第7話 それでも彼女に悪意はない

※残酷な描写が途中であるので、注意







 ……。


 ……。


 …………初めてとなる商談を終えてから、数日後。



 火星へと戻ってきた私は……結局、アレから二度目の商談を起こす事が出来ず、火星に作った住居(という名の、待機所とも言う)にて……私は、対人間用のインターフェイスの改良に努めていた。



 ……どういうことかと問われれば、それほど話は長くない。



 というのも、あの日、あの時、地下より二人が戻ってきた後のことだ。


 まさか、『次は1バレル1ドルで石油を売るよ』って話を始めた途端、私の語彙では言い表せられない表情を浮かべた二人が、そのまま眠るように気絶……なんて事になるとは、私も推測すらしていなかった。


 私の発言が二人の精神に重篤なナニカを引き起こしたとは考えにくいが、可能性は0ではない。故に、異変に気付いた者たちが部屋に入って来た時、私はこっそり姿を隠したまま二人を追いかけ……目覚めるのを待った。


 そして、病室にて目覚めた二人を窓の外から眺めていた私は、改めて商談の続きをしようと――したのだが、私がそうするよりも先に。



『量が量だから、一旦保留でいいかな?』



 ――と、言われてしまった。まあ、それ自体は特に問題もないので了承したのだが。



 『各国との調整もあるし、こっちから連絡するまで他国との商談を始めとして、大規模な取引も止めてくださいお願いします。後、お願いですから貴金属や燃料の取引は止めてくださいお願いします』



 と、いう言葉と共に深々と頭を……いや、まさか、土下座をされるとは思わなかった。ぶっちゃけ、何か私が悪い事をしてしまったのではないかと思った程だ。



 ……さすがに、そこまでされては仕方がない。



 ただし、商売そのものを停止するのは私にとって不利益しかない。なので、国家間を対象とした大規模なモノではなく、個々人を対象にした小規模な商売は行うという事で、彼らとの商談は一時中断となった。


 幸いにも、『お願いされたので、仕方なく一時的に火星にて待機』という名目ならばセーフティも反応せず、私はそのまま火星で過ごしている……というわけであった。


 もちろん、ただ大人しくしているわけではない。下手に大人しくしているとセーフティが発動してしまう。なので、私は……約束通り、前回とは異なる新たな形での商売を始める事にした。



 ……言っておくが、それは何も二人との約束だけが理由ではない。




 改める理由は、一つ。


 それは、二人との商談を行っていた最中に気付いた事なのだが、私には強みが無い。『資源という商品』の売買は出来ても、それを生かした『商品』が私には無いということであった。


 ……というのも、だ。


 『資源』という商品は、どうしても原価が低い。そして、一度に取引される量は必然的に相当なモノになるため、どうしてもその取引相手は国家間……あるいは、大規模な組織や会社に限定されてしまう。


 しかしそれは、二人との約束があるので出来ない。つまり、せっかく用意しておいた『金(ゴールド)』が使えない。使えたとしても、個人間の……非常に小規模な取引となるだろう。


 いちおう、それもまた商売であるので私としてはセーフだが……二人との約束には、貴金属や燃料の取引は止めてほしいとあった。


 だから、その二つは使えない。しかし、永遠に使えないわけではない。今は使えないが、いずれ使っても良いとあちらの準備が出来次第……ということなので、保管しておくことにした。



 ……で、だ。その二つが使えない以上は……作るしかない。



 ……何をって、『新たな商品』を、だ。



 だって、『商品』が一つであるという決まりはない。法に触れないモノであれば良いというのであって、とりあえず売れそうなモノを片っ端から作り出し、それらを保管しておく方が良いだろうと私は考えた。


 言うなればそれは、リスク分散という考え方だろう。


 突き詰めた一つの商品、それを強みとして売り出すのは、けして悪い事ではない。オンリー・ワンという、掛け替えのない武器として活躍できる商品を売ることも、一つの選択だ。


 対して、一つではなく多くを。オール・or・オールの精神で、ここに行けばだいたいのモノが手に入るという、一点突破よりも隙間一つない壁で待ち構えるという手法も、悪くはない。


