第6話 竜の騎士
確か自分より一歳年上だと聞いていたから、二十一歳。
若くして騎士団副団長を務め、若獅と呼ばれる猛者だと聞いている。それとは別に、先日予言師から何だか大層な二つ名を賜っていた。
……熊のような人物だろうか。
社交界でたまに噂に登り、うっかり見かけた令嬢たちが卒倒すると耳にする。威圧感が半端ないとか……?
五年前、姉の失踪がきっかけで、自分は記憶が混濁し、当時を覚えていない。だから実は今日会う人物が二度目ましてな人だと言う事も、聞いてもピンと来なかった。
あの時、予言師に結ばれた縁が解けた事で、我が家は窮地に立たされ、サフィナは婚約を破棄された。
そんなサフィナの家の窮状をを助け続けてくれたのが、今日の見合い相手。五年前共に渦中にあった家だった。
結局妙な縁で繋がる事となった両家は、婚姻でその結びつきを更に深める事となった。……サフィナが庶子だと知ってもいても。
醜聞好きの貴族に暴かれ晒されたサフィナの出自は、やはり貴族界では居心地の悪いものだった。けれど、意外な事に両親が庇ってくれた。自分など姉の代用品だと、お飾りの娘だと思っていたから、サフィナは泣いてしまった。
「サフィナ!」
通された応接室での待ち時間に落ち着かず、サフィナは窓際で外の景色を眺めていた。
力強い声に驚き振り返れば、背の高い男の人が嬉しそうに駆け寄って来た。
騎士団の隊服に、胸にはいくつも勲章がついている。
思った程威圧感は無いが、その上には恐ろしく整った顔が乗っていて、思わず息を飲んだ。
久しぶりだ、元気だったか? という言葉は頭を素通りし、言われるままに、こくこくと首を縦に振った。
「……待たせて悪かったな、不自由は無かったか?」
ふと、そう言って笑うテオドラにサフィナはいいえ、と笑った。
その様子にテオドラもまた目を細めて笑う。
◇
「今度遠駆けをしないか?」
場所を移し、少し歩こうと、庭を歩きながらテオドラはそんな事を口にした。横を見れば彼は青く抜けた空を見上げ、眩しそうに目を細めていた。少しばかりどきりとしてしまう。
「遠駆けですか?」
自慢じゃないが、サフィナは馬を操るのに長けている。
趣味が合うのは嬉しいが、騎士様の面目を潰してしまわないだろうか。逡巡しているとテオドラが楽しそうに笑った。
「私に遠慮せず、全力で駆けていいぞ。以前は君に遅れを取ったが、今では私の方が君より優っているからな」
その言いようにサフィナの闘争心にメラリと火がつく。
「勿論、喜んで」
◇
「あの少年との約束は果たされましたよ」
丁寧に誂えられた城の一室で、青年は目の前の人物に声を掛けた。
……いや、人では無いか。擬態した竜。神託を授ける火の竜の王。人族には予言師と名乗りそう呼ばれている。
穏やかな表情のまま、その人物は静かに振り返った。そんな王に青年は告げる。
「人に肩入れし過ぎれば、奴らはつけ上がりますよ」
ふっと息を吐くような笑い声が漏れる。
「そうですねえ……確かにそうかもしれません。ですが、今の王は泣き虫で臆病者で────賢明な人物です。少しばかり話を聞いてやりたくなったのですよ」
種族を越えて相手を惹きつける人間という者は、たまにいる。この国の王はどうやらその類らしい。
「それで、彼の大事な盾の一つである一族を助けたのですか」
軽く嘆息をすれば、竜王は笑みを深めて口を開いた。
「あの少年が代わりの盾となるかは分かりませんでしたけどね。……もしかしたらという願いの方が強かったと思います」
「……」
最初会った時は、貴族にありがちな傲慢さしか感じない少年だと思った。青年が評価できたのは、微かに瞬く純粋さ位で。
けれど僅かな時間で、あの少女を前にして、彼の中の光が増した。未来に期待を持てる程に……
あの時の彼の意思の根本は、少女を庇う、或いは尊重するものだった。だから誓約を結んだ。
他者を慮る人は、稀に眩い光と化すものだから。
竜は眩しい存在が好きだ。自身もそれを尊重する
「彼は見事、あなたの期待に応えたのですね」
「それはあなたの、でしょう」
竜王は笑う。
青年は肩を竦めた。お互い様だと思ったからだ。そして、だから彼に贈られた。
神託の騎士────竜の騎士
それはかつての、彼の祖父である英雄を凌駕する程の────
姉の代わりに婚約者に会いに行ったら、待っていたのは兄の代わりに婚約者に会いに来た弟でした 藍生蕗 @aoiro_sola
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます