アリバイトリック殺人事件

日本のスターリン

前編

 とある有限会社で殺人事件が起こってしまった!被害者は、その有限会社の若社長の弁天べんてんかおるである。死因は絞殺であった。先日先代の社長が亡くなって、その会社を継いだばかりであった。

 被害者の首にはもがいて掻き毟った痕があったが出血はしておらず、被害者の手は綺麗であった。また、被害者は日焼け止めの手袋を常に携帯していたが、殺されたのは夜なので手袋を上着のポケットにしまっていた。しかし、その手袋は片方しかなかった。さらに靴は泥だらけで汚れており、かがとはよれよれであった。

 遺体には移動させられた形跡があり、遺体は別の場所で殺され、社長室に運ばれているようだった。


「はい、僕が朝来て、社長室に入ると、薫社長が倒れていたんです!すぐに駆け寄ったんですが、時すでに遅し。亡くなっているのが確認されました」


 第一発見者は、社長秘書の針井はりい堀太ほったである。針井には確かなアリバイがあった。死亡推定時刻の昨夜の午後9時にはもうじき閉店し取り壊しになるというニューハーフバー・素座区すざくで、閉店お別れパーティーを開いていたのだ。


「若社長を恨んでいた人物の心当たりですか…。思い当たるのは3人居ますねえ」


 針井は心当たりの容疑者に名を一人ずつ紹介していった。


「一人目は雇ったばかりの従業員の個二市根こにしね獏良ばくらです。彼はそそっかしくてミスばかりを犯すトラブルメーカーで、先代の社長は大目に見ていましたが、若社長は、あまりにもミスが多い彼を近々解雇すると言っていました。現に彼は今減給されています」

「成程」


 ベテラン刑事の新畑あらはた任一郎にんいちろうと新米刑事の杉上すぎうえ左京さきょうがメモを取りながら詳しく話を聞いた。


「二人目は、若社長の妹さんの弁天べんてん香織かおりです。ネタは分かりませんが、兄の薫社長からかなり強請ゆすられていたようです」

「成程」


 新畑は相槌を打ち、杉上は丁寧にかつ簡潔にメモを取った。針井はさらに話を続ける。


「3人目は、江戸川えどがわ努偉瑠ドイルです。若社長の幼馴染で、小さい頃から、薫社長に虐められていたらしく、若社長を訴えると言っていました。しかし、昔の話すぎて証拠も乏しく、実際に訴えるのに難航していたようです」

「成程」

「確かに全員殺害動機としては十分ありえますね」


 二人はさっそく針井の証言の裏付けを取った。すると針井のいう事が事実である事の確認が取れた。また、針井には殺害動機はなく、その三人の容疑者以外に動機がある人物は見当たらない事が分かった。その三人にはそれぞれ面識は一切なく共犯と言う線も無さそうであった。

 また、被害者は滑舌が悪く、声が甲高かった事や、友達からは、人中が濃いから「濃人中」、よく鼻を穿るから「掘人中」などと呼ばれていたことも判明した。


「現場には遺体の下敷きになる様に個二市根の免許証が落ちていた。動機もある。一番怪しいのは個二市根か…」


 また、匿名のFAXで、昨日の夜9時頃、名丹藻内なにもない公園で、怪しい人影を見かけたというタレコミがあった。

 そのタレこみ通りに調査すると、そこには被害者の頭髪と被害者のもう片方の手袋があった。さらには、被害者の足跡もあった。足跡には抵抗した形跡がありここが犯行現場とみて間違いないと判断した。また、現場には「KONISINE」と書かれた指輪も落ちていた。

 さらに現場の地面には「KO」と言う文字が残されていた。しかし、残念ながら犯人の足跡は採取できなかった。

 

