第20話 夢と、変容した現(うつつ)と


 私はたぶん、元の世界のようなどこかで、誰かと向かい合っていた。その顔はおぼろげで輪郭ははっきりしていなかったけれど、少し楽しそうな表情をしていた。もっと言えば、少し意地悪そうな表情だった。

 彼女は、向かい合ってる誰か、たぶん私なんだろうけど、声は聞き覚えが無いものだったし、言ってる内容に心当たりは、無かった。だって、

「・・・例え99回生まれ変わっても、あなただけを愛してみせる!」

 なんて告白していたのだから。

 いや無理だろ、と、自分で自分に突っ込みを入れたが、その場にいる二人には聞こえてないらしい。夢だしね。

 でも、私の告白を受けた誰かは愉しそうに微笑んで言った。

「ーーである私に愛を告げるだなんて、しかも99回生まれ変わっても私だけを愛してみせるだなんて、身の程知らずもいいところ。でも、私は優しいからあなたに機会をあげましょう。あなたがあなたの言葉を真実にしてみせた時、私はあなたの恋人となってあげましょう。あなたが死ぬまで寄り添い、あなたの理想とする恋人として添い遂げてあげます。でも、もしもあなたが言葉を違え、ーーの期待を裏切ったのなら、あなたにはとてもとても楽しい罰を与えてあげましょう」

 ここで、夢の中の場面の筈なのに、告白を受けて課題を課した誰かが、告白をしていた私ではなく、その傍らにいる体も持たない筈の私に視線を合わせて告げた。

「さあ、それでは待ちに待った、とても楽しい時間の始まりですよ。あなたは失敗した。私の期待を裏切った。とはいえ、98回までは課題を果たし続けたのですから、最後くらいは幸せな、ええ、それは幸せな生を送る機会を与えてあげましょう。いつかその全てが失われてしまうかも知れなくとも。少しだけ残念でしたよ、ーーー。もしかしてあなたがやり遂げられるのかもとほんのちょっぴり期待していた私もいたのですから」


 わざとらしく目の端をこすってみせた誰かの容貌はおぼろげなままだったけれど、声というか、話し方は、何となく、聞き覚えがあるような気もした。

 でも、最初の生を含めれば99回もつきまとってたなら、そりゃどっかで聞き覚えもあるのかーとか、どんなひどいストーカーだよそれとか、自分に突っ込みを入れていると、目が、覚めた。


 元の世界で。


 見慣れた天井の蛍光灯。勉強机。学校のかばん。あまり女の子らしい要素が無い部屋の様子は、最後に眠りについた時のままだった。


「眠っても戻れなくなってたのにどうして?」


 つぶやいてみて、心当たりはあった。さっきの夢の中での誰かからの言葉は、まだくっきりと記憶に残っていた。


 クェイナの姿は、もちろん部屋のどこにも見えなかった。枕の傍らには、スマホが置いてあって、カバーがなんだか見覚えが無いモノな気もしたけどそこは問題じゃない。電源ボタンを押してみて、月日と時間を確かめてみた。


 うん。最後にこちらで寝て、普通に起きてたらこれで正解というものだった。

 でもじゃあ、あちらであった事は全部無かった事になっているのかとか、また戻れるのかとか、戻れたとしてオーク・オーバーロードとの戦いに間に合うのかとか、不安はつきなかった。


 でも、もう一度スマホの電源ボタンを押した時、暗い鏡のようになったスクリーンに映った自分の顔を見て、私はベッドから跳ね起きた。

 部屋の片隅にある姿見の大きめな鏡にとりついてみて、元の面影はあるんだけど、ごつくもいかつくもない顔つきになってた。なんていうか、女の子らしいというか?

 部屋に置いてある写真立てとかの自分の姿は、自分の記憶にあるモノだった。


 まずくない?

 身長は若干低くなり、体つきも筋肉全開!な感じでは無くなってた。たくましくはあるけれど、常識の範囲を少し外れた程度な?


