第8話 彼女にとって、それは禁忌ではなく

※少しばかり性的&邪悪な表現あり






 ――工場を、作った。大きさはまあ一つ当たり、せいぜい5000㎡ぐらいで、火星に作ってある施設に比べたら非常に小さく狭い。





 場所は……使われていない土地の、山奥だ。ふんわりとした言い回しになるのは、それが一番具体的かつ事実を表しているからだ。


 何せ、工場の周辺には人工物は一つもない。森やら川やら崖やらがあるだけで、文明の機器が本当にない。電線一つ、通っていない。


 おそらく、人間の科学力ではリターンに見合わない土地だからだろう。


 チラリと、最寄りの町からこの地へのルートから計算した私は……それが、可能性だけを考えれば一番高いものとして推測する。


 私からすれば子供の砂場程度の違いでしかないが、人間の科学力でここを切り開くのは並大抵ではない。というか、車で近づけない場所という時点で、そういった観点で見ればマイナスでしかないのだろうと思う。


 『空間結合』で大量に資材を運べる私とは違い、人間たちにその技術はない。資材の運搬は、様々な条件を満たす必要がある空路や海路を除けば、基本的に車が一般的だ。


 材木そのものは需要があっても、運べなければ意味はない。仮に運べたとしても、運搬費が跳ね上がる。そうなれば値段も跳ね上がり、必然的に買う者は限られてしまう。


 よほどこの土地の木材が貴重なモノであればまだマシだが、私がスキャンした限りでは他所にあるそれらとほとんど変わらない。


 ならば農作地として活用すればとも思ったが、それも無理だろう。傾斜の影響から、土壌の栄養状態や水はけが悪いのが、スキャンからも把握出来る。



 ……まあ、土地の指定はしなかったし、大した問題ではないから……まあいい。



 そう、私は己を納得させる。


 というか、人目に付く場所だと周囲に住まう人たちが怖がるから、支障が無ければ山奥で……と言われて、それなら仕方ないと了承した時点で、私は文句を言える立場ではない。



 ……。


 ……。


 …………で、だ。話を戻そう。





 その、件の工場なのだが。



 どういう用途の為に作られているのかと問われれば言葉に迷うが、強いて名付けるとするなら……『解析工場』だろうか。



 どうして作ったのかと問われれば、必要になったからだ。


 どうして必要になったのかと問われれば、そうせざるを得ない状況になったからだ。



 そうせざるを得ない状況……それはつまり、私の眼前にてたむろする……計100人(それを監視する役人数名と武器を携帯した軍人は除く)が、仕事の報酬として明け渡されたからだ。



 ……。


 ……。


 …………いや、自分でも何を言っているのか分からないが、とにかく、そういうことになった。



 しかも、100人は現時点での話だ。一度に連れてくるには道路(というより、獣道(?)というやつだ)が酷い有様だから、一回に100人が限度というだけだ。


 最終的には、5万人の人間が此処へやってくる事になったらしい。何故かは知らないが、そういう形で収まってしまった。



 ……。


 ……。


 …………さて、と。


 どうして、それだけの人間がここに集結しているのか……頭脳ユニット内のデータを整理し、再確認してゆく。


 そうして、弾き出されたこと……一言で理由を述べるのであれば、商売の結果だという結論であった。






 ――この事態の始まりは12日前のサミットまで遡る。






 ……あの日、サミットにて無事に交渉も成立して帰ろうとした私を捕まえた彼らから、『取引』を提案されたのは、今から12日前のこと。


 彼らは、『我が国の水質を改善してほしい、見返りとして、私たちが用意出来るモノを用意しよう』と私に『商売』の依頼をしてきたのだ。


 特に断る理由もなかった私は、彼らとの取引を承諾し、彼らの国の水質とやらを改善した。


 改善の基準が分からなかったので、とりあえず人体には有毒な汚染物質を除去しただけだが……それでも、飛び上がるほどに喜ばれたのだから、ヨシとした。



 ……正直、それを『商売』とするのかいまだに判断に迷っているのだが、やってしまった以上は仕方ない。所詮は、後の祭りというやつだ。


 やることはやったので、という事で場所を移した後。役人が用意した施設にて『商談』となった私は、彼らから用意された部屋にて……切り出されたのが。



 『――では、此度の対価についてなのですが』



 という、言葉であった。


 とりあえず、そういう形の『商売』もあるのだろうと臨機応変に己を納得させた私は、さて、彼らに対価を要求しようと……思ったのだが。



(……正直、欲しいモノなんて無いんだよなあ)



