第3話 ある意味、オンリーワンな男・マイケル




 見知らぬ相手に対し、質問を重ねる。



 その是非については私にもさっぱりだが、相手を知ろうとするうえでは非常に重要かつ、余計な誤解が生まれない単純明快な手段であると私は思っている。


 もちろん、ソレとて絶対ではない。


 誤解を生まない為には双方が幅広い知識と客観的に物事を捉えようとする心構えが必要だし、それでも時には誤解を生んでしまうのは、もはや知的生命体の宿命というやつだろう。


 知性というのは、深まれば深まるほど、積み重ねれば重ねるほど、様々な可能性を想定してしまうものだ。それが未知の相手となれば、疑いや警戒心を抱くのは、もはや本能と考えても何ら不思議な事ではない。


 これを防ぐには、互いの信頼関係しかない。


『コイツの事をよく知らなくても、警戒する必要はない』という判断をする為には、信頼という唯一無二の対価を示さなければならない。少なくとも、よく知らない相手に対しては、より強くそれが表に出るだろう。



 だからこそ、質問をするのだ。分からないからこそ、問い掛ける。



 無知は恐怖を生み、恐怖は偏見を生み、偏見は誤解を生む。


 それは人間という知的生命体に限らず、私たち『ボナジェ』も同様で、知らない事は知らないし、おそらくはそうなのだろうという推測で動く時もある。



 知らないのであれば、知ろうとすればいい。

 知ろうとするならば、答えてやればいい。


 答えられない部分は、答えられないと伝えればいい。

 分からないところは、素直に分からないと伝えればいい。



 連盟種族みたいな存在全てがデタラメなやつらならともかく、些細な事であっという間に命を落とす個体ならば、むしろ、無知を無知のままで押し通そうとする方が、私としては好ましくない。


 だからこそ……ああ、だからこそ、私は彼ら彼女らから次々に成される質問を前に、特に気分を害する事はなかった。



「銀河系の……えっと、距離にして何光年分なんだい?」

「おおよそ300億光年ほど彼方にある銀河だ。名前は……君たち人間の喉では発音出来ないし、音としても君たちの耳では聞き取れない領域の音だから、名称はそちらで適当に付けた方が良い」

「さ、300億!? 観測の外にある銀河……そ、その、ということは、ティナは光の速度で300億年間も移動してきたのかい!?」

「いや、違う。私が『ボナジェ』として製造された場所が、ここから300億光年ほど離れた場所に有るというだけだ。移動時間は……その、私にも正確には分からない」

「分からない……? それってつまり、第三者の手でこの地に移動して来たってこと?」

「その通りだ。さすがに自身の動力だけでは出力が足りなさ過ぎる。銀河一つを渡るのに、お前たちの時間で半年は掛かる」

「銀河を半年で……はは、SFもビックリだ……スケールが大き過ぎて想像出来ないよ……」

「私程度でスケールが大きい等と言っていたら、色々と大変だぞ。私では手も足も出ないやつらがうようよ居るのが、この宇宙だ」

「いよいよクトゥルフ神話レベルに話が大きくなってきたな……もしかして、宇宙の中心に神話の生物とかいたりするのかい?」

「……少し待て……ふむ、情報を収集した。クトゥルフ神話という物語に登場する架空の生き物か……近しい存在は居る」

「――いや、待って、情報を収集って、ここ月だよ、ネット回線なんて一つしか……」

「お前たちが使っている回線とやらでは時間が掛かり過ぎる。自前のを使っただけだ。先ほどので、侵入の仕方は習得出来たからな」

「あー……その、つかぬ事をお聞きするが、もしかして、セキュリティを突破する事とかは……」

「突破という言い方は間違っている。足首程度にしかない防壁など、防壁の役目を全く果たせていない。私はただ、跨いだだけだ」

「……ワォ、想像以上にクレイジーだぜ」



 ……だが、しかし。



「それにしても、どうしてこの星にやってきたの? 住んでいる私たちが言うのも何だけど、太陽系なんて、銀河の端っこも端っこに位置する小さな星でしょ」

「……特に理由はない。強いて理由を挙げるとするならば、遠い昔の思い出をもう一度見たくなっただけだ」

「遠い昔!? それはもしかして、地上に残された幾つものオーパーツに関わって――」

「いない、ぞ。私は何もしていないし、何かを残してもいない。ただ、そういえば今はどうなっているのだろうという程度の感覚だ」

「今は……ちなみに、どれぐらい前に来たの?」

「正確な時間は不明。私たちにも時間という概念はあるが、その重要性は貴方たち人間に比べて限りなく低いせいだ」

「……それって、君は時間の速さを自在に変えることが出来るってことかな?」

「『時間の速さ』というのは、定義次第で幾らでも替える事が出来るあやふやなものだ。私の言う低いという言葉の意味は、単純にお前たちに比べて命の有限が長いからだ」

「それは、寿命が長いってこと?」

「寿命という言葉は適切ではないが、間違いでもない。頭脳ユニットを破損するか、動力源の機能停止に陥らない限り、私は……君たちの時間に換算して、おおよそ5万年近くは活動する事が出来る」

「5万……!?」

「加えて、待機(スタンバイ)モードを活用すれば、更に3倍はこの状態を保てる……故に、私にとっても時間というのは大した重要性を持たない」

「なるほど……最長15万年も生きられる者からすれば、10年や20年なんてのは一瞬の事でしかないわけか……」




 ……そろそろ、飽きてきた。




 さすがに……こうも次から次に質問を、それも、私にとっては取るに足らない程度の質問を重ねられれば、もう少し違うことを聞いてくれと思っても、仕方がないだろう。


 何せ、彼ら彼女らの質問のほとんどは、『私自身』に関する事ばかりだ。



 やれ、何処で生まれたのか。

 やれ、何処で育ったのか。

 やれ、どのような理由で製造されたのか。

 やれ、どうやってここに来たのか。

 やれ、どんな目的でここに……もう、そんなのばかりだ。



 ……言っておくが、嫌ではない。鬱陶しいと思い始めてはいるが、私が鬱陶しいと思っているのはそこではない。


 この手段でしか相手を知る手段を持たない人間たちにとって、この行為は避けては通れない事だ。悪気は無く、こちらの機嫌を悪くしないように気を付けようとしているのも、分かっている。


