で頷いていた。



 ……要点を纏めれば、そう難しい事ではない。



 発言の通り、販売が始まればアメリカは受け入れる。州によって法は異なるし、元々禁じられているのであれば話は別だが、基本的な売買は禁止せず、許可は出す。


 その扱いを『器物』とするか『生物』とするかはこれまた州によって分かれるだろうが、そこはいい。


 重要なのは、あくまでそちらの主張を信じるという体を取り、それをどう受け取るかはこちらに……国民にゆだねる……という点だ。


 用途を限定されたとしても、購入者の下に届けば、それをどう使っているかは分からない。言い換えれば、自我は無くとも人間そっくりの生物を、どのように扱っているか……それを想像するのは、抑えられない。


 方法は、何でも良い。そう、どんな形であれ、広まれば良いのだ。


 『人間擬き』を購入する理由は、『人前では言えない事をする為に、させる為』だと広まりさえすれば。購入した事が発覚すれば、白い目で見られるような空気を作っておけば……国民は勝手に互いを監視してくれる。



 そう、そうなのだ。それで、ある程度は抑えられる。



 他者に迷惑が掛かっていないのであれば自由だろうと判断する賢者よりも、現実と妄想の区別が付いていない、正義の立場で物申す者たちの方がよほど声はデカいし影響力もある。


 特に、何かを成す実力も無く成した事もないやつや、無自覚であれ、それを利用して自らを良い人だと周りに思わせようとする者ほど、より強烈に、より強圧的な態度で周りに強制することをためらわない。


 後は……そう、世論を形成した後は、その空気に従って法令を出せば良い。『人間擬き』の購入や所持や使用を禁止する、と。



 そうすれば、とりあえずの言い訳は出来る。



 メタルガールも、あくまで国民がそう思っていると判断すれば、その時点で攻勢を掛けてはこないだろう。


 NASAからの報告から推測する限りでも、そういった線引きというかルールに関しては従う方向で動いているのは、専門家ではないこの場の全員も感じ取っていたからだ。



 ……。


 ……。


 …………故に、反対意見は出なかった。というよりも、反対しようにも下手にやってさらに後手後手に回れば、本当に取り返しの付かない状況になる。


 もちろん、彼ら彼女らとて考えていないわけではない。アメリカとて一枚岩ではなく、様々な思惑や派閥が絡み合う……世界では有り触れた光景が広がっている。


 けれども、アメリカはまだ、取らぬ狸の皮算用というものを分かっていた。


 対応も対策も取れないし方法すら見当が付けられない相手を御した後の事を考えるような、楽天的な考えをする者はこの場にはいなかった。


 少なくとも、これまで人類が繰り返してきたやり方の一切が通じない相手であることを、誰もが言われずとも理解していた……表向きは。









 ……。


 ……。


 …………しかし、だからこそ、集まっている者たちは気付けなかった。



 メタルガールと接触し、対話をした数少ない人物。その後、居場所を探知してやってきた政府の手の者が目にしたのは、頭を打ち抜いて自殺した……1人の男。


 その男は、特に目を引くような経歴ではなかった。特定の組織に属していたわけでもなく、特定の思想を盲信していたわけでもなく、特定の精神疾患を患ってもいなかった。


 そんな男の、遺書らしいものは何も見つからなかった。


 回収したパソコンもそうだが、所持していたスマホの中身も調べた。所持している様様なカードから、利用しているサービスの全てを追いかけ、プライバシーの全てを調べ上げた。


 それでも、遺書らしいものは何一つ見つからなかった。だから、捜査はすぐに打ち切られ、その男からメタルガールについて得られる情報は何一つ無かった。




 ……。


 ……。


 …………そう、誰も気付けなかった。


 男の自室のゴミ箱に入っていた、様々なゴミ。その中の、ピザ屋の番号やら落書きやらが書かれた紙切れの……その端に。



『見え見えなんだよ、ばーか』



 そう記された一文の、その意味を……まだ、誰も気付けなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る