第17話 人質の交代と、クェイナからの帰還指示
レイガン家の城の謁見の広間。壇上に並んだ当主の座にはレジータと兄のマサラが腰掛け、眼前に佇む二人の女性、片方は子供といって良い年齢だったが、を見つめていた。
「お初にお目にかかります。プスルム派閥が盟主アストランザ・メイケンの長女のニウエルです」
「初めまして、レジータ様、マサラ様。私は、ザンネール・メイケンの十二番目の子、ミオーレでございます。祖父の命により、父の身代わりとして、そしてユリ・コグレ様に
レジータは、自身もまだ十五ほどの齢だが、さらに幼い子供を父の身代わりとして差し出すメイケン家当主の思惑を感じ取って、ぞっとした。
だが王族の末裔として、派閥の盟主として動揺は面に表さないように努めつつ、二人にうなずいてみせたレジータは、ニウエルに先ず返礼した。
「レイガン家当主のレジータです。隣にいるのは兄のマサラ。ニウエル殿はザンネール殿の姉君にあたりますが、彼の身代わりとなるのが彼の大勢いる子供の一人とは、どのような判断でそうなったのでしょう?」
ニウエルにとっては当然想定されていた質問で、ゆっくりと、まわりにいる陪臣や貴族たちを見渡しながら答えた。
「父アストランザは、私に身代わりとなれと言われましたが、私は断りましたの。弟の身より、自分の身の方が大事ですからね」
「言葉を飾らずに申し上げるなら、ザンネールに匹敵するくらいの者というと、メイケン家当主か、その世継ぎとして指名されている長子くらいしか釣り合いません」
「ええ、私も同感です。ですがその身代わりはあり得ない。ザンネールでさえ、こちらに置いておけば襲撃の継続はやむを得ない措置となります。ユリ・コグレという方が不在なら、イグニオたちの襲撃を退ける事は困難でしょう。だから、妥協した折衷案が、長女である私と、ザンネールの子の一人であるミオーレですの」
レジータは、ミオーレに問いかけた。
「あなたは、あなたのお爺さまの命令に従って、
「事態がそのような場面を迎えれば、はい、そうなるでしょう。ただ申し上げておくなら、お爺さまは父ザンネールの数多い子供たち、今回は年頃の娘たちに対してでしたが、強制はしませんでした」
「身代わりとなることを?」
「それだけではありません。ユリ・コグレ様がもし望むのなら、
レジータは不快感に眉根を寄せて問い
「あなたはそれを、父親やメイケン家の為だけに行おうとしているのですか?」
「はい、と申し上げるべきなのかも知れませんが、違います」
今度はレジータではなく、ミオーレの隣にいるニウエルの頬が一瞬ひきつったが、すぐに平静な表情を取り繕った。
「では、どんな見返りがあって、あなたはあなたの命、そこまでいかなくても、操を捧げようとしているのですか?」
「もし此度のお役目を無事果たせれば、私は一生どこにも嫁がず、メイケン家で好き勝手に養ってもらえる事になっております」
「まぁ・・・」
ミオーレが懐から出した書状を、仲介する宰相のイルエが目を通してから、レジータに手渡した。レジータはさっと目を通して宰相を通じてミオーレに書状を返すと、呆れたような顔つきで言った。
「ユリ様は、ゴブリンたちの女帝クェイナ様に仕えておられます。あなたがその貞操を心配する必要は無いと言って良いでしょう。しかし、命に関しては」
「はい。レジータ様やユリ様が心配される必要は無いかと」
「どうしてそう言い切れるのです?」
「私の命は私の物で、私はそれをどう使うか決めました。父や祖父が無茶な事をすれば、私の命は失われるでしょうけれど、レジータ様やユリ様のせいではありませんので、心配はご無用だと申し上げたまでです」
「分の良い賭けだと思っているのですか?」
「さあ。父や祖父が野心を隠していない事は皆々様ご存知です。しかしもしこのまま父が亡くなるような事になれば、非才な私を含めた大勢の子供たちの大半はメイケン家を追い出される事になります。貧しくともなんとか生きていけるかも知れませんが、これまでの暮らしぶりからすると耐えられない程度の物になる事が予測されます。だとしたら、賭けの結末はわからなくても、賭ける意味はあると、私は自分自身を賭けたのです。同行して下さったニウエル様が、私の結末の見届け人となって下さるでしょう」
ここでレジータは謁見の広間の奥の入り口の方に視線を向けた。そこには、ユリも、それからザンネールも控えていた。
レジータからの視線を受けたユリは、首から両手、両足を魔法の鎖でつながれたザンネールを引き連れて、ニウエルとミオーレの傍らにまで進み出た。
☆★☆
ユリとザンネールが進み出る少し前。
いわば舞台の袖で待機していた時、私はザンネールに尋ねた。
「自分の娘を身代わりに自由になって嬉しいかい?」
「嬉しいと言っても言わなくても、満足する答えにはならなかろう?」
「じゃあ、やっぱりあんたがこのまま人質になって、襲撃も止めさせるのが一番なんじゃ?」
「メイケン家としては、それは有り得ない選択肢なのだよ」
「じゃあ、人質を交代したとして、あの子は死ぬしか無いんじゃないのかい?私やレジータやワッハウの領主たちとしても、結局あんたを殺しておいた方が良いって選択肢しか残らないんじゃ?」
「この人質の交代で、少なくとも、ワッハウやレイガンは襲撃の対象から外れる」
「いつまで?」
「レイガン家当主でさえ、一番最後にされるだろうさ。外堀が全部埋められていれば、抵抗する術など無くなっている」
「私は?」
「お前は確かに強い。だが、一人で出来る事は限られているし、お前が仕えるのはレイガンではなくゴブリン女帝のクェイナだ。その限界はお前も分かっている筈」
それは自覚していた。レイガンを巡る状況は、日に一度以上はセピアスを通じてクェイナに伝えていた。そして今日、人質の交代を見届け、ザンネールをワッハウにまで届け次第、なるべく早くクェイナの元へ戻るよう指示を受けており、レジータたちには昨晩その事を伝えて、これからの方針を定めていた。
レジータからの視線を受けた私は、ザンネールを繋ぐ鎖を引きながら、ニウエルとミオーレの傍らに進み出た。
二人は、対照的な反応を示した。
ニウエルは弟の有様をあざ笑うような表情をわずかな間浮かべた後は、私の強さを推し量るような視線を向けてきた。
対してミオーレは、私の物理的な質量に気圧されていたが、私の前にひざまずいて頭を垂れて言った。
「お初にお目にかかります、ユリ・コグレ様。祖父アストランザ・メイケンの指示を受け、父ザンネール・メイケンの人質としての役割を交代すべく参りましたミオーレ・メイケンと申します。今後はあなたのお側に侍らせて頂く事となります。よろしくお願いいたします」
十二歳頃の娘といえば、まだ小学校六年生くらいだ。そんな子供が、人質にされている父親には目もくれずに、淡々と言葉を紡ぐ様は、控えめに言って異様だった。
私が何と応えるべきか迷っていると、ニウエルも挨拶の言葉などをかけてきた。
「あなたがユリ・コグレ・・ですのね。私はニウエルと申します。色情狂の弟が五百の兵とともにあなた一人に敗れて捕らわれの身となったと聞いた時は何かの間違いかと思ったけれど、こうして直接あいまみえて分かったわ。弟とその兵を負かせたのも、イグニオとその弟子を退けたのも、当然なくらいに強い人だと」
めらり、とニウエルから不穏な気配と魔力の凝縮が感じ取れて、レイガンの謁見の広間には緊張が走った。
が、手枷足枷をはめられているザンネール閣下が鎖をがちゃつかせながらお姉さんに歩み寄ると、美麗な眉根をデコピンで弾いた。
「な、何をするのよ、この見境無しの弟は?!」
「見境無しなのはどっちだよ、ニウエル。人質交代の付き添いに来たんじゃなかったのか?」
「ふん、減らず口は相変わらずね。指の十本くらいは落とされてた方が人間的な成長が見込めたんじゃないのかしら?」
「幸運な事にユリもレイガン家当主様たちも分別のある方たちでな。後は姉貴と、そして身代わりになりに来てくれたミオーレとがお役目を果たしてくれれば、この場は誰も傷付かなくて済むんだが」
「父様、お変わり無いようで安心しました」
「ミオーレ。すまないな、損な役回りをさせる事になってしまって」
「いえ。父様が殺されていれば家を追い出されていましたし、このまま事態を傍観するよりは、私を最も高く売り込める最大の機会と捉えただけです」
それでも年頃の娘らしくにこりと微笑んでみせたミオーレは、私と、それからレジータに向かって問いかけた。
「それでは、早速ですが父に架せられた枷を私に移して頂けますか?」
レジータは判断を私に預けるような眼差しを向けてきたので、私は腰を降ろして、視線の高さをなるべくミオーレに合わせて、尋ねた。
「あんたは、この父親の為じゃなく、自分の将来の為に命を賭けに来たって事でいいのか?」
「はい、その通りです」
即答だった。わずかなためらいも迷いも浮かべず、全てのリスクも踏まえた上で、この少女はこの場に来たのだと理解できた。
だから私は立ち上がり、レジータに向かってうなずいて見せた。
レジータも立ち上がり、ニウエルとミオーレとザンネールに告げた。
「では、呪具の移し替えを行いたく思いますが、その前にニウエル殿にも一つの制限を課させて頂けますか?」
「弟を解放した途端、私と二人がかりでこの城を制圧されたら堪らないものね」
「魔法使いとしての実力は、ザンネール殿を凌駕すると聞き及んでおりますし。ユリ様」
私は、予めレジータから渡されていた指輪をニウエルに差し出した。
「この指輪をはめる事が、人質の交代を受け入れる最低条件だ」
ニウエルは指輪を受け取ると、掌の上に置いて何らかの魔法を行使したらしく、その左目がうっすらと青い輝きに包まれ、すぐに消えた。
「誓約の指輪、ですか。妥当な措置ですね。自衛以外の目的では、指輪の主、今回の場合はレジータ様ではなくユリ・コグレとなるのでしょうね。彼女の許可無く魔法は使えなくなる。この理解であっていますか?」
「はい。いざとなればあなたはその指輪を外せます。最悪、指輪をはめた指を切り落とす事で制限を無理矢理解く事も出来ます。ただし、あなたがその指輪をはめて制限を受けている限り、私やユリ様はあなたやミオーレを客人として扱い、危害を加える事は無いでしょう」
「この指輪をはめる事は受け入れましょう。ただ、その前に聞かせておいて欲しい事があるわ」
「何でしょう?」
「ミオーレに移される呪具の鍵の持ち主は、ユリ・コグレになる。間違い無いわね?」
「はい。ザンネール殿を捕らえ、イグニオたちの襲撃を撃退したのは、私たちではなくユリ様ですから」
「では、受け入れます」
ニウエルがその指より多少大きめなサイズの指輪を右手の中指にはめると、輪が収縮して隙間無くはまり、ニウエルはその指を私やレジータ、ザンネールとミオーレにかざしてみせた。
「それでは、呪具の移し替えはこの場ではなく別の場所で行います。ユリ様はここでニウエル殿とお待ち下さい」
レジータが宣言すると、ミオーレとザンネールには目隠しがされた上で、別の部屋へと移されて行った。
その他陪臣たちと共に残された私に、ニウエルは小声で尋ねてきた。
「ねぇ、あなたはいつまでここに滞在するつもりなの?」
「不穏な質問を、ずいぶん気軽に口にするんだな」
「ザンネールがいなくなれば、とりあえずここは襲撃対象からは外れるわ。枷が外されたザンネールをすぐに野放しにはしないでしょう?イグニオたちと舞い戻ってきたら、あなた一人では対抗しきれないでしょうし」
「呪具は移し替えるが、それでも最低限の拘束と保険はかけた上で送り届けるさ」
「あなたが?」
「途中まではね」
「ふうん。とりあえず今は、一つだけ聞いていいかしら?」
「答えるかどうかは、質問の内容によるぞ?」
「あなたは、どうしてゴブリンの女帝に仕えようと思ったの?」
下心からだ。
というのが直感的な過たない
答える様子を見せない私を見たニウエルは、にいっと笑うと、
「答えたくないって事は、つまり、惚れちゃったって事でしょ?」
「さあな」
「初恋なの?」
ではないが、付き合っているというか、少なくとも初めてのキスの相手ではあるし、しかしそんな事をこんな公衆の面前で教えてやる義理も無かった。
「ふふ、初々しくて、──うらやましいわ」
最後の一言は消え入りそうな独り言だったので、私は突っ込まずにスルーした。
そして部屋を出て行ってから三十分もかからずに、レジータとザンネールとミオーレたちは戻ってきた。
ザンネールの首に巻かれていた逃走防止用の呪具はミオーレの首に移されていた。ザンネールは呪具を外されてせいせいされているのかと思いきや、呪具が外されたおかげで警戒は一層厳しくなり、真っ黒な布袋を頭に被せられていた。
「では、これよりザンネール殿をメイケン家のプスルム派閥領内へと送り届けます。ザンネール殿の被られている布袋は音も光も遮断します。道中の安全の為、外すのはメイケン家に届けられてからとなります」
「わかっているわ。イグニオたちがまだこの辺りにいるってだけであなたたちは生きた心地がしないでしょうし」
レジータはかすかに苦笑いしてみせると、私に向かって言った。
「ユリ様。お会いできて嬉しかったです。此度の滞在はいろいろ騒がしかったですが、助けて頂いたお礼もしたいですので、またいらして下さいね」
「ご縁があればまた伺うことになるでしょう」
「あまり遠い未来でない事を祈るよ」
「マサラ様もそんな切なそうな顔をされないで下さい。今度来る時は手土産を持ってきますから、期待して養生されてて下さい」
「土産とは、ユリ様の故郷の?」
「はい。しかしまた行って戻って来れるかは微妙ですが」
「ふふふ、ではその日を楽しみに生き
「はい、私も楽しみにしておきます」
口約束ではあったが、そんな日が来ればいいなと思ったのは事実だ。元の世界に戻れたとして、またこちらに戻って来れるかはわからないけれど、そもそもこちらに放り込まれた理由も分からないままなのだ。また行き戻りする機会に恵まれないとも言い切れないのも事実だった。
レジータとマサラたちに別れを告げ、ニウエルとミオーレを送ってきた馬車に、二人とザンネール閣下とザイルと共に乗り込み、周囲をレイガンの騎兵百で囲んでもらい、元々の護送の兵はその前後に分かれてもらった。
そうして都の門を出てしばらく進んだところで全体の列が急停止し、何かと思っていると指揮官らしき人が馬車の扉をノックしてきたので開けてみると、青ざめた顔の指揮官の背後にイグニオと弟子の二人が揃っていたので、私は馬車を降りて問いかけた。
「で、何の用?」
「わしらのここでの用事も終わったのでな。道すがらいろいろと語り合わぬか?」
「こっちにはあまり語り合いたい事も無いけど」
「そうかのう。お主はまだまだ強くなれる。ユリ、わしの弟子にならんか?」
背後にいる二人は苦虫を噛み潰したような表情をしていたが異議は唱えなかったので納得済みというか説得済みなのだろうか。
だから、とりあえず私は一言だけ問い返した。
「本気?」
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