第19話 クェイナのユニークスキルで・・・

「そこまでですか・・・」

「あの、クェイナ。話が見えないんだけど」

「これから順を追ってお伝えしていきますね。人が人の領域で互いに争っているように、魔物は魔物たちの領域で互いに争っていました。ガズラン迷宮の周辺地域では、オーガーとオークがしのぎを削りあい、ゴブリンはその勢力争いに巻き込まれすり減らされていました。特に私がゴブリンの勢力を糾合するまでは」

「さすがクェイナ」

「いえ。ゴブリンの短所の一つがその弱さであるなら、長所の一つはその多さなのです。オーガーはその真逆。オークはその中間的な存在でした」

「つまり、三竦みみたいな感じになってたの?」

「使い潰されるのではなく、独自の勢力として地歩を確立していった私たちを、オーガーもオークもどちらも取り込もうとしましたが、私たちは断り、そしてオーガーとオークは雌雄を決する大戦を行いました。これが一年くらい前の事で、オーク・ロードの軍勢はオーガーの軍に大敗しました」

「あれ、でも、オークのがやばいって話じゃなかったっけ?」

「はい。おおよその強さの比較で言えば、オーガー一人に対してオークが三から五人は必要で、オーク一人に対してゴブリンが三から五人は必要でした。そしてオーガーの総数はおおよそ千、オークは五千、ゴブリンは二万五千ほどで均衡が取れていたのですが」

「それが崩れたと。でもどうやってオークが盛り返したの?」

「魔物の大陸で一大勢力を築いていたオーク・オーバーロードのママシュに、オーク・ロードのミシュモシュが助勢を求め、その侵攻軍が渡ってきたからです。その数は一万ほど。その大半が普通のオークより強く、さらにハイ・オークが軍勢の半数近くを占めます。そしてオーバーロード自身の規格外の強さもあるのですが、その側近は異様な混合種たちが入り交じり、それらがまた規格外と言える強さを誇るそうです」

 クェイナに視線を向けられたグルガンはうなずいてみせた。

「オーバーロードノソッキンタチ、オークオーバーロードガ、チセイモタヌマモノタチヲオカシテウマセタ、キメラタチ。レンチュウノツヨサハ、ゴブリンキングナド、アイテニナラン。ユリ、オマエトテ、イチタイイチガセイイッパイダロウ」

「そんなのがどれくらいいるって?」

「百近くはいたそうです。オーガーたちも必死に抗戦して、何割かは削ったそうですが」

「ダガ、オーバーロードタチニ、ワレラヤブレタ。ワガムスコモトラワレテシマッタ。ワレハ、ムスメヲツレテニゲダスシカナカッタ」

「えっと、そんなに強いのに、人質を取られたんですか?」

「ヒトジチデハナイ。ヨリツヨイハイカヲウミダスタメノ、ボタイトイウヨリ、ハラミフクロトシテ」

「え、でも息子さんですよね?さっきからの話聞いてる限り、オークのハイロードてのも雄なんですよね?それに魔物との間にもって、え?」

「オークは、たいていの相手と子供を成す事が可能なのですが、オーバーロードはどうやら性別の差すら問題にしない、おそらくユニークスキルを持っているようです」

「ユニークスキル?」

 ラノベとかでは良く目にするけど、この世界に来てからは存在を初めて聞いた。

「はい。世界全体でも十人前後しかいないだろうと言われていますが、魔法以上の不思議な効果を及ぼしたたりします。ママシュの場合は、相手が女でも男でも必ず孕ます事が可能なようですね」

「で、でも、男って」

「ええ。胎内で子供を育む組織をそもそも持っていません。孕むという結果に対して必要な組織を後から生じさせるという様な逆転現象を生み出すスキルですね。そして生まれてくるのは、母体となった相手が強ければ強いほどに強い存在。だから、オーバーロードは自軍の強化の為に、大半は強い部下か捕虜か魔物かを相手にしてるそうです」

