第18話 クェイナとの再会、オーガの大長とその娘、オークの蠢動

 結果的に言うと、いつ襲って来られるのかびくびく進むよりはずっとマシだった。正直、三人に一斉にかかられたら勝ち目なんてほとんど無かったろうし。ザンネール護送のレイガン側付き添い代表として同道してくれてたガンツさんがイグニオとの間に入ってくれたのも助かった。

「やるのか?」

「片足のくせに何をいきがっておる?弟子にも手も足も出ずにやられたそうだな」

「そういうお前はユリ殿に城の外まで吹き飛ばされて何日か寝込んだと聞いたぞ?」

「やるんか?」

「おおぉ!?」

 老人同士のつかみ合いの喧嘩が始まりそうだったので、私はガンツさんを、お弟子さんたちには彼らのお師匠さんをひきはがしてもらったりもしたが、それはさておき。


 護送そのものが止まってしまっていたので、移動を再開しながら話も進める事になった。


 イグニオたちはどうしてたかって?馬車の中は今の五人以上詰め込むと窮屈な感じがしたし、ただでさえザンネールより強いというニウエルさんが時々挑戦的な眼差しを向けてくるとこにイグニオなんてバトルマニアを同席させたくはなかったので、馬車の外を歩いてもらう事にした。

 うん。平然と馬車の隣をついてきてたね。お弟子さんたちに至っては、遅すぎるだの暇だの言い出して、移動途中の食材集めを言い渡されて街道の先だの脇の森だのに姿を消していった。


「ユリよ。その力どこで身につけた?」


 みんな気になるだろう質問をイグニオの爺さんも尋ねてきたよ。レジータたちやガンツさんには秘密を伝えてあったけど、いつまた敵になるか分からない相手に余計な情報は伝えたくなかった。


「母親に鍛えられただけだよ」

「うぅむ、そなたがそれだけの若い年で今の力を身につけるには、相当な荒行が必要だった筈だが」

「詳細については秘密だよ」

「まぁそうじゃろうな。だが、そなたの母というのは何者なのだ?わしの知る者の間には心当たりが無いのだが」

「当然だろうね。私、ここらの出身じゃないし」

「ふむ、わしも若い頃はあちこちを武者修行した身じゃ。魔物の大陸でさえ縦断した事がある。何度も死にかけたが、あれは良い経験になった。さすがに弟子たちに強要はできぬがな」