 どちらも、一長一短だ。だいたいは後者の方に向かう傾向にあるが、前者もけして少なくはない。むしろ、余計な事は考えず、己の強みを追及するところは多かった。



 ――なので、私は考えた。



 いったい何を考えたのかって……そんなの、言うまでもない。



 ――両方の良い所取りをすれば、売れるのではないか……ということを。



 故に、私は早速行動に移すことにした。善は急げという言葉が『尾原太吉』の記録にある。せっかくなので、その言葉に従い、皆が喜ぶ商品を作ろうと私は思ったわけであった。






 ……。


 ……。


 …………で、だ。



 まず、商品を売るうえで最初に必要となるモノ……つまり、『店』だ。


 だが、私が居るのは火星……地球に店を持とうにも、国籍を持たない私が店を勝手に開くのはあまりよろしくない。というか、どのような形の店にすれば良いのか分からなかった。


 なので……基本的には店舗を持たない、屋台みたいな形をとることにした。


 やり方は、至って単純。酒程ではないが、そういう分野の規制等が緩い国を選び、そこに店を構えているという体を取って、その国に住まう者たちに商品を売るというものだ。



(……うむ、混沌として、私が紛れても違和感はないだろう)



 『空間結合』を使って候補地の一つである現地へと赴いた私(inインターフェイス)は、観測していた通りに荒れ果てた状況に、これで良いと頷いた。




 ……そこは、平和な国に生まれた『尾原太吉』が迷い込めば、一時間と無事では済まない、治安の悪い場所(というか、市街地)であった。



 立ち並ぶ家屋は掘立小屋ばかりで、地面は剥き出しでアスファルトは全く見当たらない。空気は乾燥し、砂埃が舞いあがり、住民たちの顔も何処となく暗い。


 スキャンを始めに、ネットワークを使って表から裏から調べてみれば、原因と思われる要因が幾つか見つかる。


 まず、この国は十数年前に起こった内戦を今も引きずっている。内戦のキッカケは、表向きは相反する宗派(要は、宗教)のぶつかり合いということになっているが、実態は違う。


 実態は、地下資源を得る為の争い。宗教を隠れ蓑にした、大国間の代理戦争であった。


 もちろん、全員が全員、そうではない。中には本気で教えに命を尽くし、殉教する者もいる。だが、全員がそうではなく、私の体感では……上層部に位置する者ほど……まあ、そこはいい。


 重要なのは、この町の治安は非常に悪く、様々な犯罪行為が日常茶飯事と言わんばかりに多発していて……私が商売を始めても、変に悪目立ちしないだろうという、その一点だ。


 何せ、市街地の至る所で抗争(と、判断するには小規模だが)が起こっていて、銃撃戦を始めとした殺し合いも日常的に繰り広げられている……人間が生きるには中々に物騒な場所だ。


 そんな場所だから、けっこう些細な事で人が死ぬ。不慮の事故ではなく、人に殺されている。そのうえ、只でさえ治安の悪さに拍車を掛けているのが……それに乗じた犯罪組織の存在だ。


 その者たちは、おおよそ他国で禁止されている犯罪行為のほとんどを行い、それで利益を得ているようだ。


 少年少女の人身売買、色々な意味での違法売春、麻薬の栽培から取引……等々など。数え上げればキリがなく、犯罪の吹き溜まりかと思えるぐらいに、ここでは血と死と悲鳴が溢れていた。



 ……それ故に、私はその中で商売を始めることにした。



 もちろん、武器や麻薬は売らない。それは違法だし、結果的に彼ら彼女らを傷付けてしまう場合がある……ので、安全なモノを売る事にした。


 一点を突き詰めた商品……さすがに今の人類では扱い切れない類のモノは影響が大き過ぎるので、今の人類でも扱える類の……法に触れないモノ。



 しばし考えた結果……私は、『食品』を作る事にした。



 もちろん、医療的なモノではない。私が作ったのは、地球でも売られている食品を元に私なりに改良し、味やその他諸々を劇的に改善させたスーパーフードである。



 例えば、私が火星で作ったフルーツ……商品名、『ミラクル・フルーツ』。



 味は地球産のモノと似せているが、食感が苦手な人や、そもそも味が嫌いな人が続けて食べられるよう、摂取してから30分後に強烈な快楽物質を生み出すように設計した。


 何故、それを作ったのか……理由は、娯楽というモノがない住民たちの為だ。加えて、栄養状況が非常に悪かったから……言い換えれば、それは需要でもあるからだ。


 もちろん、害のある副作用は一つとしてない。麻薬のように脳内のシナプスとやらに作用する類ではなく、煙草のような依存性も残さず、臓腑に負担も掛けず、精神を安定させる効果もある。