「そ、それは・・・」

 なんてガチなんだと思わないでもなかった。

「ソシテ、ムリヤリボタイニサレタオスハ、ハンスウイジョウガ、シュッサンニタエラレズ、シヌソウダ」

「ああ、だから息子さんがこのままだと、結果的に殺されてしまわないかと心配されてるわけですね」

 普通に戦って殺されるのとどちらがマシなのかは、口にはしないでおこう。そう思ったのだけど、グルガンの娘というアズアさんが私の目の前にずいっと立って言った。

「オマエ、ワタシヨリツヨイソウダナ。ワタシノアニ、タスケルノ、キョウリョクシテクレタラ、ワタシハナンデモスル!ナンデモダ!」

「い、いや、どうせ倒さないとゴブリンもオーガーも、それから人間も大変な相手なら、共同戦線でも張らないと」

「その呼びかけ人には、ユリ、あなたがなって下さいますか?」

「私はクェイナに仕えてる身なんだけど」

「私ももちろん名を連ねましょう。オーガーたちを破ったオーク・オーバーロードの軍勢は、人の領域に向けて動き出したという斥候からの情報もありますので」

「人の領域って、どの辺に?」

「この近辺では一番強いとされているプスルム派閥、メイケン家の領域ですね」

 私は反射的にニウエルを振り返った。彼女は、平静な様相を保ったまま、グルガンに尋ねた。

「オークは何度も相手をした事がありますが、大した強敵と感じた事はありませんでした。それがハイ・オークより上のジェネラルたちであっても。しかしオーガーの大長よりも強いというオーバーロードは、なぜにそんなに強いのでしょうか?」

「ソウダナ。ワレモ、オーク・ロードガアイテデアレバオクレヲトッタコトハナイ。ダガ、アノママシュトイウオーバーロードハ、マホウモブキノコウゲキモキュウシュウシテシマウ、リビング・スライムノヨロイヲミニツケテイルノダ」

「リビング・スライムの鎧って?」

「突然変異種のスライムに全身を包ませているそうです。物理系でも魔法系でもその攻撃ダメージの100%近くを吸収してしまい、残り1%のダメージはオークが持つ固有能力の自然治癒で回復されてしまう、恐るべき装備です」

「全身を包んでるって、呼吸とかどうしてるの?」

「スライムが、主であるママシュへと空気などを送り届けているのでしょう」

「しかもスライムだから、武器とか防具とかも溶かされてしまう?」

「アア、イフクゴトナ。ソシテスライムニトラワレタモノハ、レイガイナク、ママシュニオソワレハラマサレル。ダカラワレハムスメヲツレニゲダシタ。シカシムスコハタタカウミチヲエラビ、ドウホウタチトナジウンメイヲタドッタ」

