第21話 対オーク共同戦線と、オーク・オーバーロードの軍勢との戦いの始まり

「戻れた、のか」


 とりあえず胸に手を当ててみた。こちらの世界の体の心臓は鼓動してた。我が母ならいったん止めた心臓をまた動かすのも自由自在だろうと割り切って、元の世界の体を心配するのは止めた。


「ユリ!」

「良かった、起きてくれた!ていうか向こうに戻ってたの?」

 イーナはベッドに寝たままの自分にロケットダイブしてきた。ザイルも、ミオーレも一緒にいてくれた。

「どれくらい経った?」

「二日とちょっとくらいかな」

「嘘!だって、ここで寝てから向こうで起きて、また寝るくらいまでで戻ってきたのに」

「嘘ではありません。ユリ様が起きるのを皆さんお待ちになられていましたが、人間側の領域でオークと人間との戦闘が始まりましたので、皆さん出陣されていきました」


 ───最後に向こうに戻った時、数日以上経っててもおかしくなかった。それが経っていなかった分の埋め合わせをされた?


「クェイナやニウエルさんは?」

「ご家族を心配されたニウエルさんに押し切られる感じで、クェイナさんとゴブリン王たちの軍勢も」

「メイケン家本拠地に向かって侵攻してきてる相手を挟撃するって言ってたよ」

「でも、ニウエルさんの魔法の使用制限は、私じゃないと解けないんじゃなかったっけ?」

 私はイーナを抱き抱えたままベッドから降りて尋ねた。

「自分の身を危険に晒せばいいだけの事って割り切ってたよ」

「危なすぎるな、あの人」


 とはいえ、自分の家族たちの危機を防ぐ戦いに加勢したいという気持ちはもちろん理解出来た。


「すぐに私も向かう。案内して」



 その頃のメイケン家プスルム派閥の都ガゼリア。


 ニウエルを介して伝えられた情報を基に、ザンネールは派閥各領主の家族や民を予めその軍と共にガゼリアへ避難させ、損耗を防いでいたが、オーク・オーバーロードは空城となった途中の街や村や畑などには見向きもせずに、ひたひたとガゼリアへと迫っていた。


「たかがオークと侮る事なかれ、か。厄介な敵だ」

 ザンネールは遠見の筒から目を離し、ぼやいた。

「軍と民を安全に集結する事は出来た。武具も糧食も十分。都を覆う壁は高く厚くそう易々とは破られまい」

 メイケン家当主アストランザの表情は言葉とは裏腹に、事態を楽観視してはいないのか、厳しい眼差しでオークの軍勢の威容を凝視していた。


「一万のオーク。それだけでも厄介なのにな」

「半数近くが上位種のハイ・オーク。さらにジェネラルも百体近く。そしてオーガーの大長でさえ警戒を要するオーク・オーバーロードのユニークスキルで生み出されたオークと他種族との混合種の近衛隊。一体一体がユリほどに強いとは、冗談であってほしいものですが・・・」

「今見える範囲にいるのは、オーク・ジェネラルくらいまでのようだが、油断はできん」


 普通のオークでさえ2メーター近いガタイをしている。ハイ・オークともなればさらに一回り以上は大きい。ジェネラルはその上。それぞれに油断さえしなければ十分対応できる筈の相手だった。率いているのが、通常の、オーク・ロードまでなら。


「増援の手筈は?」

「メイケンの遠方の領主達は来るであろう。ただ、数を足しても千には及ぶまい。レイガンは総勢三千の内やはり千も出してくれれば御の字。メプネンは出してきてもオークとメイケンの軍勢が双方噛み合って相当に被害が出てからだろうな」

「王都の商豪たちの傭兵は?」

「報酬を弾んでも千か、二千は無理だろうと聞いている」

「では、やはりゴブリンたちの軍勢が一番鍵になりそうですな」


 ザンネールは、メイケン領都をぐるりと覆う壁の東西南北の門の前に布陣し始めたオークが、内と外両側に向けて部隊を分けている事を見て取り、さらにそのずっと背後に遠見の筒を向けてみたが、まだゴブリンたちの軍勢の姿は見えなかった。