 つまり、どれだけ多量に摂取しようが太るだけ。快楽物質も二時間で全て分解され、後遺症も余韻も一切残さないという優れものだ。


 他にも、『ミラクル・フルーツ』は吸収率99.9%。地上に存在するどんな液体よりも速やかに体内に吸収されるだけでなく、各種ビタミンと各種ミネラル、各種滋養成分を必要量含ませてある。


 見方を変えれば、地上で売られている栄養ドリンクのフルーツ版みたいなものだ。ただし、効果はこっちの方が70倍近くある。


 短期間の摂取では体力や免疫機能の向上、長期間の摂取では細胞組織の活性化(つまり、若返りだ)を促し、人間の寿命を15年ほど伸ばすことが出来る……そういうフルーツだ。



 それを、私はまず、出店という形で売り出した。いきなり通販は無謀ではという判断から、そうなった。



 もちろん、出店を出したところで知名度が皆無なので、売り出して30日ぐらいは全く売れなかった。


 何せ、3時間しか動けないインターフェイスでの活動だ。交代を挟む事で24時間体制を取ったが、やはりというか……3時間ごとに顔ぶれが変わる店など、警戒されて誰も店に近寄らなかった。



 まあ、彼ら彼女らの気持ちも分からないわけではない。



 見知らぬ顔の異邦人(それも、グループで)がいきなりやって来て店を開いたかと思えば、見慣れぬ食べ物を売り始めたのだ。


 警戒して当然だし、場合によってはよろしくない個体に目を付けられかねない行為でもある。


 事実、店を開いてから13日と9時間35分41秒後、襲われた。相手は、布で顔を隠した……調べた限り、ギャングと呼ばれる集団であった。



 ……後々になって思い返してみる度に実感するが、それからしばらくは中々に忙しない日々で……話を戻して、だ。





 ――最初は何をしに来たのか分からなかったが、どうやら、許しを得ずに店を開いたのが不評を買ったらしい。





 しかし、これも私が調べた限り、その国において店を開く許しを彼らから得る必要はない。大規模な店ともなれば必要だが、それでも、許可の申請を行うのは国であって、彼らではない。



「――どうして私を襲う? 法には、ここで商売をしてはならないという記述はなかったはずだが?」

「はあ? 法が何だって? お前、誰の許しを得てここで店を開こうとしているんだ?」

「……? 何度も言っているが、許しを得る必要はないぞ。店を持たない小規模の場合に限り、個人間での商売は許されているぞ」

「はは……痛い目みねえと分からねえなら、その○○○に×××を打ちこんで嫌と言うほど分からせてやるよ! お前ら、早いモノ勝ちだぞ!」

「人の……いや、話を聞け、私の言葉はお前に通じているのか?」



 故に、私は説明をして拒否をした。理は私たちにあり、彼らにそれは無い事を言葉で示した。


 だが、彼らは納得しなかった。


 理解しない彼らの為に言葉を続ける私を尻目に、彼らは店の商品……すなわち、『ミラクル・フルーツ』を踏み荒らしたり、店を壊したり、私への暴力行為へと移行したのだ。


 これには、大変困った。3時間の寿命だが頑強ではあるインターフェイス越しに、私はとても困ってしまった。


 何故なら、武器の使用は私に課せられたセーフティの中でも、かなり最上位に位置する禁止事項。相手が同じ『ボナジェ』であるならまだ『お遊び』として言い訳できそうだが、人間相手となるとそうはいかない。


 例え向こうからの先制攻撃であったとしても、戦力に差が有り過ぎる。子猫の威嚇に銃弾を撃ち込むようなもので、どれだけ出力を抑えたところで、セーフティが発動するだろう。