 眠りに落ちる前には子供を作ったり初体験して、眠ってる間は変な夢見せられて、目覚めたら元の世界に戻ってて姿形が変わってたりして、私は思考が停止してパニックに陥った。


 そんな時でも、いや悪い時にこそ悪い事は重なるもので。


「ゆりー?いつまで寝てるの?早くおきなさー」

 母がドアをノックして開けて私を見た。目をぱちくりして、目をこすりながらいったんドアを閉め、もう一度開け直して、

「ーい? ・・・い、いったい誰?ゆ、ゆりっぽいけど」

「うん、百合だよ、あなたの娘の」


 私は絶句する母に向き合い、とりあえず事実を告げたのだった。


 母はしばし衝撃を受け止める合間を設けてから、

「とりあえず朝ご飯よ。降りてきなさい。それから話を聞かせて。学校には急な発熱で休むとか適当に伝えておくわ」

「信じてくれるの?」

 母は扉を閉める前に、少し格好付けて言った。

「母親が娘を信じてあげられなくてどうするの?」


 ぱたんとドアが閉められた後、私は着替えながら、ポケットにセピアスがくれた宝珠が残っているのを見つけてほっとした。机の引き出しには、異世界で撮って現像した写真も入っていた。


 良かった。本当に良かった。

 証拠も無くて異世界転移したとか説明するはめにならなくて。証拠が無くても我が母は信じてくれたかも知れないけれど、何か痛い子みたく見られてしまうのは辛かっただろうから。


 顔とか姿が変わっても過去改変は無かった。つまりこれは、夢の中の誰かが言ってた事に絡んでるんだろうなと推測しながら、私はキッチンテーブルについた。

 いつもの目玉焼きトーストにベーコンスクランブルエッグにオレンジジュース。中央にサラダの大皿があって、反対側にも同じメニューの品が並んでた。

「とりあえず、食べましょう。話は食べ終わってからでいいわ」

「ありがと・・・」

「お礼を言うのは、まだ早いかもね」

「そうだね。じゃ、いただきます」

「いただきます」

 そうして、物心ついてからずっとそうしてきたように、二人での食事が終わり、私が食器類を片づけてる間に、母がお茶を入れてくれて、また食卓に向かい合って座った。


 どんな順序で話したものか悩んでたら、柔らかく促された。

「とりあえず話してみなさい。あなた自身も混乱してるみたいだし、話してる間に頭の中で整理ついたりもするでしょ」

「そうだね。えっと、そしたら、始まりはね。私が駅のホーム下に突き落とされた事があったでしょ?」

「うん」

「あの時、気が付いたら、こことは違う、異世界にいたんだ」

「は?」

 当然のリアクションだけど、私もくじけなかった。

「うん。だから、異世界。えーとほら、剣と魔法のファンタジーっぽいの。映画とかアニメとかゲームに出てくるモンスターもいたり」

「あなた、今そういう何かにはまってたっけ?どっちかっていうと格闘系とかじゃなかった?」

 こめかみを人差し指の先でぐりぐりしながら母が尋ねてきたので、私は宝珠とクェイナたち異世界の存在を写した写真をテーブルの上に置いた。

 母は無言でそれらを手に取り、写真のどれもが高校生が文化祭の出し物とかでどうにかなるようなレベルのモノでは無い事は理解してくれたらしい。

 母はその中でも、クェイナと私が並んで写った一枚を手にして尋ねてきた。

「これは誰なの?あなたと親しげだけど」

「クェイナっていう、ゴブリンと人間の間に生まれた女性で、その・・・・・、私の・・・・・こ・」

「わかった。まだわからない事だらけだけど、異世界とやらに行った後、何があったのか、全部教えなさい」


 私はうなずき、覚えてる限りのほぼ全てを語った。ワッハウの街や領主家族を助けた事。セピアスやクェイナとの出会い。この世界との往来。ザンネール閣下を巡るあれこれやスキルや魔法の訓練、オーク・オーバーロードの侵攻、そして目覚める前までにあった、クェイナとの・・・・。いや、そこだけは濁したというか語れなかった。だって、ほら、ユニークスキルで子供作ったとか意味不明だし、その後の事は単に恥ずかし過ぎるのもあって、無理だった。


