第四話の裏 : 素直に聞く、それで解決する話

※第3話の裏、投稿しています。この話はそれの地続きになりますので、先に見ておくと混乱を避けられます







 NASAを始めとして宇宙に携わる者たちの全員(特に、宇宙飛行士など)が、生涯に渡って宇宙に関わる仕事に就いているかといえば、そうでもない。


 資本が有限である以上、雇える人員にも限りはある。また、夢と目標を持って雇われていた側にも事情が有れば退職するし、情勢によって人員の増減は幾度となく起こった。


 なので、当然といえば当然だが、『元○○』として別の仕事に従事している者たちの方が圧倒的に多い。厳しい話だが、それは世界でもトップクラスの予算が注ぎ込まれているNASAとて同じであった。



 ある者はそれでも携わりたいと、宇宙に関わる仕事に従事し。


 ある者はすっぱり夢を諦め、宇宙からは離れた仕事に従事し。



 一見、対極的なようには見える二つ。しかし、どちらかに別れるものの、宇宙への複雑な想いを胸に秘めたままであることは変わりなく。


 様々な悲哀を伴いながらも忘れる事はなく、宇宙事業から身を引く者の大半は、生活の何処かに宇宙の残照を残さずにはいられなかった。



 ……そして、その日。



 ある意味ではNASA職員御用達のレストランが、アメリカのフロリダ州にある。


 そのレストランを切り盛りしているのは、ブロットン・J。元NASA所属の、元宇宙飛行士だった初老の男である。


 彼は、一度として宇宙ミッションを経験する事無くNASAを去る事となった、宇宙飛行士の一人である。


 別段、珍しい話ではない。彼は、優秀な男だ。しかし、優秀なのは彼だけではない。NASAに雇われている者たち全員が、トップクラスに優秀なのだ。


 宇宙へ行くには莫大なコストが掛かる。失敗は許されず、故に、不測の事態に備えてパイロット候補は大勢雇われ……一度としてシャトルに乗ることなく、NASAを退職する者は現れる。


 彼は、優秀な男だ。けれども、周りも優秀である。運が悪かったのか、それとも上層部の覚えが悪かったのか、それは彼には分からない。


 分かっているのは、宇宙へのミッションに選ばれなかった、スペースシャトルに搭乗することは無かった、ただそれだけ。


 だから……という言い方も何だが、彼が経営しているレストランには、宇宙に関する憧れと夢の残照がそこかしこに見受けられた。


 夢は夢として、彼の中では区切りが付いている。しかし、悔しさは残っている。宇宙飛行士の候補として選ばれていたからこその、悔しさ。


 他の者たちと同じく宇宙への道を諦めつつも、『自分には届かなかった夢』を胸に秘めたまま……彼は、もう一つの夢であったという料理の道へと進んだ。



 幸いにも、優秀な彼には料理人としての才覚も秘めていたようだ。



 宇宙飛行士に至るまでの厳しい訓練を幾つもクリアしてきた彼は、経営への苦労も跳ね除け、元同僚たちへの口コミも相まって、店は軌道に乗ったまま……早、十年近くが経ち。


 そして、その日もまた……何時もと同じく元同僚と元上司たちを柔らかく出迎えた彼は、何時もと同じように料理を振る舞い、何時もと同じように夜が更けていく……はずだった。



(……コスプレ、か?)



 何時もと違う確かな変化は、少女……いや、首から下が異形の姿をした、不思議な雰囲気を放っている少女によってもたらされた。



(凄く精巧な造りをしている……素人のモノじゃない。明らかにその道……プロの領域に達している者の手で作られた格好だ)



 彼は……いや、ブロットンは、入口から入って来た見知らぬ少女(少なくとも、首から上はそうである)の姿に面食らいつつも、冷静に観察していた。


 商売柄、店には様々な客が訪れる。此度訪れた少女のような奇抜な恰好もいれば、露出狂かと見間違う程に肌を露わにした客も、極々稀にではあるが、無いわけではない。


 故に、分かるのだ。そういった奇抜な恰好を何度か目にした事があるからこそ、ブロットンには分かる。店に入って来た少女のソレが……素人の出来ではないということが。



 しかし……だからこそ、ブロットンは内心にて首を傾げた。



 奇抜な恰好の出来云々は、ひとまず横に置いておくとして、だ。まず、少女の顔に……というか、少女自身について、ブロットンは見覚えが無かった。


 というのも、少女はブロットンの目から見て、『非常に美しい少女』だと断言出来る美貌をしている。加えて、胸部の膨らみも……何処となく幼い顔立ちとは裏腹に、大人顔負けのサイズである。


 年齢と性格的に、そろそろそういった感覚が衰え始めているターナー自身は冷静に少女を見つめられるが、年頃ならば誰もが少女を放ってはおかないであろう……それぐらい、目立っている。