「どこの出身かは秘密にしておいて」

「わかった。それは流そう。しかし、我が弟子になるのに二の足を踏むのはなぜじゃ?そなたの利益にしかならなかろうに」

「将来傭兵にも暗殺者にもなりたくは無いので、遠慮しておきます」

「強くなり過ぎるのも難儀な道じゃからの。お主の今の強さでさえ規格外だしのう」

 御者台に座っているガンツさんが

「お前が言うな」

 とつっこみを入れたが、イグニオの爺さんはそっぽを向いて聞こえなかったふりをした。


「しかし、そなたの仕えるというゴブリンハーフの女帝の進む道に対して、そなたのさらなる強さは必要とされよう」

「そこは否定しないけどね」

「先日、そなたは魔法を使おうとはしなかったが、なぜだ?」

「端的に言うなら、才能が無いっぽいから?」

 事実を述べただけなのに、目の前の席に座っていたニウエルさんが話に入ってきた。

「それは、どうやって確かめたのかしら?」


 私はメイガンの宰相さんとの触れ合いで手が弾かれた話を伝えた。

「だからまぁ、もしかして使えるようになるかも知れないけど、時間がかかりそうだからスキルの修得の方を優先したのさ」

 聞いたニウエルさんは、指輪をしてない方の手を差し出して言った。

「ね、もう一度やってみない?」

「遠慮しておきます。イオラさんとでさえ盛大に弾かれて痛かったのに、もっと優れた使い手のあなたとなら、手が弾かれるだけじゃすまないかも知れないし」

「むぅ、一理あるわね」

 ニウエルさんが手を引っ込めると、今度はイグニオさんが馬車の窓枠に取り付いて立候補してきた。

「なら、わしとじゃな。そちらのメイケン筆頭魔法使いよりはだいぶ制御も効いておるだろうし」

「ちょっと、聞き捨てならないわね」

「年寄りの功程度に聞き流せ。そら、ユリ。何も害は無い筈。そなたも魔法が使えた方がいろいろ便利だろう?」

「それは、まぁ」


 一度手を強く弾かれただけであきらめるには、魔法という存在は魅力的過ぎた。空とか飛べたら素敵だし気持ち良いだろうし!


「どうすればいい?」

「手を弾かれたんなら、まずは指先からじゃの。滴を垂らすほどの量から始めてみようか」


 私が指先を差し出すと、イグニオも片手の指先を差し出して触れ合わせた。

「いくぞ」

 そうして、ガンツさんにスキルの使い方を教わった時に感じたのとは比べものにならないくらい大きくて制御された力から、大海の一滴とも言える何かがじんわりと指先を通して伝わってきた。

「どうじゃ?」

「ぴりりと指先が痺れた感じはあるけど、痛くも無いし弾かれもしなかったね」

「そうか。それが純粋な魔力の切れ端というより最小の一片じゃな。そこから術者のイメージに従って、発現したい魔法に魔力を変換するのじゃ」

「変換?」

「魔力は、この世界を動かす高次の力そのもの。火水土風とかはイメージとしやすいから魔法としても発現し易いの。雷とか氷とかはまだしも、光や闇とかその他のは、イメージしても才能が無いと発現できないし、そもそもの効果も大したものにならないのが多いけど」

 とはニウエルさんの助言。

「つまり、魔力は周囲から引っ張ってきて、変換して初めて魔法を発現できるって事でいい?」

「今はそんな理解でええじゃろ」

「今はってのも気になるけど、イメージだけで出来ちゃうなら、魔法使いってもっと多いんじゃないの?確か千人に一人も使える人いないじゃなかった?」

「そうよ。魔力を感じ取って、周囲から吸収したりして、変換して発現する。その吸収と変換と発現のプロセスを体現出来る人がものすごく限られるの。一つの魔法が使えたからといって、他の魔法が使えるとも限らないしね」

「でも、イグニオの爺さんもそうだけど、ニウエルさんも大方の魔法は使えるんじゃ?」

「火水土風雷氷はそれなりに。光とか闇とか特殊系なのは苦手ね」

「わしも似たようなものじゃが、メイケン家の長女といえば、いくつも楽しい逸話があっての」

「へえ、どんなのが?」

「余計な事を言えばあなたといえど容赦はしませんよ?」

「ほっほっほ。容赦をしてもらう必要は無いが、幼い頃から何度も魔法を暴発させて、その度にメイケン家の屋敷が大変な事になったとか」

「そうだったんですか」

 きらきらとした眼差しをミオーレがニウエルに向けたが、向けられた側は頬に朱をさして視線をそらした。

「そんなの、ちっちゃな子供の頃だけの話よ。十歳からは暴発させる事なんて無かったんだから」

「専用の離れを建てさせて、さらに事故を防ぐような施設を用意されたと聞く。そこで布袋被せられてるザンネール坊ちゃんも、魔法の実験台にされてる内に魔法の基礎を叩き込まれたとかな」