 途中、何度かお茶を注ぎ足したり、お茶菓子をつまんだりしながら、お昼前くらいになってようやく話し終えると、母は両手の人差し指で左右のこめかみをぐりぐりしてから、んーーーっと両手を組んで頭上に伸ばし、

「お昼、何食べる?」

 と、ある意味、話の流れを全部ぶった切る質問をしてきた。私はその気遣いに感謝して提案した。

「じゃあ、焼きそば、とか?」

「いいね、乗った。確か、まだ麺とかあったよーな。あった!普段の行いが良いせいだね!ぶたこまとかもあるから完璧!」

「えっと、私、作ろうか?」

「んー、ユリ、あんたさ」

「うん」

「あっちに戻りたいんだろ?」

「そうだね」

「出来れば、ずっと向こうで、そのクェイナって誰かと一緒にいたいんだろ?」

「そう、出来たらいいね・・・」

「なら、がんばればいいんじゃないか?」

「がんばればいいって」

「自分に出来る事は全部やればいいって事だよ」


 そうして母は調理を始めてしまい、手と時間が空いた私は考えた。

 自分に出来る事。全部。

 そうしてすぐに思いついて、母に尋ねた。

「ねぇ、午後にだけど、友達を二人呼んでもいい?」

「かまわないよ。必要なんだろ?」

「うん、ありがとう。お母さん」

「礼なんていらないよ」

「それでも、ね」

「それでも、だ」


 私を母が授かった経緯は、世間一般からすればたぶん不幸な出来事だったけれど、私は、この母親から生まれて、育てられて、本当に良かったと心から思えた。


 私は焼きそばが出来上がるまでに祐ちゃんとゴンド君にSNSで今日来れないか打診してみた。二度説明するのは手間だし、もし戻れるのなら、たぶんゴンド君の知識は必要になる。

 学校のお昼休みの時間に二人からOKの返事をもらい、祐ちゃんにゴンド君を連れてきてもらう事にした。


 そういえばと、一番深刻な問題に思い当たって、母に尋ねた。

「学校どうしようか?」

「ん?向こうに戻れなくなってたら気にすればいいじゃない?」

 あっけらかんとした返答をもらって拍子抜けしたりした。


 私は他にも医療関係について母にアドバイスを求め、返答を元にドラッグストアなどに買い物に行って戻ってきたりして過ごした。その間に、直前の往還で撮ってきた写真も現像してもらい受け取ってきた。