 そんな娘ならば、疎いブロットンでも噂話程度には存在を耳にしているはずなのだが……それが無いということは、つまり、少女は……この近辺には住んでいないという事の証左である。



 ……で、だ。



 その、奇妙という言葉を体現し、降って湧いたかのような少女だが……どうやら、相当な度胸があるようだ。


 店内に居た者たちの視線を一身に浴びながらも、少女は気に留める様子も無く店内を進み、(その際、足のローラーに気付き、ブロットンは目を瞬かせた)店の奥……机に突っ伏しているマイケルの下へと向かう。


 その動きには、何の迷いも見られない。


 まるで、始めからマイケルの位置を把握していたかのようであり、(おや……?)そこにもブロットンは違和感を覚え……同時に、少女を見つめる元上司たちの反応に、ブロットンは目を向けた。


 一言でいえば、非常に驚いていた。


 それはもう、驚愕という言葉がピッタリ当てはまる形相の元上司たちの姿に、ブロットンは……はっきりと首を傾げて疑念を抱いた。



「……なあ、いったいあの娘は何者なんだ? 他のやつらがあんな反応を見せる辺り、普通の娘ではないんだろう?」



 だから、率直にブロットンは尋ねた。相手は、たまたま傍のカウンター席に居た技術班の職員だが、選んだ理由はちゃんとある。


 それは、困惑するブロットンとは違い、明らかに反応が……つまり、事情を知っているからこその反応であったからだ。



 もちろん、技術班のその職員は、困ったように唇を震わせ……すぐには答えなかった。



 その気持ちは、ブロットンにも分かる。いくら気心知れて内情を分かっている元NASA職員であったブロットンとはいえ、元は元。話せる部分は有っても、今は部外者である事には変わりない。



「この状況だ、俺も巻き込まれたようなものだし、今更守秘義務も糞もないだろう?」



 けれども、同様に、今は状況が悪かった。むしろ、ある程度事情を知っていた方が……そう、ブロットンは職員に訴えれば……職員は、根負けした様子で視線を辺りに向け……そっと、声を潜ませた。



『俺も、映像を一度見たのと解析班からの又聞きでしかないんだが……あの子は、人間じゃないんだ』

『……人間じゃない? 冗談だろう?』



 同様にブロットンも声は潜ませたが、その声色には困惑の色が濃かった。



『俺も冗談だと最初は思った。でも、アレを見てはっきりした。アレは、ジョークでも何でもない、事実だった』



 けれども、職員は真剣であった。ブロットンをからかう素振りなど欠片もなく、真剣な眼差しであった。



『……じゃあ、あの子は何だ?』



 故に、ブロットンは率直に尋ねた。すると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに職員は落ち着きなく視線をさ迷わせた後。



『……NASA設立以来初めての接触となっている、地球外知的生命体だよ』



 ポツリと、そう呟いたのであった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 ――地球外知的生命体、通称『メタルガール(機械の少女)』。



 再び、その姿を見せたという緊急連絡をトニーが受けたのは、残業を終えて帰路に着こうと車に乗り込んだ時であった。


 時刻は夜。深夜というには早いが、今から飲みに行くには少々明日に差し支える時間帯。守衛に一言挨拶をしてから車に乗り込み、ほっと一息……スマートフォンが鳴ったのは、その瞬間であった。



 ……いったい誰だろうかと、取り出したスマフォを片手に眉根をしかめる。



 トニーのスマートフォンは防犯と機密保持の関係から、電話が来ても番号などは表示されない。なので、実際に出るまでは誰からの連絡なのかが分からないようになっている。


 そして、こんな時間に連絡が来るのは、緊急を要する件と、家族からの電話と、後は……悪戯好きなNASA一番の技術屋エドガー・ロックぐらいである。


 家族からの電話は、違う。設定で、家族からの連絡だけは着信音を変えているから、すぐに分かるようにしている。


 エドガーの場合は、勝手に回線を使って悪戯をしてくるが……わざわざこんな時間帯に掛けてくるような性格ではない。そういう部分に関しては律儀な男なのだ。


 と、なれば、だ。消去法で残されるのは……トニーの採決なり判断なりが必要となる緊急事態が起きているということだろう。



 ……正直、トニーは電話を取りたくはないなと思った。



 何せ、時間が時間だ。守衛に挨拶して、気持ちはもう休みたいの四文字。取るべきか、取らざるべきか。職務上取らざるを得ないのだが、正直疲れている。


 出来る事なら、気付かなかったという体で明日の朝までぐっすり休みたいなあ……と、思いながら、スマートフォンを見つめていると。



「――その音は、緊急連絡だね? はて、こんな時間に連絡とは……もしや、結婚記念日でもすっぽかしたかね?」



 突如聞こえて来た声に、ビクッとトニーは肩を震わせた。思わず振り返れば、そこにはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべているエドガーが……後部座席に座っていた。



 ……どうして、エドガーが此処に居るのだろうか?