「そ、それで今みたいな使い手になれて、奥さんだの愛人だの妾だのと大勢の子供にも恵まれた環境にいるんだから感謝して欲しいわね!ふんっ!」


 そうか。ザンネールの何かは、この姉からのスパルタ教育というか地獄のしごきから来た反動なのか、と納得がいってしまった。


「話が逸れたの。今度はもう少し流し込んでみせるから、それで指先に火を灯してみい。水を出すでも風を吹かすでも、お主に一番イメージしやすい何かがええじゃろうな」

 さっきの二三倍くらいの魔力を注いでもらってから指を離し、マッチを灯す感覚で、指先に炎がゆらめいてる様を想像してみた。

 がちり、と何か、元には戻らない歯車がはまるような感覚があって、指先には小さな炎が瞬いていた。

「おお!」

「すごいわね。すぐ出来てしまうなんて」

「すごいです、ユリ様!」

「ううん、格闘やスキルだけじゃなくて魔法もですか」


 ただし炎は数秒瞬いてからすぐに消えてしまった。

「これは、才能無いって事?」

「とんでもない!」

「無い訳ではないが、どの程度かというと未知数じゃな。次は自力で灯せるか?灯せれば、いろいろ道は開けよう」

「周囲の魔力を吸収だっけ?」

「そうそう。ここは特に濃くも無く薄くも無い、とても平均的な場所だから、練習には適してると言えるわね」


 わくわくした瞳のニウエルさんに急かされるように、私は私の周りに満ちる力とやらを感じようとしてみた。

 気とか生命力って意味では、ニウエルさんもイグニオも結構な存在感があったので、フィルターをかけるようにそちらは意図的に無視。

 続けて、先ほどイグニオから注いでもらったのと、同じ感じの何かエネルギーを感じ取ろうとして、それはあっけないほど大量に感じられた。というより今まで感じ取れなかった理由が分からないくらいだった。

 ニウエルさんの暴発エピソードはきちんと記憶に刻まれていたので、さっきイグニオから渡されたのと同じくらいかもう少し多めに指先に集めてみて、炎がゆらめく様をイメージした。幸い、ぽっ、ぽっ、ぽっと何度か瞬いてから、先ほどよりは大きめの炎が、十秒くらいはゆらめいてから消えた。

「すごいです、ユリ様!いいなぁー!」

「ありがとう、ミオーレ。でもこれ、維持するの大変じゃない?」

「魔法の大半は、一度発動したらお仕舞いだからの。防御や支援系の魔法は逆に集中と維持が肝要だが、お主のスキルと合わせればいろいろと楽しい事が出来ようて」

「例えば?」

「お主、気の玉を放っておったな?」

「うん。それで?」

「あれを、自分の体から放した状態で、留めてみせよ。一つが出来たらもう一つと数を増やせれば、お主の戦い方に相当の幅が生まれようぞ」

「そうだね。出来れば、確かに・・・」


 言われてみて、早速試してみた。

 窓の外に手を出してみて、フォボルに対して放ったような気の球をもっとずっと小さな形で維持して、安定を確認してから掌から離してみた。

 イメージとしては、ゴム糸がつながっていない水風船。お祭りの出店とかで取れる奴ね。あんなのが、手から10センチ離れたところにあるイメージを維持してみた。

「そのまま数を増やせるか?」

 そうイグニオから言われてみて、さっきのは親指にゴム紐をかけているイメージで維持して、続いて人差し指から中指へと指一本ずつ分増やしていってみた。

 五個になってみてから、

「放ってみよ」

 と言われて護衛の騎士さんたちに当たらないよう離れた場所へと放ってみて、それらは気の球の大きさに比べれば数倍の大きさの穴を地面に開けた。

「まったく、何という才よ」

「ね、ね、次は魔法でやってみて!今度は私が教えるから!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。今のだってけっこう気疲れしてるんですから」

「疲弊したようには見えんがの。慣れれば呼吸するように出来るようになるじゃろ」


 移動中の休憩時間にはそれはもうみっちりと、この辺りでは最高の魔法使いと最強の魔闘士にマンツーマンx2で魔法の講義と実践訓練を受けた。

 あまりに熱中しすぎて移動行程そのものが遅れそうになったくらいだが、冷静でいてくれたザイルのおかげで人質の輸送もつつがなく進んでいった。


 で、その夜のキャンプでの事。町で宿を取らなかったのは警備上の都合などもあったのだが、イグニオのお弟子さんたちが取ってきてくれた獣の肉や野の果実などで充実した夕食が振る舞われた。