「えっと、それはどうにかして後から助け出すとしてだよ。男とかオスとかがそいつに孕まされた場合の妊娠期間てどれくらいなの?成長に必要な期間とか」

「ツウジョウノオーガーノニンシンナラ、オヨソイチネン」

「しかしママシュの手にかかった者は通常の半分の妊娠期間で出産を迎え、生まれた子供は母体となった者の力を吸い取り通常の二倍近くの早さで育つそうです」

「普通のオークよりずっと強い兵なんかじゃなくて、普通のオーガーよりずっと強い兵がぼこぼこと生まれてくるかも知れないのか。それは恐ろしいな」


 状況的にも個人的にも野放しに出来る相手ではないと認定した。あとは共同戦線の構築と、オーバーロードを倒す算段をつけないといけないのだけど・・・。

「父たちに警告を発します。ワッハウへも伝えるよう頼んでおきましょう。良いですね、ユリ?」

「ああ、お願いしますよ、ニウエルさん。それからクェイナ、レイガンの方には」

「使いと成りうるゴブリン・ハーフを近辺に滞在させていますので、用件は伝えられるでしょう。派閥のもう一角の呼び込みもあなたの名前でお願いしてよろしいでしょうか?」

「もちろん構わないよ。今はちょうどイグニオやそのお弟子さんたちやザンネール閣下がメイケン家に戻ったとこだろうから、すぐにはやられないだろうけど」

「オークの軍勢の総数はどれくらいなのですか?」

「オーガーとの戦でそれなりに減り、オーバーロードの味方に対する暴虐に耐えられないオークたちの一派が私たちに協力してくれてますので、一万には及ばないでしょう」

「オーガーの生き残りの数は?」

「ゼンブデ、ニヒャク。タタカエルノ、ハンブンクライダ」


 ニウエルさんは通信用の魔道具にオーク・オーバーロードの軍勢についての情報を語りかけ、

「メイケン家も派閥の各領主に非常呼集をかけるそうです。ゴブリンその他との共闘に関しても了承を得ました」

「ありがとうございます、ニウエルさん」

 クェイナにほほえみかけられて、少しどぎまぎしたニウエルさんは新鮮だったが、

「か、家族の為ですからね!」

 とそっぽを向いてしまうところまで完璧だった。


 それからは謁見の広間に周辺の地図とそれぞれの勢力の駒などを置いてゴブリンキングたちを含めて軍議を行い、その場にはオークからの協力者であるというジェネラルまで複数いた。

 人間たちの領域へ展開しつつあるといっても、まだ今夜には始まらなそうだという情報に基づいて散会となり、夕食というよりは気勢を上げる為の宴を経て、私はいつの間にかクェイナと二人でお風呂に入っていた。


 大理石のように白く輝く石と御影石のように黒く輝く石とが交互に張り巡らされ、湯気に満たされた浴室。浴槽のお湯は熱くもぬるくもない適温で、全身が赤い肌で覆われたクィエナの裸身は、人のそれからすれば異様かも知れなくとも、すらりとしていて綺麗だった。

「ご期待に沿うようなものであれば良いのですが」

 私の視線に気付いてるクェイナが半分からかうように、もう半分は心配するようにつぶやいた。

「もちろん、完璧に」

 返答としてどうなのかとも言ってしまってから思ったが、

「良かった」

 と言ってくれたので結果オーライだったのだろう。そうしておこう。


 しばし静寂が漂う。お湯は静かに流れ、どこかでぴちゃんと滴が垂れる音がいやに響いた。その残響が収まってから、クェイナは言った。


「ユリ様」

「なんでしょうか、クェイナ」

「どうして私がゴブリンの女帝として、王たちよりも上に置かれているのか、不思議に感じた事はありませんでしたか?」

「綺麗だから?」

「違いますよ。褒めて下さったのは嬉しいですけど。ゴブリンという魔物というか種族のオスならどう振る舞うのが当然なのか、ユリ様もご存じでは?」

「えーと、そこはクェイナの魅了の力とかで制御してるんじゃないの?」

「魅了がきっかけで暴発してしまうような者も中にはいるのです。なけなしの理性が弾けてしまうというか」

「じゃあ、別の何かが、クェイナにはあって、それをゴブリンたちもその王たちも認知してるから、大人しく従ってるって事?」

「はい。それは私の生い立ちや、私の母と父の物語も含まれるのですが、そちらはまた短(みじか)からぬ長さとなりますので、別の機会に致しましょう。

 今は、そうですね。こんな問いかけをしてみましょうか。私もオーク・オーバーロードとの戦いに加わると言ったら、ユリ様は認めて下さいますか?」

「絶対に止めるよ」

「そう言って下さると思いました。では次の問いかけです。なぜオークの軍勢は、ゴブリンではなく、人間の制圧を先にしたのでしょうか?」

「えーと、オーバーロードの目的が配下の強化だとしたら、ゴブリンよか人間のが強いオスが揃ってるから?」

「その側面もあるでしょう。しかし、ゴブリンは後回しにされたのですよ。私がいるから」

「どういう事?」

「私の持つユニークスキルと、オーク・オーバーロードとその身を覆うリビングスライム・アーマーとの相性の悪さ故でしょうか」


 マジか。驚きで目を丸くしている私の胸をつついて、クェイナは悪戯っぽく笑った。


「ふふ、驚きましたか?」

「そりゃ、世界に十人くらいしかいないんだろ?」

「普通は隠しますからね。そういった人たちを含めれば倍くらいはいるのかも知れませんが、特に私の様な立場に居れば隠しきれるモノでもありませんので。いや逆ですね。私のユニークスキルの故に私は私の大望を抱き、王たちを従え、他の知性を持つ魔物や人間たちとも共に歩もうとしているのですから」