 困惑や怒りよりも先に、トニーが抱いた感想は……ソレであった。



 何せ、車の鍵は閉まっていた。間違いなく、鍵は掛かっていた。時間帯もそうだし、というか、どうしてエドガーがわざわざ自分の車に……どれぐらい前から乗り込んでいたのか……まるで、分からない。



「いや、なに、私も残業でね。それで、帰る前にふと君も時を同じくして帰路に着こうとしているのを見かけて……つい、驚かせたくなってしまいましてな」



 とりあえず、率直に尋ねてみれば、返された言葉がソレであった。



「……鍵はどうやって開けた? この車はキーレス(鍵無し)タイプだから、私が持っている解除キーが無くてはノブに手を掛けた時点でサイレンが鳴るはずだが?」



 当然といえば当然の、理由云々よりも先に抱いた疑問を続けて尋ねてみれば。



「ノン・ノン・ノン。トニー局長、貴方は防犯設備を過信し過ぎだよ。人が作った物ならば、人の手でどうとでもなる……それが真理というやつだよ」

「……で?」

「一見、キーレスタイプは鍵が無いから防犯に優れていると思われがちだが、何の事はない。鍵穴を騙しさえすれば、差し込むキーが黄金であれ錆鉄であれ、開けられるってことだよ」

「……偽造は犯罪だぞ」

「ははは、互いに知らぬ仲ではあるまい。ちゃんとハンマーで粉々に砕いておくし、年寄りのささやかで迷惑なお節介を、そう邪険に扱うものではあるまい」



 わざとらしく指を振ってリズムよく御教授をするエドガーに対し、思わずトニーは苛立つ。どうやら、本当を驚かせる為だけに車の中で息を潜めていたようだ。



 ……というかこいつ、偽造の技術を人知れず学んでいただけでなく、この為だけにわざわざニセ鍵を作って機会を伺っていたのか?



(馬鹿と天才は紙一重と、昔の賢者たちは上手いことを言ったものだ……!)



 一歩間違えなくても犯罪だし、こんなしょうもない事にNASA随一の頭脳を惜しみもなく使う天才の姿に、正直ため息も出てこない。


 けれども、怒ったところでコイツはへこたれない。同時に、いちいち訴訟を起こす手間暇を掛けたところで、欠片もコイツは気にしないだろう。


 それに、私の心臓に負担が掛かっただけでそれ以外の実害がない現段階で、替えの利かない唯一無二の頭脳を手放すリスクに比べたら……ああ、もう、それも計算の内か。



「……とりあえず、送ろう。ただし、先ほどから鳴り続けている呼び出しが厄介事でなければ、な」



 つらつらと考えても仕方がない事ばかり思考を巡らせていたトニーは、そう己に言い聞かせて気持ちを切り替えた。



「おや、悪いね。まあ、ワイフも既に寝ているだろうし、何なら一杯ひっかけてからでも私は構わないよ」

「……言っておくが、何事も無ければ、だぞ」



 勝手に車の中に入られた方なのは、私なのだが……まあいい。


 そう、トニーは無理やり己を納得させる。そして、気持ちを切り替える意味も兼ねて、トニーはスマフォをタップし、通話に出て――。



「……何だと?」



 ――早口に伝えられた内容に、トニーは一瞬ばかりそれの真偽を疑った。



 だが、それはあくまで一瞬の事で、直後にコレが現実であると認識する。「――落ち着け、私も直ちにそちらへ向かう」と、同時に、よほどの興奮状態にある相手を宥めつつ、エンジンをスタートする。


 そして、通話を切った後。


 トニーは、我知らず震えようとしていた両手を擦り合わせ、自らの頬を張る。そして、何度か深呼吸をしてから……おもむろに、車を走らせた。



「……先ほどの連絡、何だったのかね?」



 そのまま、5分程。仕事場を離れ、公道を走る最中……ぽつりと掛けられた問い掛けに、トニーは今更ながらにハッとエドガーの事を思い出して……仕方がないと、前を見つめたまま答えた。



「例の、『メタルガール』だ」

「――っ! 進展でも?」



 それだけでだいたいを察したのか、エドガーは端的に尋ねてきた。



「パイロットたちが贔屓にしている店にヤツが現れたようだ。理由が真実であるかは不明だが、どうもマイケルと再会の約束をしていたようだ」

「なるほど。それで、私たちが向かう理由は?」

「決まっているだろう。実際にこの目で見て、『メタルガール』の危険性を推し量りたいだけだ」

「……なるほど」



 そう答えれば、エドガーはそれっきり何も言わなくなった。何を考えているのかは分からない。


 普段ならばそちらに気を向けたが……今だけは、それが出来そうになかった。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 ――生まれて初めて対面した地球外知的生命体の実物は、想像していたよりも一回り小さく見えた。首から下を隠せば、ジュニアスクールに通っている子供にすら見えた。




