後編

「名丹藻内公園から個二市根の足跡ゲソこんが採取されました」

「これで決まりだな」


 新畑は鑑識から報告を受けた。そこに杉上が割って入る。


「待ってください!その足跡ゲソこんは犯行現場付近には続いて居なかったんじゃないですか?

 だからこそ犯行現場付近からは犯人の足跡ゲソこんは採取できなかったはずです」


 新畑は渋い顔をして、杉上に檄を飛ばした。


「それはおそらく個二市根は足跡ゲソこんが残らないように細工してから犯行に及んだんだろう

 新米はすっこんでいろ!」

「個二市根は犯人じゃありません!」

「新米の癖にワシの捜査方針に楯突くのか!?」

「真相を解明するのに、ベテランも新米も関係ありません!」


 新畑は物凄い剣幕で怒鳴りつけたが、杉上は怯むことなく反論した。

 新畑はあまりの強情さに半ば呆れながら、諦めたように折れてしまった。


「すぐに関係者を呼び集めて下さい!」

「いいだろう。どうなっても知らんぞ。ワシは責任を取らないからな!」

「覚悟の上です!」


 こうして二人は第一発見者と容疑者3人を呼び出した。


「犯人が個二市根さんって人だって言うのは本当なの?」

「いや正確には、『現状では従業員の個二市根さんが最も疑わしい人物ですが、証拠はありませんでした。しかし、犯人を追い詰め詰める状況証拠をついに見つけました』と言われたな」

「ええ、私もそう言われたんだったわ」

 

 香織と努偉瑠はそう言われて呼び出されたのだ。その言葉を聞き、個二市根は驚いて、何か言おうとするが、香織と努偉瑠に付け加えるように針井が言葉を遮った。


「僕もそのように言われて呼び出されました。個二市根さんが犯人だという状況証拠が見つかったというのは本当でしょうか?」

「本当に個二市根さんって人が犯人なの?」

「いいえ、嘘です」

「何ですって!?」


 呼び出された一同は驚いた。対照的に杉上と新畑は落ち着いている。新畑は渋い顔をしながら聴いていた。そんな新畑の尻目を感じながらも杉上は話を続けた。


「僕が申し上げた事をよく思い出してみてください。僕は一言も犯人が個二市根さんだとは申しておりません」


 それを聞いて、何か言いたそうにしながらずっと黙っていた個二市根も話し出した。


「僕は『真犯人が分かったので警察まで来てください』と言われて呼び出されました」

「そうです。犯人にそれを感付かれない様に、個二市根さん以外にはその事を伏せて呼び出させて頂きました。感付かれると犯人に逃走される恐れがあるので」


 渋い顔で沈黙していた新畑は口を挟んだ。


「個二市根氏が犯人じゃないなら一体誰が犯人なんだ!?個二市根氏が犯人じゃないとする根拠はなんだ?」

「まず、個二市根さんが犯人じゃない根拠は被害者の指です」

「指?」


 新畑は懐疑的な表情で聞き返した。杉上は子供を宥める親のように新畑を窘めた。


「被害者の手は綺麗でした。個二市根さんのイニシャルの「KO」というダイイングメッセージを地面に書いたのに、です。ですが被害者の手には土一つ付いていませんでした

 これはどう考えても真犯人が個二市根さんに罪を着せる為に書いた偽装工作です」

「裏をかいたという事は考えられないか?裏をかいてワザと自分で自分のダイイングメッセージを書いたんじゃないか?」

「それなら、香織さんの代理人を名乗って被害者を呼び出したのと整合性が付きません。裏をかくなら、呼び出すときも個二市根さんの代理人を名乗って呼び出したはずです」


 新畑の次々に沸く疑念に、杉上は順次に即答した。杉上を疑うような新畑だったが、その推理を聞いて納得したように思えたが…。


「成程…いや、待てよ?他に犯人が居て、個二市根氏に罪を着せたいのなら、それこそ個二市根氏の代理人を名乗って被害者を呼び出すはずなんじゃないか?」

「いいえ。個二市根さんを犯人に仕立て上げるには、個二市根さんが第三者に罪を擦り付ける偽装工作をしたように見せかけなければなりません。だから、被害者を呼び出す時は香織さんの名前を使ったのです」