 というのが、私の正直な感想であった。



 ……いや、だって、アレだ。金そのものは『ミラクル・フルーツ』で得ているし、そもそも、私には金銭など必要ない。



 金銭云々というのはあくまで『商売』を行う上で必要な道具(ツール)でしかない。私が金銭に拘った取引を行うのは、下手に物々交換を許すと収拾がつかなくなりそうだと判断したからだ。


 だから、順当に考えれば、彼らに対して要求するのは金が妥当なのだろうが……そうなると、いったい幾らを請求すれば良いのか、という点が問題だ。


 頭が良いとは間違っても自称するつもりはないが、私とて、馬鹿ではない。真似事とはいえ、伊達に『商売』を行ってきたわけでもない。


 今にして思うが、『金(ゴールド)』をあの単価でエドガーたちに売ろうとしたのは悪かったと思う。そりゃあ、どうするか困るよなあ……と、思わなくもない。


 だからこそ、分からないのだ。人間たちの常識とやらをある程度分かって来たからこそ、分からない。


 フルーツを始めとした、庶民が買いやすい値段の調査は終えている。他にも、あの地で売られていた高級品とやらから、ある程度は金銭に関する感覚は会得したつもりではある。


 しかし、これは……彼ら人間の基準で言う、『国家事業クラス』の『商売』ともなれば……それはもう、私にとっては未知の領域であった。



(……フルーツ100個分の値段にするか?)



 一瞬、考えるのが面倒になってそんな考えが脳裏を過ったが……いや、それはまずいのではないだろうかと、すぐに改める。


 エドガーたちという前例があるのだ。下手に値段を安くすると、彼らまで卒倒させてしまうかもしれないし、変な誤解を生みかねない。



「フルーツごひゃ――」

「はい?」

「……少し待て」



 思わずポツリと漏れた言葉に反応した役人たちを黙らせながら、(いや、待て、この場合に限り、そもそも金銭に拘る必要がないのでは?)私は思考を巡らせる。



 個人間の取引には金銭が重要だが、ここまで大規模な『商売』となると、その金額も相応に莫大なモノになるだろう。



 と、なれば、用意するのだって並大抵ではない。私とて、それだけの量の紙幣やらコインやらを渡されても困るし、そもそも、幾らが妥当なのかさっぱり分からない。


 その都度、火星から出し入れするのも非効率だし……貨幣である以上は、丁重に扱わなければならない。いや、保管自体は簡単なのだが……正直、面倒だ。


 というか……偽札を混入して誤魔化そうとしたり、事実上使用不可能な超高額紙幣(1枚のみ)を出して来たり、電子マネーとかいう換金不可能な通貨で支払おうとしたりされる心配がある。



 金額はどうでもよいが、そういった侮りは私にとって敵対行為と同じである。



 何故なら、それは私にとって『適切な商売』、『適切な取引』とは言い難く、私への妨害行為に該当する可能性があるからだ。


 『ミラクル・フルーツ』販売の時にもそれをやるやつはいたが、金額が跳ね上がれば、それをやるやつは増大するだろう。




 ……。


 ……。


 …………あ、そうだ。




「――実験用の人間を要求する」



 しばし考えた私は、かねてより考えていたサンプルの確保を提案した。


 というのも、現在、私が使用しているインターフェイス。現状のやり方では、アレ以上(3時間制限の解決の目処は立たず)の改良が難しく、どうにか現状の打破は出来ないかと考えていたところなのだ。


 そりゃあ、幾らでも変わりはあるし、その為に大量に製造してあるから壊れるのを前提に動かしてはいる。しかし、こう……自信作ではあるが、そこで満足しているわけではない。


 あくまで、現状ではこれ以上の改良が難しいのと……あの『連盟種族』ですら無理だったことに挑戦してみたいという、淡い意地みたいなものである。



 その為には、もっと大量の実験体が必要なのだ。



 言い換えれば、大量のサンプル……適切なサンプルを用いて実験を行えば、停滞した状況を抜け出せる可能性は高い。完成できなくとも、有用なデータを集められるのは、私としては有益しかない。


 過去に何度か襲撃(店を壊したやつらだ)された際、幾らかの遺体をサンプルとして回収し、そこから幾らかデータは得られているが……さすがに、生きた個体までは回収していない。


