第46話 それからのこと
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事件から二週間。僕は例の広場に来ていた。
夏らしい、陽気な晴天である。
頭上から降り注ぐ強い日差しに照らされて、崩れた石碑の残骸はまだらに輝いている。木々を縫って渡る風は熱気を帯び、活力を山全体へと運んでいる。
結局、美空は地震の直後に別館の近くで泣き崩れているのを希愛が発見し、そのまま別館で保護していたのだという。
母の死に場所にしゃがみ込み、手を合わせる。遺体はすでに運び出されているが、まだそこに黒音がいるような気がしてならない。彼女の手の感触は、まだ僕の手の中にあった。
茜。
英生。
葉月。
源二。
鳥谷。
そして黒音。
死んでいった彼らのことを想う。
短い付き合いだったけれど、彼らのことを忘れることはないだろう。この家で体験したあの事件は、僕の人生の一つの転機となった。
謎に包まれていた僕の出生。
そして、この家との関係。
源十郎の血によって結ばれた因縁の輪の中に自分が含まれていたという事実は、正直受け入れがたいものだった。きっと、大紋家の人々も、悪魔の血の秘密を知った時、同じことを思ったのだろう。
奥の方へ目をやると、がれきの山が視界に入る。地震によって崩壊した地下牢獄への入り口である。
あの夜に突如起きた巨大地震は、静岡県北西部を震源地とし、ここ長野県の一部でも震度七強を観測した。
当然、大紋家においても甚大な被害を受けた。
直前までの大雨が原因で、敷地のいたるところで液状化現象が発生し、見事に整備されていた遊歩道は泥水に沈んでしまった。
付近の山では地滑りや土砂崩れが起き、その土砂がフェンスを突き破って敷地になだれ込むなどした場所もある。
また築年数半世紀以上の本館は一部倒壊し、人が住むには危険な状態となっている。幸いというべきか、同じ時期に建てられたはずの別館は幾度か耐震工事を施していたため、僕たちはしばらく別館で過ごすこととなった。
そしてもう一人、あの夜、命を落とした者がいる。
大紋太一は、地震によって地下牢獄が落盤したため、生き埋めとなってしまった。彼は今もあの地面の下にいる。
「ここにいたか」
振り返ると、青夜が眠そうな顔をして立っていた。源二、英生の死によって半ば強引に大紋グループのトップに担ぎ上げられた彼は、連日連夜、事件の対応に追われていた。
「それにしてもいい天気だ。こんなに暑いと干からびちまう」
汗を拭いながら、僕の隣に足を運ぶ。
「今日、ここを発つんだろう?」
「ええ。明後日で夏休みも終わりなので」
「そうか」
「僕たちが」
「うん?」
「僕たちが、大紋家の希望になりますよ」
「……」
「お母さんの言っていたことは、極論でしたけど、この家にとっては、きっと正しいことなんでしょう。悪魔の血は薄めなくいかなくてはならない。濃すぎる血は、その子自身まで不幸にしてしまう」
「……」
「でも、血を恐れているだけではこの家は何も変わらない。『遺伝子が弾を込め、環境が引き金を引く』。前にそう言っていましたよね。大切なのは環境。この場合、それは育て方に言い換えることができると思うんです。もし僕たちの間に生まれた子が、殺人を犯さずに生きて行けたなら、その子は悪魔なんかじゃなく、むしろ希望、この家にとって、大きな希望になれる」
「希望、ね」
青夜は噛みしめるようにもう一度その単語を口にする。
「希望」
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