 パッと見た限り、件の少女……『メタルガール』は、どうにも見た目は驚異的ではない。いや、それどころか、何処となく可愛らしさすら見て取れる。


 見た目が小さいのもそうだが、顔だと思われる部分が人間そっくりだからだろう。


 宇宙からの飛来者など、だいたいの者が想像するのはグロテスクな姿だ。それが、どうにも、こうにも……首から下の機械的な部分が、丁度良い具合に宇宙人っぽさを醸し出しているせいなのだろうか。



 ……場所やタイミングによっては精巧なコスプレか何かだとエドガーは思っただろう。それぐらい、奇跡なバランスだともエドガーは思った。



 少なくとも……エドガー自身は、強くそう思った。そしてそれは……この場に居合わせた誰もが似たような事を考えているとも、エドガーは思った。


 事実、パッとエドガーが視線を向けた限りでは……誰一人、『メタルガール』に対して敵意なり警戒心を向けている者はいない。



 ……それも無理はないと、エドガーは思った。



 何せ、この場に居合わせている者たちは皆、大なり小なり宇宙への憧れを抱いている者たちだ。それ自体は、エドガー自身も少なからず抱いている事でもある。


 しかし、宇宙の事をより詳しく知るにつれて、憧れは所詮、憧れでしかないことを知るようになる。


 何故なら、宇宙はあまりに広い。地球の広さなど、宇宙の広さにすればまつ毛の長さ程も無い。そして、あまりに過酷である。


 エドガーを含めた数多の者たちが心血を注ぎ、莫大な予算を注ぎ込み、乾いた雑巾を絞って水滴を落とすような努力を重ねてもなお……人類は、その頂きすら未だに確認出来ていない。


 地球から最も近い衛星である月への行き来ですら、命がけ。それ故に、地球外生命体との接触は……間違いなく、奇跡なのである。


 宇宙の広さを改めて認識するからこそ、現実を思い知っているからこそ、余計に。目の前に現れた憧れに対し、血気を抑えられない若者たちも……仕方ないなとエドガーは思った。



(だが、しかし……)



 そう、そうだ。その憧れが、目の前にいる。だからこそ、見誤ってはならないと、エドガーは強く己を戒める。



 ――その小ささと奇跡に、騙されてはならない。



 件の少女……NASA内部で『メタルガール』とも呼ばれている地球外にて製造されたという少女は、アメリカどころか人類の総力を集結したとしても勝てない可能性が高いと示唆したのは他でもない、エドガー自身だ。



 考え過ぎと問われれば、それまでだろう。


 エドガーも、その言葉を否定は出来ない。



 心の何処かで、『心配し過ぎる歳になったか』と、己の老いに対する複雑な想いが有った事も、否定はしない。



(……なるほど、なるほど)



 しかし……こうして、映像でしか確認出来なかった存在を、実際に目にした時。



(やはり、彼女は私たちが築いてきた科学技術では、その一端すら解明出来ないほどの高度な文明によって製造された1体のようだ)



 やはり、己が抱いた危機感は間違いではなかった……そう、エドガーは強く認識した。



(トニー局長は……ふむ、他の者たちに比べて些か冷静だな。しかし、冷静な対話を行えるまでには至ってはいないようだ……)



 ちらり、と。視界の端、壁際にて、若き職員たちより質問攻めにされている『メタルガール』を観察しているトニーの姿を確認する。


 その姿を見て、彼もまた、おそらくは己と同じ可能性を危惧しているのだとエドガーは……そこまで考えた辺りで気付いたエドガーは、フッと苦笑した。


 ……報告、連絡、相談は社会生活の基本。初歩の初歩である、認識の事前の擦り合わせを怠っている事に、気付いたからだ。


 とはいえ、既に事態は進んでいる。それらを行う猶予はなく、機会を与えてくれた女神の前髪が何時離れてゆくのか……故に、エドガーは覚悟を固める。


 視界の端で、トニーが視線で『止めろ』と訴えて来るが……まあ、諦めてもらおう。


 こちらから彼女と連絡を取り合う手段が確立されていない現状、このタイミングが最初で最後になるかもしれない以上は……もう、やることは決めていた。



「――やあ、プリティーガール。質問攻めの所に悪いけど、少しばかり、この爺とお話する時間を宛がってはくれないかな?」



 タイミングは、見計らっていた。重ねられる質問を順次答え続けている最中の、一瞬ばかりの空白が生まれた、その瞬間。


 人だかりの隙間を縫うようにして入り込み、するりと、少女……いや、ティナ(8番)と名乗った『メタルガール』の前に立ったエドガーは、正面からそう尋ねた。



『――構わない、私はその為に来たのだから』

「はは、そう言ってくれるとありがたい……すまない、こういった時に席を譲って貰えるのは、年寄りの特権だな」



 己に気付いた……見覚えのあるパイロット(名前は確か……カルロスだったか?)が慌てた様子で席を譲ってくれた。おかげで、ソファーに腰を下ろす彼女と、テーブルを挟んだ対面の席が空いた。