 回収しようと思えば出来るが、さすがにそんな事をしては駄目だという良心というか、常識ぐらいは私の中には残っているからだ。



「……実験用、ですか?」

「用意出来るのか?」

「ご要望とあらば……どのようなのをご希望で?」



 言っておいて何だが、普通に断られると思っていた。『尾原太吉』の記憶にも、人身売買というのは世界的に許されない事……と、あるからだ。


 世界的ということは、この国も例外ではないはずだ。


 それなのに、許されない事なのに、わざわざ用意するとは、いったいどういうことなのだろうか……それ用の人間が飼育されているのかもしれない。



「それじゃあ……健康体な人間を5万人」

「ごっ!?  5万……人、ですか?」



 ――多過ぎたのだろうか、役人の心拍数が跳ね上がったのを私は確認する。



「多いか? 年齢性別は適当にばらけるようにしてほしい。後、土地を使わせて貰う。実験用の施設を用意して、そっちでやった方が色々と効率が良いからな」



 私としては、血液と皮膚や臓器の一部を支障も苦痛も無い程度に採取するだけでいいし……まあ、生物である彼らが怖がるのは、分かるのだけれども。


 そう思いつつ、その時は『……上に掛け合いますので、お待ちください』ということでお開きになり……まあ、無理なら無理で違うのを頼むかと軽い気持ちで考えていると。



 『――用意が出来ました』



 という連絡が来た。正直……少し、引いた。


 まさか、本当に5万人用意したのか……いや、引くという感情が私の中に残っていた事にも驚きだが、我ながら、そう思ってしまうのも無理はないと思う。


 けれども、用意してくれた手前、やっぱり必要ないというのは具合が悪いというか……『尾原太吉』の記憶にある、『ドタキャン』という人間に嫌われる対応をするわけにもいかない。


 なので、仕方なく私は対価として支払われた土地に『解析工場』を作り、とりあえずは100人という軽い感じでサンプルが連れて来られ……というのが、今の私の現状であった。



 ……で、だ。



 そんな経緯を経て、今、だ。



 山奥に立てた工場の出入り口に並ぶ、100人のサンプルたち。それを見張る者たちが十数名。私の要望通り、老若男女が上手い具合にばらけている。


 容姿云々の良し悪しは正直、よく分からない。とはいえ、健康体という前提はしっかり守ってくれていたようで、目立った疾患を持っている個体はいない。


 ……遺伝子的、体質的な疾患を内包している個体は……まあ、彼らの技術力ではそれを見分けるのは困難だろうから、そこはいい。



 彼ら彼女らの視線が、私と……私の背後の『解析工場』へと向けられる。



 いったいどういう経緯で此処に来る事になったのかは不明だが……非常に強い不安を抱いているのを、スキャンで確認する。というか、幾らか涙を流している個体がいる。


 そんな彼ら彼女らを監視する、役人と……銃器を装備した軍人(恰好こそ違うが、データベースに彼らの顔写真が載っていた)たち。脱走しないようにする為だろうが……その内の一人が、私を見て笑みを浮かべた。




 ……。


 ……。


 …………どういう意味なのだろうか?



 スキャンしてみれば、神経などに異常な緊張が見て取れるが……うむ、困った。

 推測しようにも、こういうタイプのサンプルデータが無いので、推測出来ない……ので、やむおえまい。



「……彼ら彼女らは、どこまで使用して良いのだ?」



 とりあえず、駄目と言われるまではやろう。


 そう判断を下した私は、役人に視線を向ける。すると、相変わらず表情だけ全く変えない役人は、笑顔のままに答えた。



「お好きに使い潰してください」

「……それはつまり、どう扱っても良いということなのか?」

「はい、その者たちは現時点で貴女様のモノです。どう扱おうが自由ですし、どのような行為を成さったところで当方は一切関与致しません」



 ……と、思っていたら、想定していた以上に凄い事を役人が言い出した。



(ええ……)



 ぶっちゃけ、引いた。5万人用意したという話にも引いたが、その5万人を好きに使って良いと話す役人というか、それを許したアイツらに対しても……引いた。


 私のようにバックアップを作って身体を移し替える事が出来るのであれば分かるが、彼ら彼女らはそうではない。そして、それらしい装置が埋め込まれているようにも見えないし、所持しているようにも見えない。


 つまり、死亡したらその時点で終わりだ。他の有機生命体と同じく、生命機能が停止した時点で……え、いや、え?



(……本気で言っているのか、こいつら?)