 じらされた私は、仕返しに彼女の脇の下をくすぐりながら尋ねた。


「ジラしはもうたくさん。教えてくれないともっとくすぐっちゃうぞ~?」

「く、くすぐったい、です。あはは、だ、だめですって!い、いまはまじめな話をして、いるんですからっ!」

「じゃあ、教えて」


 浴槽の中でじゃれあう(いちゃつく?)のを切り上げ、呼吸が落ち着いてから、クェイナは言った。


「そうですね。無害な使い方だと、先ずは・・・」

 彼女の絹糸の様な白い髪の毛先がうっすらと桃色に染まった。

「髪の色を変えると、何か別の力が使えるようになるとか?」

「いいえ。私の力は、生体や、その生体を構成する最小の要素の性質を変えてしまうものです」


 クェイナが私の手を取り、爪先に触れると、固い筈の爪がくにゃりと柔らかく歪んだ。

「うわっ!これ、元に戻るの?」

「もちろんです。この力は、いわゆる回復魔法と呼ばれる力の様に使う事も可能ですから」


 どうやったのか分からなかったけど、クェイナがまた爪先に触れると、柔らかく歪んでいた爪先がしっかりとした固い輪郭に戻っていた。

「そして、体の表面だけでなく、内部に働きかける事も可能です」

「骨を柔らかくしちゃうとか?」

「筋肉の束を解いたり、腱を断ったり、血管の栓を閉じたり、いろいろ出来ますよ。この力は、私の母と父の馴れ初めを含めた、そう、研究の成果から生まれたものとも言えますから」

「・・・でも、教えてくれるのは別の機会になんだろ?」

「さわりだけなら。人間の母は魔法の素養もあった研究者でしたが、元は人間の男性と結婚していたそうです。五年ほど連れ添っても子を成せなかったので離縁され、どのようにして子供が作られるのか、どうやって男性は女性を妊娠させるのか、調べ始めたそうです」


 私も、保健体育の授業その他で、知識としては、学んでいた。ここは異世界とはいえ、人間の体の構造や生理などはそのままなので、精子と卵子が結合して受精卵になって云々というのを、ファンタジー世界の科学とも言える魔法で究明していったのかなと想像していると、そんな私をじっと観察していたクェイナが言った。


「ユリ様の世界は私たちの世界よりもずっと先に進んでいますから、仕組みはご存知なのでしょう?」

「うん。まぁ、知識としてはね」

「男性性器から出された子種が、女性の性器の内部にある卵、これはゴブリンでもオークでもオーガーでも人間でも他の亜人でも変わらないそうですが、結びつき、一つとなって新たな命を誕生させる。母は、自らをも実験台に使いながら、研究を進めていきました」


 クェイナの口調が重くなっていってるのを感じて、私は遮った。

「そこら辺の話はまた今度でもいいよ。今は、オーク・オーバーロードや、そのリビングスライム・アーマーを、クェイナのユニークスキルならどうにか出来るかもって話だったろ?」

「そうですね。そのスライムが特殊個体だったとしても、スライムとしての基本性質は継承している筈で、例えば任意に何かを溶かす能力を無くしてしまえば、単にオーク・オーバーロードを覆うぶよぶよの鎧と化します」