 有り難い……が、出来る事なら斜め前からの方が心理的にはgoodなのだが……まあ、そもそも通用する存在なのか不明だし、この際その手の手法は捨てよう。



「――さて、と。私の名は、エドガー・ロック。NASAの技術部の局長を務めている、老い先短い爺だよ」

『爺……なるほど、肉体の老化具合から見て、その言葉は妥当。私の名は、ティナ。8番の意味を表す言葉であり、その名にそれ以上の意味はない』



 席に腰を下ろして、まずは自己紹介。声色は、機械音声……なんてものじゃない。目を瞑っていれば、誰が聞いても生の肉声だと判断される声だ。


 こんな些細な部分一つとっても、人類の上か……それにしても、独特の感想を零すのだなと思いつつ、エドガーはジャブ代わりに対話を続ける。



「私は、君の事を知りたい。そして、出来る事なら仲良くなりたい。その為に私からも色々と君に対して質問を重ねるけど、いいかな?」

『構わない、私が答えられる事であれば答えよう』

「そういって貰えると、こちらとしても助かるよ」



 ……答えられる事で……彼女は何かしらの管理下に置かれているのだろうか?



 気にはなるが、現時点で判断するのは時期尚早。可能性の一つとして頭の片隅に留めつつ、では、と居住まいを正し……確認を兼ねた疑問をぶつける。



「他の者たちから話は聞いているよ。君は、遠い銀河の彼方から来たのだろう? 昔、ここへ来たという話らしいが……もしかして、地球が故郷なのかい?」

『いや、違う。私が作られたのは、遠い彼方であって、此処ではない。故郷と呼べるかどうかは定かではない。ただ、前に此処に居たというのは事実だ』

「なるほど……では、懐かしき地へと戻る目的は果たされたわけだが……他に何かしたい事とか……そうだね、生活をするうえで困っている事でもあるかい?」

『質問の意図が理解出来ない。何故、そのような質問を?』

「いや、なに、前回パイロットたちと君とで対話が成されてから、1年以上の月日が経過している。その間、君はどうしていたのかなあ……と思ってね」

『大した事はしていない。ただ、君たち人間たちを参考に、住居を作っていただけだ』



 その言葉に、少しばかりエドガーは目を瞬かせた。「ほう? 驚いた、何処に作ったんだい?」その台詞は思わず出てしまった、情報収集とは異なるエドガー自身の純粋な疑問と好奇心であった。



『火星に家を作った……というより、作っている最中だ』

「火星に? あそこは地球みたいに動植物が無いから、とても殺風景ではないかな? 住むにしても、不便というか……」

『だから、星そのものを改良した。現時点で、火星の環境は地球とそう変わらない状態になっている。君たちの日数換算で、だいたい410日近くを要し、現在も改良は行われている』

「……え?」



 が、しかし。エドガーが抱いた淡い好奇心も。



『動物も植物も製造し、野に解き放っている。ここほどではないが、いずれはあの星も賑やかになるだろう』



 あまりに規格外の……想像の範疇を越えた、圧倒的なスケールで語られるリフォーム。いや、テラフォーミング……か。


 それを、庭の植木鉢を入れ替えるかのような気軽さで語る、眼前の『メタルガール』。


 辛うじて……腰を浮かさなかっただけでも、奇跡的だろう。思わず抱いた好奇心は砕け散り……後には、畏怖にも似た恐れがふわりと鎌首をもたげたのであった。


 ……もちろん、エドガーはそれを表には出さなかった。


 あくまで、平静に。「――それは凄い、その言葉しか出ないよ」それだけを告げて、話を元に戻した。



「……それで、まあ、君からすれば、私たち人類の営みなんぞ原始時代みたいなものだろう? そういった生活に喜びを見出す者ならばまだしも、君はどうにもそうは見えなくて……その、退屈だろうし、食事とか、困ってはいないかなと思いましてな」

『――食事の必要は無い。同時に、燃料の補給も必要ではない。既に伝えた通り、私は有機的な生命体ではない。食事、排せつ、睡眠、生物が生きるうえで必要となるそれらは、私には存在しない』

「補給の必要も……なるほど、消費し続けなければ生きられない我ら生命体からすれば、夢のような話ですな」

『――また、貴方達の認識する『退屈』という感覚は、私には無い。しかし、理解はしているので、避けられるのであれば避ける。それが、私たちボナジェに与えられた根源の一つである』

「ボナジェ……そういえばソレは聞き慣れない言葉だが、それは君たちを表す名称か何かかな?」

『ボナジェは、私のような存在を示す言葉。私は8番目のボナジェ。貴方達に例えるのであれば、ボナジェは人間、ティナは名前。それ自体に、そこまで深い意味はない』

「ほお、なるほど」



(……種族的な名称か? いや、この場合は機種というより、シリーズ名の一つと捉えるべきか……それに、先ほどの『退屈』を認識していないが理解はしている……つまり、暇潰しで地球を攻撃するなんてことは……限りなく低いのか?)