 冗談かもしれないと思って役人たちを見やる……が、誰もそんな素振りは見せない。スキャンで確認する限りでも、誰一人、嘘を言っているわけではなく、本気なようだ。


 対して……集められた100人の方はといえば、もう、何と言えばいいのか……まあ、それはいいだろう。



 ……。


 ……。


 …………え、いや、どうしよう。



 正直、困ったなと思った。『解析工場』はもう完成しているので、調べようと思えば今から調べることは可能だが……どうしろと言うのだろうか。



 ……好きに使っても良いと言っていたし、やはり、そのように飼育された個体なのだろうか?



 そこらへんはどうなのだろうと思って、この国のネットワーク回線から調べてみるが……分からない。幾人かは顔写真を見つけられはしたが、家族構成とやらが見つかるぐらいで、それらしい情報は何も無い。



(……と、なれば、やはり可能性として高いのが……こういう時の為に育てられた個体……なのかな?)



 いまいち確証は得られないが……まあ自由に使えと言うのだ。せっかくのサンプル……有効活用させてもらうとしよう。



(まずは……そうだな、大脳機能の反応確認から始めようか)



 そう、結論を出した私は、頭脳ユニット内のマニュアル群より使えそうなデータを取り出しながら……今後の予定を組み立てるのであった。








 ――そうして、実験と検証を繰り返し、精査したうえで再実験を繰り返す事……500日間。その間、役人たちは私に様々な『取引』を持ちかけてきた。



 内容は……そこまで詳しく語る必要はないだろう。



 寿命を延ばす処置や病気を治す処置、若返りを可能とするナノマシン、インフラ設備、道具などの提供(私にとっては、玩具同然の代物だが)、宇宙旅行や海底旅行など、本当に色々なモノを私に求めた。


 何がそう楽しいのか分からないが、彼らは次から次へと『取引』を持ちかけ、その度に対価として私に様々なモノを差し出して来た。



 ……ぶっちゃけてしまうと、特に欲しいモノは無かった。



 最初の頃は、まだ良かった。『ミラクル・フルーツ』を始めとして新たに開発した『商品』の販売権利に販売拠点の権利、購入の為の道路整備など、私にとって少なからずメリットとなる対価を提示する事が出来たからだ。


 だが……それも、すぐに底を尽いてしまった。


 何故ならば、そもそも私は『商売』という行為が重要なだけであって、利益云々は大した問題ではない。言い換えれば、幾つかの権利を得た時点で彼らとの取引を行う必要は皆無になったのだ。


 けれども……相手は国を動かす重鎮ばかりだし、無下にして敵意を持たれても大変だ。


 実際、フルーツを最初に売った場所ではよく分からない理由で幾度となく襲撃されたのは、記憶に新しい。


 それ故に、『取引』は変わらず行った方が良いというのが、私の判断だ。


 とはいえ、金銭的な対価は止めた方が無難だろう。何せ、以前、他に思いつかなかったからという理由で金銭での対価を求めたら……やってしまったのだ。



 ――何をって、偽札を、だ。



 事前に、再三の忠告はしてあったのに、やりやがったのだ。おまけに、『拒否するなら対価は支払わず、逆に、賠償金としてこれまでのツケもチャラだ』とまで言い放ったのだ。


 おかげで……彼らに理解させるまでの間、命令される立場の兵士たちには悪い事をしてしまった。


 せめて、苦しまないように処理したのだが……まあ、今更だろう。それはそれとして、それから考えを改めた彼らは金銭での取引を止め……それが今に続いているというわけ、なのだが。


 ……宝石を始めとした貴金属や美男美女は、私にとっては路傍の小石でしかない。


 貴金属なんぞ有り余っているし、もうサンプルはいらない。なので、私が提示する対価は彼らが持つ資産……すなわち、土地だとか何だとか、そういった部分になってしまうわけ……なのだが。



(……こいつら、国土の90%近くが私に譲渡されているのにまだ欲しがるのか?)



 正直、また引いた。何だか短い間に『引く』という感覚を味わう機会が増えたなと思っている内に、彼らはどんどん注文してくる。


 この前なんて、理由は不明だが、残っている彼らの土地を覆い隠す壁(シェルター)を作ってくれとか言い出して……ちょっと、心配になる。



 ――いったい、彼らはどうしてしまったのだろうか?