 その後はもちろん訓練の続きとなり、フォボルからは水や氷、フィーナさんからは風の魔法などを習い、今の自分にも出来る事と実戦の中で使えそうな工夫などをイグニオたち監修のもと重ねていった。

 時にはニウエルとイグニオの指導方針の違いで魔力が吹き荒れる騒動になりかけたりもしたが、私やミオーレやガンツさんやお弟子さんたちが総がかりで引き離して事なきを得たり。


 で、問題は寝るテントの振り分けだったが、監視がしやすいという事でザンネール閣下は馬車の中で、ガンツさんが付き添いに。

 私のテントには、ミオーレが入る事になったのは、仕方のない流れ、なのか?と一瞬悩んだりもしたが、

「それでは私も同じ場所で休ませて頂いた方がよろしいでしょうね」

 となぜかニウエルさんまで入る事になった。

 そんな私の表情を読みとったニウエルさんは言った。

「人質がまとまっていた方が監視はしやすいでしょうし。いえ、もしユリがミオーレに手を出す気ならお邪魔しませんけれど」

「それは、無いって」

「では問題ありませんね?」

「う、うん・・・」


 テントなのでさすがにベッドは無かったが、それなりに広い面積に敷かれたマットの上に、野営にしては上等な布団や毛布が準備され、私を中心に、右手側にはミオーレが、左手側にはニウエルさんが薄い寝間着というかネグリジェだけを身につけた状態で横たわったのには落ち着かなくて、逃げだそうとしたら捕まった。

「慣れて下さい。何も、されないのでしょう?」

「そ、それはそうだけどさ!」

「そうです。今日は訓練や移動などで疲れましたし、明日も続くのですからさっさと休みましょう」

 布団と毛布の間に引きずりこまれ、いやほんとにそれ以上の事は何も無かったんだけど、修学旅行とかでも布団は個人単位で分かれるじゃん?いくら大きめの物が用意されたからといって、普通は、ねぇ?と言っても後の祭りだった。

 二人はクラスメイト、二人はクラスメイト、二人は・・・と自分に言い聞かせている間に、ミオーレとニウエルさんは穏やかな寝息を立てていた。ただし、ミオーレは私の右手をきゅっと握っていたし、ニウエルさんは私の腕を抱き枕のようにして寝入ってしまったので、身動き一つすら出来ずに、私は悶々としたまましばらくの間は寝付けなかったのだった。


 翌朝、二人は普通に起き出したが、私の目の下に出来ていたものを見て、でも何も言わないでいてくれた。変な気の使われ方をして、これからの日々を考えて気が重くなったりもした。


 魔法の訓練を重ねつつ、二日後にワッハウに到着。

 セピアスやヴォルネルたちが街の外で出迎えてくれた。再会の挨拶もそこそこに、ワッハウ領主のストラピアさんやラシャとも館にて再会。

「ユリー、お久しぶりってほどじゃないけど、向こうでも大変だったみたいね」

「あの五星のイグニオとその弟子をも退けたと聞いたぞ」

「まぁね。イグニオ爺さん当人は、本気出されてたら危なかったと思うけど、何とか」

「爺さんて、何だか親しげね」

「ああ、レイガンからこっちに戻ってくる間に同行しててさ」

「「ええっ!?」」

「まぁ、二人がそんな風に驚いたり怯えたりするだろうから、外で待ってもらってるよ」

「確かに、あまり顔を合わせたいとも思えない御仁だしな」

「それで、そちらのお二人は?」

「ああ、ザンネール閣下のお姉さんのニウエルと、人質を交代したザンネールの子のミオーレだよ」

「ストラピア殿は、お久しぶりですね。ラシャさんとは、初めましてかしら」

「お久しぶりです。以前最後にお会いしたのは確か・・・」

 と記憶を辿り、彼が参列もした式の結婚が不幸な結末に終わったとストラピアも正確に詳細に記憶しているのでごにょごにょと言葉を濁したし、ニウエルも自分で補足しようとはしなかった。

