第16話 メイケン家の当主と長女による人質交代要員選抜
ユリがイグニオ達を撃退した二日後の夜、早馬を乗り継いできた使者がプスルム派閥の盟主たるアストランザ・メイケンに、レイガンにて捕らわれたままのザンネールからの手紙を届けた。
すでに通信用の魔道具でイグニオ達の失敗とザンネールを介した布告は耳にしていたアストランザは、使者を労い歓待するよう部下に伝えると自室に下がった。
「あのイグニオさえも、ユリを力任せに潰すのは惜しいと言ってきたが、ザンネールはさらに踏み込んで取り込めと進言してきたか。ふむ」
受け取った手紙を何度か読み返し、トントンと指で机を叩きながら今後の動きについて考えていると、ドアがノックされた。
「誰だ?」
「ニウエルです」
「入れ」
第三子のザンネールの姉、長女が弟からの手紙を手にして部屋に入り扉を閉めると、アストランザの執務机の前に置いてある椅子に腰掛けた。
「弟は父には何と?」
「ユリとやらを取り込めないかという相談だな。お前への手紙にも書いてあったのではないか?」
「たいそう強い女子だそうで。イグニオも撃退したとか」
「本気では対峙してなかったそうだが、事実だ」
「まぁ・・・」
ニウエルは弟ザンネールからの手紙に今一度視線を戻した。その姿は親のアストランザの贔屓目を自意識したとしても、貴族にも滅多にいない美形だったが、惜しいかな、強気過ぎる性格が目元に顕れていて、きつい印象を、特に弱気な男性たちに与えてしまうのだった。
そんな彼女をも受け入れられると豪語していた相手に嫁がせたのだが、嫁入りしたからには全て俺に従えという相手とはそりが合わなかったらしく、結婚は三ヶ月ももたずに破談して出戻ってきていたのだった。
相手も喧嘩では負け知らずで兵としても指揮官としても上々な強者だったが、ニウエルはザンネールよりも強い魔法への適性を持ち、最後の夫婦喧嘩は相手を半殺しにして離婚に同意させたのだった。
そんな回想にふけっていたアストランザに、弟からの手紙から視線を戻したニウエルが尋ねた。
「私に、そのユリへの側女となり、メイケン家へ取り込めと書かれていますが、正気なのでしょうか?」
「どのような形にしろ取り込めればいい。側女云々は相手が断るだろうというかすでに断られたらしいが」
「女性が女性を、というのも人によってはあるのでしょうけど、自分は、そこまでを家の為に犠牲にするつもりはありませんよ?」
「また次の夫を探すつもりでいるのか?」
「今すぐというわけにはいかないのは自覚しています」
「前夫に対してやりすぎたな。お前への縁談は皆無だよ」
「それでもほとぼりが冷めれば」
「お前が十代の間に、メイケン家にふさわしいと思われる家柄の相手は軒並みお前自身が縁談を潰したな」
「だって、それは、みんな軟弱そうで・・・」
「それなりに武をたしなんだ者もいた筈だが、手合わせと称して未来の夫候補を叩きのめすのを止めなかったせいで」
「こほん。それはもう過ぎた話です」
「だから貴族という枠を外し、お前の悪評を恐れず、それなりの見込みのある者とようやく婚儀にまで漕ぎ着けたというのに」
「結局は後回しにした手合わせでお仕舞いでしたね」
「自分より強い者でないと認めないのに、かといって強引に契りを結ぼうとすれば半殺しにするなど」
「では大人しく乱暴されろと仰るので?」
「仮にも相手は夫だったろうに」
「夫婦といえど守られるべき一線があったのに、あいつは無視して踏み越えようとした。だから罰を与えたんです。私は悪くありません」
「ああ、悪くはないかもな。ただ、お前が今後誰かと結ばれるのは、非常に難しくなっただけで」
ニウエルは不服そうに頬を膨らませ、そんな子供じみた仕草にアストランザは苦笑いした。
メイケンとしては、第一子にも子は複数おり、第三子に至っては顔と名前と誕生日を一致させるのがアストランザにとっても大変なくらい大勢いるので、無理に縁談を組む必要性には迫られていなかった。
ニウエルと、メプネンやレイガンの当主筋との縁談もかつては持ち上がりはしたのだが、ニウエルの噂は事実として正確に伝わっており、現在のレイガン家当主の兄を含めて、全員から丁重なお断りの手紙を受け取っていた。
「で、お前はこれからどうしたいのだ?いずれどこかの誰かに嫁入りしたいのだとして」
「当面という意味では、そうですね。ユリという者がどんな人物なのかは見に行ってみてもかまいません。ザンネールの代わりに呪具を首に巻けと言われれば全力で断りますが」
「断るか」
「当たり前です!父上だってそうでしょう?」
「しかしそれではユリやレイガン家やワッハウ当主達も、人質の交代には応じまい?」
「どの道、政略結婚にも臣下への褒美にも使えない長女はメイケン家のお荷物と知れ渡っているのですから、ザンネールの人質としての重みと釣り合いは取れていません。どうせなら、ザンネールや父上がもっとも手放したくない、命を惜しむ子供を差し出せば、相手も人質としての価値を見い出して交代にも応じてくれるのでは?」
「お前の兄の長子は駄目だ。万が一の事があった場合に換えが効かん」
「なら、ザンネールの子供たちの誰かか、多過ぎて価値が薄いというなら、寵姫の誰かとか」
「結局、残された者の方が価値のある相手だと見なされるだろうに」
「それもそうですね。ザンネールの口癖は、自分の相手は全て平等に愛している、ですしね。そうすると、ふむ・・・」
「やはりメイケン家当主の娘という事で、お前が行くのが適当だ。後は、そうだな。いたいけな、何の罪も無く、父親の身代わりとして志願するザンネールの子がいれば、連れていけ。ザンネールとしても、その子を見殺しにしてまで野暮な真似はすまい」
「あら、お父様がレイガンもメプネンも滅ぼすつもりなら、どの道その子は死ぬしか無いのでは?」
「時間をかければ、状況も変わってこよう。レイガン家当主の兄は放っておいてもいずれ死ぬ。その後当主が子を残す前にやはり不慮の死を遂げれば、レイガンはお終いだ。力押しで滅ぼすまでもない」
「やはりお父様は悪人ですわね」
「昨年の戦でレイガンの命運は尽きた。その後は、メプネンと地力の差をつけ、いずれ倒せば良い。出来ればそこまでは私の代で終えておきたいのでな」
「わかっておりますよ。私はユリの様子を見て来ましょう。彼女が仕えるというゴブリンハーフの女帝にも会ってみたいですからね。ザンネールの奥方や子供たちからの選抜は父上にお任せします。ああ、相手方の迷惑も考えて、複数ではなく一人でお願いしますよ。それと、お父様も指摘された通り、とてもいたいけで無垢で、殺したりしたら絶対に罪悪感を覚えそうな子が望ましいのですが、ユリへの人身御供として、彼女から望まれれば
「お前もたいがいじゃないか。だがそうだな。ユリという者の好みは分からないが、せいぜい情動を揺さぶれそうな者を焚きつけてみようか」
そうして二人は悪い笑みを交わし、それぞれの準備にとりかかったのだった。
翌日、メイケン家当主の命により集められた総勢百人近くのザンネールの妻や妾や愛人とその子供たちに向かってアストランザは、ザンネールの状況について説明し、身柄交代の為の人質となる者を、付帯条件を加えて募った。
「お前たちも自覚している通り、お前たちは数が多過ぎる。いずれ家を出れば援助は無くなると思え。ザンネールが死ぬような事になれば、見込みのある孫数名を除けば、その母親以外は自立の道を探ってもらう事になろう。逆に今回の大役を果たした者には、望むだけの便宜をはかってやろうではないか」
ザンネールの子供とその母親たちは一斉に内緒話を始め、五十人ほどいる子供の半数の女児の内、半数近くが挙手した。中にはいたいけな外見の男子もいたが、その扱いはいったん保留しておかれた。
続いてアストランザは、ユリという突如現れた女傑とその活躍ぶりと性的指向などについて説明した後、
「ユリを取り込む為に、その操を捧げて良いという者だけ手を挙げ続けろ。お前たちの父であるザンネールの身柄が解放され、将来お前たちの役目も解かれた後に、望んだ相手との婚姻が結べなくなる可能性を踏まえて尚、名乗り出る者はいるか?」
手を挙げていた二十名ほどの少女たちは互いの顔や親の顔色を伺いながら、その半数以上は手を降ろしたが、一人だけ、手を挙げながらアストランザの前に進み出て言った。
「お爺様。父ザンネールの第十二子のミオーレでございます。もし此度の役割を果たせば、どこにも嫁がずとも、メイケン家で養って頂けるというお話でよろしいでしょうか?」
アストランザに挑戦的な瞳で見上げてくる少女ミオーレからいたいけな印象は受けなかった。青みがかった灰色の髪と薄い青の瞳。年は十二歳頃だが、発育はそれなりというよりやや幼かったが、意思の強い眼差しに幼さは感じられなかった。
「ああ、そうだ。いずれレイガンもメプネンも私の代で倒す予定だからな。お前には死ぬまで自由な身でいる事を保証しよう」
「一筆書いて頂いても?同じ内容の写しも手元に残しておきたいですし。ううん、それと、一つわがままを言えるなら聞いて頂きたいのですが」
「言ってみろ」
「お爺様は、私やニウエル様や他の誰かが身代わりの人質になろうと統一の覇業は進められるのですよね?」
アストランザは驚きで目を見開いて、うなずいてみせた。
「では、私も死にたくはありませんので、やはり私の命の保証となるもの、担保が欲しいと思います」
「何か宝物でも?」
「金銭よりはマシでしょう。父様を含め、メイケンは仇敵となっているでしょうから、なまなかな金額では穴埋めにはならないでしょうし。きっと人質である父様を無理に取り返そうとして失敗したから、このようなお話になっているのでは?」
言い過ぎたかと口をつぐんだミオーレへの評価をアストランザは改めた。何十人もいる孫のその他一人に過ぎず、父親の身代わりとして名乗りを挙げたのも打算の結果としか見ていなかったが、それ以上の抜け目なさを発揮してみせたのだ。
「ユリはゴブリンたちの女帝、ゴブリン・ハーフのクェイナという者に仕え、信奉しているそうだ。そしてかの女帝は、人間との間に和平を望んでいるという。この願いの一端を叶えてやる事で、そなたの身の安全の何割かは保証されよう」
「それはありがとうございます、お爺様。けれど、時が来れば破られると分かっている盟約に命を賭けたいとも思えません」
「それは、どんな宝物や魔道具などを持参したとしても変わらないのでは?」
「相手と物によります。お爺様が、ザンネール父様の命と同じくらいの価値を見いだしている宝物なり魔道具を私に与えて下さい。もし何かあった時、私を殺し、それを奪うよう相手に伝えます」
「お前の身や命を守る為に何の役にも立たないのではないか?」
「ええ。私はどの道逃げ出せない立場に置かれ、父様が付けられている呪具の身代わりにされるのでしょう?なら私が出来るのは徹底的に恭順の立場を貫く事です」
「お前に与えた宝物が、いざという時には相手への貢ぎ物になるという事か」
「相手が粗暴な者なら最初から奪われておしまいで何の意味も持たないでしょうけどね」
「ワッハウの領主やその家族を助けた時もほぼ何の見返りも求めなかった事からも、清廉と呼べる人柄なのだろうな、ユリは」
「出来れば、私に何かあった時はそれがお爺様なりお父様に伝わるような機能を持ち合わせている物が望ましいのですが」
「それは、同行するニウエルに通信用の魔道具を持参させれば済むだろう。ふぅむ。そうだな、ワッハウやレイガンの者達を大勢殺しかけた償いも兼ね合わせるのなら、それなりの何か、か。見繕ってみよう」
「よろしくお願いします、お爺様」
数日後、ニウエルとミオーレはレイガンの都へと出立した。その直前にアストランザの執務室に呼ばれ、二人に渡された宝物について説明を受けた。
ニウエルはミオーレの事を特に識別していなかったが、前日にはその選定理由などを聞いて人選には納得していた。
多過ぎず少な過ぎもしない五十騎の護衛に付き添われた馬車の中。ミオーレは祖父から与えられた球体の魔道具を、その小さく柔らかな掌の上で転がしていた。
透き通った赤と青の色合いが混じり合う硝子玉に見えるそれを、ニウエルはこう評した。
「残魂玉か。売り文句通りの効果があると良いわね」
「全くです。試す訳にもいかないから確認も出来ていないのが痛いです」
「玉に持ち主として認められている者が死ぬと一度だけ生き返らせてくれるという話だけれど、老齢で死んだ時のような場合には発動せず、戦で傷を負って死亡した場合、蘇っても傷が治る訳ではないのでヒールを受けなければやはりそのまま死ぬとか」
「旧プスルム王家の持っていた宝物の中から、メイケン家のご先祖様が見い出して受け継がれていたそうですが、効果が確認できておらず、使い道がとても限定されてなければ、今回私に与えられる事も無かったでしょう」
「それもそうなんだけど、あちらがザンネールとの人質の交代を認めなかった場合、弔いの手向けの品としてあなたの父親の手元に残せば役に立つかも知れないしね」
「人質の交代が認められた後、私が呪具の発動で殺されるような事態になった場合にも、ですけど」
「あちらも、ザンネールを抱え込み続けて全滅のリスクを負い続けるよりは、現実的な妥協点を見つけたいとは思っているでしょうし。いったん交代が成立してしまえば、少なくとも数年は無事でいられるでしょう」
「短ければ、それだけの命という事ですね」
「まぁね。だけどこの世の中、不意の病気やモンスターの襲撃なんかでも人は軽々と命を落としていくのだから。あなたと彼らでどちらがマシな状況なのか、誰にも言えないと思うけど」
「ですね。私はせいぜいユリという方と仲良くなっておきましょう。メイケン家が責められるべき行動を起こしても、彼女が私を庇って助命してくれるくらいには」
「その宝玉というか魔道具のもう一つの使い道は、発動されないに越した事は無いしね」
「はい、そう願います」
二人は道中様々な事を語り合いながら、五日後にはレイガンの城にてユリ達と会見したのだった。
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