 400日ほど前、『ミラクル・フルーツ』を片手に大規模な集団交尾に勤しんでいたのをスキャンにて確認した時は、中々に元気そうな様子に良い事をしたと思っていた。


 というか、今も思っている。


 スキャンで見やれば(直線距離にして334km先)、今日も元気に交尾に勤しんでいるようで、肉体的にも精神的にも正常に興奮状態にあるのが伺える。傍のテーブルには、ジュースが一つ。


 ……どうやら、『ミラクル・フルーツ』は正常に効能が発揮されているようだ。


 彼らが摂取している『ミラクル・フルーツ』は、従来のフルーツよりも30%近く効能が増している特注品だ。それを絞ってジュースにしているのは、さらに効能を強める為だろう。 


 そういう使い方をされても問題がないように設計してはいるが……まあ、それは私が気にすることではない。


 国土がどうなろうと、彼らは大丈夫だ。他国や他所との取引を一切経ったとしても200年ぐらいは賄えるようになって……まあ、それもいいか。



(彼らの今後は彼らが決めるとして、私はわたしで勝手にしよう)



 彼らが私に寄越している土地は、人間基準でいえば非常に使いにくい場所ばかりだ。範囲こそ広いものの、同じ人間相手ならば憤慨して戦争に発展してもおかしくはないだろう。


 しかし、私にとっては大した問題ではない。むしろ、重力形成の為に質量をかき集めるところから始めた火星よりもずっと楽な方だろう。


 今のところは上手い使い道が思いつかないので、とりあえずは火星にある『生体プラント』と同じやつを幾つか作り、地球環境内でも何事もなく生育が可能なのかどうかを確認しているところである。


 せっかく、約5万人分の実験データがあるのだ。利用しなければ、何の為にデータを収集したのか分からないからな。









 ……。


 ……。


 …………と、いう経緯を経て、だ。



「目的は達成出来なかったが、違う形で成功したわけか」



 場所は『生体プラント』、私の眼前にて並べられているカプセル。特殊な溶液にて満たされたその内部にて浮かんでいるのは、人の特徴が如実に表れた……新たな獣たちである。


 さすがに5万人分のデータもあれば、造形も大きく変わる。はっきり言って、我ながら人間に似せられたと自画自賛したいぐらいだ。


 参考データを多分に活用したおかげで、帽子やマントなどで隠せば人間と見分けがつかないだろう。というか、さっき実験体の一人に試したら気付かなかったので、人間の目から見ても似せられたようだ。



 ……ちなみに、新たに作られたこの獣たちだが、火星のとは大きく姿形が異なっている。



 地球と火星、二つの違いをあえて言い表すのであれば、火星に居るのは獣の要素が強く、地球に居るのは人間の要素が強い……といった感じだろうか。


 どちらも元は同じだが、さすがにここまで遺伝子改良が施されれば、もはや別の種と考えた方がよいだろう。



 ……。


 ……。


 …………さて、だ。このカプセル内にて生育されている獣たちは第4世代目となる個体である。



 第3世代にて発見された虚弱性を、実験データを基に構築したナノマシンによって改善した第4世代。様々な検査をクリアしたこれらは、ひとまずの完成体と判断して差し支えはないだろう。


 ただ……新たに発生した三つの問題点は改善出来ないままになってしまった。


 チラリ、と。第3世代と第4世代の姿を見比べ、いずれは発生する問題について思考を続けていた私は……頭脳ユニットが僅かに熱を放つのを知覚した。



 ――まず、一つ目の問題点。



(……まさか、神経組織と大脳組織が負荷に耐えられないとは思わなかった)



 そう、コレは元々、対人間用の新しいインターフェイス開発の為にやっていたことで、『獣』への転用は副産物の結果に過ぎない。


 本来の目的である……肝心のインターフェイスとしては、全く使用出来ないという本末転倒な結果になってしまったのだ。



 ……どうしてそうなったかといえば、やはり、人間の身体が脆すぎるに尽きた。『連盟種族』が匙を投げる脆さは、伊達ではなかったのだろう。



 従来通りに頭脳ユニット内のデータを送ると、負荷に耐えきれずに大脳組織が沸騰してしまう。かといって、データを分割して何とか押し込んでも、手足を動かす余力がなくその場から動けなくなってしまう。


 押し込むデータを最小限にすれば辛うじて活動可能だが、油断すると信号伝達速度と筋組織のズレによって手足が千切れる。そうならなくとも、骨が粉々になって動けなくなる。



 ……当面は、従来のインターフェイス(なお、カプセルから出ると3時間で死亡)をやりくりしながら『商売』を続ける他ない。





 それが、私が下した一つ目の問題点への結論であった。






 ――そして、二つ目の問題点。インターフェイスではなく、『獣』の問題。



 それは、新たに生まれ変わった獣たち……いや、もはや『獣』ではなく『亜人』と称した方が良いかもしれない個体たちだが、どうにも生殖機能に明確な差異が生じているという点だ。