 それからご近所さんの誰かと行き違っても、小暮百合じぶんだとは気付かれなかった。学校だともっと大変な事になるなー、とも実感できた。



 やがて放課後の時間となり、祐ちゃんに連れられたゴンド君が家にやってきた。母が招き入れてくれて、私はキッチンで二人を迎えた。

「え?」

「誰?」

 という反応に、

「ユリだよ、小暮百合。そう見えないかもだけどさ」

 祐ちゃんのが早めに受け止めてくれた。

「おばさんにはもう説明したの?」

「うん。朝起きた時に見られて、説明しない訳にいかなかったし」

「例の、あっちの世界での出来事絡みって事でいい?」

「そうだよ」

 そこでゴンド君もがばっと食いつくように話題に飛び込んできた。

「まさかと思うけどっ!異世界と行き来してるのっ!?」

「そんな感じ」

「くぁあぁぁあぁあっ、う・ら・や・ま・すぃぃぃっ!!!」

「ゴンド君、キャラ変わってるよ」

「これが落ち着いていられるかぁあ!?何々じゃああの書いてみようかなとか相談してきてたのって」

「そういう事。で、今はもっと大変な事になってるから、ゴンド君にも相談したいなって」

「えっと、そしたらさ!」

「無理」

「まだ何も」

「いや、向こうには連れていけない。転移できるの私だけだし、転移する条件もあやふやなの」

「あやふやなら、ぼくを連れていける条件だって」

「もしかしたらあるのかもね。でも、少なくとも向こうからこっちに戻る時は身体が接触した状態でも、その相手は移ってこなかったよ」

「でも、ダメもとでも、一度くらいは!」

「どうしてもっていうなら」

 私は母にちらりと視線を向けたが、首を左右に振られた。

「よそ様の子供を、帰って来れるかどうか判らない場所に送り込めないよ。あっちで死ぬかも知れないんだし」

「でも、ユリさんは」

「ゴンド君、とりあえず話をいったん聞いておいた方がいいと思うよ」

 祐ちゃんの言葉と、母の譲りそうにない態度に圧されたのか、ゴンド君はいったんは引き下がった。

「う、うん・・・」

「おっけ。じゃあ、改めてだけど、説明するね。私に何が起こって、どんな状況になっているのかを」


 午前中に母に説明した内容をほぼ繰り返し、所々でゴンド君からのメタ的な質問にも答えたりもしつつ、夕方日没の時間くらいまでには話し終えた。

 聞き終えたゴンド君は、

「ふわぁ~。異世界転移とはちょっと違うけど、スーパーマンみたいだね。小暮さんが十倍パワーとか、マーベルヒーローもかくやみたいな」

「この体つきになっちゃったから、パワーダウンしちゃってるかも知れないけどね」

「ふぅん。でもそれって、悪い事ばかりなのかな?」

 祐ちゃんの質問は、少し意地悪な感じがしないでもなかった。

「ある日目覚めたら見覚えの無い美人になってましたとか、ちょっとね。自分が自分だって証明するのも大変だし、向こうに戻れなくなってたら、学校とかどうしよって感じだし」

「過去改変が混じってなくて幸いみたいな?」

「そうだね、ゴンド君。その場合、クェイナたちとのつながりまで全部無くなってたかも知れないし、それは、嫌だったかな。ていうか絶対にヤダ」

「まぁ、向こうへの戻し方には当てがあるからまだ心配しなくていいよ。それでうまくいけば、向こうでも同じ事してもらえばまたこっちにも戻れるかも知れないし」

「じゃ、じゃあ、もしかしたらぼくも?!」

 ゴンド君は瞳を輝かせたが、

「たぶんそれは無いと思う。痛い思いして終わるだけかな」

「どういう事ですか?」

「娘のユリだから試せるんだけどね。まずはその結果待ちかな」

 母はそう言ってゴンド君の質問には答えなかった。


 そうして次は、オーク・オーバーロードと、そいつが纏っているというリビングスライムアーマー対策について話し合った。もちろん、ゴンド君のラノベ系知識を当てにして。とりあえずクェイナのユニークスキルについては伏せておいた。何か余計な追求を受けそうだったから。


 情報を聞き終えたゴンド君は、記憶を手繰り寄せるように眉根をぎゅっと寄せながら教えてくれた。

「うーん、確かに良くあるね。物理攻撃無効化とか、魔法攻撃無効化とか、状態異常無効化とか、そんなとんでもチートを主人公側だったり敵側だったりが身につけてて、99%弾かれても残り1%のダメージ積み重ねて貫通させていって、何とかするっていうの」