「成程。それなら確かに辻褄が合う…。では一体犯人は誰なんだ?個二市根氏以外には全員アリバイがあるぞ?」


 杉上の話には整合性があり、説得力がある。しかし、新畑は更なる疑問を次々とぶつけた。


「犯行現場が特定されたのは匿名のFAXによる通報でした。なぜ、匿名だったのでしょう?それは犯人自らが通報したからです」

「なんだと!?なぜそんな事を!?」

「はい。犯人はなぜそんな事をする必要があったのでしょう?それは犯行現場を特定させるためです」

「そうか!犯行現場の偽装されたダイイングメッセージと個二市根氏の名前が掘られた指輪を警察に発見させるためか!」


 新畑はまるで自分で解いたかのように、得意げな大声を出した。しかし、杉上は「ちっちっちっ!」と言いだしそうな顔で首を横に振った。


「いいえ。それだけではありません。簡単なトリックですよ。犯人のもう一つの狙いは犯行場所を勘違いさせるためです」

「なんだと!?犯行現場は名丹藻内公園じゃなかったというのか!?」

「そうです。犯人が被害者の靴を履き、名丹藻内公園が犯行現場であるかのように偽装したのです。その証拠に被害者の靴のかがとはよれよれでした。犯人がかがとを踏んで履いていた証拠です。靴のサイズが合わなかったためにかかとを折って履いたのでしょう」

「犯行現場が別の場所だったとなると、容疑者たちのアリバイは崩れる!まてよ…だとすると誰が犯人でもおかしくない事になるぞ?一体誰が犯人なんだ!?」


 新畑も一同も杉上の推理に完全に聞き入っていた。全員冷静に沈黙していた。杉上の推理に焦る真犯人を除いて…。


「容疑者間には一切面識がなかった。つまり、個二市根さんが被害者を恨んでいる事も知る由もなかった。個二市根さんが被害者を恨んでいる事も知っていて、さらに香織さんが被害者を恨んでいる事も知っている人物…。そんなのは一人しかいないじゃないですか…」

「まさか!?」

「そうです。ですよね!?第一発見者の針井さん!」


 ドーーーーン!


 そんな音が響くような衝撃であった。針井はただボケーとしている。


「犯人はなぜ遺体を社長室に移動させなくてはならなかったのか…それは第一発見者になって遺体に触り、自分の犯行の痕跡を誤魔化す必要があったからです」


 針井はあまりの衝撃に言葉も出ない。ずっと放心状態である。


「あなたの犯行はこうだ。まず声色を使って香織さんの代理人を名乗って、被害者をバー・素座区の駐車場に夜9時に呼び出します。一方で、個二市根さんには夜9時に名丹藻内公園に呼び出す手紙を出しました。個二市根さんのアリバイを潰す為です

その後、頃合いを見計らってタバコを吸いに行くと言い駐車場に行き、被害者を絞殺して、事前に個二市根さんから盗んでいた車のトランクに詰めたのです。人を絞殺するのに必要な時間は3分。2分もあればトランクに詰められるでしょう。被害者を個二市根さんの車の後ろに来るように誘導してから殺害すれば余裕です

 そして、再びバーに戻ったあなたはバーで十分に時間をおいてアリバイを作り、そして帰宅する振りをして、名丹藻内公園に向かいまいした。当然、個二市根さんが諦めて帰っているであろうくらいに時間を置いて

 そして、被害者の手袋と頭髪を落とし、被害者の靴を履いて抵抗するような痕跡を残して、犯行現場を偽装し、「KO」の文字と個二市根さんの指輪を残せば準備完了

 あとは会社に戻り、社長室に遺体とその下に個二市根さんの免許証を置くだけ。そして本当に帰宅し、朝になったら何食わぬ顔で出社し、遺体を発見する第一発見者になったのです」