 なので――とりあえず、最初の内は逃げに徹した。



 店を壊された所で替えは幾らでも聞くし、フルーツとて現時点で2000トン近くある。そのうえ、インターフェイスの稼働時間が限られているえに、対話も上手く行かない。


 ならば、逃げに徹するのが、最も効率が良いと判断した。


 しかし、彼らは不思議と諦めなかった。何度場所を変えても私を見付け、その度に嫌がらせを行う。何度壊された所で替えが利くにしても、これでは……商売を遂行出来ない。


 故に、非常に気の毒だが……22回の逃走を経て、22回の新規開店を行い、23回目の襲撃を受けた……その日。



「申し訳ない、これ以上の対話は無意味であると判断したので、今後は君たちを処分することにした」

『――てめっ!? 放しやが――ぎっ!? ぎやぁぁぁあああああ!!!??? 俺の腕があああああああ!!!!???』

「あまり動かない方が良い、せめて、苦しまないようにするつもりだ」

『何だ、何をした、ばけ、化けも――げへぇ、止めて許して許して止めて――ぐべべぇ』

「ああ、暴れるな。下手に暴れてしまうから、手が腹に突き刺さってしまったではないか」

『ひぃ、ひああああ、止めろ止めろ止めろ止めろ、止めてくれ俺の腹の中を引きずり出すの止めて許して許してゆるぺぇ』



 ――仕方がないので、襲ってきた彼らを素手で引き千切って処分する事にした。



 臓腑を撒き散らしてもだえ苦しむ彼らを見て、本当に気の毒だと思った。状況を理解出来ずに呆けたままでいる彼らの二人目を捕まえ、引き千切りながら……可哀想だと私は思った。


 何故なら、火星に居る私の装備が使えたのなら、一人の例外もなく苦痛の一切を与えずに彼らを処理する事が出来たからだ。


 けれども、彼らの相手をすることになったのは、1か50か100の三択しか出力できない、力加減の難しいインターフェイス。


 逃走して場所を変えたところで追いかけてくるし、言葉による説得が不可能である。と、なれば、対話が通じないと判明した以上、彼らを処理する手段はそれしかない。



 ……下手に拳で殴ったりすると、弾け飛んだ肉片によって無関係な者たちに被害が広がる可能性もある。



 攻撃ではなく、邪魔な障害物を退かす程度の感覚といったら、想像しやすいだろうか。気の毒でしょうがないが、私はそんな感覚で彼らの手足を千切り、臓腑を千切っては適当に束ねて纏め続けた。


 逃げ出すのであればそれで良いと思ったが、誰もがその場に座り込んだり糞尿を垂れ流したり、意味不明な言語を叫んだり……錯乱していたので、止むおえず……全員、引き千切ってやった。


 おかげで、店が一つ使い物にならなくなってしまったし、只でさえ警戒されて遠のいてしまっていた客足にトドメを差しただけでなく……何故か、追加のギャングたちが私を襲撃し始めてしまった。


 もう……本当に、困った。


 何せ、こいつらまでもが、まるで対話にならないのだ。今度こそと思って場所を変えて見ても、やはり見つけ出して……これでは、商売にならない。




 ……。


 ……。


 …………仕方ないので、襲ってきたギャングたちを1人残らず処理する事にした。とりあえず、ギャングにも組織の違いや派閥があるらしいので、関与していたやつはごく一部を除いて引き千切ることにした。


 作業は至って単純で、繰り返しだ。片っ端から捕まえ、順次引き千切り、焼却処分にする。中には逃げ出す者が居て、追跡に11秒も掛かってしまった者もいたが……それも、処分。



 そうして、除去作業を始めてから62時間と13分39秒後。



 私の襲撃に関与した組織の構成員と、『議員』という肩書を持っていたやつらを引き千切り、紛れていた国のスパイっぽいやつらには言伝をして……それから、散らかった諸々の撤去作業だ。


 この撤去とは、すなわち、除去作業の際に生じた臓腑や鮮血の撤去だ。


 散らばった血液や臓物は、有って良い部分は一つもない。少なくとも、人間に対しては害しか残さない。故に、肉片の一つも残すことなく、焼却を行った。



 ……そんな時であった。撤去と殺菌も兼ねた焼却処分をしていた時に、そいつを見つけたのは。



 ソイツは、瓦礫と岩陰に隠れていた生き残りのギャングであった。


 けれども、さすがにもうやる必要もないので、そのまま放置しておこうと思ったが……どうにも、様子がおかしい。


 スキャンをして調べた結果、お仲間が引き千切られる光景を見てしまった事による精神的なショックによって、大脳に重大な支障をきたしてしまった事が分かった。



 ……次から次へと、そう思ったが、致し方ない。



 これもまた『商売』の一環だと判断した私は、ソイツを一旦火星に持ち帰り、大脳の改善手術を行った。そうして、傷痕一つ残さず回復した後……不必要な記憶を削除してから、開放してやった。