「でも、相手の再生能力でダメージも無かった事にされちゃうみたいだよ?」

「その再生能力を上回る速度でダメージを与え続けるしか無いんだろうけど、聞いてる感じそれは無理そうだね」

「じゃあどうしたら?」

「ありがちな対策としては、ダメージで倒そうとしない事。例えば閉鎖空間に相手を閉じこめて、酸素抜いて倒すとか」

「効くかもしれないけど、そもそも全身覆われてて普段からスライムに呼吸含めて何とかしてもらってるから、普通の人間基準で考えてると当てはまらないかも」

「そしたら行動阻害系かなー。罠とかにはめて、倒せないけど封印するみたいな形に持っていくとか。例えば水張った落とし穴に落として凍らせてしまうとか」

「凍らせたとしても、ぶち割られて出てきちゃいそうだけど・・・」

「うーん。そしたらそのリビングスライム・アーマーだけでもどうにかしないとダメそうだね」

「魔法使えるオーガーたちが炎系とか氷系使ってみてたけど、どうにもならなかったって」

「もうちょっと詳しく分かる?」

「燃えたり凍ったりはするけど、すぐに再生しちゃうみたい」

 ダメ出しされ続けたゴンド君はしばし唸り続けると、かばんから分厚いノートを取り出して高速でぱらぱらとめくり始めた。

「それ学校の授業のじゃないよね?」

「授業中に開いててもばれないようにはしてるよ。ってそんなのどーでもよくて!ほらっ、ここだ!」


 まぁ、それはいわゆる、彼自身が転移とか転生に巻き込まれた時の準備ノートの一冊らしい。指し示してくれたのは、スライム対策という題名のうちの一ページだった。

「えーと、何々?固有振動数と同じ振動を与えて・・・、って何?」

「全ての物質はそれぞれ固有の振動数てのを持ってて、同じ振動数の何かを当てると共鳴が起きて破砕するとかっていうの」

「物質というかスライムだしな~。そもそもどうやってそれを知るんだとかもあるけど、いろいろ溶かして吸収してるなら混じり合ってるかもだし、破砕して飛び散ってもまたくっついて元通りになりそうじゃない?」

「う~ん。そしたら、再生できないくらい細かく分解して消滅させるか、それかエナジードレイン系だね」

「分解消滅か。確かに効きそうだけど、使える人がいればかな。エナジードレインも使い手がいても、そもそもスライムに取り込まれちゃったら・・・」

「そこは触れてないとダメとかだったら確かに。離れててもだいじょぶならワンチャンあるかなー」

「有効な手段持ってる相手から、敵は最初に潰してくるだろうしね。でもエナジードレインって闇系とかじゃなかった?」

「そうだね。たいていは魔族が使えたりして、主人公たちが使える場合は威力や効果がちょっと微妙だったりするけど」

「ニウエルさんもそんな事言ってたな」

「ちょっといいかい?」

 ラノベなファンタジーなどには馴染みがなく、聞き役に回っていた母が肘から先を立てて質問してきた。

「魔法ってそもそも使える人が少なくて、百合自身もちょっとしたものしか使えないんじゃなかったのかい?」

「ん~、そうだね。工夫次第ではいろいろ出来そうではあるんだけど」

「はっきりと使いこなせている人が見つかってなくて、しかも見つかったとしても効果とか微妙ならそんなのに期待をかけるのはどうかと思うんだが」

「確かに」と祐ちゃんも同意した。

「でも、普通に殴ろうとしても武器防具衣服ごともちろん骨身も溶かされちゃうんじゃ・・・」

「そこさ、私は不思議なんだけど、ゴンド君」

「は、はい、なんでしょう?」

「そのリビングスライムの鎧って、生き物なのか防具なのかは分かるかい?」

「そこら辺はラノベなら作者の設定次第ですからねぇ。ただ、オーク・オーバーロードが誰とでも子供を作れるという設定なら、特殊なスライムを見つけて改良し続けた結果生まれた超特殊ユニークな個体という可能性が高いかなって思います」

「その根拠は?」

「まず、着てる本人を溶かさないという選別性、それからたぶん攻撃にも防御にも使えて、かつ魔法と物理の両方に抵抗値を持ってるなら・・・。ああ、そうか!今まで吸収した武器防具やアイテムの特性をも自分に取り込めるのなら、魔法と物理のダメージを限りなくゼロにまで押さえ込めるって設定は出てくるでしょうね」

「じゃあ次の質問だ。エナジードレインてのは要は活力とか生命力とかを吸い取れれば、ダメージを与えるという形ではなく倒せるかも知れないって理解であってる?」

「はい。魔法への抵抗力とかは、その元となる魔力がトリガーになっている攻撃に対して効果を生む、という理解が基礎になってますから。リビングとわざわざ銘々してるくらいですし、アイテムというか防具ではあっても、生物としての特性も維持している筈です」