 結論から述べるならば、『獣』……いや、『亜人』は、同じ亜人同士であれば子供を作ることが出来る。亜人同士にも相性があるので出来易さは異なるが、それだけの話だ。


 しかし、これが亜人と人間との掛け合わせになると、話が変わる。


 結論として、人間のデータを活用しているので亜人(♀)と人間(♂)は子供が作れる。しかし、亜人(♂)と人間(♀)では子供が出来ないのだ。


 理由は、人間の生殖機能と亜人の生殖機能が噛み合っていないから。具体的には、人間の精子と卵子は……弱いし脆いのだ。


 どちらも妊娠の為には外的処置が必要ではあるが、妊娠プロセス自体は同じだ。方法は何であれ、卵子の中に精子を注入し、それを着床させて安定させれば、平均10か月後には生まれる。


 人間の精子では、よほどの好条件が重ならない限りは亜人の卵子の外表を貫けない。故に、亜人(♀)が人間(♂)の子を妊娠する場合は、外的処置を行った方が効率的だろう。


 遺伝子の疾患も発生するだろうが、それぐらいなら妊娠中に如何様にも治療は可能だ。まあ、限度はあるが……治せなくても、事前に分かるので産み分けは容易い。


 しかし、これが逆だと上手くいかない。亜人の精子が強すぎて、卵子が着床まで耐えきれずに破損してしまうからだ。はっきり言って、自然妊娠する確率は0%である。


 この場合は、先ほどの処置では無理だ。卵子の中に入ってしまいさえすればどうとでもなる亜人(♀)とは違い、中に入ってからが問題になる人間(♀)とでは、問題となる部分が真っ向から異なる。


 かといって、カプセルやナノマシンなどで調整するのも難しい。人間よりも比較的頑丈ではあるが、人間ベースであるのは変わらない。つまり、調整するには脆過ぎるのだ。


 卵子そのものを改良し、耐えられるようにすることは可能だが……その場合、母親側の遺伝情報は全く反映されない。『連盟種族』なら可能なのだろうが、私には無理だ。


 只でさえ脆過ぎる肉体、その中でも最も繊細な機能の調整。


 出産させる事だけを考慮してやるのであれば、如何様にも手段は取れるが……正直、健康体な赤子となれば割合は1%を切るだろう。出産可能年齢に達してから閉経まで頑張って、一人埋めれば御の字と思った方が良い。




 ……。


 ……。


 …………で、だ。ここで、地続きとなる三つ目の問題点。



 ちらり、と。


 改めてカプセルたちへと目を向ければ……いつの間にか目を開けている亜人(♂・♀、共に)の視線が、工場の片隅……実験体の安置所へと向けられている。


 安置所の外観は、牢屋だ。


 身動き(脱走)が出来ないように四肢は固定され、栄養液と電気信号による筋肉蠕動(ぜんどう)によって健康状態が維持されている実験体が居る。


 それらに対して向けられる亜人(♂・♀、問わず)の視線が、妙に熱い。


 いや、熱量という意味で語るなら熱くも何ともないのだが……こう、アレだ。何度か『獣』がそうなったのを確認してきたから、私にも分かる。



 こいつら……何故かは分からないが、人間に対して強く発情するのだ。



 そのうえ、同種(同じ亜人に対して)にはほとんど発情しない。スキャンした限りでも、人間に対するソレに比べたら……だいたい、興奮の値が2%程度ぐらいしかない。



 ……不思議だ。同種に強く性的関心を抱くのならば分かるのだが、どうして逆転しているのだろうか。



(遺伝子改良と連続した培養の影響から、同種を別個体ではなく同一個体と見なすようになった……?)



 つまり、同種を血の繋がった家族のような感覚で見てしまうのだろうか。


 それなら……まあ、いちおうの理屈は通りそう……かは分からないが、義務的に繁殖してきた者たちが、始めて性欲が逆転した状態……に陥っている?