 やがて、四つの門の前が完全に敵勢に封鎖されると、オークの軍勢の後方に投石機が多数据え付けられた。


「弓矢や魔法で狙うには遠すぎるな。バリスタでも届くかどうか怪しい。大盾用意!弓兵は敵が射程に入り次第撃ちまくれ!」


 ザンネールが号令を出したのと同時にオーク側の投石機の匙には何かが乗せられ、次々に城壁やその内側へと放たれてきた。


「瓶?油か何かか?」


 城壁の上にまともに当たる物の方が少なかった。守備兵が構えた大盾に当たった瓶は砕け散ったが、盾は無傷だった。しかし砕けた瓶の中から緑色の半透明の生き物が這い出て、金属製の頑丈な盾をあっという間に腐食させ、空いた穴から盾を支えていた兵士達に降りかかり、その防具ごと溶かして呑み込んでいった。


「ス、スライムだーー!」


 剣や槍や斧など武器による攻撃は全て溶かされ無効化され、犠牲になる兵士が増えるほどにスライムの体積も勢いもまた増していった。


「油をかけろ!松明で燃やせ!」


 メイケンにおいても魔法を使える兵の数はとても限られていて、城壁に行き渡らせることなど不可能だった。

 指示を受けた兵士たちが迅速に油を投げつけ、火を放つことで、スライムは燃やされ、ダメージを受けているように見えた。だが、燃やされた部分以外が弾けて分裂すると、近くにいた兵士たちの体に取り付いて浸食し始めた。


「た、助けてくれぇぇぇ!」

「ひいいぃ、生きたまま食われるのはいやだあぁぁ!」


 あちこちで阿鼻叫喚の様相が繰り広げられる間にもスライム入りの瓶の投擲は止んでおらず、城壁の内側の街並みに着弾した瓶からも当然、スライムがわき出して被害を発生させ始めていた。


「小癪な・・・」

「少々早いですが、イグニオの弟子たちに何とかしてもらいましょう。合図を出せっ!」


 ザンネールやアストランザたちが居る指揮所から、ホラ貝のような大きな笛の音が吹き鳴らされると、奥の扉がばんっと乱暴に開かれて、長い金髪をふぁさりとなびかせた太った男が飛び出してきた。


「遅い、遅いよ、ザンちゃん!このぼくちんを最初から出陣させないなんて人類にとっての損失だってあれだけくどくどと言ったのに!」


 ザンネールはアストランザと少し苦みが混じった視線を交わすと、

「あの五星のイグニオ殿の一番弟子、ヨーウェル殿ですからね。イグニオ殿に次ぐ秘密兵器の扱いとなるのは当然です」

 そんなあからさまなヨイショに、ヨーウェルは気を良くしたのか、さっきとは逆方向に長い金髪をなびかせたが、顔にかかってしまった髪を何度か首を左右に振って払うと、ザンネールの肩をばしばしと叩きながら言った。

「まぁ当然だな。だよな。このぼくちんが、一番やばい相手とされるオーク・オーバーロードの近衛兵たちをばったばったと倒していって、奴の護りを丸裸にする予定だったんだから。で、何が起こってる?」