 ラシャはそんな二人の挙動を不審にも思ったが、

「初めまして、ニウエル様。お勤めお疲れさまでございます」

 ザンネールにさんざん嫌な目に逢わされてきたラシャは、嫌みの一つでも言わないと気が済まなかった。

 ニウエルは少し不機嫌そうに眉をしかめたが、

「まぁ、そのお陰でユリ・コグレに同行し、ゴブリンの女帝にも謁見できそうですから、悪い事だけでは無さそうです」

 と皮肉で返した。


 私はそれ以上二人に舌戦を展開させないように会話に割って入った。

「二人とも、それくらいでね」

「ユリたちは、いつ発つの?今日くらいはゆっくりしていけないの?」

「悪いな。クェイナからなるたけ急いでくれと指示されてるんだ」

「そうなんだ、残念。でもそしたら、イーナは連れて行ってあげないの?」

「むぅ、鍛えてあげると約束はしたけど、ずっと放置しちゃってるのは良くないなぁ」


 イーナは、ワッハウの街が盗賊とゴブリンたちに襲われてる時に助けた少女で、強くなりたいという願いを聞き届ける約束をしていた。

 私は、ニウエルの側に控えているミオーレをちらりと見た。私は今後も荒事に巻き込まれるだろうけど、その時ずっとミオーレを連れては行けないだろう。だとするとクェイナにでも鍵と一緒に預けて世話をお願いする事になるけど、ゴブリンの女帝クェイナに人質の世話を任せきりに出来る筈も無い。

 イーナはイーナで、ワッハウ領主とその娘にかしずくメイドさん達の末尾で控えていた。


「イーナ」

 そう声をかけると、イーナはメイド長らしき中年婦人メイドと領主様にうなずかれてたたっと駆けだして体当たりするように抱きついてきた。

「ユリ、お帰り」

「ただいま。でもまたすぐに出ないといけないから、一緒に来る?」

「えぇと、領主様たちがいいって言うなら」

「いいに決まっている。もしあちらで何か不都合があるようなら、また迎え入れるから、何も心配せずに行ってくるがいい」

「ありがとう、ございます!」

 イーナが十才の女の子らしい素直さでぴょこんと頭を下げてまた上げると、私をイーナをミオーレに引き合わせた。

「この子は、ザンネール閣下の十二番目の子供のミオーレっていうんだけど、閣下の身代わりで人質になって、身柄は私に預けられたの。でも私はあちこち行かないといけないだろうから、普段はイーナに付き添っててもらっていいかな?」

「お世話をすればいいの?」

「クェイナのメイドさん達も助けてくれるだろうけど、人間の女の子の方がミオーレも安心できるだろうしね」

「イーナさん、ミオーレです。私自身がユリ様の侍女の様な働きを祖父たちから求められてますから、私の召使いというよりは、お友達になりましょう」

「いいの?私は、平民の孤児なんだよ?」

「私の母も平民でしたし、父が亡くなれば家を追い出されて平民に戻る運命でしたから、私に気兼ねする事はありませんよ」

「わかった。それじゃよろしくね、ミオーレ!」

「こちらこそ、イーナ」


 そんな微笑ましい少女たちの交流にほっこりしていたが、視界の端には混じりたそうにしてでも尻込みしているザイル君の姿があった。がんばれ、少年!心の中で応援はしてるぞ!馬車の中ではそれなりに近い年同士として、ザイルはミオーレと交流を深めていたのだった。


 とにかくなるべく急ぐようにとセピアスを通じて伝えられていたので、メイケン家へと送られるザンネールとミオーレとニウエルさんの別れは、ほんの短い間だけ頭の布袋を外して挨拶と抱擁を交わすくらいで終わりにしてもらい、ガンツさんたちに率いられた護送隊を見送った後、私たちもセピアスやヴォルネルたちに付き添われてガズランの迷宮へ。