(どう、判断するべきか……それとも、別の遺伝子(多様性)を求める本能的な……ふむ、判断するには亜人の実験体が足りないか……)



 考えたところで答えは出ない。解剖して解析すれば分かるかもしれないが……まあ、問題はなさそうだし、その辺りをわざわざ調べる必要性も薄いだろう。


 そう結論を出した私は、並んでいるカプセルの中で、既に最終調整を終えている個体を幾つか開放する事にする。


 選んだ個体はどれも肉体的に成熟しており、亜人的な特徴を隠せば成人した男女との相違は見られない。私には分からないが、『尾原太吉』の記憶からは、『スタイルの良い、男と女』という評価が下されている。



 ――ごぽごぽ、と。



 満たしていた溶液が排出されると同時に、空気を注入する。この星で活動出来るように調整しているので、問題はない。


 ただ、溶液から直接酸素を補給していた呼吸器部分は驚いたようで、何度か咳き込んでいた……さて、と。



(……生殖器は共に正常に動いているな。ただ、筋力に幾らか差があるから加減を間違えさせては駄目か……よし)



 最後の確認を終えた私は、いよいよカプセルを開放する――途端、亜人(♂・♀、共に)たちは脇目も振らずに固定されている実験体へ――そこからはもう、亜人たちは獣に戻った。


 人間と同程度の知能を持たせた彼ら彼女らだが、初めての性行為がもたらす興奮が麻痺させるのだろう。


 男の実験体の場合は……勃起しなくなるまで使い回された後で軽い引っ掻き傷を負うぐらいで済みそうだが、女の実験体の方は、駄目そうだ。おそらく、翌朝まで耐えられないだろう。


 まあ、どうせ使い道に困っていたやつだし、粉砕機に掛けて溶かして栄養剤へと加工する手間が省けた分だけ……いや、結局は処理する必要があるから、結果は一緒か。



(……それはそれとして、だ)



 カプセルに納まっている未調整の亜人たちの状態を、頭脳ユニット内にて表示されているコンソール画面(これぐらいなら、無線でやれる)で確認しながら……これらの使い道について、思考を巡らせる。



(二足歩行の利点を活かして大脳機能を向上させたまでは良かったが……逆に、使い勝手が悪くなるのは皮肉な結果だな)



 食肉用として飼育されている家畜は、既に十分。労働用の家畜にするには不向きで、可食部位が少ない。というか、コレを食肉用とするには……些か、勿体無い気がしてならない。


 かといって、それ以外の使い道……私が並列処理している作業(『ミラクル・フルーツの栽培など』)を委譲してリソースの節約に……どう頑張っても削減にはならなさそうなので、却下。


 販売員として……いや、そちらを下手に委譲させるとセーフティへのプロテクトが弱まるから、駄目だ。そちらは引き続き並列処理による私自身が行うべきだとして。



 ……使い道が無いから、適当に野に放っておくべきか?



(いや、それも……せっかく作ったのだし、有効活用したいものだが……)



 はてさて、困った。上手い使い道が思いつかない。このままだと、作った傍から粉砕機に掛けて栄養剤……いや、それも、したくないし……待てよ。



(……思いつかないなら、聞けば良いじゃないか)



 良い事を思いついた。我ながら、冴えた判断ではないだろうか。



 そう、己を褒め称えたかったが、善は急げとは『尾原太吉』の記憶にある。


 だいたいは同意見である私も、それを見習って……ネットワークから目当ての番号を見つけた私は、コール音を鳴らし……相手が回線を開いたのと同時に、繋いで固定する。



『……もしもし、どちら様だ?』

『やあ、エドガー、私だ、ティナだ。相談したい事があるのだが、いいか?』



 ――瞬間、彼の呼吸が数秒程止まった。少々分かり難いが、心拍数と脳波にも乱れが生じたようだ……どうしたのだろうか?



「……どうした、エドガー? 呼吸と心音と脳波に乱れが生じているようだが、敵性体と遭遇でもしたのか?」

『……あ、ああ、いや、すまない、知らない番号だから誰だろうと思っていたから、予想外の展開に驚いただけだよ』



 ふう、ふう、ふう……何度か、大きく深呼吸をしているのが伝わってくる。それに合わせて、乱れた心音も持ち直してゆく……と。



『一つ、質問をいいかな?』

『なんだ? 答えられる事であれば答えよう』

『きみ、何時の間にスマートフォンを手に入れたんだい?』

『それは誤解だ。私は君たちが張り巡らせたネットワークを借りて、君が所持しているであろう通信機器に連絡を取っただけで、『スマートフォン』という機器は持ち合わせていない』

『……どうやって?』

『私自身に内蔵してある通信装置を使って、だよ。いちいち音声で発信する必要がないから、私としてはこっちの方が楽なのだよ』



 言葉通り、私は声に出していない。デジタル信号として音声をデータに変換&復元を行い、『通話』という体を取っているだけである。




 ……。


 ……。


 …………ふむ、沈黙が生じている。先ほどよりは、短い沈黙であった。




『……それで、何用かな? こっちは夜でね、寝入るところだったから、出来るなら用件は手短にしてもらいたいのだが……』



 ――しまった、そういえば、向こうは今、夜か。



 初歩の初歩みたいなミスをしてしまった事に、私は申し訳なさを覚える。『尾原太吉』の記憶を読み返せば、人間は夜に眠るとあるではないか……何とマヌケな事をしてしまったのか。