「そこまで持ち込むのが大変そうだけど」

「ええ。相手も私が出てくるのを警戒しているでしょう。武器や魔法の攻撃は私にとって普通に脅威ですから、それと認識されればまず近づかせてもらえないでしょうね」

「でも近づけてスライムの溶解能力を無くせたとして、そこからどう倒すの?」

「溶解能力を無くせても、ダメージのほぼ全てを吸収してしまう能力はどうにもできない可能性がありますから、出来ればリビングスライムの鎧は解体してしまいたいですね」

「解体って、液体とそれ以外に分離しちゃうみたいな?」

「だいたいそんな感じです。いろんな機能を持ち合わせている分、時間もかかるかも知れませんが」

「そしたら、クェイナが危ないじゃないか」

「それでも、ユリ様一人に戦って頂くよりはずっと勝ち目が出てきます。あの鎧さえ無ければ、オーガーの大長でも十分に太刀打ちできるでしょうし」

「じゃあ私は、出来るだけクェイナを守るよ」

「そう言って下さって、私はとても嬉しいです」

「今の私にとって、クェイナ以上に大切な何かなんて無いんだから」


 クェイナは、私の肩にことりと頭をもたれかけて言った。


「ユリ様・・・」

「なにかな、クェイナ」

「私との間に、子供を成せるとしたら、どうしますか?」

「どうしますか、って、え?!それは、その、さっきの変質で、私のを男のにとか、そういう話?」

「やれば、それも出来なくはないでしょう」

「出来るの!?」

「でも、ユリ様はそれをお望みですか?女同士でも、そのままなら、その方が望ましいように、ユリ様はそう望んでいるように思えたのですけど」

「私は、どちらかと言えば、自分の子供なんてほしく無かったから」

「どうしてですか?」


 クェイナにじっと正面から見つめられて、私は目をそらせず、でも答えはごまかそうとした。


「こんな外見だからね。気味悪いじゃないか。自分の子供にも私と同じ思いはさせたくないよ」


 クェイナは少し首を傾げて問いかけてきた。

「私は、片親がゴブリンだというのもあって、人間の皆さんとは美的感覚は違うかも知れませんが、ユリ様の事は、気味悪いとか醜いとか、そのように感じた事はありませんが」

 私はそこでふと自虐的になってしまい、口走った。

「それでもさ。クェイナだって、もし私が今の強さじゃなくて、元の世界にいた時くらいにしか強くなかったら、やっぱり、見向きもしてくれなかったんじゃないかって、思うよ。今の私だから、みんな、私を特別扱いしてくれてるんだって、自覚は、ある」


 クェイナは、まじまじと私を見つめたけれど、怒りも失望も落胆の欠片も交えない表情だった。

「ユリ様は、何か勘違いされているのではありませんか?」

「勘違いって、何を?」

「そうですね。オーク・オーバーロードではありませんが、私のユニークスキルを使えば、私はどんな相手とでも子を成せたでしょう。それこそ、あなたよりも強い相手とでも、です。今まで私が一人もそのような者と出会わなかったとでも?」

「それは、知らないし、分からないよ。どうして」

「ええ。正直に申し上げて、あなたの強さはあなたの魅力の一部です。でも全てではありません。有り体に言って、私やあなたやオーク・オーバーロードでさえ全く問題視しないようは不条理な存在さえこの世界には複数います。ではどうして私があなたを選んだと思いますか?」

「分からないよ。都合が良かったから、とか?」


 我ながら最低の答えだと思った。

 でも、自暴自棄な答えを、クェイナは真正面から受け止めてくれていた。

「都合。そうですね。そう言われてしまえば否定はむずかしいかも知れません。あなたは人間なのに、ゴブリンとの間に生まれた私を蔑視する素振りを欠片も見せなかったばかりか、純粋な好意と信頼を最初から寄せて下さいました。

 母と父が踏み入れてしまった不幸な結末を見届けた私からすれば、ゴブリンの女帝として君臨する私はいずれ誰かと子を成さねばならないという定めは、羨望というよりは恐怖の行為だったのです。でも、どのゴブリンの王よりも、そしてほとんどの人間の男性よりも強いあなたなら、同族たちの誰にも文句は言わせない。言われない。そこはあなたの言われた通り、「都合が良い」のかも知れません。

 でもね、ユリ様。あなたの元々生まれ育った世界には、私と同じくらいか私以上に美しく生まれついた方々がそれこそいくらでもいた筈です。でも、あなたが私にそうして下さったように、あなたが彼女たちにそうしなかったのはなぜですか?」


