約束

(十四)



 南極の海中から救出された七人の少年たちは、アメルリア海軍の巡洋艦に無事保護され、艦内のカフェテリアで休息をとっていた。氷の海の中で冷え切った体は、暖房と温かい飲み物により少しずつ回復してはいたが、彼らの心はそれとは反対に沈んだままだった。


 わずか十日足らずとはいえ、いっしょに航海を続けてきた仲間のひとりと、生活の舞台となった潜水艦を失った悲しみは、容易に癒されることはなかった。彼らは誰ひとり言葉を発することなく、これまでの艦内生活をただ思い返していた。


 そんな少年たちのもとへ、ひとりの大柄な軍人が現れた。彼はバーニィを見つけると、ニヤリと笑って話しかけてきた。


「君が、バーナード・キャプリス君だな」


「……はい、そうです」


 バーニィは顔を上げ、その男の顔を見た。彼は、ゴツゴツとした大きな手を差し出して握手を求めてきた。


「私は、アメルリア海軍第三艦隊所属のネイサン・ヘイウッド中佐——」


 ぼんやりと握手しながら、彼の話を聞いていたバーニィだったが、その次の言葉にハッと我に返った。


「——原子力潜水艦、サターンの『元』艦長だ」


「あ、あなたが……」


 目の前にいるのが、ほんの数日前に自分たちと戦った潜水艦の艦長と知り、バーニィは少なからず動揺した。


「心配するな、少年ボーイ。乗員はひとり残らず、無事に帰還した」


「本当ですか? ……よかったぁ」


 艦長の言葉に、バーニィは思わず安堵の表情を浮かべた。


「ところで、だ。ひとつ聞きたいんだが、我々のふねをつぶしたのは、X1エックスワンのコンピュータの性能のおかげか、それとも——」


 ヘイウッド艦長は続けた。


「君たちの、操艦の実力のせいか?」


 バーニィはひとつ息をつくと、まっすぐにヘイウッドの目を見すえて答えた。


「もちろん、すべてX1エックスワンのコンピュータです、中佐」


 それを聞くと、ヘイウッドは大声で笑い声を上げた。


「君は、グレゴリー・キャプリス艦長の息子さんなんだってな、バーナード君」


「はい」


 バーニィは、父親の話が出たことに、少し驚いて返事をした。


「キャプリス艦長は私の先輩で、私のもっとも尊敬する潜水艦乗りサブマリナーだ」


「そうですか……」


「どうだ、君も将来、海軍ウチに来んか? 私が直々に、骨のズイまで鍛えてやるぞ」


「ええっと、考えておきます、中佐」


 バーニィがそう答えると、ヘイウッドは力強く彼の肩をたたき、満足そうな表情を浮かべてそのまま去っていった。




 バーニィはカフェテリアを出て、海の見えるデッキへと歩いていった。

 彼は冷たい風に吹かれながら、マーヴェリックが沈んだ海の方を眺めていた。彼らたちの乗っている巡洋艦は、ゆっくりと南極の海域を離れて、アメルリアへの帰路をたどっていた。

 ふとポケットを探ると、バーニィはマノンのブローチが入っているのを見つけた。そのブローチはあのときと同じように、透き通ったような赤い光沢を輝かせていた。彼はブローチを握りしめ、マノンのことを思い出していた。


「大丈夫? バーニィ」


 そんな彼に、アニスが声をかけてきた。


「アニス……」


 アニスは、バーニィを元気づけようとしてか、努めて明るく振る舞っていた。


「いまね、ちょうど電話でウチと連絡を取ってたの。……ひどいのよ、ウチの父さんや兄貴たちったら、あたしが早く帰ってこないと、ごはんの用意や洗濯をする人間がいなくて困るって。人のこと、いったいなんだと思ってるのかしらね」


