第2話
それから少しずつだが、彼女も食事が摂れるようになっていき、元の日常へと戻っていった。
「ねえ、レイラ」
ある日彼女から提案がやってきた。
一緒にお出かけをしたいと言われたので、見晴らしの良い高台を案内する。
「アメリア、足元に気をつけて」
「はいはい」
前の彼女に戻りつつあったがまだ完全ではない。
だが少しずつ戻っていけばいい。
高台から村や川が一望できる。
そして一番は夕日が綺麗なところだろうか。
「綺麗ね……」
「うん……昔はよく来たもんね」
もう何年前か忘れるほど前にきた。
彼女とこうしている時間は私にとってかけがえのない。
ボソッとアメリアがつぶやいた。
「わたしね。本当は結婚なんてしたくなかったの」
知っている。
彼女は婚姻が決まって気持ちが沈んでいた。
だがそれでも周りにバレないように明るく振る舞っていたことを。
「好きじゃなかったの?」
「ううん……ただ」
アメリアは言葉を切って、沈黙が流れる。
どこか緊張しているようで、言葉を出すのに躊躇っているようだ。
それならば私は待つだけだ。
「他に好きな人がいたの」
心臓が急に音を出した。
バクバクと音を鳴らして、私の呼吸がどんどん苦しくなる。
「だから忘れるために頑張って仕事して、考える時間を無くそうとした。でも馬鹿よね。結局は捨てられるんだから。もうここにずっと居ようかな」
腕を大きく空へと伸ばして、嬉しい言葉を出してくれる。
でも私は、私は──!
私はいつの間にかアメリアを背中から抱きついていた。
「ちょっ、どうしたのレイラ!」
彼女の体温を確かめながら、私はもう我慢したくなかった。
「アメリア、わたし……アメリアが好きだ」
それは情熱的ではなかったかもしれない。
静かに、静かに声に出した。
「もう、びっくりした。私もレイラのこと大好きだよ」
まるで子供をあやすような彼女に私は大きく叫んだ。
「えっ?」
聞き逃した彼女に私はもう一度伝える。
「アメリアの全てが欲しい。王子より私の方がずっと想っていたのに、そんな本当に好きだって人より私をッ──選んで欲しい」
言ってしまった。
もう戻れないことをわかっているのに。
彼女は何も答えてくれない。
もしかすると軽蔑されたのかもしれない。
彼女の手が私の腕を解いていく。
「あ、あのアメリア?」
アメリアは答えず、黙って来た道を帰っていく。
その無言が恐ろしく、自分がしたことを後悔した。
家に戻るとお父様がアメリアを呼んだ。
どうやらお城から招集の手紙だった。
その中身は信じられないことが書かれていた。
「自分から振っておいて、執務が追いつかないからと復縁の案内だとッ──!?」
こんなふざけた王子にアメリアを戻したくない。
だがアメリアの返答は意外なものだった。
「一度王城へ戻ります。レイラも付いてきてください」
止めたかった。
だが私の気持ちを伝えてしまったため、遅かれ早かれあちらに戻るのだ。
私はその命令に従うしかなかった。
馬車の中で無言が続き、私から話題を振っても空返事だけだった。
──また婚約したら辞職しよう。
彼女の元に私がいても気持ち悪いだけだ。
それなら自分からいなくなった方がいい。
重い足取りで、玉座まで二人で向かう。
多くの重鎮が見守る中で、レオン王子が縛られていた。
一体どうしたのかと思っていると、国王が自ら頭を下げた。
「この度は我が馬鹿息子がすまないことをした!」
話を聞くと国王はアメリアの功績を知っており、彼女が王妃になってくれることを望んでいたらしい。
だがレオン王子が遠征中の国王に報告しないまま、帰国して初めてそのことを知ったらしい。
「むぐううう!」
レオン王子は口に布を入れられて全く喋れなくなっていた。
普段はかっこいいと噂される彼は見る影もなく、おそらく助けてくれと言っているのだろう。
アメリアはそんな王子に目を向けず、国王に強い力のこもった目を返す。
「私にまたこの方との婚姻を結び直せということでしょうか?」
「いいや、レオンは王位継承権を剥奪する。第二王子が王位継承権一位になるので、第二王子を支えてやってくれんか」
第二王子は比較的まともな方だ。
頭もよく、馬術、剣術とレオン王子と比べて比較にならないほど優秀だ。
しかしアメリアは首を振った。
「申し訳ございませんが、どちらともお断りさせていただきます」
アメリアの答えに国王は頭を悩ませた。
それほど彼女の才能は捨てがたいのだ。
「そうか……こちらからしたこととはいえ其方の才は得難い。どうか手伝いだけでももらえないだろうか」
「それでしたら構いません。私も今の公爵家であるスカーレットの家督争いに参加するつもりでしたので」
辺りがざわつき出す。
女が当主を目指すなんて本来は無謀だ。
誰もが納得する成果をあげなければ、正当な男子が受け継ぐからだ。
アメリアのお父様も驚いて固まっているではないか。
「それとレオン王子?」
アメリアは清々しいほどの笑顔をレオン王子へ向けた。
「わたくしも貴方様がお嫌いでしたので、婚約を無効にしてくださいましてありがとうございます」
そのレオン王子の顔は滑稽だったが、私にはアメリアのことが気がかりだった。
アメリアは私と共に屋敷へ戻る。
家族と話すのは後回しにして部屋へと直行するのだった。
今日はもう食事はいらないからと、全ての面会を断ることを執事へ伝えた。
そして彼女は部屋に戻るとすぐにベッドにそのまま倒れた。
「久々の家ね……」
「はしたないですよー」
乾いた笑いが出てしまった。
もう私は辞めるのだ。
今なら二人っきりなので絶好の機会だ。
「アメリア、その、私は──」
「レイラ、こっち来て」
勇気があるうちに辞職をしようと思ったが、呼ばれたので言われた通りに近くに寄った。
するといきなり抱きつかれ、唇を奪われた。
「ぅんんッ──!」
完全に油断していたため、アメリアの力でベッドの上に転ばされた。
私は天蓋を見ながら、アメリアの顔を間近で見る。
そして永遠と思えるほどの長い接触の後に、アメリアの目がとろけており、少しだけ悪戯っ子のように可愛く笑っていた。
「やっと馬鹿王子と離れられた……」
「アメリア、どうした、んっ──!」
またもや長い時間、お互いに口を付けた。
私の頭がもう真っ白になるほどに……。
「私もずっと好きだった……。だからいっぱい考えたんだから」
アメリアと初めての本当の夜がやってきた。
誰かが部屋に来るまで、お互いの気持ちがある限り、長い夜を過ごす。
好きな人と一緒に幸せになり、この先がどうなっていくのかより、今の幸せを味わう。
お互いの色々なものが混ざり合うせる、心も体も全て。
たまらなく愛おしい彼女に、次は私が彼女を悦ばせよう──。
婚約破棄をされて落ち込む貴女に愛を捧げるー彼女と過ごす夜に、全てが貴女の計略と知っても、愛しい貴女と共にいられる喜びに溺れたいー まさかの @aivllod
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