「敵が、スライムを投擲してきてます。遠方から投石機を使って」

「えっぐいこと考えるな~」

 ヨーウェルは南門左右の城壁の守備隊がオークたちが攻めかかる前から阿鼻叫喚の有様になっているのを見て軽く鼻を鳴らした。

「ふん、まるでぼくちんの為にあつらえたような舞台じゃないか?」

「だからお呼びしました」

「んじゃ、とっとと片づけて、また休ませてもらうよ~」

「ええ、そうされてください」


 ヨーウェルは、たたっと中空に駆け上がると、両手を左右にかざして叫んだ。

「炎よ!」

 両腕の肘から先が大きな炎の玉に包まれ、

「食らいつくせ!」

 炎の玉は大蛇の頭の姿に変じて鎌首をもたげ、兵士たちを蹂躙し増え続けるスライムたちに食ってかかり、瞬く間に焼却・蒸発させていった。

「どんどんいくぞおら~!全てはぼくちんのハーレム実現の為にぃぃぃっ!」

 ヨーウェルは城壁の上の中空を走りながら、片っ端からスライムを燃やし尽くし、投擲されてきている瓶ごと焼却さえしてみせた。


「さすが、一番弟子・・・」

「お前に弟子入りさせずに良かったな」

「性格というか人格に難があるにせよ、格が違います」

「まぁそれはともかくだ。相手も小手調べの段階だろう。イグニオはまだまだ出せんな」

「はい、父上」


 ヨーウェルはすでに西門の上を通り過ぎ、北門へと向かっている最中だったが、瓶の投擲は止まぬまま、オークたちがいよいよ城壁に寄せ始めた。


「弓兵たち、近づけさせるなっ!」


 指令所付近は意図的に攻撃を避けられているのか、損害が少なく、指示に従おうとした弓兵たちが身を乗り出すように矢を放ったが、オークたちは怯む事無く盾を頭上に掲げながら迫ってきた。


「妙だな。連中、腕力に任せて城壁を上ってくるつもりか?」

「大梯子が、無いな」


 そして、ついに城壁に取り付くオークたちが出始めた頃、弓兵が真下に矢を放とうとして、あちこちから同時に警告の声が上がった。


「スライムが、黄色いスライムが、足場を形成していますっ!」


 声を上げた兵士は、城壁の上へと突如として姿を表したオークに喉奥を剣で刺し貫かれて絶命した。

 ザンネール自身も城壁に取り付いて下をのぞき込んでみると、地表部分でスライムの体を変形させた足場に足を乗せたオークは、三秒もかからずに七メートル近くの高さのある城壁の上にまで運び上げられていた。防壁上のあちこちで複数のオークたちが迅速に展開していく様子にザンネールは決断した。


「これは、まずい。私も出ます。指揮はお任せします。油をかけ火をかけろ!スライムの足場をなくせ!さもなくばこのまま落とされるぞ!」


 自身も魔法の使い手として名を馳せていたものの、イグニオの一番弟子と張り合えるほどではないと自覚していたザンネールは、ためらう事なく中空に飛び出ると、間近にあった黄色いスライムに炎の弾を連続して放ち、運ばれていたオークたちごと焼き尽くした。


「まだ始まったばかりだというのに、近衛兵やオーバーロード自身が出てきてさえいないのに、すでにこんなにも危ういとは・・・!ユリ、急げ!早く戻ってこい!」


 ザンネールは立て続けに魔法を放ちながら、疲労ではない理由からイヤな汗をかき始めた。


 その頃、クェイナとゴブリンとオーガーと一部のオークの合同軍は、メイケンの都へと向かう途上で、オーク・オーバーロードと近衛兵とジェネラルたちのほぼ全ての軍勢と対峙していた。


「数ではこちらが圧倒していますが・・・」

 クェイナの表情は厳しかったが、暗くは無かった。

「ゴブリンたちは正面から近衛兵たちをどうこうしようとはしないように。あくまでもオーガーやオークの皆さんが受け止めて下さっている間に、横合いや背後から足の指や腱などを狙っていきなさい。毒や薬の類も積極的に使いなさい」

 ゴブリン王たちがゴブリン語で隊長たちや下々の兵士たちに指示を伝え、オーガー一人には十人以上が、オーク一人には二十人から三十人のゴブリンが支援についた。


「百のオーガー。二千のオーク。二万以上のゴブリン。対するはオーク・オーバーロード、その近衛兵約五十。ジェネラルはおよそ百。数からいけば負ける筈の無い戦いですが」

「アア。オーバーロードヒトリニカテナケレバ、スベテガノミコマレ、オカサレオワルダロウ。ワレトムスメトガ、ソナタノマモリトナル」

「心強い事です。オーガーの大長。幾重にもお礼を」

「レイハ、イラナイ。ムスコ、トリモドス。ドウホウタチノ、カタキウツ。ソノタメダ」

「はい、存じております。勝ちましょう」

「モチロンダ」


 そして少数のオーバーロードの軍勢を包み込むように動き始めたゴブリンたちの合同軍の前には、小山の様な大きさの獣の体にオークの上半身が生えているような奇っ怪な姿がいくつも現れた。