 針井はようやく我に返った。針井はシャワーを浴びたように全身から汗が噴き出している。


「僕には若社長を殺す動機がない!」

「それは確かに解明できませんでしたが、あなたにしかできない犯行だという状況証拠は先ほど提示した通りです」


 杉上の推理でも動機まではたどり着けなかった。しかし、動機など解けなくとも犯人を逮捕するのには支障がない。動機は逮捕した後にでもじっくり聞けばいいのだ。

 滝のような大汗を流していた針井だったが、落ち着きを取り戻し汗を拭いた。


「確かにそのトリックを使えば僕にも犯行は可能だ。あなたは僕を呼び出した時に言った通り状況証拠しか掴めていない。残念だがそれだけでは僕を逮捕する事は出来ないはずだ」


 冷静さを取り戻した針井は汗がすっかり引いていた。いたって強気である。しかし、杉上は動じない。それも計算の内である。


「あまり警察を舐めないで下さい。トリックさえ見破ってしまえば、本当の犯行現場を見破るのなんて優秀な警察には造作もない事です。バー・素座区の駐車場を調べれば、そこで被害者が殺された痕跡が見つかるはずです。被害者の靴跡や毛髪やDNAなど痕跡が」

「よし!分かった!さっそく鑑識をバー・素座区に向かわせる!」


 新畑がそう言うと針井は天を仰ぎ、大きな独り言を言った。


「『KO』の字を掘ったのは墓穴を掘ったか…」


 その言葉を聞いた新畑は鑑識を呼ぶのを延期し、針井を問い詰めた。


「では、犯行を認めるのだな?」

「はい」


 針井は諦めたように素直だった。


「バー・素座区は数日後には取り壊しなるからそれで犯行現場の痕跡も消えて、完全犯罪成立だと思っていたが、まさかこんなに早く犯行を暴かれるとは予想外だった」


 落胆する針井に、杉上は静かに問いかけた。


「一つだけ解けない謎がありました。犯行動機は何だったんですか?」

「何となく気に食わなかったんでね」


 一同は耳を疑った


「はい?」

「薫社長はなんとなく気に入らなかった。だから殺した」

「なんとなく気に食わなかった。それが犯行動機だというのですか?!」

「うん。あのクズの顔・声・喋り方や仕草。全てがいちいち癪に障った」

「殺すほどまでにですか!?」

「うん。あの顔や表情の動かし方。あの甲高い声に、聴きとりにくい喋り方。鼻をほじるデリカシーのなさ。全てが気に食わなかった」


 一同は色めき立ち、よどめいた。一瞬、ゾッとした杉上だったが、すぐに我に返り怒りが込み上げてきた。


「なら仕事を辞めればよかったじゃないですか!!!」

「なぜあのクズの為に僕が仕事を辞めなければならないんですか!?ずばり、辞めるべきなのはあのクズの方でしょう!だがあのクズは会社を継ぐ気がマンマンだった。だから殺してやった」

「そんな理由で…」

「前の社長の頃は良かったよ。本当に下で働きやすい人だった。なのに次にやってきたのはあのクズと来たもんだ。天国から一気に地獄だ」


 針井は悪びれる様子もなく、同情を引くような哀愁漂う表情で嘆いた。一同は、その様にドン引きした。


「あんなクズの下で働く苦痛を味わうくらいならいっそ殺してしまった方がマシだ!」

「苦痛なら今後毎日味わう事になりますよ。監獄の中でね…」


 そう告げると、杉上は針井を緊急逮捕した。残された被疑者たちも疑いが解かれた事に安堵し、皆、物静かに帰って行った。


「いやー、君を見直したよ」

「いえいえ。それほどでも」

「君の言う通り、真相解明にはベテランも新米も関係ないな!」


 こうして、杉上は一人前として認めらえるようになり、新畑も新米でも意見を尊重するように成長したのであった。


「ベテランでもまだまだ成長する伸びしろがあったとはな。それを気付かせてくれた杉上には感謝だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アリバイトリック殺人事件 日本のスターリン @suta-rinn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