「そうか、アニスんところって、お母さん……」


「うん、まだ入院してるの。……だからきっと、ウチの中なんてもうメチャクチャだと思うわ。みんな、おいしいパンを焼くしか取り柄がないんだから」


 そう言って、アニスは海の方を見た。気のせいか、その瞳には涙が光っているようだった。ぶっきらぼうな口ぶりではあったが、彼女なりに家族のことを心配しているのが、バーニィにはわかった。


「僕たち、やっと帰れるね」


「うん……。でも……」


「……」


 ふたりは無言のまま、南極の方を見つめた。

 だが、ふたりがふと手を触れ合ったそのとき、自分たちの耳に覚えのあるメロディがかすかに聞こえたような気がした。


「……あれ?」


「何か聞こえる……」


「アニスも?」


「うん。……これって、もしかして……オカリナの音?」


「まさか……」


 そのとき、今度はふたりの耳に、誰かが話しかける声が聞こえてきた。




 バーニィ アニス 私よ




 びっくりして、ふたりは顔を見合わせた。


「今のは……」


「うん、バーニィにも聞こえた?」


 バーニィは、左手に持ったブローチを胸に当て、アニスと右手をつないだ。




 私 マーヴェリックの中にいるの




「マノン!」


 はっきりとマノンの声を聞いたふたりは、大急ぎでカフェテリアに戻り、興奮気味に少年たちに話しかける。


「みんな、大変だ!」


「マノンが……あの子、生きてるの!」


 バーニィとアニスのただならぬ雰囲気に、エミリアは立ち上がってたずねた。


「いったいどういうこと、アニス?」


「今聞こえたの、マノンの声が! バーニィも、ね?」


「本当か、バーニィ?」


 ジオの問いに、バーニィがうなずく。


「みんな、ちょっとこっちに来て!」


 彼らは誘われるように、カフェテリアを後にした。バーニィとアニスは、先ほど立っていた甲板まで彼らを導いてきた。




 バーニィはアニスと手をつなぐと、みんなに向かって言った。


「みんなもここに並んで、そのまま手をつないで」


「うん、わかった」


 半信半疑ではあったが、少年たちは横一列に並ぶと、互いに手をつないで立った。

 バーニィはそのまま、マーヴェリックのいた方に向かった。彼らもまた、同じようにその方角を向いた。


 それを確認すると、バーニィはブローチを前方に向かって掲げ、目をつぶった。しばらくすると、今度はここに立っている少年たち全員に、マノンの声が聞こえてきた。




 みんな 無事でよかった


 私は 生きているわ だから安心して


 マーヴェリックは ずっと私といっしょよ


 この海の中で これからも 生きていくから


 海は つながっているから きっとまた会える


 そのときまで 私のこと 忘れないでね


 みんな 私と 友達になってくれて


 本当に 本当に ありがとう




「ほらほら、ね!」


「みんな、どうだった? 聞こえただろ?」


「信じられないことだけど、僕にも確かに聞こえた」


「よかったわ……マノン……」


「う、うん。本当にね……」


「なんだ、生きてたのか、アイツ。へっ、なかなかやるじゃねえかよ」


「ああ、そうだな……」


 やがて、その声は彼らには聞こえなくなった。しかし少年たちは、もう悲しむことはない。彼らは、マノンが生きていることを、心の底から信じている。

 子どもたちは、南極大陸が水平線の彼方に消えるまで、ずっと手を振り続けていた。





(十五)



 光の差すことのない暗い海の奥底を、巨大な赤い潜水艦が進んでいく。その潜水艦は深い知識を秘めた電脳ブレインと、無限に続くかと思われる動力エンジンを備えていた。


 その内部の艦長席には、黒髪の少女が座っている。彼女はこの深海の中で、さまざまな生物たちと思いのままに会話を楽しんでいた。


 少女は、金色に輝くエンブレムによって飾り付けられた海軍制帽を、プリンセスの王冠ティアラのように誇らしげにかぶっている。それは、再びその帽子の持ち主と出会うための、約束の証だった。






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電脳潜艦マーヴェリック 猫とトランジスタ @digiman

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