「ケンタウロス、ではありませんね。魔獣を犯して生ませた子らですか」

「そうだ。オーク・オーバーロードのママシュのユニークスキルは、雄だろうがはらませて産ませておしまいではない。産まれた者共は例外無く母体となった者より強く、しかもオーバーロードに完全な忠誠を誓う」

 オーバーロードと袂を分けたオーク・ジェネラルのミスドが忌々しそうにクェイナの疑問に答えた。

「私自身もオークと人間との混ざり物だが、あれは不自然に生まされた物だ。作戦通り、近衛兵たちの相手はオークとオーガーに任されよ」

「ええ。しかし」

「しかし、なんだ?」

「ニウエル様は、おとなしく引っ込んでいるつもりは無いようですので」


 猪や、獅子、虎、熊といった獣をベースにした物もいれば、大蛇やヒュドラ、他にも魔大陸にしかいないのだろう魔獣の背にたくましいオークの上半身を生やした十騎以上が、地竜との混合種を中心に据え、長大で無骨な黒鉄製の重槍やハルバードを構え、地響きを立ててゴブリンの軍勢に突きかかってきた。

 数からすれば十対一どころか百対一以下の劣勢をオーバーロードの軍勢は微塵も気にせず、先頭を駆ける魔獣たちの咆哮だけで、オーガーやオークたちの背後に控えるゴブリンたちは怯え、浮き足立って逃げたそうに何度も後ろを振り返った。


 だが、両陣営が衝突しようとしている空間のまっただ中、ゴブリンやオーガーやオークたちの最前線に居たのは、たった一人の人間の女性だった。

 その正面に居たのは地竜の体にオークの上半身を生やした魔獣だった。彼はほとんどの武器や魔法の攻撃を素で跳ね返す地竜の装甲に絶対の信頼を寄せていたので、目の前の人間をただ踏み潰し、その背後に控えるオーガーたちを蹂躙しようとそちらを凝視していた。

 だが、女性が両肩の上に大きな雷の玉を出現させた事で注意を彼女に向け、地竜の咆哮を浴びせ、前足の片方を振り上げ、蹴り飛ばそうとした。


「自衛の為でないと魔法が使えないっていうの、本当に面倒よね。一体ずつ敵意を向けさせないといけないんだもの」


 ニウエルは眼前に迫る巨木の様な地竜の足にはかまわずに地面に両手を地面に着き、巨大な土の槍を形成。その先端を鉄で覆いさらに魔力のコーティングさえかけ、地竜の頭部を下から打ち抜いた。

 地面からのアッパーカットを食らった地竜は、さすがの装甲の厚さで口腔の外皮をわずかに削られた程度の傷しか負っていなかったが、顎先から中空に向けて打ち上げられ、背中向けに地面に倒れ込もうとするのはさすがにまずいと背中に生えたオークは体をよじろうとしたが、ニウエルが肩の上に留めていた雷玉から稲妻が放たれて痺れさせられた。

 それはほんの一秒にも満たない短い間だったが、気づいた時には地面はもうすぐそこに迫り――――


ズズウウンッ!


 十トン以上はありそうな巨体がもんどり打ってひっくり返れば、その背中に生えていたオークの上半身が無事でいられる訳も無く、地竜の体ごと動かなくなった。

 その背後に続いていた近衛兵の魔獣も地竜の頭部の直撃を受けて潰されていたが、周囲を進んでいた者たちはさすがに衝突を避けて、ニウエルに狙いを定めて襲いかかった。


「そう、どんどんかかってきなさい。相手をしてあげるから!」


 ニウエルを楔のように突出させながら、オーガーたちがその背後を護り、オークやゴブリンが周囲を固め、オーバーロードの近衛兵たちの突進をしっかりと受け止めていた。


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女だけど異世界ハーレム(逆ではない)目指してみ、ました?(常時疑問符付き) @nanasinonaoto

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