「母さん、何か思いついたの?」

「百合、あんた浸透勁は向こうでも使ってみて、効果はあったんだよね?」

「うん。通り具合とかはモンスターの種別で違ったかもだけど」

「気を放出して体から離したとこで維持して、そこに魔法効果を付与するってのも出来るようになったんだよな?」

「そう、だね。あ、そっか。リビングスライムの鎧の厚みがどれくらいあるかはわからないけど、何とか、なるのかな。なる、かも・・・」

「浸透勁って、波紋を相手の内側に打ち込んで、内部から破壊するような技でしたっけ?」

「だいたいそんな感じだけど、せっかく魔法なんて不思議現象を使えるんだ。使わない手はないだろ」

「まーでも、場合によってはスライムの中に手を突っ込んで勁を放たないといけないかもね」

「スライムは、設定によってはデフォで打撃や暫撃無効とか持ってるし、一度内部に取り込まれてしまったら生きながら消化されてしまう恐ろしい相手なんだ。肉を切らせて骨を断つみたいなのを狙ってるんだとしたら、かなりリスクがあるかも」

「まぁそこは一人で全部やるんでもないし、何とかなるかな」

 クェイナのユニークスキルを頼りにし過ぎるのも頼りにしないのもどうかなとか考えてたら、

「でも百合ちゃんももう独り身じゃないんだし、危なすぎる事したらダメなんだよ?」

 祐ちゃんのぶっこみに私は動揺した。顔が火照って、否定したものか、それとも肯定するべきなのか迷った。まだ話してないのにどうして?、とパニックに陥りかけたけど、私より動揺した人がいたおかげで冷静さを取り戻せた。

「え、え、どゆこと?向こうで彼氏か彼女が出来たって事?!ま、まさかもう結婚とか、その先まで?!」

「落ち着いてゴンド君。そこまでまだ行ってないから」

「そこまでってどこまで?」

「黙秘権を行使します。これ以上追求するなら物理的防御手段を併用しますが対象となる事をお望みですか?」

「いいえ。すみませんでした」


 その後、ゴンド君は塾の全国模試があるとかで泣く泣く去っていった。三人で晩ご飯を作って食べ終わると、祐ちゃんに二人きりで話したいって言われて、私の部屋に移動した。


「ふうん、部屋はそのまんまなんだね」

「幸いな事に」

 祐ちゃんがベッドに腰掛けたので、私は机の椅子に腰掛けた。

「で、どこまで進んだの?」

「な、何がかな?」

「もちろん、クェイナさんとの関係よ」

「・・・」

「隠したいのもわかるけど、もう次行ったら帰ってこないかもなんでしょ?」

「誰にも分からないけどね。寝たら戻らなくなってたのが、何故か戻ってきちゃったし」


 そこで祐ちゃんは、にやりと笑うと、さぐりを入れてきた。

「つまりさ、その"寝る前にした事"が特別だったんじゃないの?」

「そ、それはっ・・・・、その、特別、だった、かも、知れない、けど・・・」

「ふーん。つまり、一線を越えちゃった感じ?」


 口にするのは恥ずかし過ぎた。クェイナのユニークスキルで子供を作ったというのはまだ現実味が無さ過ぎたのでそちらには触れぬまま、顔を真っ赤にして、こくりとうなずくのが精一杯だった。


 祐ちゃんは、そんな私の様子を横目で眺めていたが、ついと私の足下の床に座り、私の膝元に上体を預け、下から私を見上げながら言った。

「今の百合ちゃんなら、あり、かなぁとか思ったのに。残念」

「え、でも、祐ちゃんは、誰も」

「うん。確かにそう言ったよ。でもね、何か他の人はそれで楽しそうに幸せそうにしてるのが、自分には無いのが癪に障るような時もあってね」

「そ、そうなんだ。意外・・・」

「だから、時々考えてたんだ。もし、私が誰かと付き合うのなら、誰になるのかな、どんな人なら好きになれるのかなって」

「へぇ・・・。それで?」

 私の心臓は鼓動を早めていた。何か嫌な汗もかいていた。

 祐ちゃんは、少しは女性らしくなった私の手を取って言った。

「相手は、そうだね。百合ちゃん。でもそのままじゃ無理な感じだったから、もし、百合ちゃんが今みたいな感じだったら、もしかしたらって、ね」

「そそそそれは、残念だった、ね?だってもう私には・・・」

「もし、もう向こうに行かないなら、付き合ってあげるって言ったら、どうする?」

「無理。だって、どうしたら行き来するかも確定してないんだし、私には」

「んもう、思ったより強情だなぁ。じゃあ比べていいよ?こっちにいる時は私で、向こうにいる時はクェイナさん。百合ちゃん以外は転移出来ないんなら、それは、ありなんじゃないの?」

