第三話の裏 : 一方、その頃

 ※このエピソードを入れ忘れてました





 おそらくは、宇宙にて積極的な調査を行っているという印象を抱いている者が多いであろう『NASA』だが、その内情は人々が思う程に華やかではない。




 いや、華やかな部分はあるだろうが、それは外部に対して見せている表向きの顔でしかない。


 一般的な企業のように利益を求め続けるモノとは異なるが、それでも、資金が湯水のように注がれているかといえば、そうでも……いや、言葉を濁すのは止めよう。



 簡潔に述べるのであれば、宇宙事業というのは兎にも角にも金食い虫なのだ。



 単純なロケットの設計費用もそうだが、宇宙飛行士だけでなく、それを全面的にバックアップする管制官たちもそうだ。彼ら彼女らは、畑に種を植えたら勝手に育ってくるような存在ではない。


 選りすぐった人材の中で更に選りすぐった人材を育成するとはいえ、無重力空間に対応する為の訓練や、必須となる知識や技術の習得。それらは、一ヵ月や二ヶ月で得られるものではない。


 宇宙飛行士を1人育成するだけで、とんでもない金額が掛かるのだ。そこに、宇宙空間にも対応できる装備などの開発費用……費用は、うなぎ上りというやつだろう。



 ……言っておくが、責めているわけではない。



 誤解を招きかねない言い方にはなるが、宇宙事業というのは札束をシュレッダーに掛けているぐらいに金が飛ぶ。何一つ、けして無駄ではないのだが、先進国であろうともおいそれと手が出せない分野なのである。


 何せ、宇宙に飛ばす有人ロケットを一基。綿密な点検と幾度となく行われる事前のシミュレーションを経て、それを発射台へ移動して乗せるに至るだけでも、相当な金が掛かる。


 ロケット一基の値段(無人ならば、かなり費用は抑えられるが……)を除いても、掛かるのだ。しかも、発射台に乗せたからといって、はいOKというわけにもいかない。



 無事に格納庫から発射台へと専用車を使って運搬させたとしても、だ。



 そこに行くまでに天候が変われば中止になるし、風向きが変わるだけでも場合によっては中止だし、発射前の最終チェックで一つでも異常が出たら中止、パイロットに異常が出ても中止となる。


 そう、実情を知らない第三者からすれば、『本当に飛ばす気があるのか』と首を傾げてしまうぐらいに、飛ばすまでにクリアしなければならないハードルの数が多いのである。


 いったい何故……それは、ロケットを発射した時点で、取り返しが一切つかなくなるからだ。エンジンが動き、燃料が点火して、最終安全装置が外された時点で……後はもう、神に祈るしかなくなる。


 転んでも只では起きないというのが宇宙事業における鉄則であり、失敗しても、その失敗という名の砂粒を一粒残さず掻き集めるのが宇宙事業というモノなのだが……それはそれ、事実として莫大な資金を費やした結果が不作に終わってしまうこともある。


 言い換えれば、数百億、数千億、数兆という莫大な資金を費やし、数百から数千人、あるいは数万にも及ぶ人々が大なり小なり時間を掛け、手間暇を掛け、尽力を注いだ結晶が……一日で消え去ってしまう。


 故に、数百億、数千億、数兆の資金を注いだソレを無駄にしない為に、彼ら彼女らは徹底的にシミュレーションを行う。そのシミュレーションに億単位の金が掛かっても、結果的には安くつくから。



 ……要は、だ。



 テレビやドキュメンタリーなどでは宇宙に飛ばした衛星基地(ISSとも言う)にて生活している宇宙飛行士の部分ばかりクローズアップされるが、何てことはない。


 国営的な事業であるとはいえ、世界の『NASA』もまた、世界に数ある内の一つである……組織でしかない、というわけで。


 その実務は実際のところ、多岐に渡っており、いわゆる花形と思っている部分以外は……いたって地味であるというわけで。


 NASAもまた例外はなく、資金を出す政府が居て、NASAという組織を運営する為に必要な代表者が居て。



「……あ~、うん、その、なんだ」



 その日、その時。


 『非常時用特例通信』という、NASAが設立して初めて使用された(少なくとも、NASAには一例として存在していない)ある種のジョークとして揶揄される、特別な通信を受けた、NASAのトップ連中。


 局長とも所長とも呼ばれたりしているが、NASA内ではトップに近しい肩書を持っている、トニー・タイナー局長を始めとした組織幹部連中数名を伴って、『特別室』と言われている部屋へと入り。


 閉め切られた室内にて。静かな空調の音をBGMに、基本的には使用されていないのだろうということが一目でわかる、真新しい机を囲うようにして座り込んだ彼らは……只々、静かに眼前の書類に目を通す。



「詳細は、そこに記されていることが全てだ。私も、君たちと同様の情報しか知り得ていない」



 月面基地より最優先事項として入電され、プリントアウトされた、誤字脱字だらけの殴り書きのような報告書を、この場の誰よりもゆっくりと読み終えたトニーは……頭痛を堪えるかのように摩っていた頭を軽く振ると。



「そこで、私は君たちに改めて問いたい」



 ぱさり、と。


 投げ捨てられるようにテーブルへと置かれた、その書類。A4サイズの紙を数枚、ホッチキスで止めただけの簡素なその表紙には、デカデカと『地球外知的生命体との遭遇について』と記されていた。



「果たして、ここに記された内容は真実であるか。それとも、エイプリルフールの為に用意しておいたジョークを誤って送信してしまったのか……あるいは、だ」



 溜息を吐きながら、トニーはポケットより取り出したメガネ拭きで、愛用している己の黒縁メガネを拭き……おもむろに、掛け直した。



「そう、あるいは、若き天才リーベル・デヴィンが、何かしらの理由で精神的な不調を来たし、事実と妄想を識別出来ない状況に陥っているか」



 もしくは、だ。



「月に滞在している彼ら全員に異常が起こっているか……そのどれかであろうと、私は判断していたのだが……っ」



 ちらり、と。


 トニーの視線が、己の背後にて佇んでいる男へと向けられる。


 その男は、トニーの秘書を務めている人物で、視線だけで言わんとしていることを察した彼は、脇に抱えていたノートパソコンをテーブルに置くと……二つ、三つと操作をしてから、ぐるりとパソコンを反転させて、集まっている者たちに画面を見せた。



 ――おおっ。



 途端、室内に幹部たちのどよめきが広がる。その幹部たちの視線は、一人の例外もなく、画面に表示された……不可思議な姿をした、少女と判別するにも些か首を傾げるであろう姿を映した、一枚の画像に集中していた。



 その少女……画像に映る少女を、そのように称する理由は幾つかある。



 まず一つは、少女と呼ばれるその存在の体型が、人型であるからだ。両手と両足があって、胴体があり、顔立ちも少女と大多数の者が判断する造形になっている。


 ただし、首から下は……どう言い表せれば良いのかは現時点では迷うところだが、一番しっくり来る表現は、首から下が『機械的』、あるいはサイボーグ的と称すれば……想像しやすいだろうか。


 近くでみれば明らかに『普通の少女ではない』。遠目からでも、同様に確認出来る……とはいえ遠目からならば、だいたいの人が見間違う……かもしれない。そんな、姿をしている。


 また、少女には……つまり、『女』の象徴でもある、男には見られない胸の膨らみ……人間で言えば『乳房』と思わしき膨らみが二つ、確認出来る。そのサイズは、大体の人が豊満だと推測する大きさである。



 ……信じられない。誰かがポツリと、そんな言葉を零した。



 それは、奇しくも……いや、ある意味では必然的な、幹部たちの総意であったのだろう。その証拠に、誰の耳にも届いているはずのその呟きに、異を唱える者は誰一人いなかった。


 まあ、無理もない話だ。何せ、此度のコレが事実であるならば……もうコレは、言うなれば、ありふれた非常事態ではない。



 この映像と報告を送って来たリーベルが正気であるならば。



 仮に、この二つが性質の悪いジョークでもなく、彼女たちがその目で確認した事実をそのままに送ったモノなのだとしたら。



 これは……紛れもない、歴史的な事件で……いや、そんな程度ではない。



 おそらくは、人類史上初めてとなる大事件。火星や金星、太陽系の外にて確認されている星々の、生物が居るかもしれないという推測ではない、実在が確認出来ている異星人とのコンタクト。


 それも、人間たちと同等……いや、リーベルの報告(という名の、推測も入り混じっているが)が事実であるならば、人間とは桁違いの科学力や知性を有した……地球外生命体。



 ……にわかには信じ難い現実であった。



 幹部たち全員が、少女の姿を認識し、配られた資料に目をやり、交互に見比べている。何度も、何度も、何度も……まるで、信じ難い事実を必死に受け入れ……あるいは、それから目を逸らすかのように。



「……結論から言おう」



 けれども、そんな彼らの動揺を既に……立場上、この場の誰よりも早く『宇宙人』の情報を受け取り、この場の誰よりも早く混乱を堪能せざるを得なかった彼は……はっきりと、告げた。



「私は、彼女を……『彼女』と私は呼ぶが、私たちが彼女を受け入れるにはまだ、時期が早すぎると判断している」



 ざわり――と。


 どよめきをは一瞬で消し去り、誰も彼もが言葉を失くして訪れた、一時の静寂。


 厳密にはトップではないが、上層部の中でも地位の高い肩書を任命されているトニーの発言は……それ程に、強い意味を伴っている。


 彼の発言がそのままNASAの決定に繋がるわけではないが、相当な影響力を持っているのは確かだ。



 ……少なくとも、酒の席ではない、このような場においては、特に。



 その彼が、わざわざ自分の意見を明言したのだ。例え本人が後にジョークだと口にしても、この発言は消えない。


 それ程の『力』があるからこそ、集まっている幹部たちは驚きに目を見開くしか出来なかったのだ。



「……それは、NASAとして、でありますかな?」



 とはいえ……集まっている彼らもまた、一筋縄ではない。


 大なり小なり、彼らは学歴社会を勝ち抜いてきた猛者たちである。動揺こそしたものの、事実を事実として受け入れた時点でかれららは既に冷静さを取り戻していた。


 その中でも、真っ先にトニーに発言の真意を問うたのは、技術部の局長……すなわち、技術部全体の長の任に就いている、エドガー・ロックであった。


 彼は、NASA内部において、ある意味では政府の高官よりも発言力を有している人物である。


 何故なら、彼はNASAどころかアメリカ全土を探しても二人といない、優れた頭脳を持つ人物であるからだ。最先端の設備だけでなく、最新式の宇宙服やロケットの開発にも携わっているスペシャリストである。



 と、同時に。



 この場においては(というより、NASA全体においても)最年長の彼は、たっぷりと蓄えた白いひげを弄りながら……普段の飄々とした雰囲気は消え去った、真剣な眼差しをトニーに向けていた。



「無論、NASAを含めて、だ」



 それに対して、トニーは欠片も怖気づくことなく真っ向から答えた。「……含めて、とは?」だが、その言い回しから皮肉気に笑みを浮かべたエドガーは、そのまま質問を続ける。


 それを受けて……トニーは些か気分を害した……いや、少し違う。


 わざわざ言わせるのかという苛立ち混じりの眼差しをエドガーに向けた……が、当の彼は気にした様子もなく、皮肉気な笑みを変えもしない……のを見て、トニーは深々とため息を零した。



「……人類として、だ」

「人類? 理由をお聞きしても?」



 ジロリ、と。トニーの視線が鋭くなった。



「それは、この場の誰よりも理解しているお前が、私に聞く事なのか?」

「さて、わたくしには如何とも。何せ、たった今、これを見せられたばかりでありますからな」

「なるほど、言い分としては最もだな」

「どうぞ、笑いはしません。わたくしもまた、現時点では貴方と同意見なのですから」

「お前は……っ!」



 嫌みの一つでもぶつけようと思ったが、止めた。



(……まだ、私が冷静にはなれていないだけか)



 この程度の言い回し、何時もの事だ。それこそ、NASAに勤めて数十年……今更になって苛立ちを覚えるのは、冷静になろうとしているだけなのだということに、トニーは内心にて首を横に振る。


 ……そもそも、だ。


 政治的駆け引きならまだしも、こういった頭脳と機転が合わさる言語による戦いでは、どう背伸びしても彼の足元にすら手が届かない事を、トニーは知っているからだった。


 とはいえ……エドガーの言い分はもっともだろう。


 老いてなお稀代の天才と呼ばれるエドガーとは違い、トニーたちは天才ではない。他者より圧倒的に優れた頭脳を有してはいるが、天才と思わせるだけの秀才でしかない。


 トニーがエドガーと同じ結論に達したのも、他の者たちよりも考える時間を得ていたからだ。


 少なくとも、トニーが他の幹部連中たちと同じ状況……すなわち、今しがた初めてこの情報を得ていたのであれば、こうはいかなかっただろう。間違いなく、動揺を呑み込むのに少しばかりの猶予が必要だっただろう。



