第四章  呪われた血

第24話  胸糞悪い話

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「それからどうなったんですか?」


 僕が訊くと、青夜は慰霊碑を見上げながら言った。


「戦後、源十郎は故郷であるこの長野の地に戻り、人里離れた山奥に屋敷を建てた。事業は部下に任せてね。それがこの大紋家なのさ。本館を建て、清と佐吉をここに住まわせた。もうこの頃には父親は死んでいて、家督は源十郎が継いでいたんだ」


「すると、本館は七十年近く前の建物だということですか」


「そうなるね。それと、別館も同じ時期に造られている」


「別館もですか? しかし、使用人を住まわせるのにあれだけ大きな建物が果たして必要だったのでしょうか」


「いや、あそこに住んでいたのは使用人じゃないんだ」


「はあ。というと?」


 言いにくいのか、青夜はぎこちない空咳をして、


「妾だよ。別館は本来、妾を住まわせるために建てられたんだ。徳子が生きている間は彼女自身が尋常でない性欲を持っていたから必要はなかったんだが、彼女が死んだことで、源十郎は性欲を解消するためにたくさんの妾を必要としたんだ。戦争で夫を失った未亡人や、家族を失って路頭に迷っていた若い女を集めてね。夜になると源十郎は屋敷を抜け出して、女たちの待つ別館へ通ったんだ。まるで大奥さ」


 僕の泊まっている部屋も、かつては源十郎の愛人が暮らし、彼と乳繰り合っていたということか。

 そう考えると、なんだか気恥ずかしい気分になった。


「今話してきたように源十郎という男の人生はによって支配されてきた。女を求める底なしの性欲と、血を求める殺人衝動だ。殺人衝動の方は家族を得たことである程度治まったが、徳子と天源の死によって結局再発してしまった」


 青夜は視線を背後の牢獄へ移した。だんだんと、話の内容が読めてきた。なんて胸糞悪い話だろう。青夜が何か言うのも待たずに、僕は口を開いた。


「源十郎は自分の殺人衝動を満たすために、あの地下牢獄に人間を監禁していたんですね。つまり、その……殺すための人間を」


「そうだ。昔はこの牢獄の隣にもう一つ建物があって、様々な拷問器具や処刑用の道具があったそうだ。つまり処刑場だね。源十郎は人を殺したくなると地下牢獄に監禁していた人間を隣の処刑場に移し、殺した。戦後は働きたくても働けない人や身寄りのない人であふれていたからね。そういう人間を金で釣って連れてきて、美人は妾に、それ以外は地下牢獄に閉じ込めたんだ」


「誰も、その残虐行為を止めなかったんですか?」


「この家では源十郎が法であり、秩序だった。誰も彼には逆らえない。それにこの場所の秘密を知っていたのは、清と佐吉、それに使用人の一部だけだったらしい。源十郎は信用できる数人の使用人を金で手なづけて、彼らだけにこの場所の管理と人間の補充、そして死体の処理をやらせていたんだ。一九七九年に源十郎が脳溢血で死ぬまで、ここでたくさんの人間が命を落とした」


 青夜は再び慰霊碑に目をやって、


「あの慰霊碑はそうやって源十郎に殺された人間の魂を慰めるために、源十郎の死後建てられたんだ。処刑場も取り壊され、今ではもう更地さ」


 聞き終えて、僕の心を満たしていたのはどろどろとした暗い気分だった。吐き気を催すような後味の悪さである。

 結局、罪のない人々を殺し続けた源十郎は、何のも受けずに天寿を全うしたのだ。


 彼の快楽のために、いったい何人の人間が命を落としたのだろうか。耳をすませば、吹き荒れる風と振り続ける雨の音に混じって、往時の断末魔が聞こえてきそうだ。


「さて、では本館に戻ろうか」


 言って、青夜は一歩踏み出した。


「あ、待ってください。この場所がかつてどういう場所だったのかは判りました。しかし、まだ説明してもらいたいことが山ほどあるんですよ。どうして太一さんは地下牢獄に監禁されているんですか?」


 青夜は足を止め、振り返る。


「心配しなくても、それもちゃんと説明するさ。君には全てを話すつもりだ。ただ、大紋家が抱える問題のを話すには、ここじゃあちょっと材料が足りない」


「材料?」


「俺が独自に調べた資料があるんだ。どうせ教えるなら、それを使って詳しく話したい」


「それはどこに?」


「本館の俺の部屋さ。だから早く行こう。このままじゃ風邪を引いちまうぜ」


 そうして、青夜は歩みを再開する。


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