 ――ついでに、せっかくなので『ミラクル・フルーツ』の味と、その際に生じる快感を記憶中枢の奥深くに植え込み、大量のフルーツを持たせておいた。



 いわゆる、宣伝というやつだ。


 『食品』である以上、とにかく食べて貰わないと話にならない。人間たちの間ではCMだとか広告だとかを行うらしいが……この場合は、『試食』か。


 『尾原太吉』の記録にも、『試食』という方法があった。商売の世界では珍しくもない手法だと有ったので、参考にさせてもらった。


 そうして、ようやく……私は、改めて『商売』を再開することにした。





 ……。


 ……。


 ………まあ、すぐに客が来るわけでもないし、宣伝の効果も不明だし、相変わらず私の店を目撃した者たちは例外なく顔を引き攣らせて走り去って行くし……分かっては、いたのだけれども。



 でも、ちょっと辛い。



 もしかして、私はそういった能力が潜在的に掛けているのだろうか……時折こちらを監視している人たちの位置を確認しながら、そう考えていた、二日後の昼。


 目論み通りではあるが、思っていたよりもずっと早く私の下に来た、例の生き残りが……フルーツを大量に購入していった。



 本当に、大量に買って行った。



 わざわざ台車とボロボロの木箱を用意してきて、買えるだけ買うのだと言わんばかりに買占めていった。おかげで、出していた店のカゴが一つ空っぽになった



 ……ちょっと、嬉しかった。よほど、気に入ってくれたようだ。




 ……。


 ……。


 …………と、思っていると、その7日後にまたやって来た。



 ああ、君か。フルーツが欲しいのならば一個……という感じで練習していた口上。けれども、それは……青ざめているうえに妙に体重を落としている彼の叫びによって、遮られてしまった。



『――頼む、売ってくれ!』

「フルーツ一つ○○です。7個の1セットまとめ買いなら、××分お得ですよ」

『――金は無い! 何でもするから、売ってくれ!』

「駄目だ、例外はない。金が無いのであれば、売るつもりはない」

『お願いだ、何でもする、人殺しでも誘拐でも密売でも何でもするから、売ってくれ!』

「え、あの、そういうのは求めていないのだが……というか、お前は私の店を何だと思っているのだ?」

『――分かった、用意する! 待ってろ、幾らでも集めて来るから!』

「いや、待て、ちょっと待て、どうするつもりだ、どうやって金を集める――よし、良い子だ、少し待つのだ、その手に持つナイフを下ろせ」



 ……何を言っているのか支離滅裂ではあったが、用件を纏めれば、金が無いけれどもフルーツを売って欲しいということだった。


 正直、販売に関する例外を作るつもりはなかったが……さすがに、店のフルーツを得る為に強盗してくるよってなれば、そうもいかない。


 けれども、下手に例外を作るとそれが常態化する危険性があるというのが『尾原太吉』の記録にも……ええい、やむおえまい。



 ……。


 ……。


 …………仕方がない。フルーツを一つ渡すから、それを5人に食べさせてこの店を宣伝すれば、その後にフルーツを2個あげる……という体で、宣伝の対価としよう。



 そう告げれば、生き残りの彼は涙を流して何度も頷き……手にしたフルーツを胸に抱え、ばたばたと何処かへと走り去って行った。



 ……。


 ……。


 …………ふむ。



(次に作る奴は、鎮静成分を幾らか増やしておこう)



 品種改良というやつだな……そう、私は自分を納得させた。











 ……さて、そんなこんなで月日は流れ、更に300日後。



 あの日からの300日間は……何ともまあ、思い返せば思い返す程、息つく暇のない怒涛の展開……というやつだろう。


 上手く行くか分からなかった宣伝役の彼は、私が思っていた以上の活躍をしてくれた。


 どのように宣伝したのかは不明だが、彼は必ず新たな客を5人連れてきた。しかも、その5人の内の一人が、彼と同じく別の5人に宣伝を行い……気付けば、ネズミ算が如き勢いで店の存在が知れ渡り。


 店を再開させてから二ヶ月後にはその町に住まう住民の8割近くが私の店の存在を認知し、半年後には住民の9割が店のリピーターになり、200日を超えた頃には……周囲の町にも、私の店が認知されるようになった。