「……そうだな。私も事を急ぎ過ぎた。結論から始めるのではなく、順序を守って発現するべきだったな」



 それを、暗に諭されたトニーは、謝罪の意味も込めた前置きをしてから、「理由は、少なくとも三つある」おもむろに理由を語り始めた。



「まず一つは……彼女と、私たち人類との立場が対等ではないからだ」



 対等……その言葉には幾つかの意味が含まれているのだが、トニーが語る『対等』というモノにはまず、科学力が有ると言葉を続けた。


 何故そう思うのかといえば、現時点では何一つ『彼女』を理解出来ないからだ。


 リーベルから送られた報告には、『彼女』は血と肉で構成された生命体ではなく、機械的な……そう、何かしらの技術を経て生産された、自我を持つ機械生命体であると記されている。



 だが、しかし。まず、そこが分からない。そこから既に、人類の科学力では説明出来ないのだ。



 人と同程度(最低でも)の対話を行えるだけではない。


 そもそもが、未知の言語を瞬時に習得し、それを自由自在に操るという、信じ難いアップデートを行うAIを作ることすら、人類にはまだ不可能なレベルだ。


 そのうえ、そのサイズは人間と同程度。


 なのに、常時浴び続けているであろう太陽からの磁気を気にする素振りはおろか、(これまた信じ難い話だが)スペース・ガンの着弾にもビクともしなかった。



 ……そりゃあ、スペース・ガンの威力は御世辞にも強いとは言い難い。反動を考慮した結果だが、その威力は小口径のハンドガンぐらいしかない。



 だが、生物の身体ならば傷を負わせるには十分。最新式の宇宙服も一発で使用不能に陥らせるばかりか、装着者に相応の出血を伴わせるだけの威力は有している……はずだったのだが、そこはいい。


 重要なのは、ハンドガン程度の威力には注意を払う必要すら覚えないだけの強固な装甲を『彼女』は備えているという点だ。


 加えて、装甲だけではない。仮に空気を必要とせずに活動できる存在であっても、太陽からの放射熱をまともに浴びれば、表面温度は瞬く間に100℃近くにまで上昇する。


 生物である以上は……少なくとも、人類が培ってきた知識の中には、そのような環境で生きられる知的生命体は一つとして存在していない。最も頭脳を発達させた人類ですら、同じだ。


 同様に、機械もそんな高温には耐えられない……というか、理論上は可能だが、人のサイズを維持したままそれが可能かといえば、不可能であるという結論しか出てこない。



「何から何まで、全てにおいて『彼女』の存在自体が、私たち人類の科学力をはるかに凌駕する位置に立っている」



 それに加えて……二つ目の理由。



「リーベルの報告によれば、『彼女』は自らを兵士(ソルジャー)と称した。その意味が、私たちが意味している兵士(ソルジャー)と同じ意味であるならば……事は、NASAだけに留まらない」

「――軍事的侵略であると!?」



 思わず――といった調子で声を荒げた幹部の一人に、「あくまで、可能性の話だ」トニーは落ち着けと言わんばかりにジロリと視線を向けた。



 そう、それはあくまで可能性の話だ。



 可能性としては0ではないが、その数値は低く、警戒こそするものの、そこまで余力を注ぐ必要は無いだろうというのが、トニーの結論である。


 何故なら、仮に『彼女』が尖兵であるならば、そもそも、このような回りくどい方法を取る必要が無いからだ。


 相手は、人類の技術力ではその能力の一端すら解析出来ない存在だ。言い換えれば、その程度の『力』しか有していないというのを、既に『彼女』は把握出来ている……はず。



 つまり、既に偵察や調査は終わっているのだ。



 ならば、『彼女』は次の段階……すなわち、『圧倒的な侵略』か『不平等な同盟』のどちらかに行動を移行するはず……だが、『彼女』はそうしなかった。


 第三の選択である、『対話』を選んだ。それは、『彼女』が理性的な知性を有している可能性を示唆している。


 『彼女』の思考ロジックが人類とは異なるのであればそれまでだが、そうでないのだとしたら希望はある。少なくとも、接触した宇宙飛行士を助けた辺り、攻撃的な性質ではない可能性の方が高い。