「ななな何言ってるの!無い無い無い無いって!」

「そんなに無いって言い切れるなら、どうしてこんなに動揺してるのかな?」

 はっ、と気付いた時には遅かった。祐ちゃんは汗まみれの片手を取りながら、もう片方の手は私の心臓の上に置いていた。

 反論する術を失っている私を絡め取るように、祐ちゃんは膝立ちになりながら、私の両頬を手のひらで挟み込んだ。

「キスしてみればわかるよ。百合ちゃんにその気があるのかどうか」

 逃げるに逃げられず、無理に突き飛ばすには両腕の内側に入られてしまって、ただもう顔を近づけてくる祐ちゃんを見つめる事しか出来な・・・


 コンコンコン。


「百合~、祐、入るよ。いいかい?」

 ドアをノックをした我が母が、声をかけてきた。きてくれた。


 祐ちゃんは、ちぇっ、と聞こえないくらい小さな声で言って、でも指先を自分の唇に触れさせてから私の唇に押しつけ、またベッドの上に腰掛け直すと、

「どうぞー、来夏らいかさん」

 と母に向かって声をかけた。


 がちゃりとドアを開けた母は、普通にしてる祐ちゃんと、汗をだらだら流して普通には見えない私を見比べて、その差については触れぬまま、祐ちゃんと私に言った。

「そろそろ戻った方がいいんじゃないのかい?百合も祐も」

「え、でも、戻るって、どうやって?」

「ちょっと手荒になるかも知れないから、祐には見せたくないんだよね。だから」

「はーい。それがダメだったら、どうせ寝ても戻れないだろうって事ですね?」

「そんなとこさ。じゃあお母さんにもよろしくね、祐?」

「了解です。じゃあ、また・・ね、百合ちゃん!クェイナさんにもちゃんと報告してね!」

「え、と、ほ、報告?」

「そ!じゃあねー!」

 祐ちゃんが慌ただしくいなくなってしまうと、母は手提げ袋をかざして言った。

「この中に、救急治療セットとか、お前から頼まれた薬品類とか、役立ちそうな物を入れておいた。持っていけ」

「ありがとう、お母さん」

「まぁ、向こうとこちらでまた行き来するのかどうか、行ったままに出来るかどうかは分からないから、お別れはしないでおくよ。向こうに戻る準備が出来たら声をかけな」

「わかった」

 それから十五分くらいかけて準備を終えて声をかけると、母は私にベッドに横たわるよう告げた。

「え、と、子守歌でも歌ってくれるの?」

「うーん、違う。とりあえず手提げ袋は手首にかけたな。私はお前の片手を握ってるから、お前は目を閉じて深呼吸でもしてろ。あのゴンド君でも行けるかどうかは私がこの身で先に確かめてやるよ」

「何をするつもり?」

 起き上がろうとした私を母は軽く肩を押すだけでベッドに押さえつけ、

「ほら、目を閉じて深呼吸!」

「するけどさ、こんなんじゃ、寝れ」

「黙って。静かに」

「はい・・・」


 確かに別れを言う雰囲気ではない。もし手強いオーク・オーバーロードを相手にする時、母もいてくれたら何も怖くないかもとか思わないでもなかったが、

「いくよ」

 私の片手を握ったまま、空いてる方の片手を私の心臓の上に当て、ドンッ、と強い勁を放った。絶妙に加減されたその波動は私の心臓の鼓動を止めた。


 それが永続的な物だったかどうかは私は知らない。

 けれど、がばっと次に体を起こした時、私がいたのはクェイナの寝室だった。


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