「遺体発見現場の個二市根の免許証に犯行現場の個二市根の指輪…これはほぼ決まりだな」

「遺体発見現場付近からは個二市根の車も乗り捨てられているのが発見されました。個二市根は盗難届を出していたようです」

「盗難届か。自作自演の可能性が高いな」

「とりあえず、容疑者3人に話を聞いて見ましょう」


 新畑と杉上は、まずは被害者の妹の香織から話を聞いた。


「香織さん。あなたはお兄さんから強請られていたらしいですね」

「ええ、確かにそうよ…」

「なぜ強請られていたんですか?」

「それを知られたくないから兄にお金を払い続けてたんじゃない!」

「昨日の夜9時、どこで何をされていましたか?」

「私を疑ってるの?」

「念のためです」

「…その頃なら、彼氏と秋場波良あきばはら公園でデートしてたわよ」

「受付の話だと、被害者はあなたの代理人を名乗る男から呼び出されたとの事ですが?」

「私は知らないわよ!犯人が勝手に私の名前を使ったんだわ!」


 二人が香織のアリバイの裏付けをとると他のカップルからの目撃証言を得られた。

次に二人は、努偉瑠から話を聞いた。


「あなたは学生時代、薫さんに虐められていたそうですね」

「そうだよ。小学生の頃からずっとだ!」

「近々訴訟する予定だったそうですね」

「うん。そうだよ。だが、なかなか引き受けてくれる弁護士が居なくってな…」

「昨日の夜9時、どこで何をされていましたか?」

「僕を疑っているのか!?」

「これは事情聴取している人全員に確認している質問です」

「…その頃なら自宅で動画サイトの生放送をしていたよ。タイムシフトで確認して見たら良い」


 二人は、努偉瑠の動画をタイムシフト視聴した。その動画ではコメントとの会話が成立しており、リアルタイムでコメント返しをしていたため、確かなアリバイが確認できた。

 最後に二人は、個二市根から話を聞いた。


「社長に減給され、クビにされそうだったと言うのは本当ですか?」

「ほ、本当だが…僕は関係ない!僕はやっていない!」

「落ち着いて下さい。昨日の夜9時にどこで何をしていましたか?」

「僕を疑っているんですか!?」

「形式的な質問です。落ち着いて答えて下さい」

「一人で名丹藻内公園に居たよ…」

「何だって!?」

「だから名丹藻内公園だよ、社長に呼び出されて一人で来るように言われたんだ!ほらぁ!」


 個二市根はパソコンで書かれた手紙を見せた。その手紙にはこう書かれていた。


[ 話がある。クビにされたくなかったら、今夜の9時、名丹藻内公園に一人で来い。君の態度次第では減給を解いて、雇い続けない事もない。

                      弁天薫より〕


「その手紙。自分で書いて自分で出したんじゃないか?」

「なんだって!?」

「被害者が殺された犯行現場は他ならぬ名丹藻内公園だった」

「そんなバカな!?僕は8時50分から1時間以上名丹藻内公園で待っていたが、名丹藻内公園には僕以外誰も居なかったぞ!?」

「あなたの犯行はこうだ。まず声色を変えて社長の妹の代理人を名乗って受付に電話し、社長に電話を代わって貰った。そして、社長に犯行現場の名丹藻内公園に一人で来るように呼び出した。そしてあなたは靴跡が残らないように細工をして待ち伏せし、社長の首を絞めて社長を殺害した!」


 あまりの出来事に動揺する個二市根だったが、個二市根は突如大笑い笑いだした。


「ははははははは!!!」


 個二市根は天を仰ぎながら、悪役のような大笑いをした。そして、こう豪語した。


「実に想像力豊かだ!あなたには推理小説を書くことをお勧めするよ」

「ハハ…」


 二人は苦笑いする。個二市根はさらにダメ押しする。


「だが実に惜しい。あなたの話は全て空想じゃないか!全て憶測だ!証拠が何一つない!」

「証拠ならあるさ」

「何だって!?」

「死体の遺棄現場の近くからあなたの車が発見された。その車から被害者の毛髪や皮膚片などのDNAが検出された」

「その車は数日前に盗まれたんだ!被害届も出しているでしょう?!」

「死体の遺棄現場からはあなたの免許証も発見された」

「それは車に入れっぱなしだったから車と一緒に盗まれたんだ!」

「犯行現場からはあなたの名前が掘られた指輪も発見された」

「それも盗まれた車に入れっぱなしだったんだ!」


 詰め寄る新畑に個二市根は一歩も引かない。新畑は個二市根に追い打ちをかける。


「犯行現場には「KO」というダイイングメッセージも残されていた。ズバリあなたの頭文字だ!」

「罠だ!これは罠だ!僕は誰かに嵌められたんだ!」

「第一発見者の秘書と容疑者の妹さんと幼馴染は確かなアリバイがあった。アリバイがないのはあなただけだ」


 第一発見者も容疑者の二人も9時には犯行現場から車で往復1時間半以上も離れた場所に居たのだ。秘書の針井は席を立ったのは駐車場にタバコを吸いに行った5分間くらいで、妹の香織も恋人から離れたのは公衆トイレに行った5分くらい、幼馴染の努偉瑠が画面から消えたのはトイレの大きい方に行った10分くらいであり、犯行現場に行くのは到底不可能であった。


「知らない!知らない!僕は関係ない!僕は関係ない!」

「動機がある者の中で現場に遺留品を残していたのもあなただけだ」

「それでも僕はやっていない!」


 個二市根は飽くまでも強く犯行を否定した。必死で否定するのが逆に怪しい。新畑はそう思った。


「まぁ、今日の所はこのくらいでいいでしょう」


 新畑はひとまず個二市根を家に帰した。


「個二市根で決まりだな」

「そうでしょうか?犯行現場と遺棄現場の両方に個二市根を直接示す証拠品を一つずつ落としていくなんて、あまりにも作為的すぎませんか?」

「個二市根はうっかり者だったんだ。二つともうっかり落としてしまったんだろう」

「そうでしょうか?この事件なんだか違和感があります…」

「新米は黙っていろ!犯人は個二市根に決まりだ!この事件を迷宮入りにしたいのか!?」


 新畑は杉上を怒鳴りつけて黙らせた。しかし、杉上は納得いかない。

 杉上は一人で事情聴取のメモや捜査資料をもう一度最初から見直した。


「そうか!やはり個二市根は犯人じゃない!そして、真犯人はおそらく…」


                              後半に続く。

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