『済まない、時間を改めさせてもらう』 

『いや、気にしなくていいよ。むしろ、ここで朝まで放っておかれると気になって眠れなくなるから……で、どうしたのかな?』



 非はこちらに有るというのに、何とも紳士的(と、『尾原太吉』の記憶から推測する)な対応……やはり、彼に相談するのは正解なようだ。



『話が長くなるので簡潔に述べよう。私は、○○○という名の森の奥に居るのだが……』

『それは知っているよ、あの国にある、何処かの森だろう? 話ぐらいは耳にしているよ』

『なら、話が速い。そこで『商売』を行った結果、国土の90%強を得た後で、亜人の開発に成功したのだ。だが、使い道をどうしたら良いのかが分からなくてな……助言を求めたい』




 ……。


 ……。


 …………今度の沈黙は、先ほどよりもずっと長かった。ただし、呼吸・心拍・脳波の乱れは先ほどと比べてそれほどでもなかった。



『……二つ、いいかな?』

『なんだ?』

『一つ、国土の90%を得たというが、どうやって?』

『彼らが所望するモノを提供する対価として受け取った』

『その、抵抗というか、反故にされたりはしなかったのかい?』

『されそうになったから、処理した』

『……処理?』

『私に対し、攻撃行為を行った。故に反撃し、彼らが所有する軍事的機能の98%を破壊した。並びに、敵対行為を見せた国民の33%を処分し、兵士に該当する個体の87%を処分し、命令を下したと個体は全員処分した』



 ……。


 ……。


 …………また、沈黙が続いた。どうしたのだろうか、徐々に心拍などの乱れが強まっていっている。



『……二つ、その、亜人というのは?』

『火星にて育てている家畜用の獣がいるのだが、それを人間の遺伝子を元に改良を施した結果、誕生した生物の総称だ。見た目は人間に近いし、教育を施せば人間と同程度の知性を得るだろう』

『……人間の遺伝子?』

『ああ、そうだ。この亜人の使い道に困っているのだ。食肉用として販売しようにも可食部分が少なく、家畜として使用するには構造的に不向きな部分も多い。牛に荷車を引かせるのと、人に荷車を引かせる、その違いだ』

『……ああ、うん』

『私の作業を分散するには演算能力が足りないし、下手に移すわけにはいかない事情もある。故に、コレの良い使い道はないものかと考えているのだが……貴方の意見を聞きたい』



 ……。


 ……。


 …………何故だろう、また沈黙が生じた。



『……君は、どうしたいのかな?』

『私の所では使う場所が無い。現状、野に解き放つか……あるいは、アレを商品として売り出すか、ぐらいだな』

『……しょう、ひん?』

『……? 何を驚いているのだ?』

『え、あ、いや、その、だって、人間に似ているのだろう?』

『……だから、どうしたというのだ?』



 困惑……そう、困惑だ。


 理由は不明だが、困惑という精神状況に陥っているのが分かるのを認識した私は……それと同じぐらいの困惑を、エドガーへと返した。



『見た目など、所詮は外皮と骨格と臓器の組み合わせだろう? お前がいったい何に困惑しているのかが、私には全く分からない』




 ……。


 ……。


 …………また、静寂が続いた後。






『……おお、神よ……!』





 ポツリ、と。再び訪れた、長い沈黙の後にポツリと零されたエドガーの言葉は……妙に小さく、不自然に震えていた。


 伴って、これまでで最大となる心拍の乱れ……おかしい、明らかな以上が生じている



『――心拍に乱れが生じている。何か起こっているのか?』

『……いや、いや、何も起こっていないよ。ただ、ビックリしてね……そう、驚いて言葉が出なかっただけだよ』

『大丈夫なのか?』

『ははは……心配してくれてありがとう。ただ、すぐに答えは出せそうにない。まとまり次第、こちらから連絡する……ということでよろしいかな?』

『おお、わざわざ済まない。では、連絡を待つことにしよう』



 そう告げてから、回線を切断する。そうしてから、向こうの時刻を確認……さて、どれぐらい掛かるのかは不明だが。



(やはり、彼に相談して正解だったな)



 それだけは、今の私にも分かることであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る