 なので、その点については何とも思っていないが……私が気に食わないのは、こいつらが回りくどいからだ。


 この者たちは気付いていないが……私は対話を続けながら、常に彼らの肉体をスキャンし続け。起こっている変動を観測し、得た情報を蓄積し続けている。


 それすなわち、呼吸の速さや深さ、筋肉や血流の動き。発汗の具合や心臓の鼓動、全身を駆け巡る電気信号のパターンを解析し、それを元に脳内にて行われている思考を推測するということ。


 それで何が分かるかって……ひとえに、彼らの内面というか、思考を読み取れるというか……要は、相手の企みを推測する事が可能になるのだ。


 まあ、さすがにデータも無しにソレは出来ないので、データが集まらない最初のうちは推測というよりは当てずっぽうという言葉が当てはまる精度しかないが……それも、今は昔のこと。


 既に、この者たちに関して(データの流用は出来るが、その場合は精度が落ちる)は十分過ぎるほどにデータは集まっている。



 ……故に、分かるのだ。彼ら彼女らは、非常に冷静で理知的であるということを。



 理解が及ばない未知との遭遇に興奮状態にありながらも、不用意に私の気分を害さないよう、非常に頭を悩ませながら質問をしているということが……手に取るように私には分かった。



(まあ、マイケルだけは例外だが……さて、どうしたものか)



 そのうえで、私は……まず、今後の対応について頭を悩ませる事にした。


 何故なら、良い取ったデータより考えられる彼ら彼女らの思惑はただ一つ。それは、『少しでも長く私を留まらせ、少しでも強く関心を抱かせ、友好的な関係を築きたい』というものである。


 その為に、彼ら彼女らが中々にキワドイ話……私の注意を引き付けたいあまりか、中々にプライベートな事(初対面の相手に、語るべきではない内容と思われる)も語り出している。



 ……私が、以前の私であったならば。『ボナジェ』ではなく、『尾原太吉』として。



 せめて、中身だけでも以前のままであったなら……彼らの、特に、美人であると判断出来るリーベルの話は、実に興味を惹かれたであろうことは、考えるまでもない事だ。



(……離れるべきか、留まるべきか)



 だが……しかし。



(この者たちから得られるデータにはもう、真新しいモノは見られないが……さて、どうしたものか)



 正直……誇張無しの本音を語るのであれば、もう彼ら彼女らと一緒に居る理由が私には無い。


 発言をする度に心拍数やら呼吸数を著しく変動させるマイケルの挙動については些かの興味は引かれたが……それだけだ。


 最初は『尾原太吉』の記憶から来る懐かしさや物珍しさから生じた好奇心に釣られはしたが……もう、それも満たされた。


 彼ら彼女らのプライベートは少々愉快ではあったが、所詮はついさっき知り合ったばかりの、大して仲良くなったわけでもない人間のプライベートだ。


 以前の……『尾原太吉』のままであったならば、もう少し話を聞いておこうという気も湧いただろう。特に、リーベル……この場で唯一である『雌』のプライベートな部分ともなれば、尚更。


 しかし、今の私は違う。


 優秀な『雄』も『雌』も、今の私にとっては同価値。『ボナジェ』の私にとって、人間の雄と雌という程度の感覚しかない。死すれば憐れみは覚えるが、それだけだ。


 だからこそ、仲良くなろうと努力する彼ら彼女らの姿勢に想う所があるとはいえ、もう飽きたから他所へ行こうか……と思い始めているのだが。



(……まあ、マイケルに至っては長年の夢が叶っている瞬間なのだから、名残惜しいと思うのも致し方ないのだろうが……)



 ぶっちゃけ、少しでも離れようとする素振りをする度に悲しそうに……それでいて、必死に注意を引こうとする彼ら彼女らを滑稽に思うと同時に、もう少し言う事を聞いてやりたい……と、思わなくもなかった。



 ……。


 ……。


 …………まあ、それも長くは続かなかったが。



「……情報は得られた。用事が有るので、そろそろ私は行く」



 もちろん、嘘である。『用事など、端から無い』。有ったらそもそも月には来ていないし、なんなら地球にだって向かっていない……というか、何も無いからこうして今、此処にいるわけなのだが。



 ……特に力強い視線を向けてくるマイケルを見やりながら、席を立つ。



 途端、実に名残惜しそうな(マイケル以外は、別の思惑もあるようだが)表情を浮かべた彼ら彼女らを前に、私は……今しがた思いついた事を告げる。



「……用事が済めば、また来る」



 そう言葉を続ければ、当然、マイケルたちは用事の内容に興味を惹かれたようだった……が、構わず私は言葉を続けた。


 人間たちの単位に換算して、何日後になるかは分からないが……とりあえず、一区切りが付いたら行くとだけ話して……ホームの外へと出て、月を後にした。


 もちろん、彼ら彼女らは言葉を変え、私を引き留めようとはした……が、それはあくまで一言、二言であって。


 私の意志が固い事を察したマイケルたちは(マイケルだけは、涙目で悲しそうにしていた)、私に対して手を振って……それで、私と彼ら彼女らのファーストコンタクトは終了したのであった。





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