 それは、たぶん、巡り合わせでしかなかった。

 私はクェイナに出会った時から強く惹かれて、言葉を交わしてからはゾッコンになった。だから、私は、正直に答えた。


「そんなの、分からないよ。気付いたら、あなたの事をとても好きになっていたんだもの」

「私もですよ、ユリ。それは都合とか理屈とか思惑とか、そういった小賢しい何かを全て置き去りにしてくれるのです。だから・・・」

「だから?」

「私があなたとの間に子を成す事を許して下さいますか、ユリ?」

「許すも何も、どうやって・・・?」

「こうやって、です」


 クェイナは私の頭を両手で挟むと、口付けて舌を差し入れ、私の舌と絡めながら、口腔を舌先でぞりっとへずるような動きをしてから顔を離した。

 彼女は舌先に指先を近づけると、小さな小さな光がその中間に浮かび上がった。

 光の内側には極小の球体の何かがあって、そのさらに内側には螺旋上の何かがって、あれは・・・。


「本当は目に見えるサイズでは無いのですが、それでは研究にいろいろと不都合がありましたから」

「まさか、遺伝子操作を?」

「あなたの元の世界の言葉で言うとそうなるのですね。ええ、たぶん、あなたのご想像通りです。私は私の願望を叶える為に私が出来る事は全て行うつもりでいますから」

「・・・クェイナ付きのゴブリン・ハーフたちもそうやって?」

「一部には手を加えずに生まれついた者たちもおりましたが、確率が低すぎましたので。それで、ユリ様の答えをまだ頂いておりませんが?」

「私のも、加工するのか?」

「・・・あなたが、そう望むのであれば、手をいっさい加えません」

「手を加えるって事の、内容次第かな」

「姿形の外見から、性格や体質まで、諸々を。特に大きいのは、ゴブリン寄りにするか、人間寄りにするかですね。私とあなたとの間の子なら」

「出来れば、私寄りにはしないで欲しい。クェイナが力を望むなら、体格とか力は自由にしていいけど、出来るだけ、姿形は、あなたの面影を残して欲しい。私のは、出来るだけ混ぜて欲しくない」

「私は、混ぜたいですけどね。二人の間の子供なんですから」

「じゃあ、髪や肌や瞳の色とか、容姿そのものじゃなくて、それを彩る要素を私のから取って。私は、私の分身を見たくないから」

「分かりました。なるたけ、私とユリ様の希望を折衷させるように努力します。最初の一人は、運命に全てを任せても良いのかも知れませんが、やはり慎重であるに越した事は無いので・・・」


 さらりと言われた最初の一人は、という言葉が、私の中で反響した。

 え、それ、もしかして、一人以上作っていくって事?!とか私が煩悶してる間に、クェイナは空いてる片手を自分の下腹にかざしてそちらにも小さな光を宿すと、両手と二つの光を眼前にかざしながら螺旋模様のあちこちをいじりながら融合させ、最後には一つになった光をまた自分の体内に戻して、彼女の言う子作りは終わったようだった。


「まさか、それで、終わり?」

「情緒が無いと言われれば確かにそうなのですが、情とからだを交えるのは、今からでも出来ますよ。如何様な形ででも」


 そうしてクェイナに手を引かれて浴室から寝室へと移動して、一言にすると、愛を交わした、という事になるんだろうか。

 全部を言葉にするなんて恥ずかしくて無理だけど、自分の貧困な妄想よりも現実のそれはもっと凄くて、互いの存在を心の深いところで感じて、夢のようでいて、夢ではないという事実だけで、いつしか私は泣いてしまっていた。クェイナはそんな私を慰めるのではなく、ただ愛してくれた。


 やがて二人が動きを止め眠りに落ちる間際、クェイナは囁いてくれた。


「幸せになりましょうね。ユリ」


 もちろん、とか、絶対に、とか、とにかく何か一言でも言えれば良かったのだけれど、私は眠りに落ちていた。

 そして不思議な夢を見た。


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