 そこから先へは人数をだいぶ絞って、私とミオーレとニウエルさん、ザイルにイーナ、セピアスにヴォルネルとで転移の魔法陣をくぐった。ミオーレとニウエルさんにだけは、迷宮の入り口から目隠しをしてもらったけど。

 さらについでに言っておくと、私に同行したがっていたイグニオ爺さんご一行は、依頼の顛末を報告しないといけないと渋々ザンネール護送に最後まで付き添う事になり、ついでにそれはどつきあい仲間であるガンツさんたちに何かの間違いが起こらないよう守る目的も兼ねていて、何かあればまたワッハウの街で合流するような話になっていた。


 そんな訳で私は少しぶりにクェイナたちの本拠地と城とを訪れていたが、前回来た時とは比較にならないくらい武装したゴブリンたちがあちこちにたむろしていたし、謁見の間で空席だったゴブリンの王たちの王座は一つを除いて全て埋まっていた。さらに言えば、どう見てもゴブリンには見えない大鬼らしき魔物?とその娘らしき誰かまで、謁見の間の片隅にいた。ちなみに娘と言っても身長は2メートル50くらい。その父親はさらにそこから1メートルは余裕で大きかった。しかもひょろひょろでなく、筋骨隆々で物凄い体の厚みだった。


 謁見の間に入ると、予めセピアスを通じて打ち合わせしていた通り、王座と女帝の座の前まで進み、

「ただいま戻りました。我が愛しの君」

 そう口上を申し述べると、ゴブリンの王たちが騒いだが、

「待ちかねておりましたよ、ユリ様。我が恋人にして、我が最強の闘士」

 ゴブリンの王の間の騒ぎはもっとひどくなり、その内の一人は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「女帝よ。汝は不可侵ではなかったのか?」

「私が認める誰かが現れるまでは不可侵でした。そしてユリ様は、私が見込んだ以上の働きをこの短期間で成し遂げて下さったのです」


 謁見の間の喧噪はまだ止む兆しすら無かったが、私が預かってきたワッハウの領主様とレイガン当主レジータからの手紙と、メイケン家当主代理としてニウエルさんとザンネール閣下に書いてもらった、計三通の手紙を、セピアスを通じてクェイナに届けてもらった。


「皆の者、静まりなさい」

 クェイナが命じると、謁見の間が静寂に包まれた。 そうしてクェイナはそれぞれの手紙を読み上げたが、どれも内容を要約すると、クェイナの提案した和平に応じるというものだった。

「ウソダ!ニンゲン、ゴブリンヲリヨウシヨウトシテル、ダケ!」

 王の一人がそう反駁した。

 クェイナは冷静に返した。

「それでも、今のこの危急の事態にあっては、彼らも嘘偽りの言葉ではなく、真の意味での和平を、互いの手を取り合い助け合う関係を望むでしょう。オークたちの脅威はすぐそこにまで迫っているのですから」

 反駁した王が悔しそうに黙り込むと、クェイナは広間の片隅に控えていた大きな親娘おやこに呼びかけた。

「お待たせしました、オーガーの大長おおおさグルスガン様、そしてご息女のヴァネラ様。オークたちの攻勢によって周辺地域に何が起こっているのか、ご説明頂いてもよろしいでしょうか?」


 のっそりと、大きな筋肉の固まりが私の近くにまで来ると、さすがに圧迫感が半端無かった。ひしひしと伝わってくる大長の強さはイグニオさえも凌駕するくらいで、その息女というヴァネラでさえ素の私に匹敵するかもと感じた。


「コレガ、クェイナノ、キボウ、ナノカ?」

「はい、そうです」

「ケシテ、ヨワクハナイ。ワガムスメヨリハ、ズットツヨイダロウ。ダガ、オークノオーバーロードガアイテデハ、オカサレテ、オシマイダロウ」

「かの者を見て実際にわずかにでも手合わせしてみたあなたから見て、どの程度の差があると?」

「ワレト、ムスメト、コノモノヲアワセテモナオ、オークノオーバーロードノホウガ、ズットツヨイ」


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