 心のメモへ次々情報を書き加えつつ、「まあ、私が聞きたかったことはだね……」今度はこちらから話を振る。



「要は、やることを済ませたから暇を持て余しているのではないか、と私は思っていたのだよ。ただ、君は退屈という感覚が無いのであれば、私の取り越し苦労でしかなかったがね」



 ――少しばかり、安堵した。それが、エドガーの偽りのない本音であった。



 というのも、エドガーが危惧していた不安は二つ有る。



 一つは、『メタルガール』が人間と似たような精神構造……すなわち、暇を持て余すという感覚を有しているかどうか、だ。


 人間、暇を持て余すと碌なことはしない。人間の場合はよほどの権力を持ち合わせていない限り、ほとんどは何事もなく終わるが……この場合は、地球全土に影響を及ぼしかねない存在だ。


 彼女にとっては『ちょっとした悪戯』でも、人類にとっては未曽有の被害に成りかねない。


 だから、仮に暇を持て余しているのであれば、どんな手段を用いても満足させておくに越したことはない……と、エドガーは考えていた。


 なので、一つ目に関してはそこまで心配する必要はない事が分かっただけでも、一安心だ。そして、二つ目はと言うと、だ。



『……主たる目的は達成されているが、達成されていない状態を維持している。私は自由にせよという命令が与えられている以上、常に何かしらの目的を定めておく必要があるからだ』



 そう――コレだ。ある意味、エドガーが最も知りたかった部分が、コレなのだ。


 ポツリと零された『メタルガール』の呟きに、エドガーは少しばかり跳ねた心臓を宥めながら……それはどういう意味かな、と尋ねる。



『私たちボナジェにとって、自由というのは与えられた命令内における自由行動でしかない。故に、命令外の行動を取ると安全装置が働き、私自身は待機モードに移行する』

「……つまり?」

『私は、私自身に、真の意味で命令は下せない。故に、与えられた命令を完全な意味で遂行した後で、新たな命令が下されない状態が長く続くと、そのまま待機モードに移行する可能性が……0ではない』

「その、命令とは? 差し支えなければ、教えていただけますかな?」

『私は、主に対してこの星へ向かうという目的を伝え、許可を得ている。故に、私はこの星に居る時点で命令を果たしている。短時間であれば全く問題ないが……現状、どうなるかは私にも分からない』

「……パソコンで言えば、入力されないまま放って置かれたことで電気の消耗を抑える為に待機モードに移行する……みたいなものかい?」

『言い得て妙、だいたいその通り。私は、その待機モードにならないように、何かしらの行動を取り続ける必要がある。』



 ソレは……それこそが、エドガーの聞きたかった部分。返答の声色が震えていないだけでも、重畳。淡々と、これまでの彼女の返答の中では長いというだけのソレに耳を傾け……そして。



(――幸運だ。彼女は、やはり機械的なプログラムとロジックを元に活動している、人に近い形をしているだけのロボットだ! 人と同じく高度な感性を獲得してはいるが、人のような非論理的な行動を取ることが出来ないのだ……!)



 何とか、直ちに地球(人類の)が危機に陥る事態は避けられそうなことに、エドガーは心の底から……表には出さなかったが、深く深く、安堵のため息を内心にて零した。


 ……エドガーが『メタルガール』に対して抱いていた二つ目の危機感。それは、『メタルガール』に『心変わり』という行為を起こせるのか……それに尽きた。



 人間には、多々ある。



 予定通りに決めて進めていた事柄も、降って湧いた事柄が作用した事で急遽方針を変更し、そちらへと方向転換をするという……心変わりというやつが。


 理由は、色々とあるだろう。だが、この際はどうでもいい。


 重要なのは今後、彼女(メタルガール)が心変わりをする可能性があるか……その一点に尽きた。



 そして、答えは出た。『メタルガール』に、『心変わり』は無い。



 必要であるか否か。1か0、生と負。


 理由は無いけど、なんとなく……そんな思考を持たない、それが答えだ。



 生命体が生きるうえで必要となる飲食の必要は無く、燃料の補給も必要としない。


 退屈を理解出来るが正確には認識出来ず、寿命も万単位と長く、命令から離れた行動を取る気もないし、取るという思考もしない。


 与えられた入力に従って出力し、予期せぬプログラムの挙動が起こればフリーズなり再起動を行い、正常に出力を終えれば次の入力を待ち続け……応答が無ければ、消耗を避ける為に自動的にスリープモードに移行する。


 一見する限りではそうは思えないが、根は同じ。彼女は、『メタルガール』は、非常に高度なインターフェイスを搭載したロボット……人型のスペシャルなコンピュータ。



 それが……『ボナジェ』と称する彼女……ティナの正体だと、エドガーは推測した。



(……根本的な部分は1と0の二進数的な考えだ。限りなく近しい思考を取れるが、それでもなおモデルのトレース(物まね)が限界……いや、違うな)



 ――作った主が、必要ないと判断して搭載していない……と考える方が自然か。



 その科学力(と、呼ぶべきかは判断が付かないが)には度肝を抜かれたが、そういった部分を省いたおかげで、気紛れで地球を滅ぼされる心配をせずに済みそうなのは、不幸中の……あ、いや、待て。



(――待て、彼女は先ほど、私に何と言った?)



 安心しかけた思考の中に――ヒヤリと、氷柱が差しこまれた。



(人間を参考に……参考に、だと!?)



 サラッと流されたから気付くのが遅れたが……それは、エドガーにとっては絶対に聞き逃してはならない言葉でもあった。



(――いかん。これは危険だ。私の仮説が正しければ……よりにもよって人間の真似事をし始めているのか?)



 と、同時に……エドガーは、これまでの『メタルガール』の発現から、彼女の状態を急いで推測する。


 これまでの対話で推測出来たのは、『メタルガール』には人間が持つ当たり前の感情を持ち合わせていないということ。


 言葉だけを見れば非常に不安を抱くモノだが、そこはいい。


 問題なのは、人間の真似をしているということ。それすなわち、いずれは人間とほぼ同じレベルでの……人間が持つ欲求を真似しだすということだ。



(住居を作った……いや、惑星ごと改良した目的は、人間が生きるうえで必要な環境を整える為。すなわち、衣食住のうち、既に食と住は真似をして、既に完了している事になる)



 チラリと、エドガーの視線が『メタルガール』へと向けられる。変わらずの無表情が、今ばかりはさらに恐ろしく見えた。



(衣に関しては完全に彼女自身の匙加減だが……それはいい。私たちが気にしなければならないのは、衣食住の確保を終えた後……彼女が行う、真似事の内容だ)



 感覚を認識出来なくても、理解はしている。つまり、彼女は真似をするうえで躊躇や戸惑いが無いということで……言い換えれば、例えそれがどれだけ残酷かつ非道な行いであろうとも、何も感じないのだ。



(順当に考えれば、衣食住の後に来る欲求はSEX……すなわち、繁殖だ。だが、彼女は機械だ。加えて、衣食住の用意は真似事でしかない以上は繁殖を行う可能性も低い……ならば、次は……娯楽か?)



 ……いや、違う。エドガーは、内心にて首を横に振る。



(暇を暇と思えない時点で、彼女には退屈という感覚も無い。退屈を覚えない存在が、わざわざ娯楽という非論理的、かつ、非効率な行動を取るとは思えない……では、何だ、承認か?)



 その可能性も、低いだろう。


 生きる為の衣食住、精神の安定を図る娯楽、それらを満たしたうえで、他者に認められる事で自己を確立するというのも……おそらくは、彼女には必要のないことだ。



 ――では、次に彼女が起こす真似事は、何だ?



 それら全部を済ませた後か、それらをしなかった場合か、それはどちらでもいい。重要なのは、遅かれ早かれ必ず彼女が真似をするであろう……それは何だ、ということだ。



(住む場所を得て、着る物と食料を確保した。繁殖行為を行い、娯楽を作り、承認欲求を満たし、その果てに来るのは、いや、そもそも果てが……いや――違う、そうじゃない、そもそも――そうだ、そうだった!)



 答えは――思っていたよりも早く出た。



(――『安全』だ。もっと正確に言い表すのであれば、『外敵と成りうる因子の排除』。どんな存在であれ、大なり小なり外敵と成りうる因子を排除しようとする――コレだ!)



 と、同時に、エドガーは……生まれて初めて、聡明と称される己の頭脳に苛立ちをぶつけたくなった。出来る事なら、気付かないままの第三者の方が良かったと思ったからだった。



(――マズイ、仮に彼女が人類を外敵と仮定して動いた場合……非常にマズイ事態になる。人類が絶滅するまで、彼女は何処までも徹底的に行動するだろう)



 ……チラリ、と。


 改めて『メタルガール』を見やれば、彼女は変わらず無表情のままに己を……エドガーを見つめている。ガラスの目玉よりも無機質なソレに、エドガーは……一つ笑みを浮かべた後、胸中にて思考を加速させる。



(――目的だ。『メタルガール』に、何かしらの目的を与える必要がある。仮想の敵として、安全を確保する為の侵略をされる前に……)