 ……正直、驚いた。と、同時に、私は住民たちを憐れんだ。彼ら彼女らは、よほど娯楽に……食べ物に飢えているということに。



 ……だが、喜びもあった。



 彼ら彼女らが、非常に喜んでくれたからだ。



 これが、『商売の楽しさ』というやつなのだろう。誰も彼もが、私が作った商品を求めている。その喜びに、私は改めて『商売』を明示してくれたエドガーに感謝の言葉を送りたくなった。


 ……とまあ、そんな経緯の果てに、現在の私は……順調に売り上げを伸ばし……こうして今も、『新たな商品の開発』に勤しみながらも、せっせと『商品』の在庫を増やし続けていた。


 おかげで、火星の大地に五つの『倉庫』が出来てしまった。広さ5000ヘクタールの、高さ30kmという、宇宙からその姿が確認出来るぐらいにはある……商品が詰め込まれているだけの倉庫が、だ。


 いちおう、倉庫として考えれば痒い所に全て手が届いているといっても過言ではない優れものなのだ。


 何せ、この倉庫……適切な手順で保管されていれば、中にある生もの(食料品など)の全てが、最低500年ぐらいは腐らず劣化せず、加工した当時のままに保管出来るとマニュアルに記されてあったのだ。


 実際に腐らないのかは500年経たないと分からないが、マニュアル通りのスペックを発揮するのであれば、後は500年は安心だ。


 ついでに、各倉庫用に『核融合発電装置』等を設置したので、もう基本的に私の手を離れているに等しい状態であった。



 ……正直、異様としか言い表せない有様だな……とは思った。



 何せ、詰まっているモノの大半は、何時売るのか……というか、商品になるのかどうか、それすら未定の商品未満の山だ。ぶっちゃけてしまうのであれば、邪魔だなあ……と思わなくはない。


 けれども、不思議な事に……私以外には人気(という言い方も何だが)があるようなのだ……何にって、それはこの星の獣たちに、だ。


 何故なのかは全くの不明だが、どうも……この星の獣たちは『倉庫』を特別視しているような素振りが見受けられる。理由は本当に、検討すら付いていない。


 最初は『倉庫』を巨大な生き物(つまり、生物界のボス)だと判断して警戒しているからでは……と思っていたが、どうも、そうではなさそうだ。



 何といえばいいのか……そう、神聖視というやつだろうか。



 以前、地上を覗いた際に確認した、『偶像の神』を見つめる人間たちと同じ目つき……何となく、そんな目をするようになったような気がする。


 最初の頃はほとんど間引く勢いで行っていた遺伝子改良も、最近はそこまでではない。いや、必要なのでやることはやるが、もはや無くても大丈夫だろうと判断出来るぐらいには……安定していた。



(そういえば……最近のやつは逃げようとしなくなったな……)



 それに伴って、遺伝子改良の対象となった個体にも変化が起きた。これまた最初の頃は捕まえた途端に凄まじい抵抗を見せていたが、最近は……何だろうか、あまり抵抗しない。



 ……こいつら、もしかして私のやっていることを分かっているのだろうか?



 そう、思わなくはなかったが、解剖した所でそこらへんは分からないし、わざわざ装置を作って調べる必要性も皆無だ。それに、可能性の段階だが、獣たちの知能指数が上がって来ているからだろうと私は判断している。


 というのも、まず、獣たち……いや、獣たちに分類して良いのか今では判断に困るが、気付けばこいつら……二足歩行になっていたのだ。



 いちおう、以前より傾向は確認出来ていた。



 大脳の肥大化と、二足歩行とは切っても切れない関係性があるので、そのうちそうなるだろうとは考えていた。


 基本的に四足歩行の獣の身体は、人間たちのような巨大な脳を支えるようには出来ていない。二足歩行とはつまり、発達した大脳を支え、それを生かす為の結果でしかないのだ。


 事実、他の生物とは一線を凌駕する程に発達した大脳、その能力を発揮し始めた幾つかの個体の変化は、私の目から見ても著しいと判断するぐらいであった。


 言葉こそ習得していないが、それに近しいモノを得ていて明確な意思疎通を行い、食料の備蓄や狩りの効率化、武器や防具といった概念を既に理解している。


 さすがに『家』や『村』という概念はまだ備わっていないようだが、その前身……いずれはそうなるだろうという予兆はもう、幾らでも見つける事が出来る状態であった。


 ……なので、もう少し改良を続けた後、必要が無いと判断した時点で、後はナノマシンによる機能増進ぐらいでいいかな……と考えていた。




 ……。


 ……。


 …………とまあ、内政と呼ぶ程度のことでもない事を商売の傍らで行いながら……だ。






 301日目の朝を迎えた私は……何時ものように目視にて『機械太陽』の状態を確認しながら……エドガーたちの連絡を待ち続けていた。



 どのような手段で連絡してくるのかはさておき、火星に居る私の所にまでソレを送るのは大変だろう。


 そう思った私は、彼らが思い至った瞬間に連絡が取れるよう、あの日より常に監視を続けている。


 プライバシーとやらがあるので、頭脳ユニットを解析されたり『連盟種族』から命令されたりしない限りは、胸に秘めたまま……それぐらい、私は連絡が来るのを待っていた。


 けれども、その肝心な連絡が、中々来ない。


 確認した限り、二人の体調は回復している。


 現時点から約290日前の時点で退院し、これまでと同じく精力的に仕事に取り組んでいる。とはいえ、私との連絡が取れない状態に陥っている……というわけでもない。


 『国連』とやらに、私の存在を遠回しにほのめかしているようで、徐々に私という認知させているようだが……見た限り、どうにも手応えが薄いように思える。


 ……いや、まあ、全く受け入れられていない……というわけではないようだ。少なくとも、各国の首脳陣は……私の存在を認知しているのは確実と見ていい。


 パッと各国の首脳陣のプライベートを覗き見た限りでも、私に関する話がちらほらと出ている。あの二人が話したのかは不明だが、既に私の名前……『ティナ』という名称も知れ渡っているようだ。



 ……次に会った時にもう一度訂正しておこう。名前そのものには、何の意味もないと……まあ、そこはいい。



 いちおう、私という存在が居るという共通の認識が成されているだけでも、一歩前進だろう。そこに、各国の思惑というやつが多分に含まれているのは、私にも分かる事ではあるのだが。



 ……。


 ……。


 …………で、話は戻るが、300日間以上の月日が経過した、今。



 地球では今日……というか、現時刻では、一年に一回開かれているという国際サミットも真っ最中。それを、火星より見つめていた私は……その日、決めた。



 ――こうなれば、私が直接話を付けた方が早い……そう、判断したのだ。



 はっきり言ってしまえば、待っても無駄だと思ったのだ。待つこと事態は苦ではないが、セーフティの問題もあって……そろそろ、私の方が焦れてきたわけである。


 そりゃあ、遅くなるのはある程度だが想定していた。


 全ての決定権を握っている私とは違い(当たり前だが)、彼らは絶妙なパワーバランスの上で勢力圏を形成している。言うなれば、互いを殺せる刃を手にした状態で握手をしている状況だ。


 自国内に留まる話であれば、比較的スムーズに事は進むだろう。しかし、それが他国にも……場合によっては世界中に影響が及ぶ問題となれば、全ての工程が遅くなるのも……仕方ないといえば、仕方がない。


 私という存在がそれ程の影響を与えるのかと最初は軽く考えていたが、こうして観察を続けていれば……鈍い私でも、そこらへんは分かってくる。



 だが、それを差し引いても……一向に人間たちの間で話が進んでいないのだ。



 各国が集まって会議を開くこと事態、そう頻繁に行える事ではない。それは、分かっている。だから、私に関する議題のほとんどが、各国内にて終始するのも、分かっている。


 それでも話が進めば良いのだが……毎度毎度、同じ事ばかり言い合っているのは如何なものかと思うし、私が無駄だと判断するのも、致し方ないというやつだろう。



 やれ、私と秘密裏に接触しているのか。


 やれ、国民に隠れて私との密約がある。


 やれ、各国を出し抜いてどうのこうの。



 言葉や言い回しは違うが、中身は何時も同じだ。結局、何が聞きたいのか、何をしたいのか、どのようにしたいのか、それらが何一つ、私には見えてこない。



(まあ、本人(?)が居ないのだ。進む話が進まないのも、当然の事か……)



 いいかげん、エドガーとトニーの二人にばかり矢面に立たせるのも何だと判断した私は、『空間結合』を使って……サミット会場へと足を踏み入れるのであった。







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