 ……まあ、仮に『彼女』が侵略者であったならば、そもそもとっくの昔に『彼女』の背後にいるであろう本隊が動いているはずで、それが無いならば……というポジティブに考えた結果なのだが……話を戻そう。



「『彼女』が、言うなれば廃棄された個体であるならば良い。自我を持つとはいえ、野心を持たない1と0の二進数的な思考で動いているならば、必要以上に恐れる事はない」



 はっきりとそう告げたトニーに、幹部たちは不安そうに互いを見合わせる。「――生命体にとって、原初の判断基準でありますな」それを見て、エドガーがポツリと説明を補足した。



「突き詰めてしまうならば、外敵か、否か。自分を害する存在か、否か。つまり、人類が『彼女』にとっては敵ではないと思っているうちは安全ということですな」



 ……そ、それは楽観的過ぎるのでは……誰が呟いたのかも分からないそのざわめきに、エドガーは笑みを浮かべた。



「いやいや、むしろ逆ですな。二進数的な考えで動いているのであれば、薬にも毒にもならない雑草を狩る理由が『彼女』には無い。必要ならばする、そうでないなら、しない。それが、全てなのですから」



 しかし、根拠もなく……。



 そう言葉を続けながら、なおも不安を露わにする幹部たちを前に、「そもそも、心配するだけ無駄ですな」稀代の天才であるエドガー・ロックははっきりと告げた。



「わたくしたちが培ってきた知識がまるで通じぬ相手だ。もしかすれば、私たちの戦力で容易に抑え込めるやもしれない。逆に、総力を結集しても鼻で嗤われるかもしれない……そんな相手を前に、君たちはどうするつもりなのかね?」



 ……返事は、無かった。



 だが、抑え込むという単語に反応した者が、幹部たちの間に2名ほどいた。それは両方ともが、元防衛相の肩書を持つ人物であったが……当然ながら、エドガーはしっかり気付いて――っと。



 ――唐突に、出入り口の扉がノックされた。



 集まっている者たちが者たちであるから、基本的によほどの理由が無い限り、外からノックされることはない。と、同時に、そういえばこの部屋は機密保持の為に、電話や電波などの一切が遮断された場所であることを誰もが思い出す。


 つまり、それがされたということは……自然と集まる幹部たちの視線を浴びた扉が、開かれる。


 顔を覗かせたのは、月面基地との通信担当を担っている職員であった。


 その職員は、言うなればNASAの誰よりも早く月面の情報を仕入れる人物であり、この場においては誰よりも早く『彼女』の情報を仕入れる事が出来る立場でもある。


 その職員は、緊張感と不安が混ざり合う、何とも力の入った表情を浮かべていた。トニーが入室を促せば、居心地悪そうにしながらも室内に入り……その脇に抱えているノートパソコンに、誰もが視線を向けた。



「用件は何だ?」

「あの、月面基地より新たな報告データが送られてきまして……ひとまず、送られてきたデータをそのままお持ちいたしました」

「――っ! なるほど、ではここに……いや、エドガー、君がまず先に確認してくれ」



 パソコンを置いて手早く操作を始める職員を他所に、トニーはしばし視線をさ迷わせた後……この中では誰よりも冷静かつ客観的に判断する事が出来る、エドガーに命令する。


 立場上、真っ先に確認するのはトニーなのだが……そのトニーが、先に見ろと命令した以上は、仕方がない。


 これは、責任重大でありますな……そう呟きながら、席を開けたトニーに変わり、そこに腰を下ろしたエドガーは、映し出された報告書に目を通し……目を通し……目を通し……っ。



「……トニー局長」

「なんだ?」

「軍隊による制圧は無しですな。それと、間違っても威圧的な反応をするべきではありません」

「……根拠は?」

「報告書が事実であるならば、たとえ戦術核を1000発撃ち込んだとしても倒せる保証がないからですな」



 ジロリ、と。真剣な……と、同時に、どこか面白そうに目を細めたエドガーの視線が、ぐるりと室内を見回し。



「少なくとも、太陽系の外どころか、我らが住まうこの銀河の外よりやって来た……銀河間の移動を可能とする存在と喧嘩をするべきではないと、わたくしは思いますな」



 そう、僅かに声を震わせながら……口にしたのであった。





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