 店主に注文をしながら、思考を続ける。だが、思いつかない。


 その場しのぎの目的なら、思いつく。だが、所詮はその場限り。エドガーたち人類にとっては難問でも、彼女にとっては瞬く間に達成してしまうのであれば、意味がない。


 ……というか、達成が困難な目的をこちらから与える事が出来るのだろうか。


 先ほどの発現から推測する限りでは、彼女は地球から長く離れる事はないだろう。言い換えれば、地球に……嫌でも、人類は彼女と関わっていくしかない。



「……ところで、地球にはどれぐらいの滞在予定なんだい?」

『この対話が終われば、すぐに戻る予定だ。まだ、私の手を離れて安定出来るほどに、生態環境が整ってはいないからな』

「――なる、ほど。それは残念だ、出来ることならもうしばらく君と対談したかったのだが……どうかな、死を控えた老人の願いと思って、汲んではくれないかな?」

『拒否する。貴方の死が、私の滞在を延長する理由にはならない』

「どうしても? ほんのちょっと、一日、二日でもいいのだが……」

『拒否する、私がそれをする理由がない。夜が明ければ、私は火星に戻る』

「……そうか、残念だよ」



 やはり、『メタルガール』の思考は機械的なロジックだ。情に訴えるやり方は全く通じない……どうする、猶予が無い。

 



 ――エドガーさん、そろそろ俺たちにも順番を回してくださいよ! 俺たちだって、色々と聞きたい事があるんですよ!


 ――銀河の向こうではどんなものが食べられているのかとか、どんな商売が行われているのか、とか。


 ――どんなモノが流行っていて、どんなモノが異性に受けるのかとか、色々とあるんですよー!!




 そうこうしている内に、事態を理解していない第三者……特に、うずうずとした様子で順番待ちしているマイケル(だったかな?)から、声を掛けられた。



(――この大馬鹿野郎ども! 能天気なお前たちの代わりに老骨に鞭打っているんだ、少し黙ってろ!)



 その言葉を、エドガーは寸でのところで呑み込む。


 只でさえタイムリミットが限定されているというのに、これで後二つか三つぐらいしか質問が出来なくなった。


 下手に食い下がることは出来ない。万が一にも、『メタルガール』に勘付かれて……警戒心を持たれていると思われたら、目も当てられ……待て。



 ――そうだ、『商売』だ。



 それは、天啓であった。


 より正確に言えば、順番待ちをしている彼ら彼女らの発言によって誘発された……天啓にも等しい、起死回生の閃き。稲妻が如き煌めきを伴って、エドガーの心を一気に晴らした瞬間でもあった。



「……商売なんて、してみたらどうだい?」

『――発言の意図が分からない。何故、そのような提案をする?』

「そんな深い意味は無いんだ。ただ、家を立て、果樹を植え、家畜を育て、周りも全部リフォームした……となれば、次は回りに目を向ける事になる……と、私は思うのだよ」

『ふむ、そうなる可能性は高いだろう』

「人間の真似事をするのであれば、商売ほど刺激的なモノはないからおススメだよ。何せ、利益を度外視するのであれば、売り出せる商品は無限大。売れなくても、売れるように試行錯誤し続けなければならないから、待機などしている余裕はない」

『……ふむ、一考の余地がある』



 ――いける。



 キュイ、と。無機質な眼孔に収まっているレンズが、僅かばかり動いたのを見たエドガーは……畳み掛ける事を選んだ。



「幸いにも、人類という数十億にも達する商売相手がすぐ傍にいる。おまけに年齢や性別や環境における嗜好の違いも人の数だけ有るだけでなく、商売上のルールを自らに義務付ければ、更に試行錯誤を重ねる必要が出てくる」

『……何故、ルールを設ける必要が?』

「その気になれば何でも有りな貴女がやれば、何事も商売ではなくなる。あえて、私たち人類と同じルールでやるならば、私たちと君との間で無駄な軋轢も生まれ難いだろうし……友好関係は作っておいて、損ではあるまいと私は思うのだよ」

『……なるほど』

「これまた幸いにも、利益がそのまま生活に直結する私たちとは違い、そもそもが金銭など必要としない貴女だ。売れようが売れなかろうが、特に気にすることなく色々と販売してみれば……良い余暇活動になるのではないかな?」



 迷っている暇はないし、チャンスも無い。これで駄目なら後はもう神に祈るだけだと心の中で祈りながら……必死に言葉を選んで誘導する。


 その甲斐が有ったのかどうかは、現時点では分からない。


 けれども、無表情なその瞳の奥で……陽炎のようにあやふやなモノではあったが、手応えのような感触を感じ取ったエドガーは……そっと、席を立つ。



「それでは、プリティーガール。焦れている者たちもいることだし、私はここらで失礼するよ」

『む、そうか』

「とても有意義だった。素晴らしき一時を、ありがとう」

『そうか、それは良かった』



 ……良かった、か。内心にて、エドガーは苦笑する。



(本当にそう思って……いや、そんな感情すらあるのかも不明な君から言われても……寒々しいだけなのだけれども、ね)



 表には出さず、表面上は笑顔のまま。心から此度の対話に満足していると装いながら……エドガーは、そっと建物の外へと向かう。


 背後から……訝しんでいるトニーが小走りに追いかけて来るのを、感じながら。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る